おせちブームである。景気の低迷によって「年末年始の旅行は控えるけど、せめてお家でちょっと豪華なおせちを食べましょうね」ってわけで、昨年あたりからブームに火が付いた。さらに今年はそれが加速して、百貨店各社はしのぎを削る熱い戦いが開始されている。”空前の”おせちブームといってもいいかもしれない。
そのおせちのラインナップに注目してみると、昨今の世相と、各社の戦略が見えてくる。そう、おせちはデパ地下マーケティングの集大成なのである!
■おせちの全体傾向は?
まずは、価格戦略(Price)に注目してみよう。おせちも景気動向の影響は否めない。そのため、「1万円おせち」などのロープライス路線の拡充は各社とも意識しているところだろう。しかし、松・竹・梅でついつい、「竹」を選んでしまう日本人の性格。そのために高価格帯も手を抜けないし、百貨店によっては10万円の強気商品を展開している例もある。但し、あくまで狙いは中価格帯への誘導であり、手堅く低価格帯も展開するというのが価格戦略である。
では、そのおせちはどのような製品戦略(Product)がとられているのだろうか。気になるのは「おひとり様おせち」を展開している百貨店が目につくことだ。少子高齢化に晩婚化、非婚化が進んで「正月に一人でおせち」を推奨しているわけではない。というわけでなく、「個食化」対応である。子供用と称して「キャラクターおせち」があったり、若いひと向けに「若手料理研究家プロデュースおせち」があったりと、おせちはそれぞれ一人一重になっていくのでは?と思える様相である。
かと思えば、定番の「老舗のおせち」はしっかりと存在感を示している一方、「懐かしのおばあちゃんの味おせち」なども充実を図っているようである。「おせち市場」まだまだ、市場のパイが拡大するであろう成長期なので、商品そのものの工夫のしがいはまだまだあるというところだ。
但し、おせちには制約条件がある。それは販売チャネル(Place)である。生おせちは「地域限定」にして数量の確保と、保存性と、運送にかけるコストを減らさなければならない。「」全国どこでもお届け」にしてしまっては安全性の問題や、味の劣化、運搬中に盛りつけが崩れるというようなリスクが生じる。提供する料亭や仕出しはいやがるだろうし、百貨店としても責任が持てない。そもそも食の好み地域で全く異なる。
考えてみれば、地域に応じた商品の提供は本来あるべき姿である。今までは多くの商品が「売る側の都合」で全国一律で行われていたのである。地域性のあるおせちは、見ていても楽しく、商品提供の本来あるべき姿を示しているともいえるだろう。
各社がどのようなプロモーション(Promotion)を展開しているのかは、最後にWebサイトで見ていくとして、それを見る前に、どんなテーマ性が設定されているのか、その切り口をざっくり見ておこう。テーマ性とは即ちポジショニング(Positioning)であり、各社の戦略の要だ。
「食の達人が仕立てたおせち」「いまどきおせち」「なつかしおせち」「三都雅おせち」「料理研究家のおせち」「ヘルシー精進おせち」「タイガースおせち」「おばあちゃんの味おせち」・・・ホンッッッッッッッッッッとに種類が多くうまくカテゴライズできないのである。消費者ニーズの多様化に対応しているというよりは、まだまだ手探りで百貨店のプランナーたちがハァハァゼェゼエと息を切らしながら手探りをしているという状態が目に浮かぶのである。しかも、デパ地下商品としてはえらく高単価商品であるし、成長市場なので手は抜けない。ご苦労様ですといいたい。
■百貨店各社の傾向とオススメの切り口は?
