任天堂の「Wii U」は血みどろの戦いを覚悟したのか?
任天堂からWiiの後継機が発表された。「Wii U(ウィー・ユー)」。しかし、発売直後に同社株価が<「斬新さは乏しい」(国内証券会社)として見直し買いを入れる投資家は限られた(日本経済新聞)>ことによって年初来安値を記録することになるなど波乱含みの船出となった。
後継機「Wii U」と2006年に発売された現行の「Wii」の違いは、その姿を見ればすぐにわかる。
<任天堂ホームページ内関連記事>
http://www.nintendo.co.jp/n10/e3_2011/02/index.html
コントローラーの形状が決定的に違う。大きな携帯型ゲーム機かタブレットPCを思わせる6.2インチのタッチパネルが鎮座しているのだ。7日、米ロサンゼルスで開幕した世界最大級のゲーム見本市「E3」での発表において、<(任天堂の)岩田聡社長は7日の発表会で、「初代のWiiよりも幅広い層にアピールできる」と述べた(YOMIURI ON-LINE)>という。例えば、<ゴルフゲームでは、テレビ画面にグリーンやカップ、床に置いたコントローラーにはボールが映し出される。Wiiのリモコンを握ってスイングすれば、コントローラーのボールがテレビ画面を飛んでいく仕組みで、実際のプレーにより近い感覚を体験できる(同)>という。
今日の任天堂があるのは、失敗の上に立って「立ち止まって俯瞰してみたこと」である。
1960年にセオドア・レビット教授がハーバード・ビジネスレビューで発表した論文にある「マーケティング近視眼」に陥らなかったことだ。米国の鉄道事業は自らを輸送産業と定義せずに、鉄道会社同士の競争にあけくれた結果、自動車産業や航空産業に破れ衰退した。そうした近視眼的な経営を「マーケティング・マイオピア(近視眼)」と呼んだのである。
任天堂も近視眼に陥って痛い思いを二度も続けてした。スーパーファミコンと、NINTENDO64である。ハードウェアは独自の高度な規格にこだわり、ソフトも高度な開発ができるサードパーティーを厳選し、子供のおもちゃ的なゲーム機のイメージ脱却を狙ったが、プレイステーション、プレイステーション2に破れることとなった。また、次世代のニンテンドーゲームキューブもプレイステーション2に一矢報いることはできなかった。
そこで、任天堂は「ブルーオーシャン」を見つけることにしたのだ。ブルーオーシャン戦略は戦わない。新たな市場を創り出す。「コアなターゲット」などのような、特定のセグメントを狙わない。新たな市場において、今までターゲットになっていなかった層を丸ごと取り込む。そして、新たな価値を訴求して、今まで持っていた付加価値からいらないものをどんどん捨てていく。任天堂は「ニンテンドーDS」と「Wii」でゲーム機市場で戦わないことを選択した。誰もが楽しめる、学べる、運動できる道具を提供する事業というブルーオーシャンを目指したのだ。
6月9日付日本経済新聞に「戦略分析」という記事で、任天堂・岩田聡社長のインタビューが掲載されている。サブタイトルに「高性能で巻き返し」とある。記事中ではYOMIURI ON-LINE同様に、<幅広い顧客層の獲得を目指す>とある一方、<「Wii」は家族が主な顧客層だったが、新型機は高画質な映像などで、熱心なゲームファンを引きつけたい考えだ>ともある。ターゲットが定まっていない様子が非常に気になる。
気になるのはポジショニングも同様だ。<MS(マイクロソフト)やSEC(ソニー・コンピュータエンターテイメント)のゲーム機に比べ見劣りしていた画像の表示性能も高める>とある。Wiiのポジショニングは、映像のきれいさなどではなく、「家族や仲間とワイワイ楽しめること」だったはずだ。そこにおいて、競合との差別化を行っていたのだ。
WiiのUSP(Unique Selling Proposition=自社独自の提供価値)は「体感」であり、それを用いて「家族や仲間とワイワイ楽しめる」ということだ。その意味では「Wii U」は好景気として正しい進化を遂げているといえるだろう。しかし、「体感」はもはやUSPとはなり得ていない。昨年11月に発売されたマイクロソフトの「キネクト」。Wiiがリモコンを通じて身体の動きをゲーム機本体に伝えるのに対し、ゲーム機X-BOXにプレイヤーの身振り手振りや音声を検知して操作を可能にする入力端末が「キネクト」だ。<発売してから販売台数1000万台を超えた(6月9日付日本経済新聞)>といい、少なからずWiiの販売シェアにも影響を与えている。つまり、任天堂は「Wii」の性能を高め、「Wii U」に進化させることで、競合とのガチンコ勝負を覚悟したのだといえる。
もはや任天堂と「Wii U」の前に広がっているのは青い海・「ブルーオーシャン」ではなくなってしまった。競合と血みどろの戦いを繰り広げる「レッドオーシャン」である。
そこで戦い抜くためには<良質なソフトをより集められるかが、Wii Uの将来を左右しそうだ(日本経済新聞)>とある。しかし、「ソフト」もゲーム機の延長、その一部としての「モノ」にすぎない。前掲「マーケティング近視眼」のセオドア・レビットは「顧客はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいのだ」という有名な言葉を述べた。道具である「ドリル」は「モノ」、「ウォンツ」。顧客が充足させたい欲求、「ニーズ」は「穴を開けたい」ということだ。
「Wii」という製品のキモは「加速度センサー」を組み込んで体感ゲームに仕上げたこと。しかし、消費者は「加速度センサー」という「モノ」の存在を知らないし、それを欲しいとも思っていなかった。任天堂は「従来にないゲームの楽しみ方」を「従来ゲームをしていなかった層」に向けて提案したことで成功したのだ。
任天堂「Wii U」がレッドーシャンを戦い抜く、もしくはそこから抜けてブルーオーシャンを見つけるためには、高性能なゲーム機のプラットフォームの上で動く良質なソフトで、「誰に」「どのような体験」を提供すればいいのかを、今一度立ち止まって考えてみることが求められる。
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私も今朝の日経の朝刊を読んで全く同じ事を思いました。その状況を見事に書き上げている金森先生に拍手。
任天堂は迷走が始まったのか、次の戦略が命運を分けそうな気がします。
Posted by: まきの | 2011.06.09 07:38 PM