赤い海を行く花王の「徹底力」
競争のない市場を切り開く「ブルーオーシャン」。しかし、成熟市場において実現は難しい。好むと好まざるに関わらず、戦いは血で血を洗う競争の「レッドオーシャン」となるのが現実だ。如何ともしがたい現実の前では、「徹底した戦い方」ができるか否かで生き残りが決まるのである。
ブルーオーシャンのキモの一つは、「バリューイノベーション」といわれる考え方である。付加価値を生み出しつつ、顧客にとって重要度の低い価値を除去したり減らしたりする「引き算」して価値向上とコストダウンを両立させるのである。
現実には成熟市場ほど消費者の欲求は高まり、削ぎ落とせる要素を見いだすことは難しい。故に、要素を次々に「足し算」の競い合いになる。そして赤い海で勝ち残るためには、競争相手が行った「足し算」を上回る、さらなる「足し算」をいかにに迅速に行って相手の動きを無力化するかである。
成熟市場の典型の一つに食器用洗剤がある。食器洗剤の三大メーカーは、花王、P&G、ライオンだ。1995年まで花王、ライオンで市場の8割のシェアを占めていたところに、P&Gは「ジョイ」で参入。2008年のシェアは花王 34.9%・P&G 31.7%・ライオン 20.5%(日本経済新聞社)である。
現在のシェアの劣勢を挽回しようと、ライオンが満を持して「チャーミーマイルド」を改良発売したのが昨年12月のこと。元々は「手にやさしい」を売り物に、「チャーミーシリーズ」に「マイルド」の名を付け2000年に製品改良された商品だ。ライオンは独自の調査で<主婦の55%が手あれを感じており><台所用洗剤を購入する際に重視する項目は、「洗浄力」に次いで「手にやさしい」こと>を明らかにしたという。(マイライフ手帳)
現在のトップシェア商品は花王の「キュキュット」。2004年春、それまでのトップ商品、P&Gの「ジョイ」対抗のキラー商品とすべく、主力の「ファミリー」の派生商品として上市された。P&Gの「ジョイ」の基本的アプローチは、「強い洗浄力によって短時間で洗い物が済むため、手肌に悪い影響がない」というもの。それに対して、キュキュットは素早く確実な汚れ落ちを、「すすいだ瞬間、指先でキュッと汚れ落ちを実感できる」という、「情緒的価値」を加えて大成功した商品だ。
花王がキュキュットの新製品を上市する。ニュースリリース:<1月16日、“楽しい食器洗い”を応援する「キュキュット」シリーズから、確かな洗浄力で手にやさしい『キュキュット ハンドビューティ』を新発売><食器用洗剤に「手へのやさしさ」を求める人は3割以上と、「汚れ落ちのよさ」「すすぎの早さ」に続いて3番目に高いニーズ>だという。
基本的な論理構成はライオンと同様だが、花王の製品特性の付加の仕方が絶妙だ。ライオンの場合、チャーミーシリーズでは、「チャーミーマイルド」と<“落とす・すすぐ・乾く”が手早くできる『チャーミーVクイック』>とは棲み分けがなされている (08年5月のニュースリリース)。P&Gの「ジョイ」が「すばやい汚れ落とし」に特化しているように、「汚れ落ちの良さ」と「手へのやさしさ」は本来同居しにくい。技術的な問題ではなく、消費者が感覚的に対極に認識してしまいがちだからだ。しかし、『キュキュット ハンドビューティ』はどうだろうか。「汚れ落ちのよさ」「すすぎの早さ」「手へのやさしさ」と三段積みである。前出の花王のニュースリリースでは、<長年のスキンケア研究で培ってきた知見と技術を活かし、“優れた洗浄力”と“手へのやさしさ”を両立する食器用洗剤を実現>とある。スキンケア製品も展開している花王ならではのエンドースメント(裏付け)もなされており、消費者の認識における不整合も防いでいる。
もしかすると、この「三段積み」は、技術的には最初から実現できたことなのかもしれないとも思う。しかし、それでは「キュキュット」のUSP(Unique Selling Proposition=その製品ならではの独自の提供価値)がな何なのかぼやけてしまう。「汚れ落ちのよさ」に加えて、「すすぎの早さ」が体感できるというUSPが十分浸透する。そして、市場の「手へのやさしさ」への関心の高まりと、競合の動きを察知して、後からその属性を付加したのではないだろうか。
リーダーの戦略は「同質化」である。その戦略の基本を確実に、かつ徹底して行うところが、「赤い海の覇者」、花王の底力だといえるだろう。
« コンセプトが「伝わる」ってこういうこと! | Main | 「マーケティング観察眼」のススメ »
Comments