【加筆修正】 「BIG ISSUE」のおじさんに教わったこと
「ビッグイシュー(BIG ISSUE)」という雑誌を知っているだろうか。全32ページで300円という体裁と価格だけを聞くと高いと驚くかもしれない。その価格にはワケがある。「ホームレスの自立支援」だ。1991年に英国で発足し、世界で展開。日本版は2003年にスタートした。300円には、路上で雑誌を販売するホームレスの取り分、160円が含まれている。雑誌の販売収入を得て「路上生活→簡易宿泊所(1泊千円前後)→アパート賃貸・住所取得→住所をベースに新たな就職活動開始」という自立への目標ステップがあるという。
老子の言葉「授人以魚 不如授人以漁」(人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣りを教えれば一生食べていける)と同じ思想だが、目標達成は容易ではない。暑さ寒さに耐え、1冊ずつ160円の収益を積み上げていく日々だ。買ってもらうために身なりをこざっぱりとし、「ベンダー」と呼ばれる売り子としての登録を証明する身分証を首からさげ、雑誌を高く掲げてアピールするのが彼らのスタイルである。
■2010年11月のはじめ:売り手と買い手の「あるべき姿」とは・・・
ある日の夕暮れ時、筆者は足早に有楽町・交通会館側の駅前を歩いていた。目にBIG ISSUEの売り子が目に入ったが、少々急いでいたことと、財布に小銭がなかったことを思い出して、その横を通り過ぎた。通りすがりざまに売り子と目が合った。そして、なんとなく気になって、100メートルぐらい進んでから引き返し、彼に「ください」と声をかけた。
すると、その売り子は「きょうは線路の反対側に来て売ってるからね」と笑顔を浮かべて妙なことを口にした。その笑顔、少しいたずらっぽい目の光を見た刹那に記憶が蘇った。BIG ISSUEを買う場所はいつもバラバラで、出張先の名古屋駅前で買ったこともある。だた、確かにこの売り子から何度か購入したことがある。
彼は話を続けた。「いつも反対側(東京国際フォーラム)を通るでしょ?今日はどうしたのかな、違う人だったのかなと思っちゃった」。
彼は、何度か不定期に購入しただけの相手のことを覚えていたのだ。そして、覚えていることがさも当然というように話しかけてきたのだ。それ以前に、すれ違いざまに「ここにいるよ」と目で合図を送ってくれていたのだ。
「顧客の認知」。売り手が顧客を覚えていること。それは商売の基本だ。しかし、不特定多数の顧客を相手に低廉な商品を販売する場合、なかなかに実現は困難だ。それを彼はやってのけている。簡易宿泊所と食料を確保するためには、BIG ISSUEを毎日10~20冊は売らなくてはならないのにだ。
そこまで考えてから、ふと、「きょうは線路の反対側に来て売ってるからね」と唐突に言った彼の言葉を思い出した。彼は、買い手である筆者も売り手である彼を認知していると信じて「きょうは・・・」と話を切り出したのだ。
売り手が顧客を覚えていたとしても、顧客も売り手を覚えておく義理はない。ましてや、通りすがりに何度か雑誌を買っただけの相手だ。「顧客も自分を覚えていてくれるに違いない」と思うのは、単なる彼の思い込みにすぎない。だが・・・。
あまたいるBIG ISSUEの売り子。何人もから購入した経験の中で、思い起こしてみれば彼ほど明るく人なつこい表情と話をする人が何人いただろうか。そして、ホームレスとは思えない、前向きな目の輝きを持った人は。そもそも、通り過ぎてからその目が気になって、きびすを返して彼の元へ引き返してきたのだ。
雑誌を手渡し、千円札を受け取って釣り銭を数えながら、彼は言葉を続けた。「年末宝くじが始まったら、また反対側に戻っちゃうからね」。その言葉に筆者は「ああ、それじゃあ、今度は気をつけて探してみるよ」とほほえみを返した。
300円の対価として受け取ったもの。それは、薄い雑誌だけではない。形容しがたい満足感だった。何か、胸が温かくなるような。
売り手と買い手の関係は、商品と対価の交換において対等である。であれば、「顧客満足」があるなら、「販売者満足」があってもいいのではないか。顧客は自分のことを売り手が認知してくれていることに満足する。顧客も売り手を認知していれば、売り手もうれしくなるはずだ。
顧客は自らの支払う対価以上の満足を得ることが当然の権利と思いがちだ。そして顧客の過度な要求にモチベーションが低下した売り手は、顧客への信頼と敬意を忘れ、対応が形骸化する。そんな悪循環を顧客の側から断ち切る努力があってもいいと思った。少なくとも、どんな商品を購入する時にでも、売り手のステキな対応にであった時には、顧客の側も敬意を払い、相手を認知するようにしたいと思った。
■2011年1月のはじめ: 人の好意にどう応えるべきなのか?
