スピード経営と顧客視点:アパレルブランド「kay me」の場合
外資系コンサルティング会社出身の毛見純子(maojian works株式会社 代表取締役)はマーケティングコンサルティング会社経営のかたわら、自らも働く女性としての視点を活かし、アパレルブランド「kay me」を立ち上げた。そのスピード感とマーケティングエクセレンスな展開をインタビューで追ってみよう。(文中敬称略)
■事業への想い
3.11・東北地方太平洋沖地震。形ある物が儚くも消え去り、その後経済の停滞が続いた。その様を見て、コンサルティングを生業とする毛見は「有形のモノを生み出して、経済の復興の一助となりたい」との思いを強くしたという。
事業としてアパレルを選んだのは、自らが大阪・繊維関係の商家出身であることと、何より自らがリアルターゲットとして「ニーズに応えてくれる服がない。同様な未充足ニーズを抱えている人が少なくないに違いない」という読みからであった。
■「差別化集中戦略」としての事業ドメイン設定
アパレル業界のトレンドはファストファッションやユニクロに代表される低価格大量生産と、モード系ブランドのような高価格少品種に二極化している。つまり、マイケル・ポーターが「企業戦略の3類型」で指摘した「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦略」である。そこで、毛見は第3の選択肢を取った。「集中戦略」である。ジャージー素材と呼ばれる伸縮性のある素材のみを使用したイタリア製プリント柄の「働く女性のための」ワンピース。そのニッチなドメインに勝負をかけた。
■キャリア女性の未充足ニーズ
勝算はあった。毛見自身がキャリア女性であるが、朝から夜遅くまでの長時間労働を動きにくい黒いスーツに身を固め働く姿を目にするに、「もっと楽に、職場でも華やかに過ごしたい」という未充足ニーズを感じていたという。
毛見はフットワークを使った調査を開始した。有楽町阪急、西武(当時)、セレクトショップのエスティネーションなどキャリア女性の買い物場であるショップを徹底的に調査した結果、「華やかでカラダを楽に過ごせるジャージー素材のワンピース」が売り場にないということを実証した。調査対象はアラフォー、アラサーキャリア13ブランド426着(売り場の型数)。そのうち、ワンピースは59着。ジャージー素材は23着。さらに、時間が経っても着崩れないタイプで、1着4万円以下のものはゼロだったという。
ここで重要なポイントは、「市場調査」といいうと、フォーカスグループインタビューやネット調査などの実施が思いつくところであるが、「答えはデータの中にだけにあるわけではない」ということだ。自分の仮説を元に、何が売れるのかを「現場」で探索することの重要性が示されているのだ。
■バリューチェーンの構築
「売れる商品」というKey Success Factor(KSF=成功のカギ)がわかっても、その商品を作るためのバリューチェーンを構築しなければ事業として成り立たない。調達→パターン製作→縫製→在庫→出荷→販売→アフターサービスという一連のビジネスプロセスを実現しなければならない。そこで毛見はSNSやFacebookのつながりを辿り、大阪・船場の繊維商社との窓口を開拓することに成功した。しかも、毛見の熱心なプレゼンテーションによって「kay me」ブランドの将来性が買われ、大きな費用がかかる生地の在庫負担などバリューチェーンの大半のリスクを商社が負ってくれる契約を取り付けた。キャリア女性が手軽に手が届く1着4万円以下の価格実現も堅持した。
驚くべきはここまでのスピードだ。震災を機に事業を思い立ってから実に1ヶ月強しか経っていないのである。
■半径5メートルでの実証調査
毛見の最初の会社であるベネッセ。女性の多い会社としても知られているが、その元同僚にも同窓会で商品が出来上がるまでの間にヒアリングを行った。その結果、服のタイプと値ごろ感は大きな賛同を得られた。手応えがさらに強まった。
