「コマセ」を撒く、マクドナルドのしたたかな勝算
「獲物を釣り上げたい」と思ったら、あなたはどんな手を使うだろうか。普通の釣り方で辛抱強く待つか、獲物が食いつきそうなエサを使うか、それとも釣りではなく一網打尽を狙うか・・・。
帝国データバンクによると、居酒屋の倒産件数が過去最高を記録しているという。(2月14日SankeiBiz:「居酒屋」の倒産、過去最多 消費者の低価格志向で競争激化 )
背景としては、07年からの道交法改正によって、飲酒運転が厳罰化された影響もさることながら、デフレによる消費者の低価格志向で値下げの消耗戦が展開されたことが最も大きい。今日、外食産業では「規模の経済」を効かせ、調達コストの低減や人件費の効率化を図ることが欠かせない。参入障壁が低い業種ゆえ、個人経営や小規模チェーンも次々に新規参入するも、生き残りができずに倒産件数が益々上昇するという構造が出来上がっている。
デフレ下の勝ち組といえば、すき家を運営するゼンショーが日本マクドナルドを抜いて連結で昨年、外食産業売上トップとなったことが記憶に新しい。グループの中核である牛丼のすき家は、店舗数でも吉野家を抜き第1位となっている。
何かに駆り立てられるような拡大路線のワケは、同社の財務諸表・バランスシート(BS)をから見えてくる。有利子負債の占める割合が多く、そのうち1年以内に返済期限の来る短期有利子負債も大きい。つまり、どんどん拡大し、店舗で日銭を稼いでキャッシュを回し続けることが欠かせないのである。しかし、それも顧客支持がなければ成立しない。
「終わらない“牛丼戦争”……ゼンショー、280円の狙い」 (2月9日Business Media誠)という記事に注目すべき記述がある。2009年に200円台の価格(290円)を打ち出して第3次牛丼戦争を仕掛けた同社であるが、「従来のまま値段を下げたら、これまでの値段は何だったのかと不信を与えるだけ」と、品質向上も同時に図ったという。ポイントは「おいしいが粘り気が強く牛丼に使用したことのないコシヒカリを採用した」ことだという。
価格戦略において、価格は安いが品質もそれなりのポジションを「エコノミー戦略」という。普通に品質を上げれば価格も上がり、「中価値戦略」というポジションに収まるが、価格を据え置いて品質を上げれば「グッドバリュー戦略」という競合価格優位性が発揮できるポジションを獲得できる。つまり、「エビで鯛を釣る」のがゼンショーの狙いである。
「コシヒカリ」というエビで釣れる鯛は何か。それも記事に記述がある。「原価が高くなった分は客数とすき家の強みであるトッピング系牛丼でカバーする」ということだ。すき家と吉野家がよく比較されるが、サイドメニューやトッピングがない吉野家が苦戦し、すき家が好調なワケがここにあるのである。
FC化を進めた結果、売上ではゼンショーに抜かれたが、財務体質はさらに健全になり、「デフレの勝ち組」としての存在感も大きい日本マクドナルドはどうだろうか。
同社の戦略の妙をひとことで言えば、「バランス」だ。アメリカナイズされた新商品を繰り出したかと思えば、次には懐かしの日本オリジナルメニューを期間限定復活させ、高単価メニューの展開時には、100円・120円マックの販促も同時に行う。チキンのような大型新カテゴリー商品は高からず安からずという中価格帯で市場に送り出した。モレ抜けがない、恐ろしいまでにバランスの取れた展開である。
では、マクドナルドはどのような「釣り」のスタイルなのだろうか。
昨今のマクドナルドの釣りエサは「コーヒー」だ。評判の悪かったコーヒーの味をプレミアム化して市場の評価を得た。120円としてはコストパフォーマンスがよいと、オリコンの調査による「買いたいコーヒー」ではホット、アイスとも1位を獲得している。つまり、「グッドバリュー戦略」のポジションにあるわけだ。
さらに外部環境が変わった。新興国需要の高まりなどを背景とした、コーヒー豆の値上がりだ。コーヒーチェーンなどはついに吸収しきれずに、価格転嫁を開始する。スターバックスの価格改定は2月15日から。販売数の多いショートサイズを値上げし、優良固定ファン向けの大きなサイズを値下げする調整である。それに対し、マクドナルドは「値上げせず」の宣言を原田社長自らが行っている。(マクドナルド原田社長が制服姿で接客 コーヒー価格は「企業努力で吸収」: 2月14日オリコン)
また、二の矢も忘れてはいない。「コーヒー9品目2800店に拡大 マクドナルド社長(2月15日日本経済新聞)」。「マックカフェ」の名称で「カフェラテ」などコーヒーメニュー全9品目を扱う店は全国1800店。コーヒー専業チェーンより2~3割安い価格が消費者の支持を得ているため、2011年中に2800店まで拡大するという。同時に、コーヒーの2杯目を無料とするキャンペーンを20日まで展開する。
上記のオリコンの記事にある原田社長のコメントが注目に値する。「コーヒー豆の国際価格高騰について「他社と同様にインパクトを受けている」と実情を明かしつつ、「でもうちはハンバーガー屋。(現状の価格なら)企業努力で吸収できる。今後もコーヒーに力を入れてやっていきたい」と力強く語った」という。さらに、現状について「コーヒー単独で(のビジネス)は厳しいと思う」。しかしコーヒーを目的とした顧客の来店頻度の多さ、コーヒーをきっかけにしたバーガー類の購入等に触れ、「コーヒーのビジネスは大事。3月末から4月にもコーヒーのキャンペーンを打ち出していきたい」とした」という。
記事にさらっと書かれている「なお、同社の売上のうちコーヒーは3分の1を占めているという」という記述が極めて重要だ。原田社長のコメントにあるように、コーヒーでは利益は出ていないが、その売上げが3分の1までを占めている。さらに、無料コーヒーやお代わり無料のキャンペーンを展開して、客数を増やし、本業のハンバーガー類を販売するという戦略なのである。
価格戦略(Pricing)には、「ロスリーダープライシング」というものがある。赤字覚悟の目玉商品(ロスリーダー)を設定して集客。利益率の高い商品も同時購入するように誘い、低収益と高収益を合わせて全体利益を創出する「マージンミックス」で稼ぐ手法だ。
マクドナルドの展開は、もはやコーヒーメニューを「ロスリーダー」として大量に投下する。もはや「エビで鯛を釣る」というスタイルではなく、大量に魚を集めるための「コマセ」を投入しての釣りである。コマセは多くはエビとよく似ているが安価なオキアミが用いられる。確かに牛丼そのものをエサにトッピングを釣るより、コーヒーというオキアミを撒いてハンバーガーという鯛を釣る方が大規模・大胆に展開できるだろう。
プライシングはマーケティング戦略の総仕上げである。いわゆる4Pのその他の要素、製品を作る、販路を構築・維持する、広告を展開するという行為は全て「コスト要因」である。それだけに、プライシングが重要なのだ。ゼンショーの、そしてマクドナルドの大胆にして緻密な戦略に学びたい。
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