今夏、イズミヤグループの社内報「季刊イズミヤ総研」に寄稿した原稿を全文公開します。
イズミヤ株式会社は、2014年6月1日付で阪急百貨店や阪神百貨店のグループ統括会社・エイチ・ツー・オー リテイリングと経営統合したことでも話題になった、近畿地方を中心に、関東・中国・九州地方にスーパーマーケットチェーンを展開する日本の大手小売業者です。
------------------------------------------------
「モノが売れなくなった」と言われて久しい今日。景気は多少上向いたとも言われているが、本格的に生活者が消費マインドを回復するまでには至っていないように見える。いや、むしろ、「買わないこと」が当たり前な風潮が、日本という成熟市場のスタンダードとなりつつあるのかもしれない。そんな市場の中で、いかにして生き残るべきなのかを本稿で考えていきたい。
■マーケティング環境の変化と今日の実態
筆者がセミナーなどでオーディエンスに「最近、思い切って何かを買うという消費行動をした方はいますか?」と聞くと、パラパラと手が挙がる。何を買ったか聞いてみると、「iPhone6を買いました」とか、スマホを初めとしてデジタルモノは多く聞かれる。だが、スマホはもはや必需品だ。他には英会話やビジネススクールの学費を払いましたなどという極めて堅実な消費が聞かれる。そして、多くの人の手は挙がらない。
戦後日本の消費の原点を考えてみると、そこは高度成長期にあるだろう。1955年(昭和30年)~1979年(昭和54年)。三種の神器=白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫、新三種の神器(3C)=カラーテレビ・クーラー・マイカーが家庭内に次々と入ってきて、人々は「世間並みの幸せ」を味わった。モノを作れば売れた大量生産・大量消費時代。企業にとってのKSF(Key Success Factor=成功のカギ)は、いかに大量に作って店頭に大量に並べるかであった。
そうした消費文化はバブル経済の時代・1986年(昭和61年)~1991年(平成3年)に頂点を迎えたと言えるだろう。海外旅行・スキー・ディスコブーム、DC ブランド・ボディコンファッション、高級車(日産シーマ・BMW)などの流行が懐かしい。企業にとってのKSFは、いかにトレンドを作り出し、消費者を乗せて踊らせるかであった。
しかし、いい時代は長くは続かない。1991年(平成3年)にバブルが崩壊し、1993年(平成5年)から失われた20年に突入した。その後も2008年9月15日にはリーマンショックが発生した。景気が後退し、経済が浮上しない時代が長く続き、企業の経費引き締め・消費者は生活防衛に走った。
インターネットの普及も消費者と企業との関係を大きく変えた。「情報の非対称性の崩壊」ともいわれるが、消費者は情報格差のハンデがなくなり、ガラス張りになった。
企業の思い通りに消費者は購買行動をしなくなった。無理に背伸びをしたり無駄モノを買ったりしない。企業や流行に踊らされない。そんな消費者像を「買わない自由を手に入れた賢い消費者」ともいう。
だが、「賢い消費者」も生活必需品ぐらいは買う。その選択基準を聞いてみると、「どれでもいいじゃん、みんな同じだし。ぶっちゃけ安いのかな。こだわりないし」。というような答えが返ってくる。実にそこが企業の抱えている大きな問題点だ。各企業の研究が進み、技術的差異が縮小して、どこでも同じようなモノを作れるようになった。ヒット商品を出しても他社もすぐマネできるようになっている。「ちょっとした差別化・工夫」では商品に差が出ない。故に、消費者から見れば「商品はどれも同じ」となるからこそ、価格勝負になる。そして、それが儲からない原因となっている。日本はもはや明確な縮小市場である。その中で、「買わない消費者」をめぐって企業同士が「決定打のない喰い合い」をしているというのが現状なのだ。
■「売れない販促」ばかりが行われるワケ
モノが売れない!となると、販促に頼るのはいささか短絡的に過ぎるが、その販促にかけたコストも正しい設計の元に行われなければ効果が出ないのは自明だ。効果的だった販促の事例から成功のヒミツを解き明かしてみよう。ロッテのガム「Fit’s(フィッツ)」の例だ。
ガム業界は2004年を境に需要減に転じた。咀嚼力低下やタブレットやグミなどの代替品の登場による「若者のガム離れ」が原因だ。ロッテはガム市場の60%の市場を握るリーダー企業。市場を再活性しなければ生き残れない。しかし、もはやターゲットである若者はガムに対する興味を失い、自らが購入するモノとしての認識すら持っていない。今日の市場全体を覆う「買わない消費者による消費低迷」とよく似た構図と言えるだろう。
