値下げ&無料時代の逆張り:ANAの高価値戦略に学ぶ
牛丼、居酒屋に代表されるように、「チキンレース」ともいうべき果てしなき値下げ合戦が各種業界で展開されている。また、マネタイズ(収益化)のメドすら怪しいような無料サービスも散見される。そんな環境下で、「無料サービスを有料化」して好評を得ている全日空空輸(ANA)の例を考えてみたい。
日経MJ5月28日のコラム「着眼 着想」で、全日空空輸の機内サービス「ANA My Choice」が取り上げられていた。<「高級」に満足感 快適な空の旅>というサブタイトルが記されている。
記事によると、昨年12月にプレミアムクラスなどで提供される食事・酒類をエコノミー席で販売する同サービスが開始され、4月から国内線エコノミー席での飲み物の無料サービス終了と時を同じくしてサービスを拡充したという。取り扱う商品はスターバックスのコーヒー、千疋屋のみかんジュース、自社開発のオニオングラタンスープなど20品目。ジュースとスープは共に1日700~1000個を販売する人気商品だという。
無料サービス終了に際しては、ネット上でも「ジュースぐらいは飲みたい」とか、「あのスープが飲めなくなるのか」と惜しむ声や不満を呈する意見も多く見受けられた。しかし、現在ではそれを上回る高評価を獲得しているということなのだろう。
では、そのポイントはどこにあるのだろうか。
有料サービス開始にあたって、担当者たちは取扱商品のチョイスのため、新幹線の車内販売、コンビニ、百貨店を見て回ったと記事にある。販売するアイテムだけでなく、特に新幹線のワゴン販売という存在からはヒントを得たのではないだろうか。
考えてみれば、新幹線ではグリーン車でも当然の如く飲料や酒類、食事は有料だ。東海道新幹線で使い捨てのおしぼりが提供されるぐらいである。つまり、航空会社の無料サービスは慣例に過ぎないのだ。海外の航空会社は早くから有料化しており、堂々と料金を取って販売する。乗客も当然のように対価を払って購入する。
記事には機内サービスの企画担当者のコメントがある。「コスト削減効果はもちろんあるが、顧客満足の向上が当初の目的だった」(同紙より)という。
再生段階にあるフラッグキャリアだけでなく、航空会社が苦境に立たされているのはもはや誰しも知るところである。「コスト削減やむなし」との認識が顧客側にも広がっているのは確かだが、その中で、削減するだけでなく「満足を高める」ことを志向する活動に意味があるのだ。
ポイントは、従来無料だったものを優良にするにあたって、「誰に、(どこ・どのようなシーンで)どのような便益を提供するのか」をしっかりと考えたことではないだろうか。
同社は顧客のニーズを定量的に把握している。「ANAの調査によると、お金を払ってでも自分好みのサービスを選びたい人は6~7割いた」(同記事)という。それはどのような人だったのだろうか。
記事では「出張客や家族客に支持されている」とある。家族客は多くは旅行目的だろう。せっかくの「ハレの日」には、特別な体験をしたい。無料提供がなくなったのは仕方がないとするなら、同じものを有償で手に入れるより、いいものが欲しいと思うのではないか。
出張客には、やたらと出張慣れしている人と、たまの出張の人がいる。慣れている人は、従来でも提供されるまで待つ無料飲料に期待せずに、PETボトルを持ち込んでマイペースに飲む人も少なくなかった。なぜなら、出張で機内で過ごすのはごく当たり前の日常、「ケの日」であるからだ。たまの出張の人にとっては、家族客と同じく機内体験は「ハレの日」だ。同じ理由で高級有償サービスがうれしい。
担当者は「コンビニと差別化するために価値ある商品を選んだ」(同記事)と語っている。自分で持ち込む以上の「価値」をしっかりと提供していることが大きなポイントであり、顧客満足につながっているのである。
「機内」という特殊な空間とシチュエーションにおいてではあるが、従来の常識をもう一度見直し、顧客の立場で「価値」を自らに問い直して、「有償高級化」という昨今の世の流れに逆行して成功したANAの展開からは学ぶべきところが大きいといえるだろう。
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