吉野家「牛鍋丼」のチャレンジと課題を考察する
9月7日(火)から吉野家が「牛鍋丼」並盛り280円を全国発売する。「一人負け」とまでいわれる牛丼戦争において、生き残りをかけた一手の決め手は?そして課題はどこにあるのか?
■「牛鍋丼」記者発表
泥沼のような低価格競争を続ける牛丼戦争において、吉野家は新メニュー「牛鍋丼」に生き残りをかけた。9月2日午前、東京北区赤羽の吉野家本社において「牛鍋丼」の新製品発表会が行われた際、安部修仁代表取締役社長による「戦略新商品発表」のプレゼンテーションは、<前年比15%ダウンという大変厳しい状況が今年に入って続いていると明言>されたという(2010年9月2日Gigazine)
【速報】吉野家が牛丼・豚丼よりもリーズナブルな新製品「牛鍋丼」を発表(同)
http://tinyurl.com/2ddwj7w
発表会の内容は各メディアで取り上げられているが、同Gigazineの記事は時系列で詳細にまとめられていて最も注目すべき点が多い。以下、同記事を中心に、他メディアの記事も織り交ぜて考察を進めよう。
■ポイントは肉以外の具材と少量化による原価率低減?
発表会においても、記者からの質疑応答に<牛丼の値下げは利益につながらない、他社が値下げをしたからこちらも……という、いわゆる「値下げ競争」には否定的な見解>を従来通り示したという(同)。既に一連の牛丼戦争に関する報道で有名になった事実ではあるが、吉野家は「吉野家の味を維持するため」として米国産牛肉にこだわっているため、他社より牛肉の原材料費が1.5倍高いという構造的な問題を抱え込んでいる。故に、安易な値下げができないのである。
<牛鍋丼は、牛肉、タマネギ、豆腐、しらたきを甘辛く煮込んでごはんにかけたもの>(livedoor News・nikkei TRENDY net 9月3日)だという。
同記事<新メニュー「牛鍋丼」に託した吉野家の“280円戦略”>
http://tinyurl.com/23ohd3o
上記によれば、記者向けの試食において、<運ばれて来たときの印象は、「ちょっと小さい気がする」。直径が牛丼より3ミリ短い専用のどんぶりを使っているという。見た目は牛丼に似ているが、よく見ると豆腐としらたきが目に付く(特にしらたきが幅を利かせている)。牛肉の量は52gと牛丼(67g)より少なく、ごはんも230gと牛丼(260g)より少ない>という。
確かに原価率の高いであろう牛肉が、しらたきと豆腐に代替され、ごはんや全体量も少なければ原価率低減には貢献するだろう。
■真のポイントは、「牛肉の変更」?!
Gigazineの記事にも<「牛鍋丼」が低価格でありながら利益率がいいのは、牛肉以外の具材を使用して原価を抑えたことが要因としてあるといいます>とあるが、最も重要なのはそれに続く部分である。<米国からの牛肉輸入の際に、これまでのように牛丼に適したピンポイントの種類の肉ではなく、牛丼用と別に甘辛く煮るのに適した牛鍋用の肉とに分けて輸入できるのが非常に効率がいいためだということです>とある。さらに、J-CASTニュースの9月2日の記事は<使用する肉は9割が米国産でオースラリア産1割>との発表があったことを伝えている。
吉野家が米国産牛肉にこだわっているのは、いわゆる「サシ」といわれる牛肉の脂肪の入り方が最もよく、柔らかさが出るからだといわれてきた。それ故、某庶民派経済評論家に代表されるような、コアな吉野家ファンは他社とは全く味と食感、柔らかさが違うと圧倒的に支持をしてきたのである。
もう少し、従来の吉野家の肉について言及すると、Wikipediaの吉野家に関する記述の一部が重要だ。<吉野家は必ずしも米国産牛肉にこだわっているわけでもなく、「“安い・美味い・早い”が実現できる牛肉(ショートプレート)を、他に安定供給してくれるところがあったら米国産牛肉ではなくてもいい」との見解を示している>とある。
Gigazineの記事にある<牛丼に適したピンポイントの種類の肉>がショートプレートを意味しているのは明らかだ。だとすると、牛鍋丼の肉は、部位も産地も従来の吉野家がこだわってきた肉とは別物であることを意味し、その部分での原価率低減効果が大きいのではないかと思われる。
■「同等の肉」「異なるメニュー」というパラドクス