消費者の態度変容モデルで最もポピュラーなのは「AIDMA」だ。商品を認知(Attention)させ、興味(Interest)を持たせ、購買欲求(Desire)を喚起し、記憶(Memory)させ、購買時期が来たら確実に購買行動(Action)を起こさせるという仕掛けを設計することだ。
まず、ロッテは咀嚼力の落ちた若者向けに「やわらかな噛み心地」の製品、「Fit's(フィッツ)」を開発した。しかし、どんなに素晴らしい製品を開発しても、ターゲットである若者はガムに対する興味を持っていない。いくら「ガムを噛みましょう」「ガムは美味しいです」といっても響かない。そこで、商品特性を詳細に伝えることは避け、「楽しさ」を最大限に訴求し、興味喚起に徹することとした。キャラクターにモデルの佐々木希(ささき・のぞみ)と俳優の佐藤健(さとう・たける)を起用。二人がガムの噛み心地を表現したダンス、「フィッツ・ダンス」を踊る。人気振付家のパパイヤ鈴木が担当し、思わず真似したくなるような印象的なダンスに仕上げた。Attentionはバッチリだ。
製品のWebサイトでは、YouTubeと連携し、フィッツ・ダンスを踊って投稿、再生回数を競うコンテストを展開した。優勝賞金は100万円。ターゲットである若者を中心として様々な人々、グループが趣向をこらした踊りを披露し、さらに参加者は再生回数を稼ごうと、自らの投稿作品を見てくれるようにメールを友人、知人に発信したり、SNSやBlogに書き込んだりして、口コミが大きく拡大した。Interestもバッチリであった。
いくら話題になっても、ターゲットが実際に購入してくれなければ広告戦略は成功したとはいえない。ガムは人が動く時に購入される商品なので、交通広告にもフィッツの場合注力した。車内広告に「噛むとフニャン」のコピーとダンスのポーズを取る佐々木希と佐藤健のビジュアルが目を惹くが、さらに特徴的なのは「HOW TO CHEW "Fit's"!!!」と題して「Pick ! Get !! Pull !!!」と、独特のパッケージから取り出して口に運ぶやり方が、3段階に分けてイラストで説明されていることだ。ガムの食べ方をわざわざ説明した広告などあまり前例がないはずだが、それだけに「一度食べてみようか」見る者に思わせる効果は高い。AIDMAにおける欲求(Desire)喚起が巧みに設計されている。
広告やクチコミでの蓄積で商品の認知率は高まった。ターゲットの記憶(Memory)に残した後には、購買行動(Action)に導くことも抜かりなく設計した。JR東日本管内では駅ナカコンビニ、「ニューデイズ」ではレジ横のスペースを確保した。交通広告を見る。乗換駅で、飲料を購入しようとコンビニに立ち寄って支払いの際にレジに並
ぶと、フィッツが目に止まるという寸法である。スーパーの店内の導線設計にも注力した。店内に販促機材を投入し、通常の菓子売り場やレジ横などだけでなく、スーパーの店内でも最も購買頻度が高い青果、鮮魚、精肉の生鮮3品売り場から引き込むために陳列箇所を増やした。
広告は楽しかったり、カワイかったりすればいいものではない。また、商品がアピールできればいいというものでもない。それではAIDMAの最初のAかI辺りで止まってしまい結局は売れない。いや、しっかりとターゲットを購入に向かわせるための「課題は何か」をきちんと分析しなければ、この例では興味喚起すらできずに見向きもされなかっただろう。また、最終的には売れなければ何にもならない。AIDMAの「購入」というゴールまで設計を行うことが欠かせないのである。その意味で、自社がいくら販促を行っても売れないという状況が起きていたとしたら、「そもそもの課題をしっかりととらえられているか」ということと、「購買までの設計がきちんとできているか」という点を再度確認することをお勧めしたい。
■態度変容モデルの過ち
華々しい新発売のスタートを切って、メディアにも「巷で大人気!」などと紹介されたにも関わらず、後が続かず、大量の在庫をさばくことに苦労する商品もある。それは何がいけなかったのか。その一因として、態度変容モデルの設計間違いが挙げられる。物珍しさや特典に惹かれて再購入がされず、在庫の山を抱えることになる例は多い。
前項のAIDMAが初回購入までを設計しているモデルだとすれば、反復購入までを設計するモデルとしてAMTUL(Awareness=認知→Memory=記憶→Trial=試用→Usage=日常利用→Loyalty=ロイヤル顧客化)がある。AMTULで設計すべき所をAIDMAで設計していたら、せっかくフレームワークを用いていたとしても効果は出ない。適切なフレームを用いることが肝要である。