商社とのバリューチェーンが動きだし、商品が完成した。そこで毛見は「試着会」の開催に動いた。商品を30着制作してFacebookで来場者を募り、ホテルの一室での試着会も行った。「kay me」ブランドが世に出た瞬間である。参加者は服を気に入るだけでなく、参加者同士で「このニーズは私だけではなかった」という共感が広まった。するとその場で「売って欲しい」という要望が相次ぎ、全着が完売した。そこに至って大きな手応えを感じたという。
ここでも注目すべきは、スピード感を重視した「自分から半径5メートル以内」での調査・検証だ。ビジネスの確度を高めるためには調査は欠かせない。しかし、そこで時間を費やしてスピード感を失えば本末転倒になる。最初の30着が売れたのは、事業発案から僅か3ヶ月目のことである。
■利便性向上へ
「kay me」ブランド販売開始から8ヶ月後の2012年2月。それまで銀座7丁目のマンションの一室に開いていた「予約制サロン」の限界が露呈し始めていた。ターゲット顧客であるキャリア女性の買い物時間と運営時間が合わないのである。また、地方からの引き合いも多くなってきた。そこで、顧客の元へ商品数着を届け、気に入った商品を購入してもらうという「無人外商サービス」である「試着便」サービスを始めた。米国の靴の通信販売で有名な「ザッポス」と同様、不要であれば返品自由というしくみだ。サービスを始めてみると、「手持ちの服と合わせて試せる」「家人の意見を聞くことができる」と大好評であり、数着送った商品の中から必ず1着は購入してもらえるという結果になったという。
ここで注目すべきは、顧客に対して実現しているのは「利便性の向上(Time saving)」だけではないということだ。実は、利便性を上回る「痒いところに手が届く」=「私のニーズに細かく対応してくれている」という「心理的な満足感(Peace of mind)」が実現されているのである。店舗の悪条件を克服するために、顧客の立場で考えたサービスの結果である。
■銀座4丁目の常設店舗開設へ
さらなる顧客利便性の向上のため、7月に銀座4丁目に店舗を開設した。営業時間は20時まで。予約があれば21時まで開店しているという。
開店して1ヶ月経ってわかってきたことも多い。何といっても顧客の買いやすさが向上した結果、売上が大きく伸長した。それだけではない。店が顧客同士のコミュニケーションの媒介となっている点が大きい。単独客もいるが、グループ来店の顧客も多いという。そこでの顧客とのやりとりの情報は重要な商品開発のヒントになる。現在、さらなる品目数の増産を計画中であるという。
■「マーケティング3.0」の実現
フィリップ・コトラーは、これからのマーケティングは「顧客との共創」が重要であるとして、「マーケティング3.0」を著した。その実現された姿が「kay me」では見て取れる。
銀座4丁目の店舗内だけでなく、多くの購入客とはメールのやりとりが続いている。その中で、他の人が「kay me」をステキに着こなしている姿を見た情報や、自分が着て人から褒められた話などが寄せられ、商品の柄やパターン、ディテールなど、より売れる商品のヒントが得られている。また、生地の柄選びにおいては、大手企業の秘書課を訪れ秘書全員に人気投票をしてもらい感想を聞いたこともあるという。
「試着便」も新たな使われ方をしはじめた。熱心なファンである顧客が、地方の自宅で自主的に友人を集めて「試着会」を開くようになってきているというのである。それは海外在住の顧客の間でも広まりつつあり、「kay me」ブランドは顧客の手によって海を渡るようになってきたのだ。
「スピード経営」「顧客視点」「マーケティングの整合性」。ビジネスの課題としてはよく上がることではあるが、その実現は容易ではない。それをスピーディーに、軽やかにやってのけている毛見純子とブランド「kay me」。その原点は、「自分自身も一人のターゲット顧客として、顧客視点で考えること」にある。インタビューの最後に、「kay meを一番好きな顧客は誰か」と尋ねたところ、「それは自分だと思う」と即座に回答があった。
画家のミレーは「人を感動させるためには、まず自らが感動しなくてはならない」という言葉を遺した。自らの商品・ビジネスへの愛、そして顧客へ向けた視点を、まだ小さなブランドから学ぶことは多いといえるだろう。