エプソンの「インクを交換しないプリンタ」はコロンブスの卵?
エプソンからインクカートリッジを交換しないことを前提としたプリンタが発売された。それはユーザーの「便利」や「お得」を実現するだけではない。プリンタのビジネスモデルを覆す存在であり、同社ならではの事情やもくろみが、内蔵大容量インクタンクに詰まっている商品なのだ。
5月20日に発売された、エプソンのインクカートリッジレスA4カラープリンタ『EC-01』。「インクカートリッジを交換しない」仕組みは、次のようなものだ。
・本体内に大容量インクパックを内蔵し、約8000枚が印刷可能。
・インクがなくなれば本体が回収され、再びインクが充填されて配送されてくる。
極めて単純な仕組みだが、カートリッジ交換に比べてCO2排出量を約96%低減できるというから、エコロジー的にはすばらしい優等生だ。
それだけではない。経済性のすばらしさこそ、この商品の眼目である。A4カラー1枚あたり約8.2円、インク補充後は約6.6円となる。さらに大量の印刷枚数が見込まれる場合は、「インクおかわり2回パック」を利用すればいい。年間2回のインク再補充コミの価格を印刷枚数で割れば、1枚あたりの印刷コストは約5.5円となる。
インクカートリッジを交換せず、インクの再補充をメーカーから受けることによって、印刷単価がどんどん安くなる。ユーザーのとってはうれしい限りだが、しかし、これはプリンタのビジネスモデルを根幹から覆すものだ。
よく知られた話ではあるが、プリンタのビジネスモデルは典型的な「アフターマーケティング」型だ。微細なインクを噴出し、鮮麗な印刷を実現するテクノロジーの結晶が普及品であれば2~3万円で購入できる。メーカーとしては本体価格は収益トントンかマイナスだ。その代わり、印刷に欠かせないインクカートリッジはそのプリンタ固有のもので、インクが切れればメーカー指定の型番を購入するしかない。これが高い。画面に「インクが少なくなりました」というアラートが表示されると、少々切なくなる。つまり、ここが収益源だ。「アフターマーケティング」は顧客に商品・サービス利用し続けさせることで収益を上げるモデルである。要点は顧客を囲い込み、離反を防止し初期段階のマイナスを回収し、利益を積み上げていくことにある。
しかし、『EC-01』は従来の流通構造を根本から覆す、「インクカートリッジ不要」という「中抜き」モデルなのである。
今まで、交換カートリッジは家電量販店などの店頭で販売されてきた。『EC-01』のインク詰替えはメーカーが直接行う。「インクおかわり2回パック」ならば、通常別途費用がかかる保守料がコミコミになるため、ユーザーは安心でお得。メーカーはユーザーとの関係が密になるのでうれしい。しかし、量販店などのチャネルは中抜きされてしまうのだ。
流通チャネルの構造を変えることは、かなりの抵抗を伴う。中抜きされればチャネルの利益がそっくり損なわれるのだから当然だ。
それにもかかわらず、今回の展開を推したのにはワケがある。詰替えインクカートリッジ裁判だ。
家電量販店のインクカートリッジ売り場には、メーカー純正品以外に詰替えカートリッジが多数販売されている。エプソンと同業のキャノンが再生インク業者のリサイクルアシスト社との係争は、キャノンの特許権が認められ勝訴した。一方、詰替えインクでかなりのシェアを持つエコリカと係争をしていたエプソンは、特許が認められずに敗訴した。最高裁判決が下されたのは、2007年11月のことだ。
利益の根幹を揺るがしかねない事態に、ビジネスモデルの転換を図ろうとするエプソンの動きは無理からぬことなのである。
同商品の発売を伝えるエキサイトのニュースに注目すべき記述があった。
<インクカートリッジを交換しなくていいプリンタ登場!?>(Excite Bit5月26日)
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1274274613732.html
<同プリンタのユーザー層として、文書印刷の頻度の高い個人(持ち帰り仕事の多い人など)、10人未満の部や課の共有プリンタとして使用する法人を狙っているそうだ>とのことだ。プリント需要が多く、インク使用量も多い。故に、コスト低減のために詰替えカートリッジを選択する可能性が高い。しかし、高価な複合機のように営業担当者が訪問するほどの収益は期待できないという、一種の真空地帯を埋めることが期待されているのだ。
メーカーの切実な事情から登城した新たなプリンタの形態が、どれほどのユーザーの支持を集めるのか。また、1機種ならまだしも、後続機種が投入されるなら、チャネルの抵抗も予想される。
プリンタのビジネスモデルを変えるかもしれない、この動きが今後どうなっていくのか、エプソンの新たな挑戦に注目したい。
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