各百貨店の展開をサイトで見ていこう。百貨店名におせち料理サイトのリンクを設定したので、具体的にはリンク先を参照いただきたい。
<三越>
「キッズおせち」「ピンチョスおせち」「身の回りの素材でお正月を楽しく演出する方法」など、届いたおせちを「より楽しく」「より便利に」食べる工夫もあわせて提案して、おせちの2次利用を提案しているのが秀逸だ。
http://www.mitsukoshi.co.jp/osechi/
そして、「そもそも”おせち”ってなんだ?」という「おせちに興味がなかった層」を取り込む工夫もちらり。成長市場では需要喚起、需要創造が欠かせないがその鉄則をきちんとおさえた展開である。
<大丸>
「セレクトおせちであれこれ食べたい人のさらなる欲望を満たす!」がオススメと見た。但し、セレクトはめんどい人には、あらかじめ有名店を合体させたおすすめおせちもあり、両面作戦を展開している。また、「一人暮らしだけど、実家には帰りたくない…彼氏と一緒にお正月!」 な女子向けと思われるおせちもあり、なかなか細かなニーズを拾うことも忘れていない。
<阪神>
あああ、やっぱり。という感じの「タイガースおせち」はホームとアウェー用のお重2色展開。たぶんタイガースファンは色違いで購入するに違いない。また、関西のとんかつチェーン「とんかつKYK」のおせちがあるなど、土着的雰囲気バッチリな展開だ。
<伊勢丹>
高い。伊勢丹独自の価値を訴求する「オンリーi」をおせちで展開するとこうなるのか。京都下鴨茶寮のおせち取り扱いは伊勢丹と東急だけ。10万のは伊勢丹だけ。関西発祥ではないのに、大丸・高島屋・阪急を差し置いて、伊勢丹が専売。伊勢丹バイヤーは「いいものを一人勝ちで売る為には、ジャングルも戦場もかき分けて行く」らしいので、「孔明の家」にも3回行ったのだろう。下鴨茶寮が口説き落とされた様子も目に浮かぶ。
<阪急>
伊勢丹とは正反対の攻め方。こちらも新しい。老舗ではなく、若手狙いである。京都では今「お高くとまった殿様商売の京料理店」に反旗を翻した若手料理人たちが「美味しい物を、全うな価格で」提供するきざしがあるという。伝統を守りつつ革新的で、価格は良心的。そんな若手達の店はこの不景気の中でも、何ヶ月も予約が取れなかったりする人気店になっている。そんなお店におせちをつくってもらっているのが阪急。人気を反映して売り切れも多い。
<高島屋>
20万オーバーのおせちがあるのはここだけ。4人家族が食べたら一回で終わり。送料はなぜか1万のおせちも20万のおせちも300円。とこんな細かい所が気になる筆者のような者がターゲットでないことだけは確か。あぁぁすごい強気。
<そごう/西武>
プロモーション的にすごく損してると思う。「そごう おせち」「おせち 西武」と、単体で検索すると順位がだいぶ低い。正解は「そごう・西武 おせち」なのだけど、各々の百貨店の顧客は「そごう・西武」と認識していないだろう。
しかも、サイトの写真をみても、ショッピング画面にいけないのだ。「店頭か電話で注文」ですぜ。商品的には「おばあちゃんのおせち」シリーズなど、面白い企画もあるのだが、プロモーションと連動しておらず。残念。
<東武>
こちらも少し残念。一応特設ページがあるのだが、ものすごい階層が深くてなかなかたどり着けない。しかし商品的には、好きなものを選んで重ねられるというアソートおせちがあるなど楽しさのある企画も充実している。
<京王>
「多摩地区産の食材にこだわり」などと、ものすごく限定された地域のおせちで特徴を出している。もう一つのポイントは、京王プラザホテルと2段構えの展開。「ホテルのシェフが作るおせち」という強力なカードしっかり使っている。活かすべき強みを有効に使うお手本だ。
<小田急>
おせち→お正月→家族が集まる→宴会→「かにまつり!」という文脈が面白い。他の百貨店がおせちと、お正月宴会料理のページを分ける中、小田急は一発で鍋パーティーとおせちの両方楽しめる画期的なセットを開発した。顧客の行動をきちんと考えた結果辿り着いた秀逸な商品である。
<東急>
品数はものすごく多い。が、サイトで変えないだけでなくやたら見にくい。そごう・西武と同等かそれ以上に損している気がするが・・・。ネットを使う人はターゲットに設定していないのだろうか。
<近鉄>
商品以上にサイト構成が秀逸。人数・価格・味の嗜好と、ニーズに沿った選び方がスムーズに展開されている。これぞ顧客視点。さらに料理に合うオススメへのお酒への誘導も顧客にとっては気が利くサービスで、自社にはクロスセリング効果バッチリである。
<天満屋>
関東・関西・中四国と、各地域の味を楽しめるおせちが展開されている。なぜ、こんなに多くの地域を揃えるのか、その意図を推測するために中国地方の人々にインタビューした。すると、「あんまし行かないからじゃない?」と口を揃える。超保守的地域ならではの、「ちょっと冒険心」をおせちで充足させようという意図だろうか。
<岩田屋>
こちらも全国の味を楽しめる展開。プロモーションとしては「おせちの現場を取材してきました!」が秀逸である。なんともドラマチックに作り手の思いが伝わってきて、「ここのおせちを食べてみたい」という気持ちに心揺さぶられます。写真がまた、いい。マーケターの力量が感じられ、ちょっと感動した。
<リウボウ>
「しょうがつくわっち~」とは「正月料理」の沖縄言葉らしい。さすが沖縄、おせちを食べる習慣というか、おせちそのものから説明している。しかし、最後にこのサイトで勉強になったことがいくつもある。「そもそも、おせちは正月だけの食べ物ではなかった」とか、「おせちを重箱につめたのはデパートが始め」、とか。しかし、おせちのバリエーションが劇的に少ないのは需要が無いからだろう。
以上、ランダムに沖縄までざーっとさらってみたが、現状は各社各様の展開であり、温度差もある。しかし、成長市場で覇権を競い合う様も垣間見える。しかし、やはり消費者のニーズをいかにおさえるか、顧客行動をどのように設計するかがキモであることは間違いない。
おっと、サイトを見ると既に随分と完売の商品も目についた。
「ご予約はお早めに!」