「検索」の進化とユーザーニーズの変化に学ぶ「当たり前」なコト
「検索」。それはナレッジワーカーのビジネスシーンだけでなく、もはや日々の生活で欠かせない行為となっている。その検索についての示唆に富んだ2つの記事がメディアに掲載されていた。
<速さよりも「検索しやすさ」を重視する人が増加?―検索エンジンに関する定期リサーチ(11)>(6月22日japan.internet.com)
http://japan.internet.com/wmnews/20100622/4.html
インターネットコムとメディアインタラクティブ(アイリサーチ)による定期調査の結果、昨年の調査結果における重視点が<「精度」と「スピード」>であったのに対し、<検索のスピードや結果画面の見やすさよりも、検索の精度や検索しやすさを重視する人が増えていることをうかがわせる結果となった>としている。具体的には<、「入力補助機能など、あいまいな記憶でも検索できる」が31.3%から4.2ポイント増加したが、「検索結果が表示されるまでのスピードが速い」49.0%が3.5ポイント減少、さらに「検索結果の表示画面が見やすい」が34.7%が10ポイントと大幅に減少した>ということだ。
わずか1年でユーザーの評価点が大きく変化するのは、それだけ検索技術の進化の速さを物語っていることになる。Googleの入力アシスト機能や「もしかして?」などは本当に便利であり、ありがたい存在だ。
では、「精度」と「スピード」が必要なくなったのかというと、そうではない。テキトーな候補リストを表示されたり、表示に時間がかかったりしたらイライラして二度と使わなくなるのは間違いない。つまり、それは「アタリマエ」になってしまったのだ。
検索サービスの「中核価値」は、「知りたいことが探せること」だ。それをどのように実現してくれるのかといえば、「正確」に、「早く」、そして「結果を見やすく表示」してくれることが「実体価値」として求められる。さらに、ありがたい機能として「入力補助機能」や「もしかして?」という付随機能が存在する。
しかし、アンケートの結果から考えると、今日においては「中核」として求められるのは、上記の「正確」から「見やすい結果表示」までがワンセットになっているのだ。さらに、本来「付随機能」であったものが、欠かすことができない「実体価値」に格上げされている。
例えばコンピューターは「計算」が主たる機能であったが、ワープロが開発され、インターネットが普及してからは「ドキュメントの作成」「インターネットの利用」までがセットで中核となったのと同じだ。ユーザーから求められる提供価値の変化に気づき、対応していくことが欠かせない。
それ以上に重要なのが、ユーザーの「本質的なニーズ」は何かということだ。
日経MJ6月28日総合面のコラム「IT新事情」に「検索依存からの脱却」という記事が掲載された。記事中で今年5月に刊行された「グーグル秘録(ケン・オーレッタ・著 土方 奈美 ・翻訳:文藝春秋)」の主旨が紹介され、<グーグルが最も恐れている存在は競合の検索エンジンではなく世界最大のSNS・フェースブックであることがわかる>としている。それは、<「検索」の価値を根本から脅かす存在としてソーシャルメディアを捉えているからだ>という。記事のサブタイトルにも「価値生む人のつながり」とあるが、その「人つながり」は「ソーシャルグラフ」と呼ばれ、<活性化すると情報の波及スピードは検索エンジンよりも確実に速くなる>とある。
しかし、問題はここでも「速さ」ではない。<ソーシャルメディアは潜在的な欲求を喚起できる可能性がある>としている。「人つながり」の中でのレコメンデーション(推奨)を指しているのである。
「人つながり」の「推奨」がなぜ、それほど効果的で、検索エンジンにとって脅威なのか。
実は理由は簡単。「人は、検索なんかしたくないから」だ。
人は検索エンジンに興味があるのではない。興味があるのはその「結果」だ。さらに、リスト化された一覧に興味があるのではなく、その先にある自分の知りたいこと、欲しい情報に興味があるのである。
検索をするのは、何らか「知りたいことがわからない」という、「ニーズ」が存在する。 それを満たす「ウォンツ」、つまり「道具」が「検索エンジン」なのだ。「こんなたくさんの情報が、あっという間に表示される!」という感動を覚えたこともあるが、それはもはや昔日。自分に必要な情報にさっさと辿り着き、それが確かに有用であるという確証が得られることが大切なのだ。それを実現してくれるのは「検索」である必要はなく、むしろ「信頼のおける人の書き込み」の方が有用である場合も少なくない。
「ニーズ」と「ウォンツ」の取り違え。顧客ニーズによりよく応えようと、自社の製品・サービスに磨きをかける。しかし、その努力に邁進するあまり、本質的なニーズを忘れ、思いもよらぬ「代替品」となる存在に顧客を奪われる。そんな例が過去から現在に至るまで多数繰り返されてきた。古くはハーバード大学大学院教授・セオドア・レビットが1960年にハーバードビジネスレビューに発表した論文『マーケティング・マイオピア(Marketing Myopia:マーケティング近視眼)』で指摘している。米国の鉄道会社の衰退は顧客ニーズの変化に気づかず、自動車やトラックや航空機という輸送の代替品にその座を奪われたという例だ。
高度進化した検索エンジンに対するユーザーのニーズは刻一刻と変化し、さらなる高度化を求める。しかし、その一方でGoogleすら脅かすソーシャルメディアの「人つながり」が代替としての存在感を増す。この一連の変化は「検索」やインターネットの世界だけのことではない。顧客ニーズと競合環境の変化を見極めるべき事例として注目すべきである。
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