「国内最小・超豪華高速バス」は誰がためにある?
8月2日の日経MJに新型の高速バスが紹介された。今年4月から東京都徳島を結んで運行している、海部観光のマイ・フローラ。大型バスであるにもかかわらず、全12席と「国内最小」なのだという。誰が、どのような目的で利用するのか。そして、提供する企業の狙いはどこにあるのだろうか。
■「5つの力分析」で考える「格安徳島交通路線市場」の環境
リーマンショック以来のデフレ不況によって企業は地方拠点を相次ぎ縮小し、東京・大阪2大拠点体制に移行する例も少なくない。地方への出張需要は増加する。一方、個人の旅行需要は「安・近・短」が顕著になっているが、遠距離の移動であれば「安い」ことが重要視され、航空機なら早期予約割引の利用が進んでいる。しかし、航空機では発着便数、高速バスも路線が限られており、需要を供給が満たしきれていない状況だといえる。つまり、「買い手の交渉力」は弱い。
航空機だとJALもANAも早割なしの正規料金なら片道31,800円。(以下、比較は全て片道)。それに対し、ANAの25日前まで予約の旅割は12,770円、45日前までのスーパー旅割は9,970円とかなりお得だ。高速バスなら、JR四国バスのドリーム号は9,800円、海部観光マイ・フローラは12,000円と、航空機と同等。フェリーなら、オーシャン東九フェリーは2等客室が10,200円だ。航空機、高速バス、フェリーの料金が9,800円~13,000円の範囲に収まって拮抗している状態で、「業界内の競争」は激しいといえる。
「代替品の脅威」に関しては、上記に含めなかった鉄道は、新幹線のぞみと特急で18,920円となり、所要時間は約6時間30分と、時間がかかる割に高い感じが否めない。また、自家用車利用の場合、高速料金だけで20,800円なので、人数がある程度まとまらないと明らかに割高になる。つまり、ここで「格安徳島交通路線市場」は、あくまでメインは航空機、高速バス、フェリーを中心に考えれば代替品になり得るものはなく、「脅威は少ない」といえる。
「新規参入の脅威」に関しては、国内でも格安航空会社・LCCが設立された動きがあり、また、高速バスは車体以外の初期投資が少ないため参入障壁が低いことなどから、具体的な動きは未知数ながら「中程度」と考えるべきだろう。
調達に関わる「売り手の交渉力」では、燃料高などが主な心配だが、それ以外には大きな要素が見当たらないため、「中程度」と考えられる。
以上のことから、「5つの力分析」で考えれば、「格安」という武器を持って航空機、高速バス、フェリーが戦っているが、代替する要素も特になく需要も供給以上にありそうなため、概ね魅力的な市場であることがわかる。
■顧客は誰なのか?
航空機、高速バス、フェリーが戦う市場であるが、各々が本当に競合しているのかを、ユーザー視点でまずは検討してみる必要がある。
前述の通り、企業は地方拠点を相次ぎ縮小しており地方への出張需要は増加している。徳島も例外ではないと思われるが、その時「格安」が使われるかは疑問だ。出張の予定は直前に決まることも多く、早期割引は使えない。かといって、労働環境の遵法性が重要視されている中、高速バスを使うと移動時間に50%増の深夜残業代を支払うことになって高くつく。所要時間約19時間のフェリーは論外だ。だとすると、企業が業務目的・会社負担で社員を移動させるというケース(BtoB)は「格安徳島交通路線市場」のターゲットになり得ない。あくまで「個人客(BtoC)」であると考えられる。
では、その「個人」にはどんなパターンニーズがあるのだろうか。個人旅行者は旅行のスケジュールをかなり前から決めているだろう。故に、航空機の早期割引の利用が主となるだろう。しかし、航空機で最も早い到着はJAL便なら8:50着の朝便だが、羽田発7:40と空港までのアプローチを考えたらかなり辛いものになる。朝から行動したいなら前泊が必要であり、ホテル代がかかる。そうなると、限られた時間と予算を有効に使おうと思った時には、移動が深夜で早朝に市内に到着する高速バスが威力を発揮する。(フェリーは13:20着なので、のんびり派向き)。
個人で見逃せないのが、「自腹帰宅派」だ。企業の地方拠縮小という流れもあるが、単身赴任者も残されているのも確かだ。単身赴任者には企業から月1回程度、週末、東京の自宅に戻る交通費手当が出る場合も多い。しかし、月2回程度帰りたいと、自腹を切る単身赴任者も多い。そうした「自腹帰宅派」にはどのようなニーズがあるのだろうか。
■「3C分析」で「自腹帰宅派」のニーズを浮き彫りにする
顧客(Customer)に注目してみよう。ターゲットを上記の「自腹帰宅派」とした場合、まず、航空機の早期割引を使いたいところだが、週末も業務が入ってしまうため、なかなか思い切って予約を入れられない人も多いだろう。一方、高速バスはどうしても窮屈だ。金曜の夜、仕事を終えて土曜の朝に帰宅して家族サービスにいそしむ。また、日曜の夕食を家族で一緒にとって、月曜の朝には元気に出社するためには、「移動中の快眠」というニーズの充足が欠かせない。KSF(Key Success Factor=購入要因)は「航空機の早期割引と同等の価格で、時間が有効に使えて、快眠できること」である。
競合(Competitor)の動きはどうだろうか。JR四国バスのドリーム号は9,800円に+2,300円でプレミアムシートが設定されていて、シート自体の仕様に大きな違いはなさそうだ。しかし、3列仕様であり個室的快適性はない。「もっと快適性を!」というニーズギャップはありそうだ。
では、自社(Company)はターゲットのニーズをすくい取れるのか。活かすべき強みは何か。実は海部観光の会長は元バス運転手で、「いつかゆったり移動できるバスを作りたかった」というビジョンを持っていた(読売テレビのインタビューより)。その意味では、マイ・フローラの仕様は現場で顧客のニーズに長く触れてきた、会長ならではのビジョンの実現である。
日経MJの記事でインタビューに答えている人が如実にそれを示している。<「他の交通手段よりも快適で熟睡できる」。7月の中旬の夜、東京駅近くで乗車した東京・江東区の男性公務員(40)は、今回が3度目の利用。座席にゆっくり横たわり、単身赴任先に向かった>
問題は、本当にそれで収益が上がるのかということだ。試算してみると、収益は12,000円×12席(満席)=144,400円。支出は、高速料金は20,800円。軽油はリッター127円として、距離870Kmを燃費リッター10Kmで走ったとして約11,000円。人件費は税込み年収400万円×法定福利費30%の乗務員2名が平均月15日乗務したとして1回(片道)あたり58,500円。原価合計約9万500円。粗利53,500円。
試算にはバスの減価償却費と保険料を含んでいないが、他に固定費として大きいのは広告費だ。その点、「マイ・フローラ」で検索してみれば、多数のメディアに取り上げられていることと、口コミが多数発生している。また、海部観光には東京・徳島だけでなく多数の路線があることもわかる。つまり、マイ・フローラが収支トントンであったとしても、波及効果が大きいと考えられるのだ。
今回は高速バス・海部観光のマイ・フローラを題材に、市場の環境→顧客とそのニーズ→競合優位と自社の戦略・ビジョン及び収益性との整合性を検証してみた。こうしたマーケティング分析のキモは、「詳細に分解して考えること」と「ターゲットとそのニーズを明確にすること」である。分析結果の正否は筆者の「勝手分析」であるため定かではないが、一連の流れを参考にしていただければ幸いだ。
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