お互いが顔見知りになったという認識ができると、とかく相手が気になるもの。特に彼のいる駅前は、筆者の定番タウンウォッチのルートになっている。
ところが、彼の姿が年末年始と見当たらなかった。年の瀬が慌ただしくなる前に最新号を買った。月2回発行なので、少なくとも松飾りが取れる頃には次の号が売り出されるはずだ。
正月休みにして、郷里に帰ったのだろうか。それとも、晴れて自立して売り子を卒業したのだろうか。もしかして、病気でもしたのだろうか。名も知れぬホームレスの雑誌売り。その姿のない駅前を通るたびに、気がかりさと期待がない交ぜになりつつ増していく自分の心を不思議に思った。
何度目かの通り道。雑誌を右手に高く掲げた「BIG ISSUE」売り独特のポーズの彼を見つけた。いつもの如く、筆者を遠くから見つけてニコリと人なつこい笑顔を投げかけてきた。
ポケットの小銭入れから300円を取り出しながら、彼のところに歩み寄って雑誌と交換する。
「しばらく見かけなかったから、故郷に帰ったか、卒業したか、病気にでもなったのかと思ったよ」。と話しかけると、いつものクリクリとした瞳が少しだけ伏し目がちになった気がした。
「故郷に帰りも、卒業もしないですよ」。
いつもより小さな声でポツリと言ったあと、
「カラダは見た目以上にポンコツですが、何とか病気はせずにやってます!」
と、少し声を大きくして言葉を続けた。
何か、触れない方がいいものに触れた。開いてはいけないものを開いた気がして、少し気まずかった。
「もっと寒い故郷で新聞屋をやってたんですよ。頬が切れるくらい冷たい風が吹くところで、真っ暗で星が出ているうちから新聞を配っていたんです。だから寒さには強いんですよ」。
問わず語りに初めて彼が身の上話のようなことをつぶやいた。
もっと自分のことを話すのか。聞いて欲しいのかと思ったが、話はそれで終わりだった。いや、話したかったというふうではなかった。少し昔を思い出したことが、口から出たというような話し方だった。
筆者は一旦その場を去って、再び戻り、彼にレジ袋を差し出した。近くの果実店で買い求めたバナナ四本と蜜柑一山。合計500円だった。現金を渡したのでは、商売をしている彼に失礼だ。かといって、何かできないかと思案した結果の代物だ。それでも恐らく、差し出す筆者の姿はひどくおずおずとした様だっただろう。
「ありがとうございます!遠慮なく!」
思案したのは全くの無駄であった。彼はいつもの人なつこく、クリクリした目を輝かせて躊躇なくレジ袋を受け取った。
決して、ちょうど空腹であったからとか、「タダでもらえるものならば」といった様子ではない。かといって、差し出されたので義理で受け取るという風情でもない。
人の好意に感謝して素直に受け取る。その表現が最も適切に彼の反応を表現する言葉であるはずだ。
思えば、自分自身が人に対してそんな応え方をいつしただろうか。
「いやぁ、いいですよ~」。
「本当ですかぁ~、いいのに・・・。スミマセンねぇ・・・。」
また一つ、大切なことを彼から思い出させてもらった。
■2011年1月のおわり: 街の人の視線
「BIG ISSUE」は月2回発行される。1月の2号目の発売日からだいぶたったある日の夕方、いつもの駅前で雑誌を左手で高く掲げ、販売のアピールをした彼の姿を見つけた。
久しぶりだった。発売日には欠かさず駅前に立つ彼の姿がここしばらく見えなかったのだ。
私が彼を見つける以前に、彼はこちらに気がついていたようだ。遠くでニコッと笑顔をみせている。近づいてみると、もともと小柄な彼の姿が一回り小さくなったように感じた。雑誌代を手渡す前に、珍しく彼から話しかけてきた。
「いや~、ついに風で寝込んじゃいましたよ・・・」
インフルエンザではなかったというが、一時は体温が39度近くになり、都合10日間は寝込んだという。
「ちょうど新刊が出る前後だったんで、何とかしようと思ったんですが、無理をすると死んでしまうんで・・・」
日常的に「死ぬ」という言葉は比ゆ的によく使う。「仕事が多すぎて、もう死にそう」とか。しかし、彼の日常で「死ぬ」は、文字通り「死ぬ」なのだ。ほんの少しの差で、死が隣にあるある暮らしをしている。
「保険証を持ってないんで、こじらす前に休む。なけなしの金をはたいて、薬局で薬を買って、とにかく寝る。本当は医者の薬、抗生物質があれば一発で治るんでしょうが、そういうわけにもいかないんで、とにかく手に入る薬を飲んで寝て治す。これしかないんですよ。で、10日もすると、たいがい手元の金も、食べるものもなくなって、それ以上休むと首をつらなきゃならないようになる頃、治るんです」。
