縁起担ぎとデータが支える販促~落ちないペットボトルキャップ~
JR東日本管内の駅ナカで約1万台の自販機を運営しているJR東日本ウォータービジネス。その主力商品であるミネラルウォーター「FROM AQUA(フロムアクア)」は、1984年から駅ナカで発売されていた「大清水(おおしみず)」を2007年にブランドリニューアルして誕生したロングセラーだ。その商品がユニークな製品リニューアルと販売促進を展開する。
ペット容器に入ったミネラルウォーターを買うニーズとは何だろうか。もちろん、水道水よりカラダに良さそうという理由は大きいだろう。だが、駅ナカで買われる少量容器(500ml以下)の場合、持ち歩いていつでも喉が潤せるという利便性も欠かせない。ところが、時として悲劇は起こる。ボトルキャップを落としてしまうことだ。そうなったら、その場で飲み切らねばならなくなる。JR東日本ウォータービジネスの実施したネット調査では、その悲劇に見舞われた消費者は約70%にのぼるという。(n=1202)。
使い方はカンタン。写真のように通常のボトルキャップを開けるようにひねれば、カチッと止まって落ちないようになる。飲料業界初の画期的な構造である。
「ニーズギャップ(←キャップではない)に応えた良い商品を作れば売れる」というほど、世の中は甘くない。ましてや業界的には画期的でも、「落ちないキャップ」は消費者にとっては潜在ニーズに応える「機能的価値」の小さなカイゼンである。その意義をしっかりとアピールして手に取ってもらい、使いやすさという効果を実感させなければならない。そこで、販売促進の施策が考えられた。この時期最も落ちて欲しくない、受験生にサンプリングを行うのだ。縁起担ぎである。
現代マーケティングの大家、フィリップ・コトラーの「マーケティング原理」の最新版でも事例紹介された、ネスレ「キットカット」の受験生プロモーションも、「きっと、勝つと」という自然発生的な縁起担ぎをさらに精緻化したものだ。「FROM AQUA(フロムアクア)」を、有名私大の受験日に受験生に対して“落ちないキャップで今日もカチッ” を合言葉にした合格祈願サンプリングを実施するという。「落ちない」ということを印象づけるための「情緒的アプローチ」の展開である。
「落ちない」という効用を実感させるサンプリングはその後も大規模に継続される。八王子駅、国分寺駅、大船駅、船橋駅、川口駅等の東京近郊約150 駅付近の街頭で朝に約15万本が配布される予定だ。東京近郊、そして例として挙げられた駅名を見て疑問符が浮かんだ人も多いだろう。サンプリングなら大きなターミナル駅で行った方が有効で効率的なのではないかと。そこが実はこのキャンペーンのミソなのだ。
JR東日本ウォータービジネスの自販機は、約4,500台にSuica決済端末が搭載され、自販機POSデータが収集されている。従来、補充の際に何が何本売れたかがわかるのみであった自販機が、いつ、何が売れたのかという情報を取得できるようになっている。そのデータを、【居住エリア×購買エリア×時間帯売上】 によるクロス分析で検証した結果、「ミネラルウォーターは、朝の出勤の乗車前に最も多く買われる」ということなのだ。購買は乗車前の”発駅”、飲用はホームでの待ち時間など”移動中”という消費者の姿が浮かび上がってくる。そこで、最もニーズが高いときにサンプリングして手に取らせ、通勤途の移動中にキャップが落ちない利便性を体感させようという作戦だ。
消費者のニーズギャップに応える機能改善を、「縁起担ぎ」という情緒的アプローチで訴求しつつ、データに裏付けられた科学的な販売促進を展開する。この、右脳と左脳の両面作戦がどのような結果をもたらすのか。それもまた、自販機POSデータがやがて教えてくれるだろう。
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BlogをJR東日本ウォータービジネスの田村社長が読んで面白い話をメールしてくれました。
当初、同社ははエキナカミネラルウォーターは「着駅で買って会社等で飲んでいる」というものだと思い込んでいたそうです。
「重いから、持ち運ぶのが大変」というイメージからです。
ところが、、自販機POSをクロス分析したところ、「発駅で買っているようだ」と分かったのです。
その間違いは、単に、議論していたメンバーがエキナカでミネラルウォーターを買わない人間だったからだそうです。
思い込みをデータで修正することの重要さを示唆していると思います。
Posted by: 金森 | 2012.02.11 09:05 AM