弱みを強みにする・チャレンジャーの「企業資産の負債化」作戦
競争が厳しい市場に参入し、ある程度のシェアを確保しようとした場合、どのような手段をとるだろうか。特に、後発で物量作戦を展開できない、チャレンジャーのポジションとしての参入であったとしたら…。
チャレンジャーの戦略の基本は「差別化」である。大きな力を持って先行するリーダー企業に対し、何らかの差別化要素を市場に示し、まだリーダーが掘り起こせていない潜在客を獲得し、さらにリーダーの顧客を奪取する。その際、具体的な打ち手としては「マーケティングミックスの4P(Product・Price・Place・Promotion)」での差別化を図ることとなる。
競合する企業数の多さにインターネットの比較サイトの存在も相まって、厳しい競争が展開されている業種の一つに「高速バス業界」があげられる。同業界は、2001年の規制緩和で参入が相次ぎ、現在は生き残り時代に突入している。価格競争も凄まじく、東京~大阪の新幹線のぞみの運賃14,050円の4分の1程度を基準に数百円単位の競争が繰り広げられている。当然、Priceだけでは勝負ができない。ゆったりしたシートサイズと、カーテンでプライベートが確保できる座席などを装備したバスというProductでの差別化も激しい。
そんな競争環境の中、奇策ともいうべき、「東京~大阪500円ワンコイン」という脅威の価格で勝負する新興バス会社の「平成エンタープライズ」がある。
同社の狙いは、1日限定10席をワンコインという価格で提供することによって注目を集め、ワンコイン席の予約が可能ではないかと、高速バスを利用する際にまず同社の予約サイトに来訪させることを目的としている。つまり、Promotionとしての差別化である。
(過去記事参照:『「奇策」を「ただの奇策」で終わらせないキャンペーン設計とは?』 http://tinyurl.com/29h6lsh )
その、平成エンタープライズが、さらなる差別化策の展開を開始した。
日経MJ6月6日の記事に「夜行バス乗客用待合室 東京に来月、大阪・名古屋にも 着替えや仮眠も可能に」との記事が掲載された。同社の新サービスについてである。
記事によると、「VIPラウンジ」と名付けられた待合室は、バス乗り場から徒歩1分のオフィスビルに場所を確保し、着替え・仮眠だけでなく常時接続されたインターネットやドリンクバーも無料で利用できるという。
「高速バス」という製品の提供価値は、新幹線との比較で「安く移動できる」ということが「中核価値」になっている。そして、安い移動でも快適に実現できるかという「実体価値」が差別化要素としての勝負のしどころとなっていたのだ。しかしそれも、シートを3列にした、前後の間隔を広くとることなどの要素もスペース上限界がある。カーテンなどの遮蔽生の向上も、個室にするわけにはいかないのでやはり限界がある。故に、「安く移動する」という中核価値には直接影響はないが、魅力と高める「付随機能」としての「快適なラウンジ」が新たな差別化策となったのである。
同社の展開は記事にあるように、「オフィスビルの空室率が高止まりしている現状ではツアーバス各社にとって、都市部に待合室を確保する好機」を活かしたものだ。待合室を持つ運行会社が少なく、今までは雨天時には傘を差してバスを待つという状況だったことを考えれば大きな差別化ポイントとして機能することは間違いない。
しかし、この待合室の確保は、後発である平成エンタープライズ社にとって、さらに大きな意味がある。
「エイビスの車をお使いください。カウンターにお並びいただく列は、ずっと短くなっております」。米国のレンタカー会社の広告コピー例だ。業界№2を標榜するエイビスは、1位のハーツが追従しようにも追従できない戦略で攻撃している。すなわち、顧客数が少ないということは、すぐにチェックインできる最大の武器であったのである。
エイビスの例は、「企業資産の負債化」の戦略という。チャレンジャーが構築・蓄積してきた競争優位を無効にし、負債化する。(逆転の競争戦略:山田秀夫・生産性出版より抜粋)
平成エンタープライズのVIPラウンジの展開も同様の展開を行っているのである。
例えば新宿であれば、同社のバス乗り場は西口の「エルタワー前」だ。駅近くではあるが、待合室はなかった。新宿西口を知っている人なら、多くの高速バスが発着するヨドバシカメラ前の「新宿高速バスターミナル」の光景を思い浮かべるだろう。しかし、同社は後発参入故、発着場所を好立地には確保できない。他の拠点でも同様の状況だ。
好立地の発着場所を確保できない代わりに、待合場所を提供する。時間が近づけば、徒歩1分の距離を係員が先導し移動する。顧客にとって、何の不満もない。快適なむしろラウンジが快適であれば、満足感が高まる。一方の先行業者は、コストをかけて好立地の発着場所を確保しているため、今さらプラスアルファの投資はしにくい。つまり、そのスキを突いた戦略なのである。
チャレンジャーはリーダーの何倍も知恵を使わなければ生き残れない。ましてや、後発の不利を抱えているのであれば。顧客ニーズを深掘りするだけでなく、競合のスキにも常に目を光らせておくことが大切なのだ。
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