では、AMTULの実際を見てみよう。例えば、新規顧客獲得に高い費用を投下しているため、最低3~5回は反復購入しなければペイしないとされている通販業界などの企業の多くはこのモデルを取り入れている。一例として再春館製薬所の事例をご紹介しよう。
同社のAwarenessはマス広告で新規顧客獲得する「レスポンスCM」を中心としている。その中でも「肌の悩み」を中心に据えた内容が最も反応が高いという。「あなたの悩みを私たちが解決します」というスタンスを訴求する。フリーダイヤルを告知して、「無料お試しセット」を申し込ませるところから、全てのコミュニケーションが始まる。
関係構築のためにも、まずは無料サンプル請求者を、商品購入まで引き上げなければならない。お試しセット請求時があってから3日以内にサンプルが届く。サンプルは3日間で使い終わるため、8日後頃にフォローを行う。その時点で商品の受注が得られなかった場合は、1ヶ月後に、そこでも受注が得られなかった場合は、不定期でDMを送付するなど息の長いフォローのしくみを構築している。しかし、フォローのキモは、サンプル請求時の電話受付が最も重要であり、そこでいかに顧客と悩み相談や雑談を共有するかがキモで、そうした顧客ほど商品購入への引き上げ率は高いという。
リピート促進の柱は、ポイントインセンティブと、関係性強化を目的とした会報誌、会員限定イベントなどのメニューが用意されているが、それ以前に、「ホスピタリティーを高めるための努力」がポイントであるという。同社のコールセンターシステムは顧客の肌の状況などだけでなく、雑談などであっても徹底して記録する。手紙やDMなど、紙でのやりとりもスキャナで読み込んで記録してある。そうした、顧客とのコミュニケーション内容の徹底した記録によって、誰が応対しても高いホスピタリティーを実現している。その徹底ぶりは、通信販売業界においても他に類を見ない。そうしたコミュニケーションが顧客のロイヤルティーを獲得しているのは間違いない。
ここまで徹底したリピート施策はコスト的に展開不可能な業種も多いだろうが、リピートさせ、ロイヤル化させるとはどういうことなのか認識いただくためにあえて例示した。日本はもはや縮小市場であり、顧客の数は限られている。一人失客したらまた次がいるという時代とは違った戦略が求められるのである。
■付随機能としての情緒的価値とプロダクトライフサイクル(PLC)
ロッテのフィッツの例では、ガムに関心を持っていなかった若年層を巻き込んで「楽しさ」というムーブメントを作って成功した。再春館製薬所の例では、リピートを獲得するためには顧客の肌の悩みに「共感」することがキモであった。それは、ガムの「美味しさ・噛み心地」や化粧品の「効能」という本来の機能を離れた部分が顧客の買う理由(KBF=Key Buying Factor)となっていることを表している。
フィリップ・コトラーは製品価値を表すフレームワークとして、「製品特性3層モデル」を紹介している。その構造と製品の普及過程を表すプロダクトライフサイクル(Product Life Cycle=PLC)を重ねてみると面白い関係がわかる。(図1)
製品の普及段階では、製品の中核的価値で十分ものは売れ、成長期になると実体価値が求められるようになる。さらに、成熟期以降では付随機能が差別化のポイントとなるということだ。腕時計を例に考えてみよう。腕時計を手に入れたい人は、「いつでも正確な時間を知ることができる」ということを実現したい。故に、初期段階では各メーカーは月差何秒という性能競争をした。成長期に入ると「より正確であること」が求められ、それを実現するためにクォーツや電波で時を刻む技術が開発された。さらに正確な時を手間なく知れる機能を実現するために、自動巻に始まり、バッテリー、太陽電池などの動力源が用いられるようになった。また、正確さの証明として信頼のブランドも求められるようになった。成熟期ではもはや正確な時を知れるのは当たり前な要素となっていることから、それとは直接関係のない「ファッショナブルな(もしくは自分に合った)デザイン・人に自慢できる・人からうらやましがられる高級さ」などが求められる価値となった。
さて、前述のフィッツの「楽しさ」、再春館の「共感」は、製品特性でいえば付随機能に属するのは明かであり、その理由もガムも化粧品もとっくに成熟期を迎え、ガムはむしろ衰退期に入っていたからである。だが、ガム、化粧品に限らず、今日、多くの商品が成熟期や衰退期に入っているが、そこで重要なことは「付随機能が求められる」ということ以外にどんな注目点があるのだろうか。それは、機能・性能的な要素・価値より、「楽しさ」「共感」などのような「情緒的な価値」が求められることが多いということだ。(図1)
