マンガとAKB48で若者を誘う文庫本のチャレンジ
「恥の多い生涯を送ってきました」。
冒頭から共感を禁じ得ない、太宰治の自伝的作品、「人間失格」。だが、その一文も本を手に取って、ページを開かねば目にすることはない。
生誕百周年で、にわかに太宰ブームが起きている今日とはいえ、文庫本コーナーの書棚の奥に鎮座していたら、どれほどの人が手に取っただろうか。
2007年夏から29万7,000部の販売数である。
若い世代に名作小説をアピールしようとする、集英社の夏の文庫フェア「ナツイチ」の企画で、人気マンガ「デスノート」の小畑健が表紙を描いた「人間失格」は、各書店で入り口付近のコーナーで平積みされ、多くの若者が手に取り購入した。
2008年には「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦が川端康成の「伊豆の踊子」の表紙を手がけ、13万7,000部を販売したという。この夏は「ブリーチ」の久保帯人が芥川龍之介の「地獄変」と坂口安吾の「堕落論」の表紙を手がけ、同じく書店に平積みされている。
永遠に読み続けられるべき文学の名作ではある。
しかし、プロダクトライフサイクルから見れば、通常の商品であれば、とうに衰退期を迎えている。市場から撤退させないのは細々と版を重ねてきた出版社と、ほんの1冊でも書棚に収納し返本しなかった書店の努力のたまものだといっていいだろう。
30万部近い大ヒットは、今まで我慢を続けた上で、若者こそ文学の名作を読むべきであると考えた出版社のチャレンジが奏功したのだといえるだろう。
当然のことながら、書籍の中味には改訂は加えられていない。表紙を人気漫画家のイラストにしただけなのだが、マーケティング的に見れば、単なる表紙変更以上の意味合いがある。
Productの一部変更である表紙をの改定は、それによって新しさが出て、文庫の棚ではなく平積みコーナーに商品を置かれる効果がある。つまりPlaceも変更されることになる。
有名な文学作品は、あらためて広告などはしにくい商品であるが、マンガイラストへの表紙改定によって、車内吊り広告などで大規模に告知する機会ができた。話題になり、メディアにも取り上げられた。Promotion効果も十分発揮できたのである。つまり、「マーケティングの4P」のうちPrice以外の3つをテコ入れできたがわけだ。
効果的な4Pを設計するためには、その手前のターゲティングを明確にすることが求められる。集英社の文庫はターゲットを若者に絞ったことで、効果的な展開ができたということなのである。
文学作品に新しい表紙を用いたのは、マンガばかりではない。ぶんか社の「夏の三冊」と銘打って、「ぶんか社文庫」の名作シリーズにアイドルグループAKB48を今年初めて起用した。
AKB48のメンバーの前田敦子、小野恵令奈、大島優子が各々、太宰治の「人間失格」、堀辰雄の「風立ちぬ」、夏目漱石の「坊っちゃん」の表紙を飾っている。
ぶんか社文庫はさらに表紙だけでなく、ProductとPriceにも大きく手を入れている。
文庫の文字を大きくし、行間を広めにして、読みやすくした。さらにアイドルの写真を使ったり、紙を変更したことで500円と文庫にしては割高になったが、ターゲットが買いやすい「ワンコイン」の設定にしたという。
文学作品としては初版1万5,000部と勝負に出たが、太宰ブームも相まって、「人間失格」は2週間で重版が決定したとメディアが報じていた。
マンガイラストやアイドルの写真の表紙は、文学作品としてふさわしくないという批判もネットなどで散見される。確かに、通常、文学作品などではあまり表紙に強いイメージを持たせすぎると読み手にバイアスを与えることになるため避ける傾向にあるのも事実だ。
しかし、せっかくの素晴らしい文学作品も、読む人がいなければ、その価値が輝くこともない。人生の輝ける時期を生きている若者にこそ、読んで欲しいという出版社の思いも十分理解できる。
誰もが認知しているが、あえて購入するまでの理由を提示できないような商品は、文学作品の文庫本に限らない。黙っていても売れない商品を、ターゲットを絞って、その関心を喚起する工夫をしてヒットさせる。文庫本のチャレンジから学ぶところは大きいはずだ。
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