P&Gの徹底した「引き算戦略」
先頃発表された「2012年上期・日経MJヒット商品番付」。その西の前頭三枚目に異色の商品が列せられた。P&Gの「レノアハピネス アロマジュエル」である。「レノア」といえば多くの人が知る同社の「衣類柔軟仕上げ剤」のブランドだ。だが、この商品は衣類をふんわりと仕上げるという機能、つまり柔軟仕上げ剤の機能がない。「香り付け専用」なのである。この商品の狙いは何だろうか?
「レノアハピネス アロマジュエル」の売上は凄まじい。2012年2月中旬より発売開始をしたところ、わずか3週間で当初予定の2.5倍の売上を記録。3月中旬より出荷を一時停止するほどの人気商品となったのである。前頭三枚目に列せられた理由もその辺りにあるのだろう。
柔軟仕上げ剤の「中核価値」は、「衣類をふんわりと仕上げること」だ。それをどのように実現するかという「実体価値」である「より肌触りの良い仕上がり」に各社がしのぎを削る。しかし、P&Gが米国を中心に販売していた柔軟仕上げ剤「ダウニー」の香りが日本でも大ヒットしたことから、近年、「付随機能」である「良い香りの仕上がり」が注目されるようになってきた。コモデティー、成熟市場である柔軟仕上げ剤では、もはや中核価値、実体価値での差別化が困難になっていたため、現在の主戦場は付随機能である「香り」となっているのだ。
成熟市場で製品の価値構造を変化させている例としては、カラオケボックスが挙げられる。業界第1位のシダックスでは、カラオケボックスの中核価値である「歌を歌う」という要素を廃し、さらにそれを実現する実体価値である「カラオケマシン」までをスポイルさせて「歌わないカラオケルームの使用法」を提唱している。用いるのは実体価値の「個室・防音」という要素と、付随機能の「飲み物の給仕」だ。つまり、カラオケボックスの「会議室利用」を推奨しているのだ。一般の貸し会議室より料金が安価であることから、特に日中は人気を博しているという。価値構造の中核と実体の一部を「引き算」して新たな価値創造を行ったのである。
「レノアハピネス アロマジュエル」は従来の柔軟仕上げ剤の価値構造を変化させ、中核はおろか、実体も全て捨て去り、カテゴリーの枠を飛び出した徹底した「引き算戦略」を実行したのである。
実は、P&Gは以前にも「引き算戦略」の商品を2009年に上市している。衣類用洗剤の「さらさ」である。同商品は中核価値である「衣類の汚れを落とす」ことにフォーカスし、実体価値である「より白くする」という機能を引き算した。つまり、漂白剤や蛍光剤成分を取り除いた商品として製品化し、「洗剤の余計な成分が気になる」という層をターゲットとしたのである。
「レノアハピネス アロマジュエル」の引き算戦略の真価はどのように現れるのか。それは、「+α」の売上をもたらしてくれるのだ。P&Gによれば、「使用量によって好みの香りの強さを実現できる」としているほか、「他の柔軟仕上げ剤と組み合わせて好みの香りを作れる」ことをアピールしている。それはもちろん、自社の製品に対してだけではない。競合他社の商品との組み合わせも当然OKだ。
P&Gは柔軟仕上げ剤のシェア1位ではない。そして、トップから1位を奪取することは容易ではない。だが、徹底して「引き算」を行って価値構造を変化させた結果、柔軟仕上げ剤というカテゴリーの商品ではなくなった、「レノアハピネス アロマジュエル」は他社商品と共生できる無敵の存在となったのだ。
「顧客はドリルが欲しいのではない、穴を開けたいのだ」とは、顧客ニーズの本質についてセオドア・レビットが著した有名な言葉だ。
「顧客はふかふかだけが欲しいのではない、良い香りが欲しいのだ」。消費者のニーズは刻一刻と変化している。それを見極め、価値構造を変化させ、大胆な「引き算」を展開したP&Gの勇気が大ヒットにつながったのだといえるだろう。