なぜ、毎日事例分析を行っているのか?~「KKD」から「しくみ化」の時代へ
9月7日の日経新聞企業2面に掲載された、一見、関連性のなさそうな2つの記事。そこには、一つの重要なキーワードが隠されている。そして、当Blogの「こだわり」につながる部分もそこにあるのだ。
記事の一つは、日立製作所が新たに開発したシステムを紹介するもので、<日立、設計支援システム 役立ちそうな過去の開発事例表示>というタイトルが付けられている。モノ作りの現場において、<設計の各段階で、役立ちそうな過去の事例などをコンピューター画面に自動表示する>という機能だという。設計には1から10まで全て新規に設計を要するものだけでなく、ある程度、過去の設計をベースにして改変を加えることで完成できる「流用設計」というものがある。その際、設計中の<検索キーワードを抽出する技術と、検索した結果を業務との関連性で組み合わせる>という技術を用いて設計者の記憶に頼るのではなく、システムで効率化を促進するというものだ。
もう一つの記事は、<外食新潮流(上)>というコラム。「1皿105円」という低価格戦略で絶好調の「あきんどスシロー」の事例を記事の最初に紹介。同社の<真の強みはその価格を実現できる店舗運営術にある>としている。店舗では<客が入店するたびに大人と子どもの人数をコンピューターに入力>すると、<時間帯別に投入すべきすしの量と種類が表示される>という。そして、<客の胃袋の状態に合わせ、効率的にすしが回転レーンに運ばれる>ことで、<回転すし店の平均的な廃棄率は4~5%>なのに対し<スシローの廃棄率は1.5%>と飛び抜けた効率化を実現している。そして、その<コスト余力がメニューの低価格化につながる>という方程式を完成させているという。
設計の現場は、それこそ設計者の経験と知識がものをいう世界で、それをどのように組織的に共有していくのかということが課題となっていた。かくいう筆者もマーケティングともう一つの専門領域であるナレッジマネジメントの世界で10年以上、組織作りからITの活用までを通じて取り組んでいた。もう一方の外食・すしの世界においては、回転寿司は職人技だけではないが、客の顔色や様子を見て、何のネタを出そうかという加減は、やはりベテランの経験に依存するところが大きかっただろう。それをどのようにマニュアル化するかも大きなテーマだった。
「KKD」といわれる言葉がある。「勘」と「経験」と「度胸」だ。昨今ではそれは前近代的と批判されることが少なくないが、実はビジネスパーソンの能力として欠かせない要素であることは間違いない。「勘」とは英訳すればintuiton=直感力だが、もっと創造的なinspirationと解釈してもいい。「経験」もexperienceと直訳するより、practicalなknowledgeと解釈した方がいいだろう。「度胸」はcourage、言い換えれば「胆力」だ。是非とも身につけ、日々実践したい能力であることに間違いはない。
「KKD」に問題があるとすれば、それは個人の「暗黙知」である場合が多いということだ。「暗黙知」とは、一橋大名誉教授の野中郁次郎先生が「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」と定義して、「文章化、図表化、数式化などによって説明、表現できる知識」である「形式知」と対比させた。
設計者の記憶による効率的な流用設計。回転寿司のムダ・廃棄のないネタ出し。それらはベテランの暗黙知に支えられていたものを、ITの力を使って形式知化を飛び越して、業務設計に組み込んだのが2つの記事のキモである。
個人の能力に頼らず「しくみ化」することが求められるのは、ビジネスの世界が全体として余裕を喪失しているに他ならない。デフレで市場の値下げ圧力は限界を超えて高まっている。スシローの勝因の一つ(あくまで一部ではあるが)は、廃棄率を2.5~3.5%引き下げたこと。その差分が勝負を分けるぐらい収益構造に余裕がないのが今日のビジネスの姿だ。設計も部品メーカーであれば、完成品メーカーからの購買価格の要求は極限まで厳しくなっているだろう。完成品メーカーなら、市場の要求そのものが厳しい。もはや「KKD」に依存している余力はどこにもないのだ。
「マーケティングとは何か?」を定義する言葉は、ドラッカーやコトラーの有名な言葉もあるが、昨今は「売れ続けるしくみ作り」というこなれた言い方が定着してきた感がある。個人のスキルや、KKDで「売る」のではなく、誰がやっても、何度でも「売れ続ける」ことが重要であり、その「しくみを作る」ことこそがマーケティングであるという意味である。
コトラー流の「モダンマーケティング」のセオリーでは、今日の複雑化・高度化した消費社会を解き明かすことができないともいわれる。しかし、ナレッジマネジメントの世界では形式知化と共有の重要性として「成功事例を模倣してもそれが再現される保証はないが、轍を踏めば確実に失敗が再現される」といわれている。成功を再現する可能性をできるだけ高め、轍を踏むことを回避する。そのために、筆者は成功事例、または失敗事例の分析を日々行っている。
厳しい時代、余裕がない時代こそ、マーケティングが重要な意味を持つのである。こんな時代だからこそ、日々、セオリーに従った分析のをお伝えしたいと思っている。
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