吉野家が「自社株買い」で目指す成長戦略
吉野家が筆頭株主である伊藤忠商事が保有する全株を買い取った。「経営の自由度を上げる」「中国などへの進出を加速」などと、日経新聞をはじめとするメディアが伝えるが、具体的にはどのような成長戦略を描いているのかを考察してみる。
吉野家はやる気満々である。
「すき家」を運営するゼンショーにトップの座を奪われて久しく、昨年投入した低価格メニュー「牛鍋丼」による効果も短期間で息切れしたというマイナス面が取り沙汰されるが、吉野家には財務的な底力がある。ゼンショーと吉野家ホールディングスのバランスシート(BS)を比較してみれば、一目瞭然だ。ゼンショーはBSの右側の短期有利子負債が大きい。そのため、否が応でも規模を拡大して低単価でも日銭をガンガン稼いでキャッシュを回していくことが求められる。対して吉野家は有利子負債が少ない。それが、今回、自社株買いのためにみずほ、三菱東京UFJ、三井住友の3行から75億円の融資を受け、勝負をかけることを可能にしている。「吉野家は大丈夫か?」といった声も牛丼戦争といわれる競争環境の中で聞かれるが、どっこい、まだまだ戦いには第2ラウンドがあったのだ。
では、吉野家は何を目指すのか。
成長戦略を考えるフレームワーク、「アンゾフのマトリックス」で同社の展開を分析してみよう。マトリックスは、縦軸に既存市場で勝負するのか、新市場に展開するのかという市場の軸をとり、横軸に既存製品で勝負するのか、新製品を開発するのかという製品の軸をとる。次にその掛け合わせで、既存市場を既存の製品で深掘りする「市場深耕」、新市場に既存製品を展開する「新市場開拓」、既存市場に新製品を投入する「新製品開発」、新製品を新市場に展開する「多角化」の4象限を作る。
「市場深耕」は子会社化したステーキ店「どん」などの不振もあり、本業の国内の牛丼事業をどうするのかが課題だ。前述の通り、牛丼戦争の中で競合のすき家、松屋と並ぶ価格帯を「牛鍋丼」で実現し、値下げ合戦から一線を画す構えを見せた。しかし、今年初の各社一斉値下げキャンペーンに参戦。吉野家はその牛鍋丼を下回る価格で牛丼を提供している。多くのファンからも「まさか」の声が上がった。なぜそんな展開をしたのか。
おそらくそれは、吉野家の「牛丼へのこだわり」である。価格競争回避のため牛鍋丼を開発したが、牛丼に比べれば材料の肉質を見てもあくまでダウングレードだ。食べ比べれば違いがわかる。つまり、牛鍋丼で流出した顧客を呼び戻し、牛丼でキャンペーンをかけ、さらに通常価格に戻しても牛丼に回帰してもらうことが狙いだ。国内はメイン牛丼勝負。サブで低価格メニューというシナリオだろう。国内向けの投資余力はメディアの伝える通り、効率的ローコストオペレーション可能な店舗改装に充てる。となると、「新商品開発」にあたる、他業態の子会社はこれ以上増やさないということになるはずだ。
「新市場開拓」はもちろん中国事業だ。吉野家は国内市場はもはや規模は追わず、むしろ牛丼のプレミアム化を進めて、社運を賭ける主戦場は中国に置くはずだ。1月18日の日経新聞によれば、海外牛丼店舗は440店舗。ゼンショーの16店舗、松屋の2店舗を大きく突き放している。しかも、そのうち200店舗を中国に集中させている。そして、昨年9月にMSN産経ニュースが報じたところによれば、<9月末までに沿岸部を中心に218店を出店。21年2月期の販売額は約170億円に達した。さらに「2010年代半ばまでに1千店」の計画を掲げ、店舗網の拡大を急ぐ>という。計画は着々と進んでいるというところだろう。
中国という新市場では、狭義での「新商品開発」も自由だ。国内では、「吉野家ブランド」を守るためと、前述の「こだわり」で牛丼をメインに据え、メニューの幅をいたずらに拡張しないことに腐心している。しかし、それが一種の自縄自縛となっている感も否めない。一方、中国ではチキン系や豚系の日本では一般にお目にかかれない多彩なメニューを展開している。「現地化」しているのだ。
「多角化」も好調だ。参加の「はなまるうどん」も中国市場向けメニューや、うどんに入れるラー油をサービスするなど、「現地化」を進め好評を得ている。
吉野家の完全復活に向けた成長戦略の要が、日本国内ではなく中国にあるとすると、吉野家ファンとしては少々寂しくもある。しかし、軸足を移しバックボーンを強固にすることで、「吉野家ブランド」に恥じない品質の牛丼を安定的に国内で提供してくれるのだとすれば、むしろそれは歓迎すべきことなのかもしれない。
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