「職人仕事」の話をしよう。
某駅前に陣取って15年。2人の弟子を従えた「靴磨き職人」から含蓄のある話を聞いた。
彼は客の靴を見ると、自分が磨いた靴かどうかがすぐわかるという。
職人の手仕事の跡は明確に残るものだ。靴磨きだけでなく、理美容師も自分がハサミを入れた髪かどうかはすぐわかると聞く。しかし、2人の弟子を従えた靴磨き職人の師匠の場合、ちょっと事情が違う。「靴クリーム」がオリジナルの特製なのである。「靴の自然派化粧品」とでも表現すればいいのだろうか。彼がオリジナルにたどりついたのは、既存の市販品では靴の革の表面を塗り固めて殺してしまからだという。
磨き方のポイントは、革の深部にまでクリームを染みこませ、表面は呼吸ができるような状態にすることらしい。その結果、染みこんだクリームが後から染み出すため、日常の靴の手入れは固く絞った濡れタオルで表面を拭くのがベストだと。
「いろいろなものを塗りたくるから、人間の顔も肌の状態が悪くなるんだ。本来、水で洗って拭くのが一番。それと同じ」と言う。
聞けばシンプルな話だが、彼とその弟子が磨くと靴は本当にピカピカになる。比喩表現ではなく本当に空が映るのだ。
「何で他の人間の仕事と違うかわかる?」と彼は聞く。無論、クリームの違いだけではない。
「磨き方の徹底度が違うの。ダイヤモンドと一緒。石炭もダイヤモンドも同じ炭素でしょ。圧力の違いで輝き方は全然違うものになる。技術がない人間が磨いた靴は、布で拭くと靴墨で汚れる。磨く時の圧力のかけ方、磨き込み方が違うの」。
空が映るまでに磨き込まれた靴の仕上げも、それで終わりではない。
「クリームが一度では奥まで入り込まないから、また1ヶ月もしたら来て」と客に再来を促す。「靴磨きの仕事は“一期一会”じゃダメなの。お客の靴を見たら、その靴の状態を見極めて、どれくらいの回数で、どこまで仕上げられるか考えて磨いていかなきゃいけないんだ」と。
職人の話から、何か感ずるところがあるだろうか。
「マーケティング職人」を自認する筆者は考えた。
余分なものを排してオリジナルにたどりついた靴クリームで徹底して磨き上げる。シンプルにして徹底したその仕事は、職人の技そのものだ。だがそれは、筆者自身のポリシーや仕事とも共通する。
日々記しているこのBlogの記事にあるように、筆者はあえて複雑なフレームワークを用いることを避けている。フレームワークは共通認識を形成するための道具でもある。複雑化しすぎると、読み手・聞き手を煙に巻く道具にもなりかねないからだ。そのため、ビジネススクールでは初期段階で教えられるマイケル・ポーターや、フィリップ・コトラーの基本的なフレームワークで極力説明ができるように心がけている。
シンプルな道具を用いる代わりに「徹底」する。見落としがちな細部に目をこらし、アタリマエと思われることを疑う。そして、フレームワークで切りまくる。石炭がダイヤモンドの輝きを放つようになるまでの圧力を加えるが如く。同じく街ゆく人々を眺め、コンビニの店頭に並んだ商品を見て、新聞の記事を読んでも、それをどう磨き込むかで輝くか、路傍にうち捨てられる石塊になるかが変わるのだ。
職人ならずとも、すべてのビジネスを営む人に学んで欲しいのは、靴磨き職人が「一期一会ではダメ」と言うポリシーだ。
顧客を離れられなくするには、顧客のココロの中を洞察する「カスタマーインサイト」が欠かせない。
そのためには、まず、「顧客がどのような存在なのかを正しく認識すること」から始まる。靴磨き職人が、客の靴が今までどのような人が、どのような手入れをしてきていて、現在どのような状態にあるかを見極めるのと同じだ。
次に、「顧客にとっての利便性を提供すること」だ。手間の軽減という、わかりやすく目に見える効果は顧客の満足度を向上するためには欠かせない。靴職人は「固く絞ったタオルで拭くだけで日々の手入れはOK」という利便性を提供している。
最後に重要なのは、「顧客に“やっぱりこれでよかったんだ!”と思わせること」である。そのために、靴職人は長期間にわたって客の靴をどう仕上げるかを考え、最適な状態を保てるようにしている。
「顧客は靴を磨いて欲しいのではない。ピカピカの靴をはいていたいのである」。
マーケティングの基本の基である「ニーズとウォンツ」の関係を表す言葉、「顧客はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいのだ」と同じ。本質的なニーズに応えているのである。
あなたのビジネスは、顧客を「空が映る」までに磨き込み、輝きを放ち続けるようにできているだろうか?
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