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2011.01.11

「トイカメラ」人気から学ぶべき「価値基準の変化」

 今日の不況は、デフレに起因して価値基準が変化し、一義的な問題として消費者が「モノを買わなくなった」ことにあるといわれている。しかし、「成熟市場」といわれる商品カテゴリーにおいてさえ、売れているモノもある。そこから何を学び取るべきなのか。

 1月10日付・日経MJに東京・渋谷の「ロモグラフィー・ギャラリーストア・トーキョー」の記事が掲載された。「ロモ」はロシアや中国で作られたプラスチック製のフィルムカメラを輸入販売する会社だ。ピントが妙に甘かったり、ずれていたり、色のコントラストが極端だったりという写真に仕上がる「トイカメラ」と呼ばれるカテゴリーに属する商品だ。同ギャラリーでは数千円台の普及機から4万円台の高級機までのカメラを販売するほか、一般のDPE店のように、写真の仕上がりを自動補整してカメラの「味」をダメにしてしまわないようなプリントサービスも行なっている。キャラリーの壁には所狭しと、トイカメラで撮影された味のある作品が掲出されている。

 今日、「トイカメラ」がなぜ流行するのか。それは、「できあがるまでどう映っているか判らないワクワク感」という一言に尽きるだろう。
 
 写真という言葉を広辞苑(第6版)で調べると、以下のようにある。
 (1)ありのままを写しとること。また、その写しとった像。写生。写実。
 (2)物体の像、または電磁波・粒子線のパターンを、物理・化学的手段により、フィルム・紙などの上に目に見える形として記録すること
 通常のカメラで撮った「写真」の意味は(2)であるが、広辞苑は原義を先に記述する用例となっている。

 今日のカメラは人間の目に写った映像を「ありのまま」として記録することにおいては、既に完成の域に達している。人間の目というものは恐ろしく高性能にできている。一昔前のカメラで撮影すると、「こんなはずじゃぁ・・・」という仕上がりに映ることも多かった。それが、暗いところでも夜景と人物の双方がきれいに映るように露光が調節されたり、脳裏に刻まれた被写体の笑顔と寸刻も違わぬタイミングでシャッターが切れたりということをやってくれる。全て自動でだ。その意味ではカメラは「映すことを楽しむ機械」から「映ることを楽しむ機械」変化したともいえるだろう。

 あくまで「映す」ことを追求する人々が購入することで伸長したカテゴリーが「一眼カメラ」だ。もはや成長余地がなくコモデティーと化して価格の下落も激しいコンパクトデジカメと比較して、一眼カメラはまだ伸びを示している。
 しかし、その一眼デジカメにも変化が現れている。従来の機種よりもコンパクトで、操作が簡単な「ミラーレス一眼カメラ」が売れ筋となってきたのだ。従来型とは「写し方」において大きな違いがある。従来機は光学ファインダーを覗いて映る映像を想定し、シャッターを切り、その後で液晶画面で写りを確認する。ミラーレスは液晶画面で映すべき映像を確認しながらシャッターを切るのである。
 特に昨今流行っているのは「ボケ味」のコントロールだ。カメラファンの言葉でいえば「被写界深度」。露出の絞りが開放に近くなるほど、ピントの合う距離(範囲)は狭くなる。それを計算して露出とシャッタースピードを設定すれば、映すべき中心の被写体を際立たせて背景をぼかした印象的な写真を撮ることができる。ミラーレスはその調節を液晶画面で確認して調節しながらシャッターを切ることができるのだ。つまり、事前にあらゆる撮影効果をコントロールすることができるのである。

 全てを事前に、自らコントロールできるようになった今日のカメラ。そこに「失敗」の二文字はない。「意外性」の三文字もない。
 トイカメラの流行は、利便性と確実性という方向に極端まで振り切った今日のカメラに対する反動であると解釈できる。それは、カメラの流行だけではない。モノゴトは、一方に振り切った時にはその反動が出る。2007年に「メガマック」が人気を集め、2008年頃には牛丼、コンビニ弁当、カップ麺など様々な食品に飛び火した「メガブーム」は、それまでの健康志向の高まりや2008年度から法制化された「メタボ検診」などへの反動的需要であるともいえる。
 次のブームを読むには、一つの方向に振り切った状態を見つけ、その反対方向を見るのだ。

 トイカメラには、そのデジタル版の「トイデジ(トイデジカメ)」というものもある。液晶画面がなく、データをPCに移すまで仕上がりが判らないというものもあり、手軽に「ワクワク感」を楽しむこともできる。しかし、そうした簡便なものよりも、あくまで「フィルム」にこだわり、「トイカメラ」にこだわるファンも多い。そうしたファンは、iPhoneのカメラをトイカメラ風に画像を加工できるアプリなどもあるが、目もくれない。
 トイカメラのファンは、そもそもカメラに求めるニーズや中核価値が違うのだ。カメラは「ありのままを写しとる」ための手段ではない。作品を作るという「コト」を楽しんでいる。トイカメラを購入して撮影し、フィルムの現像・焼き付けを依頼して仕上がりを待つという一連の行為にまつわる「非日常的ワクワク感」を購入しているのだ。
 
 2008年以来自転車ブームであり、「自転車通勤」も脚光を浴びている。自転車に乗ること、それで通勤することという手段が目的化している。自宅の片隅で起きっぱなしになっている高価な自転車も少なくないだろう。ブームを一過性のものにしないためには、サービスの提供が足りない。
 「ロモグラフィー・ギャラリーストア・トーキョー」の売り物の一つは、フィルムの穴の部分まで使って撮影したフィルムにも対応するなどの、様々な形態での焼き付けサービスだ。もう一つが、月に数回開く撮影テクニックを学ぶイベントや撮影会。参加資格は「写真に少しでも興味のある人」であり、カメラの貸し出しまで行なうという。

 流行の兆しをつかむ。それを一過性の流行に終わらせない。そのためには、言い古された感もある「モノからコトへ」「モノ売りからサービスの提供へ」という言葉を真摯に追求してみる必要があるだろう。


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