「足が痛くならないハイヒール」の価値とは?
日経MJ3月15日号のコラム「ブランドVIEWS」で取り上げられた、オーダーメード中心の婦人靴専門店「KiBERA(キビラ)」のハイヒールに関する顧客行動が非常に興味深い。
「KiBERA」は<業界でいち早く3次元(3D)計測器を使った靴作りを導入。新たにヒールと本体を一体形成する装置も取り入れ、丈夫さや美しさも訴求する(記事より)>。それによって、<長時間立っていても疲れない(同)>という。
興味深いのは、その商品ラインナップの過程だ。<当初、ヒールの高さは7.5センチの1種類。爆発的な売れ行きを受け、18年3月に「世の女性万人受けする5センチ」(同社社長の福谷氏)を出した。だがこれが芳しくなかった。女性に聞くと、「足が長く美しく見えるハイヒールが欲しい」。福谷氏は「女性は履きにくさからハイヒールを敬遠していると思ったが、本当は楽に履けるならハイヒールが良いと思っていることがわかった」と振り返る。そこで独自技術を活かし、3月に発売したのが高さ9センチのハイヒールだ。9センチでも重心が保てるように設計を見直し強度も高めた。(中略)「足が痛くならないならと買ってみた」(30代女性)と好評だ>とある。
筆者は男性なので、ハイヒールの履き心地はわからない。しかし、女性の「スタイルがよく見えることと、履き心地、脚への負担のトレードオフ」という声をよく耳にする。
「ハイヒール」という「ウォンツ」に対する、そもそものニーズは、先の記事からもわかるように、「脚が長く、美しく見えるようになる」である。つまり、ペタンコ靴では、脚の長さ、美しさが「不足」であり、「不格好」という、ニーズを示す「ふ(不)の字」が存在する。しかし、ハイヒールを履くと、足が痛くなるという「不具合」が生じる。足に「負荷」がかかる。別の「ふ(不・負)の字」が発生するのである。
「ウォンツ」とは、「ふの字」を解消するモノやサービスのことだ。一般のハイヒールが前者、脚の長さ、美しさが「不足」、「不格好」という「ふの字」だけを解消しているのに対して、「KiBERA」はトレードオフである後者、足が痛くなる「不具合」、足への「負荷」という「ふの字」の解消までしている。だとすれば、「ウォンツ」としてのヒールの高さは、できるだけ足が長く美しく見えるものが望まれることになるわけだ。
「KiBERA」が「5センチヒール」を出して販売不振だったのは、顧客のニーズと自社の提供価値がきちんと理解できていなかったからだ。良い技術を持っていたとしても、そこにつながるニーズを正しく理解できていなければ、売れる商品は作れないことの証左である。
「ハイヒール」というProductを製品特性分析で考えてみると、そのモノを購入して顧客が手に入れたいと思う「中核的な便益」は、ニーズと同じく「脚が長く、美しく見えるようになる」だ。それを実現するための欠かせない要素である「実体」は、トレードオフがあるので、「足が痛くならない程度のヒールの高さ」「履き心地」となるだろう。あると価値が高まる要素である「付随機能」は、「デザインバリエーション」「カラーバリエーション」などが相当する。
「KiBERA」の場合、「中核的な便益」を再定義している。「“足が痛くならず” 脚が長く、美しく見えるようになる」だ。「実体」もそれにつれて変化する。「脚が長く美しく見える高さのヒール」「安定して重心が保てる設計」「足が痛くならない履き心地」である。付随機能である「カラーバリエーション」は、逆に5色に絞っているという。コモデティー化した商品の場合、中核や実体レベルでの差別化が図れず、付随機能の勝負になって、大きな差が出ないことが多い。中核に近い部分で革新が図れれば、大ヒットの可能性が高くなるのである。「KiBERA」の今後に注目してみたい。