活況な「文具女子」市場の問題点と、「シニア市場」という考え方
「文具女子」なる言葉を耳にされたことはあるだろうか。日経MJ10月11日号文具ソムリエールである「菅未里の現代スケッチブック」というコラムにて紹介されていた。
記事によれば、2017年から始まって各メディアでも取り上げられている「文具女子博」というイベントで世間に認知されるようになったが、その言葉自体はイベント以前から存在していたという。
「文具女子」という言葉が発生したのは、コラム筆者の菅氏によれば、<文房具は主に男性のものだと思われていたが、08年のリーマンショック後、会社組織からの文房具の需要が減ったことで一般ユーザーへと軸足を移した文房具メーカーが、文房具好きの女性たちを「発見」した。つまり、男性だけではなく、女性たちも文房具が好きだったのだ。その驚きが「文具女子」という言葉になったのかもしれない>と分析している。
さらに同氏は男性のイメージが強い世界に女性が入ってくると「〇〇女子」(「ビール女子」「DIY女子」等)になり、逆に女性が担い手である世界に男性が入ると「〇〇男子」(「料理男子」「化粧男子」等)が生まれるのだと分析している。
ここまでの内容なら、「まぁ、そうだろうな」という感じだが、このコラムの眼目は同筆者の主張にある。
<だが、そもそも、性別を宣言する必要があるのだろうか。確かに、文具女子博にはかわいらしい文房具が多かった。しかし、女性でなくてもカワイイ文房具を好きな人もいるだろう。なのに、イベントに「女子」という名前がついていたら参加しにくくないだろうか?それは不要なジェンダー固定だし、単純に機会損失でもある。女性たちは「女子」を宣言しなくても自然と集まるからだ。(中略)文房具メーカーが文房具好きの女性たちを見出したことは、新しいビジネスの開拓でもあった。同様に「かわいい=女性」「格好いい=男性」といった社会的な縛りから自由になることには、ビジネス面でのプラスも大きいはずなのだ>としている。
このコラムは、まさしく「マーケティングの基本」を表しており、同時に、世の中にありがちな「間違ったマーケティング」の問題点を指摘している。
マーケティングの全体像は、「環境分析→戦略立案→施策立案」という「流れ」で表すことができる。
その心臓部である「戦略立案」とは、現代マーケティングの大家、フィリップ・コトラーが提唱した、「STP理論」で構成されている。
「STP」とは「セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング」の略だ。
第1段階である「セグメンテーション」とは、「顧客細分化」と日本語に訳され、様々な「切り口=属性」で市場を切り分けることが一般的になっている。
最も顕著な「属性」が「性別=男・女」である。
しかし、上記コラムの筆者、菅氏が<女性でなくてもカワイイ文房具を好きな人もいるだろう>と指摘するように、「性別」が絶対的なセグメンテーションの切り口になるわけではない。しかし、世の中では、まず、「男・女」でセグメントを切り分ける例が非常に多い。その原因は、菅氏が<「かわいい=女性」「格好いい=男性」といった社会的な縛り>と著わしているが、つまりは「先入観」である。
私、金森はマーケティングコンサルタントであり、マーケティング講師でもある。コンサルティングのクライアントやセミナーの受講者でも、上記のような先入観を持っている人が極めて多い。それに対して、「マーケティングの基本」として、「セグメンテーションはニーズで括る」というキーワードで固定化された先入観の呪縛を解くようにしている。
セグメンテーションは、まずは「どのようなニーズを持った人々が市場に存在するのか?」を考え、「同質なニーズを持った顧客候補」を「カタマリ」にしていく。(セグメント化)。その上で、「そのカタマリ(セグメント)はどのような”属性”を持った人たちが多いのか?」を考え、属性を付与していく。
つまり、世の中で多く行われている「属性ありき」のセグメンテーションは、本来の手順の逆なのだ。そこがマーケティングが失敗する原因になっている場合も極めて多い。
「マーケティングの基本のき」は、「顧客のニーズを明確にして深掘りする」ことである。まずは「ニーズありき」なのである。
翻って、「シニアマーケティング」を考えてみる。
そもそも、「シニア」は、一般的には60歳~65歳以上の年齢の人を指す言葉であり、国の定義では65歳~75歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼んでいる。つまり、「年齢」という「属性」が大前提になっているのだ。
確かに人間の肉体は加齢によって体力は衰え、身体の自由がきかなくなったり、健康不安が増したりする。だが、高齢でも壮健な肉体と旺盛な好奇心を持って日々充実した生活を送っている人も少なくない。しかし、一般的には杖をついて歩き、病院の待合室で長い時間を過ごすような高齢者像を思い描く人が多いだろう。そんな「先入観」に支配されていては、「魅力的な顧客候補(セグメント)」を発見することはできない。
ピーター・ドラッカーが「マーケティング」の意味を表した、「マーケティングとは、販売の必要をなくすことである」という言葉を聞いた事がある方は多いだろう。
しかし、その続きの重要な部分は意外と知られていない。「顧客を理解し、顧客に製品とサービスを合わせ、おのずと売れるようにすることである」と続く。
つまり、「無理矢理売り込むようなことをしないためにも、まずは顧客のことを良く理解しなさい。その上で、顧客が望む物を望む形で提供することができれば、無理をしなくとも自然と買っていただけるようになりますよ」と、ドラッカーは説いているのである。
この言葉の中で最も重要な部分は、「顧客を理解し」という部分だ。
では、顧客の何を理解しなくてはいけないのかと言えば、まずは顧客の「ニーズ」である。
顧客の性別・年齢・職業・収入・家族構成・・・などといった、「属性」の前に、まずは「ニーズ」を明らかにして、「同質のニーズを持った顧客候補のカタマリを作る」ことが、「セグメンテーション」の基本だ。
シニアマーケティングにおいても、「年齢」という「属性」はひとまず置いておいて、「どんなニーズを持った人々がいるのか?」という減点に一度回帰してみることが必要であろう。
(初出:一般社団法人日本元気シニア総研 メールマガジン2020年10月
)
« 10倍伸びる可能性のある?「男性用シャンプー・コンディショナー市場」 | Main | ニューノーマル時代のスタンダード?「パジャマスーツ」 »