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2010.11.02

BOP攻略:インドの6400円冷蔵庫に見る「整合性」

 成功するマーケティング戦略、良いマーケティング・マネジメントの要件を上げるとすれば、その一つは間違いなく「整合性」である。それは普遍的な原則であるといってもいい。事例として、インドの低所得階層における冷蔵庫普及プロジェクトの発展段階を見てみよう。

 11月 1日付日経夕刊に「6400円冷蔵庫 郵便局と販売提携 印家電大手、農村に配送網」という見出しの小さな記事が掲載された。
 「6400円冷蔵庫」とは、インド・ゴドレジ財閥の家電大手ゴドレジ・アンド・ボイス・マニファクチャリング社が開発した、「チョットクール」という製品だ。製品仕様は、記事では<重量は8~9キログラム。コンプレッサーを使わず、「サーモエレクトリック」と呼ぶ電子冷却方式で庫内をセ氏5~15度に保ち、野菜、果実、飲料を保冷できる。冷蔵室はない>と紹介している。

 機能を必要最低限に絞り込んだ仕様が同じインドでタタ財閥が開発した自動車「ナノ」を想起させることから、「冷蔵庫版ナノ」と紹介しているメディアもある。しかし、機能をそぎ落すだけでなく、ターゲット層が生活の中でどのように使用するのか。そのために実現すべき仕様は何か。購入しうる価格で実現するために高価な部品と代替できるテクノロジーは何かというような探求を続けた過程は、「ナノ」の開発プロジェクト以上に意義深いといえる。
 詳細はJICA(独立行政法人国際協力機構)のWebサイトにゴドレジ・ボイス社 副社長G・サンドラマン氏の講演録と解説が掲載されているので、まずはリンク先を一読されたい。

 <BOP層向けの簡易冷蔵庫「チョットクール」の開発ストーリーとVLFMプログラム>
 http://www.jica.go.jp/india/office/information/event/2010/100526.html

 上記は現在注目を集めるBOP(Bottom of the Economic Pyramid=世界人口の約72%、約40億人存在する年間所得3,000ドル未満の開発途上国の低所得階層)へのアプローチ事例としても意義深いが、前掲の日経夕刊記事と併せて考えると、マーケティングの整合性がよくわかる。

 モノ作りとしての「チョットクール」の秀逸さはリンク先のJICAの記事でよく理解できるだろう。インドのBOPをターゲットとしてそのニーズギャップをしっかりとおさえていることが起点だ。JICAのページのG・サンドラマン氏の講演録より引用すると<インド人の80%以上は冷蔵庫を利用していません。インドでは最安価格帯の冷蔵庫でも6,000ルピー(約13,200円)はします。10億人を超えるBOP層は支払うことができませんし、多くは電気へのアクセスがありません。しかし、もし牛乳を保存したり、野菜や果物を傷むことなく保存したり、数本の冷たい水を得ることができれば彼らの日常生活は著しく向上することができます>という状況だ。

 ターゲットとその潜在ニーズを見極めた上で、どのようなポジショニングにすればターゲット層に受入れられるのかを考えた過程も秀逸だ。講演録では<チョットクールは冷蔵庫ではありません!チョットクールは別の商品カテゴリなのです!>とある。電気が通っていない場合もある。リビングで寝起きするような狭小な住宅に住んでいる。中古冷蔵庫のある家庭でも食料の長期保存はしないため水以外は保存されていないという状態。そんなターゲットに対して、「低価格な小型冷蔵庫を作りました!」というより、彼らの生活によりマッチする新しい製品カテゴリであると訴求した方が受入れやすいのだ。軽量なため、使用場所を固定しない可搬性がある。<12ボルトの直流電圧で機能し、バッテリーでもインバーターでも、太陽エネルギーでも機能>するため、電気が通っていなくても大丈夫。形状も絞り込まれた機能も、確かに従来のいわゆる「冷蔵庫」とは一線を画している。

 ここまでで、インドにおける社会的(Social)・経済的(エコノミカル)なマクロ環境と、その中でのBOPというターゲット層とニーズ、ターゲットに受入れられるポジショニング。そして、ポジショニングを体現する製品(Product)と、その販売価格(Price)が整合していることが判るだろう。
 しかし、問題はターゲット層に製品が行き渡ることだ。講演録にも<BOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しました。広く薄く広がる市場、顧客の購買力の低さ、利用者側の認識の限界、大きな文化的多様性などです>とある。中でも最も厄介なのは「広く薄く広がる市場」へのアプローチ方法である。
潜在ニーズはあるものの、新たなポジショニングの商品を説明し、販売するには販売チャネル(Place)の整備がカギとなるのだ。そこで、日経の記事にある「郵便局と販売提携」なのである。

 日経の記事によれば、「インド西部マハドラシュ州の郵便局と提携した」とのことだが、契約主体は政府系の「インド・ポスト」ではないかと思われる。販売方法は、<郵便局員が受注、配達、集金を担う>というしくみで、<受注1件ごとに275ルピー(約500円)を(ゴドレジ社が)郵便局側に支払う>というバックマージン方式だ。<同州の郵便局員は約6万3千人、うち配達人が8600人。冷蔵庫のない世帯の多い農村部にも拠点・人員を配置する点に着目して提携した>という。
 従来にない新たなポジショニングの商品は、説明を要する商品である。その点、配達員による販売であれば、その機能を担うことができる。また、(市場の地理的広さが判らないが)8600人という人数は、ある程度のカバレッジを確保できているのだろう。ターゲティング、ポジショニング、製品(Product)、価格(Price)、販売チャネル(Place)の整合性が確保できていることが判る。
 では、マーケティングミックス、いわゆる4Pの最後の1つ、Promotionはどうだろうか。4PにおけるPromotionは、「コミュニケーション」と読み替えることが多い。意味するところは、「販売促進(セールス・プロモーション)」や「広告」だけではなく、「広報」や、人が直接説明や実演、サンプル配布や営業を行う「人的販売」までを、きちんと総合的に組み合わせて考えるということだ。「コミュニケーションミックス」という。その点においては、販売チャネルである郵便配達員が「人的販売」をも担っている。さらに昨今は「口コミ」もコミュニケーションミックスに加えて考えるが、一連の施策で対象地域に口コミが伝播することも期待できる。

 G・サンドラマン氏が<BOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しました>というとおり、「チョットクール」はいくつもの難所を乗り越え普及を図っているところだ。乗り越えるべき最後の難所を、販売チャネル(Place)とコミュニケーション(Promotion)という問題解決に効く1粒で2度美味しい「郵便局と販売提携」を実現させたのである。

 BOP層へのアプローチは多くの日本企業も取り組んでいるが、「チョットクール」のマーケティングミックス(4P)及び環境とSTP(Segmentation・Targeting・Positioning)との整合性は学ぶべき事例であるといえる。
 但し、今一度認識したいのは、BOPの対極にある成熟市場である日本におけるマーケティングでも、「整合性」は欠かすことのできない大原則なのである。その視点で、成功したマーケティング戦略の事例を見直してみることもお勧めしたい。


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Comments

すこし 松下幸之助 の 水道哲学を 思い出しました

産業人の使命は貧乏の克服である。そのためには…

Posted by: mmx | 2010.11.02 10:41 PM

mmx様

ステキなコメントをありがとうございます。
自分で書いていながら何ですが、「なるほど!」と思いました。
BOP市場は魅力的ですが、単なる金儲けだけでなく「理念」をもって開拓しないといけないですね。

Posted by: 金森 | 2010.11.05 01:52 PM

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