一度軌道に乗った製品は、導入期、成長期、成熟期、衰退期の「製品ライフサイクル(Product Life Cycle)」を経る。そのサイクルの中で、衰退期に転落しないように成熟期で踏みとどまるという課題を抱えた商品は市場にも多く存在する。発売以来31年を経たロングセラー商品である、オフィスでおなじみの住友スリーエム「ポスト・イット ® 製品」も例外ではなかった。その生き残りのための挑戦を取材してきた。
■「アンゾフのマトリックス」のお手本的展開
経済学者のイゴール・アンゾフは、企業の成長戦略を4つにパターン化した。いわゆる「アンゾフのマトリックス」だ。既存の顧客を対象にするのか、新規の顧客を狙うのか。既存の製品を用いるのか、新製品を開発するのか。顧客・製品、新規・既存の掛け合わせの4つだ。
3Mという会社は、優れた技術力で新製品を次々に世に送り出していくことで知られている。アンゾフのマトリックスで示せば、既存顧客に新製品を販売するという「新製品開発戦略」である。「経営戦略としても、全売上の40%以上を直近3年間で出した新製品が占めなければならないという目標を設けている」という。(「利益思考」嶋田 毅・著:東洋経済新報)
一方で、既存の顧客に既存の製品を販売する「市場深耕戦略」も怠っていない。ポスト・イット® 製品のわかりやすい例でいえば、大容量のバリューパックを作ったり、多様な色の組み合わせのパッケージを展開していたりする。また、素材を紙からより目立ち、より丈夫なフィルム素材に変えたポスト・イット® ジョーブを展開したり、テープ状のロールタイプにしたポスト・イット® 強粘着ロールを発売したりもしている。特に注目したいのが「強粘着タイプ」だ。紙に貼るのではなく、PCの筐体やホワイトボードに貼るというような昨今のオフィスでの使われ方に対応して、はがしやすさは保ったまま、粘着力を通常品の2倍に強化した製品である。外部環境の変化に対応しているのである。そうした展開の結果、ポスト・イット® 製品は国内だけで400種ものSKU(在庫管理を行う場合の最小の分類単位。最小在庫管理単位)にのぼる多様性を見せているとのことなのだ。
■オフィスの外に飛び出せ
しかし、国内の粘着メモ市場はここ数年、成長を見せていない成熟市場となってしまっているという。故に、3Mの日本法人である住友スリーエムとしてもポスト・イット® 製品も「オフィスの外への提案」が欠かせなくなってきている。つまり、パーソナルユースという新規の顧客に既存の製品を販売する「新市場開拓戦略」である。ターゲットは教育とパーソナルだ。
教育用で注目なのは「辞書引き用ふせん」だ。これは、中部大学の深谷圭助准教授が提唱する、自ら学ぶ習慣が楽しく身につく勉強法として注目を集める「辞書引き」学習専用に開発したポスト・イット® 製品である。かなりニッチな市場であるが、ふせん紙を大量に使用するという相性のよい学習法を見逃さずに市場拡大を狙っていることがわかる。他にも専用のポスト・イット® 製品を発売するだけでなく、ふせん紙を用いたKJ法(データをカードに記述し、カードをグループごとにまとめていく手法)を学校に提案するなどの展開を行っているという。
パーソナルにおけるメインターゲットはポスト・イット® 製品にオフィスで慣れ親しんだOLだ。男性は手帳の電子化が進んでいるが、女性は紙の手帳の愛用者が多いことから発案したターゲティングであるという。しかし、事務用品としてのポスト・イット® 製品を自分の手帳に用いて「自分の手帳にしっくりこない」「可愛くない」と考えていた潜在的なニーズギャップが存在していたことを開発担当者は見抜いた。そこで、「様々な用途に対応する各種リフィル」と、リフィルを自分の好みに合わせて組み合わせ持ち運べる「可愛いケース」を発売したのである。製品名を「ポスト・イット® 手帳用製品 ポータブルシリーズ」という。9月からの発売であるが、売上は当初予想を上回って上々ということだ。
■エモーショナルなブランド訴求を展開する
上記の通り、アンゾフのマトリックス的にモレのない成長戦略をとっているが、まだ、克服すべき弱点があることがブランド調査で判明したという。
ポスト・イット®ブランドのイメージとはどのようなものだろうか。「メモを書いて、貼って、はがして、また貼って」という使用方法にピッタリな程よい粘着度が製品の中核的便益であることは間違いない。その品質の高さは、100円ショップなどで販売されているノーブランドの付箋紙と比べれば明かだ。調査でもそのファンクショナルな価値の高さには高い支持が寄せられた。今後は「使ってみたくなる」「楽しい」などというエモーショナルな価値に対する支持を高めたいという。実は、前出の「ポータブルシリーズ」もその一環であり、単に女性向けにターゲットを拡大するのが狙いではなく、「楽しい商品群」を開発するというエモーショナル戦略の一部を担っているのである。
エモーショナルなブランド訴求のために、7年ぶりにテレビCMも制作した。
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(※YouTubeでの掲出は12月まで)
「ジブンをひらけ。」と題されたCMではさりげなく、「どこにでも貼れる」という機能も示されているが、それ以上に「前向きな自分に導く」というエモーショナルな訴求がなされていることがわかるだろう。
自社商品が成熟期に差し掛かったとき、どのような対応を行うのかの判断は企業によって異なるだろう。だが、今回の住友スリーエムにおけるポスト・イット®のアンゾフ的なモレヌケのない商品展開の可能性を探る展開と、ファンクショナル+エモーショナルなブランド価値をさらに高める余地を探る訴求は参考になるだろう。商品開発も、ブランド訴求も、大概のことはやり尽くしたと考えがちな成熟期において、微に入り細をうがつような展開によって、成長余地を見つけることもできるのである。その意味で、ポスト・イット® 製品の事例は大いに参考になるだろう。