定石を考える:リーダーの戦略とチャレンジャーの戦略
8月5日付日経MJに注目すべき2つの事例が掲載されていた。ミツカンの「ぽんジュレ香りゆず」と、キリンビールの「アイスプラスビール」だ。いずれも話題の商品だが、その開発の背景に注目してみたい。
■リーダーの戦略:ミツカンの「ぽんジュレ香りゆず」
同日の日経MJの一面は「ぽん酢ジュレ新市場かける 三つ巴の戦い“開蓋”」という記事であった。2010年の夏にヒートアップした「食べるラー油ブーム」。その後、にわかに注目が集まっている新形態調味料の大本命と思われるのがゼリー形態に加工されたぽん酢。「ぽん酢ジュレ」である。ヤマサ醤油、ハウス食品、ミツカンの3社が熱きシェア争奪戦を繰り広げる。
先陣を切ったのはヤマサ醤油。2月15日に発売を開始したが、震災で出荷を休止し、7月13日に再出荷となった。続いたのはハウス食品で、2月21日発売で同様に8月1日再出荷となっている。それに対して明らかに異なる動きをしているのがミツカンである。8月19日に初めて出荷を予定している。
記事によれば、ハウスは多様化する調味料市場の中、消費者が冷蔵庫の調味料棚のスペース確保のため選択をはじめるとの予想に基づき、「冷蔵庫内シェア確保」のために「単一目的ではない汎用性の高い調味料の開発」を目指したという。それに対し、ヤマサ醤油は醤油の消費量減少に対し、第2の柱である、ぽん酢の「使用用途拡大」を目指して開発をしたという。
「定石」から考えると、ここに1つのイレギュラーケースが見て取れる。製品の使用用途を拡大して市場を拡大すると、最も得をするのは誰か。それはシェアが最も高い「リーダー」だ。リーダーの戦略の1つに「周辺需要拡大」がある。かつて、歯磨き粉シェア1位の企業は「ランチ後にも歯を磨きましょう」と提案することによって、他社の売り上げも増えるが、シェアに比例して自社の売り上げが最も高くなる。では、ぽん酢のシェア1位はどこかというと、ミツカンである。ヤマサ醤油は醤油業界共通の悩みである、醤油消費量の減少という背水の陣で、他の醤油メーカー同様に別カテゴリー商品開発を図ったのだ。ある意味、覚悟の上で「パンドラの箱」を開けたのだとも考えられる。
ミツカンがその好機を見逃すはずがない。別のリーダーの戦略の1つに「同質化戦略」がある。下位のプレイヤーと同様な商品を開発し市場に投入。強大な販売力でポジションを固めてしまうのだ。飲料の例では大塚製薬の「ポカリスェット」に対する日本コカ・コーラの「アクエリアス」が有名だ。記事にはミツカンは<「競合2社が出たことで、市場の将来性に着眼」>したと、開発担当者のコメントが掲載されている。ミツカンが行ったのは同質化戦略の中でも「改善同質化」というものだ。その改善点が記事にある。先行2社の商品はメニュー提案の載った袋をむくとボトルが裸の状態になる。<「袋を捨ててしまうと、ぽん酢ジュレを何に使ったらいいのかわからなくなる」>という問題点を、ゼリー飲料などに使われる口栓付きパウチ容器を採用し、容器の両面にメニューを印刷した。また、<パックの上からもむことで好みの堅さに調節できる>という特性も加えたという。
■チャレンジャーの戦略:キリンビールの「アイスプラスビール」
キリンビールの「アイスプラスビール」は「氷を入れたグラスに注いで飲むビール」だ。7月に発売を開始したが出足好調であるという。
ビール、発泡酒、第3のビールを含めたビール系飲料のシェアは、近年アサヒとキリンがトップ奪取を繰り返しているが、「ビール」に関しては「スーパードライ」が牙城を築いて以来アサヒがトップを保っている。通常であれば、市場縮小で最も困るのはシェアが高いリーダー企業だが、僅差のシェアを持ち、市場が予想以上に急速に縮んで困るのはキリンも同じだ。記事には<ビール系飲料市場は若者のアルコール離れなどから6年連続で過去最低を更新。需要回復に向けた新たな切り口を求めていた>という開発の背景があるという。しかも、このビール、恐らくアサヒは決して作ることはできないのである。
アサヒが技術的に作れないのではない。これは、キリンがチャレンジャーの戦略である「理論の自縛化」を仕掛けているのである。
アサヒはキリンに圧倒的にビールのシェアの差をつけられていたが、1987年に「スーパードライ」を発売し、それまでビールの「うま味」や「コク」を訴求していたキリンに対し、「辛口」「キレ」という新しい概念をぶつけて消費者の関心を引きつけ、大成功を手にした。翌年、キリン、サッポロ、サントリーのビール各社も同様な切り口を持った製品を市場に投入し、「ドライ戦争」が勃発した。しかし、各社とも急速な訴求の方向転換ができずドライ戦争を制したのはアサヒであった。リーダー企業が今まで発信してきたメッセージと異なることを訴求し、方向転換を封じるチャレンジャーの戦略を「理論の自縛化」という。
その後、アサヒはビールではシェア1位となったが、キリンの復讐は発泡酒、第3のビールというカテゴリーが誕生したときから始まった。販売価格の低いカテゴリーの商品とカニバリゼーション(共食い)することを嫌い、アサヒはビール以外では積極的に「キレ」というキーワードを使っていない。それに対し、キリンは「淡麗生」などの商品で徹底して「キレ」や「スッキリ」を訴求しているのだ。シェア1位となったことで、逆に「理論の自縛化」をかけられたのである。
キリンビールが「アイスプラスビール」で仕掛けた「理論の自縛化」は、その味だ。記事には<氷を入れれば味が薄まるため、まずは濃い味設計を目指した。だが、通常の濃いビールでは苦みを感じてしまう>そこで、「甘み」を出す工夫をしたとある。<最終的に「エール」と呼ばれる、英国で親しまれるタイプの発酵法を採用し、甘く複雑な香りを強調した>という。つまり、「キレ」や「スッキリ」とは全く異なる方向性だ。
氷を入れて飲むビールは過去にサッポロビールも開発している。1988年発売の「オン・ザ・ロック」。氷に負けないアルコール度数9%というパンチの効いた商品だった。冷蔵庫で冷やしていなくても、氷に注げば冷え冷えで飲めるというメリットも訴求したが市場に定着するには至らなかった。しかし、2009年以来のハイボール人気、氷を入れて飲む「かち割りワイン」も居酒屋では人気を集めている。記事には<日本酒に氷を入れて飲むスタイルが拡大しているのに着目>したという背景もある。キリンビールの「アイスプラスビール」は市場の追い風をリーダーが受け止められない好機を活かした商品なのである。
戦いには「定石」がある。もちろん、「勝負は時の運」という言葉もある通り、いつも定石通りに行くとは限らないが、自らの状況を打開する策が見えてきたり、相手の出方がわかったりする場合もある。今回の2つの事例以外にも、市場ポジションを活かした戦いは展開されている。そこから自社のポジションに適合したパターンを学ぶこともいいだろう。
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