その際、重要になってくるのはブランド論の大家、デビット・A・アーカーが「ブランドエクイティー論」の中で説いた、「知覚品質」という考え方だ。アーカーは品質を、絶対指標・数値的に表せるものを「工場品質」と呼び、その顧客が感じる主観的な価値を「知覚品質」と読んだ。簡単に「知覚品質」について説明を書いたが、「工場品質」との違いは実際にはとてつもなく厄介で、難解で、実現困難なものなのだ。なにしろ、工場品質は世の中の絶対指標だから、均一だ。技術レベルの高い日本ならお手の物である。しかし、知覚品質は個々の顧客によって尺度が異なる。つまり、一人ひとりの心の中まで入り込んで、そのニーズを見定めて、何を、どのように提供すべきかを設計する必要があるということなのだ。
■マーケティングの基本と7つのP
知覚品質が求められるようになると、同じモノでも顧客によって同じ売り方では売れないということを意味している。となると、同じモノにどんな価値(その顧客が感じる情緒的な価値も含めて)を乗せて提供するかが問われてくる。「モノのサービス化」とか「モノ+サービス」などと呼ばれるようになってきているが、その背景は前述したようなことにあるのだ。
成熟市場で求められる付随機能と情緒的価値の提供のためには、前出の再春館製薬所がそうしていたように、個々の顧客に対する深いレベルでの理解とそれに応じた対応が欠かせない。それは、多くの企業が高度成長期の大量生産・大量消費時代以来引きずっている、顧客を「消費者」と呼び、顔のないマス(大衆)としてとらえていては実現できない意味を持っている。マーケティングの基本はまず、顧客をしっかり見ること。そして、そのニーズを掘り起こし、潜在ニーズまで深掘りして対応することである。今、正にそれが求められているのである。
では、具体的にはどのように実現すればいいのだろうか。フィリップ・コトラーは従来の4P(Product=製品・Price=価格・Place=販路・Promotion=販促)に3つのPを加えた7Pを提唱している。3つのP とは、Personnel=人(要員)・Process=プロセス(マニュアルなどの業務プロセス)・Physical Evidence=物的証拠(安心・安全・サービスの保障など)で、その根幹をなすのが「人」である所の、自社の人員である。前述の通り「モノのサービス化」「モノ+サービス」と言われる中で、本稿のタイトルである「差別化」に関して言及するなら、冒頭に記したように技術の平準化によって製品(モノ)での差別化が困難になってきている以上、コト、サービスが差別化要因としての比重が高くなる。そして、そのためには再春館製薬所の事例にあるように、自社の要員が顧客をよく見て、そのニーズを掘り下げ、共感を得る対応を行う事が欠かせないのである。
■「共感」という差別化キーワード
共感を得る対応と書いたが、それはどのようにして実現できるのかが次なる問題となる。それには、ケビン・L・
ケラーの「トライアングル・モデル(ブランド共感のピラミッド)」が一番参考になるだろう。
ここでドトールコーヒーショップとスターバックスの違いについて考えてみよう。スターバックスは1996年に今まで展開してきた北米市場を離れて初のアジア進出として東京・銀座に1号店を開いた。当時の日本のカフェ市場は個人経営や珈琲館のような従来型喫茶店が、コーヒー1杯180円(当時)という安さと、カウンターでの立ちのみスタイル(当時)という気軽さで人気を集めていたドトールに駆逐されている状況だった。しかし、スターバックスは、ドトールよりもはるかに高い価格で進出してきたにも関わらず、あっという間に人気を集めた。それはナゼか。「ブランド共感のピラミッド」で考えてみよぅ。
ドトールもスターバックスも、どちらも「(そこそこ)美味しいコーヒーが飲める」ということは認知されている。つまり、ピラミッドの最下段にある「主要な機能」と仕手のコーヒーショップとしての最低条件は同等だ。そこからがドトールは機能的で合理的という、理性面のアプローチ(ピラミッドの左側)に重きを置いているのに対し、スターバックスはイメージの良さや情緒性(ピラミッドの右側)に訴えかけることによってファンを増やし、共感を得て顧客維持をしているという違いがある。
まず、ドトールは前述の通り「低価格セルフカフェ」の先駆けであり、その価格の安さ、合理的なサービス、カウンターを中心としたちょっとした休憩ができるスペースという「性能・機能」で評価されている。また、性能・機能はコストパフォーマンスの良さという「客観的判断」にも繋がっている。だが、それ以上の愛着・好感・共感という要素までは訴求・実現できていないといえるだろう。