完治して調子がいいのか、シリアスな内容に似合わないニコニコ顔で、いつもよりよくしゃべった。
病み上がりには見えないほど、いつも以上に身奇麗にもしている。きれいにヒゲをあたって、頬が青々としている。シャツの襟首もきれいだ。「身支度はモノを買ってもらう以上、お客に対する最低限のマナーだ」というのが彼のポリシーである。しかし、路上ではなく簡易宿泊所に泊まって身支度を整えるためにも、雑誌の販売収益を上げることは欠かせない。病床から復帰して間もない今日は、特に気合が入っているということだろうか。ちょっと見た限りではホームレスには見えない。
寒い故郷出身だといっていた彼だが、今回は不覚だったなどと語り、大事にしなくてはなどと私が話す。そんなやり取りの横を通る街の人々の視線が気になった。
彼は独特の間合いで待ち行く人々に声をかける。
「BIG ISSUE 最新号発売中です」
大きな声で叫ぶのでなく、彼の「間」入った人に呼びかけるような、問いかけるような動作だ。私と話している間も販売の基本動作として途切れることはない。
彼の「間」に入っても、多くの人は一瞥もくれずに通り過ぎていく。それはそれで仕方ない。私も「BIG ISSUE」のことを理解する前はそうだった。
中にはチラリと侮蔑の色が浮かぶ眼差しを向けて通り過ぎる人もいる。確かに身奇麗にしているとはいえ、おしゃれな街の入り口の駅前広場では、いかんせん彼の姿はみすぼらしくみえる。
そんな人々の視線を見ながら彼と会話をしていると、ふと彼が言った。
「今回は何人ものお客さんに心配されちゃいましたよ。『発売日に姿が見えないってことは、これはきっと寝込んでいるに違いないと思った』ってね。ありがたいことですよ」。
彼は雑誌を売って、ものを食べ、簡易宿泊所で眠り、身支度を整える。そして金をため、いつか定住できる部屋を借りて職業を探すことを夢見ている。無関心だったり、蔑んだりする街の人の視線の中で、「死」がすぐ近い距離にあることを意識して生きているホームレスの雑誌売りを、その名前も知らぬ人のささやかな再起をかけた夢を支え、心を通じて暖かい視線で見守っている人がこの街にも何人もいたのだ。
この街も、この世の中も悪くないじゃん・・・。久しぶりに、そんな気持ちになった。
■2011年8月中ごろ:人と人の思い
有楽町駅前に立つ「BIG ISSUE」の売り子のおじさん。その姿を見かけなくなって、既に半年以上が経っていた。1月頃にも偶然タイミングが合わなかったり、彼が体調を崩して休んでいたりで幾度か姿を見かけないこともあった。しかし、最後に姿を見かけたのは2月ごろだった。以前、「帰る郷里やあてなどない」とも言っていたので、よほど重い病気にでもなったのかと心配になった。しかし、その消息を知る術はない。彼の姿がない駅前を通る度に気になったが、「きっと、立派に自立したんだ」と思うようにしていた。
ある日、何事もなかったかのように販売する雑誌を高く掲げて駅前に立つ彼の姿を発見した。
聞けば、3月11日の震災の日が「BIG ISSUE」の発売日だったそうだ。発売日には大量の雑誌を抱えて、電車賃の節約のために簡易宿泊所まで歩いて40分かけて戻る。ただでさえ大変な道のりなのに、その日は大勢の帰宅困難者に巻き込まれて動きが取れなくなったという。
「ホームレスが帰宅困難って、笑えないですよね」と、彼特有の人懐っこい顔で笑う。「ビルのエントランスで普通の人と一緒に夜明かししたんですよ」と、日頃の立場、地位、境遇に関わりない連帯感が生まれた夜を懐かしそうに語ってくれた。
その日の無理がたたり1ヶ月以上ダウンしたとのことだが、5月には復帰。結局その後3ヶ月は筆者とは街でタイミングが合わなかったため出会わなかったようだ。
「先生が消息がわかった最後のお客さんですよ」と、彼が妙なことを口にした。聞けば、彼は5月に復帰して以来、馴染みの購入客に再び会えたたびに無事を喜んでいたという。
彼の姿が見えないと心配していた筆者であるが、筆者もまた心配されていたのだった。
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Posted by: 枝浬名 | 2011.11.04 10:13 AM