なぜ売れる?「パナソニック・ナノケア」の謎を探る
パナソニックのイオン・ミスト美顔器「ナノケア」が売れているという。しかし、その「売れる理由」を読み解くのは難しい。なぜなら、ある意味「売れるはずのない商品だから」だ。
12月10日付・産経新聞に「節約疲れ…ごほうび奮発 クリスマス商戦、高額商品脚光」という記事が掲載された。いわゆる「節約疲れ」が出てきたところで、目減りしていたし運用資産が回復し、臨時収入で「ぜいたく消費」が起きているとアナリストがコメントしている。高額商品の1つとして紹介されているのが、ビックカメラで売れ筋になっているというパナソニックの「ナノケア」である。「プレゼント用の需要が高い」ともある。
実際にビックカメラ有楽町店を見てきた。特設の体験コーナーがあり、平日の日中にも関わらず、女性客と男性客が各々、品定めをしていた。男性が美顔器をプレゼントするのは女性のリクエストがあってこそなので、「ナノケア」は女性のハートをガッチリとつかんでいることがわかる。
店頭の担当者に聞くと商品は3種類あり、特徴が異なるという。円筒形の「スチーマーナノケア」は、吹き出し口から出る「プラチナナノ粒子を含んだ温かいスチーム」を15分ほど浴びると、「キメが整った肌、ツヤのあるしなやかな髪」になるという。球形の「ナイトスチーマー ナノケア」は、枕の近くで付けっぱなしにして就寝すると、寝ている間に「肌のうるおいをキープ」してくれるという。もう一つ、二回りほど小ぶりな直径15センチほどの球形の商品は「デイモイスチャー ナノケア」。デスクやテーブルの上に置いて、仕事しながら、テレビ観ながら「肌のうるおいをキープし、うるおい美肌」になれるらしい。
冒頭に「売れるはずのない商品」と書いたのにはワケがある。「イノベーション普及論」で有名なE.M.ロジャースは、革新的な商品が受入れられるためには、「観察可能性」が重要であると説いた。
具体的な例がある。ネズミの被害に悩む南米の農村において、「殺鼠剤」の普及が試みられた。毒入りの餌を食べたネズミは確実に死ぬ。しかし、殺鼠剤は普及しなかった。ナゼか。それは、「薬が効いていることが、目に見えなかったから」だ。殺鼠剤は遅効性で、ネズミは毒入りの餌を食べた後、物陰や屋外に出てジワジワと死ぬ。即効性の毒なら、村人の目の前で転げ回ってすぐ死ぬだろうが、そのシーンを目にすることがないため、効果があるのかを信じられなかったのだ。
上記3種の「ナノケア」のうち、スチームが目に見えるのは「スチーマーナノケア」だけ。「ナイトスチーマー ナノケア」は「スチームに風を混入し、安全に配慮した温度設定で放出する」とのことで、スチームは目に見えない。さらに、「デイモイスチャー ナノケア」は本体にスチーム用の水をセットする容器すらない。「空気中の水分を集めて使用する」のだという。ビックカメラの売り場のデモ機では、来店客の女性が試していたが、傍から見ると機器の前に顔を突き出しているだけのようにしか見えないのだ。「観察可能性」がない。
効果が実感できるようになるには、「ナイトスチーマー ナノケア」は「2週間継続使用時」、「デイモイスチャー ナノケア」は「1日約2時間を2週間使用した場合」という条件が付いている。デモ機でちょっと試したぐらいでは効果は実感できない。効果を現す元=スチームも目に見えない。だが、売れているのだ。
売れている理由が、5月26日付・産経新聞・大坂版夕刊の記事で見つけることができた。「流行をつかめ!ビジネス最前線」というコラムだ。パナソニックは「高温のスチームを発生させる美顔器を販売し二けた成長を続けていた。しかし、爆発的な売れ行きにはならなかった」と記事にある。前出の1機種、「スチーマーナノケア」のことだろう。消費者調査をしたところ、「使い続ける自信がない」との声が多く寄せられたという。1日15分、美顔器の前にじっと座っていることができないというのだ。そこで同社は、「寝ながら美容」というコンセプトを考えたという。
忙しい現代社会において、「顧客満足」を獲得するための要素の一つは、「Time saving」だ。2009年のヒット商品番付にも載った花王の洗濯洗剤「アタックNeo」は洗濯の「すすぎ」を従来2回必要なところを1回で済む「泡切れの良さ」を実現し、「家事時間10分間短縮」という効用で大ヒットとなった。最近、テレビCMや交通広告でも数多く露出している、「家庭用自動掃除ロボット・ルンバ」も「お掃除するのは、ルンバの仕事」と、掃除からの解放という「Time saving」を訴求している。
「顧客満足」を真の満足にさらに高めるためには、「Time saving」だけではまだ不十分だ。パナソニックも、「寝ながら美容」を機能的に実現したものの、「情緒的価値」が必要であると考えた末に、本体の「球形のデザイン」に行き着いた。産経新聞のコラムでは、「あの丸いの、ください」と30歳代のOLが大阪市内の家電量販店に来店した時の様子を伝えている。パナソニックビューティー・ヘルスケア商品チーム主事、山田詩織さんという担当者は「女性は丸い形に癒やされる。理屈じゃないんです」と、組み立てがしにくいという開発チームの意見を説得したという。
利便性の提供という「Time saving」を達成したら、さらに「Peace of mind」という「癒し」を提供する。そこに至って、初めて真の満足を提供することができたことになる。「ナイトスチーマー ナノケア」は2008年11月の発売から09年3月までの累計で35万台を売上げ、当初計画である月1万台の2倍を上回る好調ぶりだという。
2009年11月6日付・日経産業新聞のコラム「デザインここで勝負」に、「デイモイスチャー ナノケア」に関する記述がある。「ナイトスチーマー」の成功体験を活かし、「仕事場でのデスクワーク中に肌を保湿する」ための商品として2009年11月1日に市場に投入された。パナソニックでの立役者は、前出の山田詩織さんである。「ながら美容」という言葉が全商品で浸透しはじめたところで、その定着を狙い、「ナイトスチーマーをそのまま小さくしたような形に決めた」という。山田さんは2商品について「姉妹のような感じで使ってもらいたい」と語っている。事実、Amazonで「ナイトスチーマー」か「デイモイスチャー ナノケア」を検索すると、もう一方が「よく一緒に購入されている商品」として表示される。狙い通り、「クロスセリング」が成功しているのである。
製品の使用感や効果はパナソニックのサイト内の「購入者の声!」というコンテンツだけでなく、「カカクコム」や様々なサイトでユーザーの生の声で確かめられる。だとすれば、重要なのは「スチームが見える、見いえない」ではないのだろう。まして、オフィスで使用しようと思ったら、デスクでもくもくとスチームを発生させるわけにはいかない。「目には見えなくても、いつでも自分をケアしてくれている」という感覚が大切なのだ。
ロジャースが「イノベーション普及論」を記してから40年が経っている今日、忙しいながらも癒しを求める現代社会に暮らす人々のKBF(Key Buying Factor=購入要因)は、彼の想像を遙かに超えたものになっているのである。
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