一方、スターバックスはエスプレッソマシンを用いる「シアトルスタイル」を日本に普及させ、ロゴマークや店舗空間と相まってオシャレなイメージを醸し出している(表象)。また、「サードプレイス」という、「職場と家庭の中間にあるくつろげる空間」というコンセプトを売りにし、気さくに話しかけてくる店員との会話の楽しさなどまでを提供し、単なるコービーを飲ませる場所ではなく、そこで過ごす時間を「情緒的価値(情緒的反応)」としている。その結果、多くのスターバックスファンの愛着・好感とコンセプトへの「共感」を獲得している。
つまり、合理的・理性的に評価されるドトールは、その根源的価値であるコストパフォーマンスの良さからして、過度な付加価値は顧客から受け入れられがたい。それに対してスターバックスはモノ以上の情緒的価値を評価され、そこに共感が得られているため、モノの価値+αの無形の付加価値として顧客からが受け入れられ、そのために高価格も受容されているということになる。
■顧客への価値提供は、まずは社訓に見直しから
スターバックスの情緒的価値を形成するものとして、店舗の雰囲気などだけでなく、スタッフ、つまりコトラーの7PにおけるPersonnel(要員)の要素も大きいといえるが、ではどのようにすれば組織全体で顧客に情緒的価値までを感じさせる「モノ+サービス」の提供ができるようになるのであろうか。そのためには、全社で「自社はどのような存在であり、どのような顧客にどんな価値を提供していくのか」ということが徹底されていることが欠かせない。それは、本来企業の社訓、もしくはミッションステートメントに示されているべきものであるが、多くの日本企業の社訓は聞き心地のいい意味のない言葉の羅列でしかない。
パトリシア・ジョ-ンズ著の「世界最強の社訓」という本がある。その冒頭で訳者の堀紘一氏は、80年代に「Japan as No.1」と称された日本の成長に押されて沈下した米国企業の復活を支えたものは、各企業で日本が遅れたIT化をいち早く推進したことと、ミッションステートメントを書き換え企業の方向性を明確化したことであるとしている。
では、どのようにミッションステートメントを作ればいいのか。それには筆者オリジナルのフレームワークを見て頂きたい(図)。
フレームワークは以下の5つの要素から構成される。
①価値理念・・・その企業の哲学を表す価値の根源ともなる部分。「自社は顧客に対してそのような存在であるのか」を明確にすることが中心となる。現実的にはここは今まで発信してきた従来の社訓・創業者の思いなどと整合性を取る必要のある所だろう。
②個性・・・他の企業にはない、その企業の独自性を表す部分。自社にしかできない、顧客に提示できることは何かを明確にする。特に自社のポジショニングとの整合性を図る必要がある部分である。
③理想とする顧客・・・誰も彼も「大切なお客様」としていたのでは「強いブランド」とはなれない。マーケティングにおけるターゲティングとは顧客を絞り込むことであると同時に、狙わない顧客を決めることでもある。自社はどのようなお客様のために存在するのかを明確に設定する。
④機能的付加価値・・・理想的な顧客に提供できる物理的メリット。自社が自信を持って提供できるものは何なのかを明確にする。
⑤情緒的付加価値・・・理想的な顧客との各種コミュニケーションを通じて、顧客をどのような気分にさせることができるかという、無形の付加価値を明確にする。
上記①~⑤を設定するためには、図のピラミッドでそれぞれのパーツがどのような相互関係を持っているのかを意識して検討していくことが大切だ。そして次のような文章に当てはまる言葉として作り込んでいくといいだろう。
○○会社は、【価値理念】を約束します。
私たちは、【個性】として、
【理想的なお客様】に、
【機能的な付加価値】を提供し、
【情緒的な付加価値】を感じていただくため、努力をしていきます。
この【 】内に当てはまる言葉が見つかったら、前述の図のピラミッドに載せて相互関係を再度点検してみよう。違和感なく、整合性が感じられればブランドステートメントが完成するはずだ。
飽和し衰退を始めた日本市場で生き残っていくためにはどうすればいいのかを考えてきたが、ここまで述べてきた要素のどれを実践すればいいかというわけではない。全てはこの環境を正しく認識し、正しい施策設計を行うためには顧客が求める価値の中心が「情緒的価値」や「共感」に移行していることを理解して、全社でその対応のために動けることが必要という一連のストーリーとして実行すべきことなのである。