「牛丼用こだわりの肉」は牛鍋丼には用いられない。とすると、すき家、松屋の牛丼用いられている主に豪州産の肉質と同等のものであったと仮定すれば、280円という同等の価格で、一方は肉がメインの牛丼、吉野家はその他具材も入った牛鍋丼という「同等の肉の土俵で異なるメニューによる勝負をする」という問題が生じる。
<試験販売でも『牛丼』から『牛鍋丼』にシフトする消費者もあったがそれほど多くはなかった><『牛丼』とのカニバリが懸念されるというよりは、新規の顧客の掘り起こしに貢献してくれる商品である」>との安部社長のコメントをマイライフ手帳@ニュース9月3日の記事( http://tinyurl.com/2blwtf8 )が伝えている。
確かに、吉野家の牛丼をその肉質にまでこだわり、高くとも支持するという客層は(減少傾向にあるが)存在する。しかし、肉質にこだわらず、とにかく安価に牛肉を食べたい人は、すき家を選択することになるのではないか。だとすれば、自社からの顧客流出防止、他社顧客の吸引という期待効果は実現できるのだろうか。牛鍋丼に商機があるとすれば、その味自体が、牛丼か牛鍋丼かというメニューの違いを乗り越えて評価された場合だ。それは可能なのだろうか。
■「原点回帰」とはいうけれど
この牛鍋丼のそもそものコンセプトは「原点回帰」にあるという。nikkei TRENDY netの記事には<明治・大正時代に、牛肉や野菜、豆腐などを甘辛く煮込んだ『牛鍋』の具をごはんに乗せたのが、牛丼の始まり。『牛鍋丼』はその原点に立ち返った“復刻版”商品」(吉野家・安部修仁社長)>とある。
Gigazineの記事には記者発表で紹介されたCMを撮影した動画がYoutubeにある。
吉野家TVCM「今、蘇る味」編( http://tinyurl.com/26xu5jo )
キャッチコピーは「100年変わらない、うまさだけを。」である。
「原点回帰」に関する評価はnikkei TRENDY netの記者の感想が印象的だ。
<「牛肉の代わりにしらたきを食べている」と思うと悲しくなるが、「これこそ牛丼の原点!」と、その歴史を噛みしめるのもよい。また、肉は薄いものの、手ごろな価格ですきやき丼が食べられると考えれば、お得な気もする。>
他メディアの記事においても、試食の感想は「価格の割には悪くない」=「コストパフォーマンス」は取れているという主旨の記述が目立つ。300円以下の安価なランチの選択肢としてはアリということなのだろう。ただ、「原点回帰」はあくまで苦境打開のための、吉野家としてのキーワードである。顧客が「回帰」したいわけではない。顧客にとっては<牛丼ばかり食べている人には新味のある選択肢になるだろう>(nikkei TRENDY net)と、新たな選択肢が提示されたにすぎない。競合、例えばすき家280円、松屋320円の牛丼に優位性のある魅力が評価されなければ、他社顧客の吸引という生き残りをかけた目的は達成できない。
■ちゃっかり「クロスセリング効果」も仕込まれている点に注目
牛鍋丼が顧客支持を獲得したとすれば、吉野家にとって、さらなる収益向上のチャンスがあることも実は見逃せない。
<結構濃いめの味付けだったので、卵がほしくなりスタッフさんに頼んで持ってきてもらいました。甘辛いタレの味がしっかりついた肉を溶き卵に浸して食べると、かなりすき焼きを食べているのに近い気分になりました><従来の牛丼より100円安いため、ちょっとリッチに卵をつけても罪悪感は薄いかもしれません>(Gigazine)
nikkei TRENDY netも<生玉子を加えても350円>と、ついつい卵を追加オーダーしたくなる味付けに仕上げてあるようなのだ。280円の牛丼に「おろしポン酢」「高菜マヨ」などのトッピングでプラス100円を稼ぎ出すのがすき家の得意技だ。しかし、多くの顧客が生卵を追加して、何も加工も調理もせずにプラス70円が実現できるとすれば、吉野家のクロスセリングは極めて効率的だといえるだろう。
マイライフ手帳@ニュースによれば、同記者会見で<10月7日から「キムチクッパ」を280円で全国発売することも合わせて発表した>という。メニュー開発に及び腰に見えていた吉野家も、ついに抜本的な原材料の変更という大なたをふるう改革に乗り出した。まずは、牛鍋丼で顧客支持が得られるかにかかっている。
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