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2009.10.06

これぞケータイの決定版?

 高度多機能化してユーザーを置き去りにしているかのようなケータイの進化に、アンチテーゼともいうべきコンセプトモデルが、幕張メッセで開催されている「CEATEC JAPAN 2009」に出品されている。

 筆者はかつてはケータイオタクであった。10ヶ月の機種変NG期間が明けるのを待ち、ドキドキしながら新モデルを選ぶのが楽しかった。どんどん進化する機能と高度化するスペックに「もう、デジカメいらねぇな!」とか、「パソコンも持ち歩かなくていいんじゃね?」とか純粋に感動していた。
 いつの頃からだろう。胸がときめかなくなったのは。使いこなせない機能が増えていき、常に持ち歩くケータイの中にそれらが存在していることに得体の知れない気持ち悪さを感じるようになり、うっかり間違って操作してしまって現れる慇懃な「ヒツジの執事」にちょっとうんざりし・・・。歳とったかな・・・とふと、あきらめにも似た悲しみを感じつつ、「シンプルなケータイが欲しい」と考えるようになってしまった。
 求めるシンプルなケータイを探すうちに、ふと気付く。合格点が出せるシンプルなケータイにはナゼか、「1・2・3」という大きな数字の書いてあるボタンがついている。「らくらくホン」である。ああ、やはり自分はジジイになってしまったのかと嘆く。

 えいっ!と、キャリアを変えてしまうのなら、まだ解決策はあるのだ。auのiidaブランドなどかなりいいセンいっている。さすが、かつてのデザインプロジェクトを継承したブランドだけのことはある。デザインプロジェクトはケータイの本質をとらえていた。 
 『考えてみると、ケータイは使っている時間より、ただいっしょに「過ごしている」時間の方が長いのかもしれない。人とケータイが共有する、すべての時間を「デザインする」こと。それがauの考える「ユーザー・インターフェイス」。』(au:2007年「ケータイがケータイし忘れたもの展」)。
そうなのだ、そんなケータイが欲しいのだ。

 と、思っていたら、ドコモもようやくやってくれた。「ヒノキの間伐材を使った携帯電話」だという。
<ヒノキ香る「木製」携帯 ドコモ開発、間伐材を利用>
http://www.asahi.com/digital/mobile/TKY200910030321.html

 まるっとしたデザイン。木目も鮮やかな、一目見ただけで「触りたいっ!」と感じさせる温もり感。それだけでなく、ヒノキと聞けば「嗅いでみたい!」と、ケータイをクンクンするのはどうかとも思うが、そんな誘惑に駆られずにはいられない。
 アサヒコムの記事中を見る、木材の劣化を防ぐために、オリンパスの木材圧縮技術を使ったとある。

 オリンパスのその技術を調べてみると、何と、既に2006年に開発・発表しているのだ。
<オリンパス、木材の三次元圧縮成形加工技術を開発>
http://www.olympus.co.jp/jp/news/2006b/nr060925woodj.cfm

 そして、デジタルカメラに応用して、木材を筐体に用いた試作品を発表している。いつでも肌身離さず持ち歩く存在としては、カメラよりもケータイに用いた方が断然いいと思うのだが、オリンパスはその技術を開発した背景とその思想も発表している。素晴らしい考え方なので、少し長くなるが引用したい。

<「効率・利便性・安価」を追求した画一的な大量生産・大量消費でモノの飽和状態が進む中、モノに対するこだわり、愛着が失われつつあります。
このような時代においてオリンパスは、人がモノに対して情緒的価値を持てるモノづくりとは何かを考えてきました。
その一つの回答が、今回開発した自然素材である「木」を使った三次元圧縮成形加工技術であり、この技術により本来「木」が持っている天然の色・つや・木目の美しさの表現、電子機器の外装・筐体に使うことができる薄さと硬さを両立しました。>
 
 技術の進歩によって様々な製品において、スペックの差異がなくなった。ここからさらにスペックを拡張させようとすれば生活者の求めていないレベル、ついていけないレベルにまで先走ってしまうのは携帯電話だけのことではない。
 ブランド論の大家、デビッド・A・アーカーが著した「ブランド・エクイティ戦略」(ダイヤモンド社)を読み返してみると、そこに世の「コモディティー化」を脱するキーワードがある。「知覚品質」という考え方である。
 「知覚品質」とは「顧客が認めている、“その製品ならでは”の価値」である。スペックを重視する「工業的な品質」は当然、「客観的に測定可能な品質」であるが、それに対してアーカーの提唱する「知覚品質」は、目に見えない「顧客の頭の中の主観的な評価」である。言い換えれば、その顧客なりの“対価を支払う理由”である。

 ドコモのニュースリリースを見ると、「木製ケータイ」が多くの人の知覚品質をとらえるに十分な存在であることが分る。

<国産間伐材を使用した携帯電話試作機「TOUCH WOOD」を開発>
http://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/page/090924_02.html

<本端末の開発コンセプトは、本物感、唯一感、環境思想の3つより成り立っております。>とのことだが、本物感とは、オリンパスの技術でフェイクではない、ポリカーボネイト樹脂やABS樹脂を超える十分な硬度を持つ本物の木材を用いたことだ。
 唯一感とは<1台ごとに異なる美しい木目と色合いが実現され、自分だけの、思い入れ、愛着が生まれます>とのことである。木材は無塗装なので、筆者が期待したような触覚・嗅覚・視覚を通じた本物感と安らぎを与えてくれるだろう。
 環境思想とは、間伐材の活用を指している。<林業を活性化させることで、山・川・海の環境整備の促進>に寄与せんとの思想だ。<使用されているヒノキは、坂本 龍一氏を中心に森林の整備・保全を呼びかける団体「more trees」の管理する四万十原産の間伐材を採用>しているという。その「more trees」なる団体は、<世界の森林を救うためのプロジェクト。“もっと木を”というシンプルで力強いメッセージをもとに、森とともに生きることの重要さを>世界に発信しているという。自分もその思想に共感し、参画しているという意識は悪くない。

 イメージモックアップの画面は、何やらタッチスクリーンになっているように思われるが、どんな機能であるかはほとんど興味がない。唯々、ずっと持って、触れていて満足できるケータイであって欲しいと願う。それが「究極のケータイ」ではないだろうか。そんなケータイが出品されている「CEATEC JAPAN 2009」は「アジア最大級の最先端IT・エレクトロニクス総合展」であるという。「最先端」も本当に先っぽに行き着くと、こんなカタチになる。情緒的価値や知覚品質が重要になるという証左であろう。

 おっと、ただ、気になるのがドコモのニュースリリースでは、モックアップの上に、「SH-04Aをベースに試作した実機」というのがある。これは、いかにも「従来の携帯電話」然としていて面白くない。

 「ドコモさーん!、本番は、是非、丸っこい方でオネガイしま~す!!」

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