クライスラーの今日、日本車勢の明日?
2009年4月30日に連邦倒産法第11章(Chapter 11)の適用を申請した、米国ビッグスリーの一角であったクライスラー。しかし、その結末はマイケル・ポーターの理論通りだったともいえるだろう。
■ポーターの基本戦略のフレームワーク
経営学者のマイケル・ポーターは企業の基本戦略を大きく3つの類型で表した。競争優位性をコストに求める「コストリーダーシップ戦略」。差別化に求める「差別化戦略」。ターゲット市場を業界全体とするのではなく狭い特定分野とする「集中戦略」。さらに、集中戦略は、特定分野の中でコストを武器に戦う「コスト集中戦略」と、差別化要因を武器に戦う「差別化集中戦略」にも分類できる。
■自動車各社の市場ポジション
今日の日本国内での自動車メーカーを例に考えるならば、間違いなくトヨタはコストリーダーである。「乾いたぞうきんを絞る」とまでいわれる徹底したコスト削減手法は他の追随を許さない。コストリーダーという存在になれるのは業界でただ1社だけである。
差別化戦略をどこと見るかは意見が分かれるかもしれないが、ホンダがよく例に挙げられる。コスト集中は、軽自動車に集中特化していた、かつてのスズキだろう。軽のラインにまでトヨタは手を出したくない。そこに集中していたのだ。差別化集中の例は少々マイナーだが、光岡自動車を知っている人ならば、理解していただけよう。独創的なボディー形状はこだわりの自動車ファンに愛され続けている。
■米国市場に置ける各社の市場ポジション
自動車産業全体を牽引する米国市場で考えた時、基本戦略の3類型はどうなるのか。少し歴史を遡ろう。米国自動車産業の黄金期でもあった1950年代だ。
コストリーダーは1950年代に米国最大の企業となり、55年に初の10億ドル越え企業となったゼネラルモーターズ(GM)だろう。差別化戦略のポジションには、ビッグスリーの他2社が存在していた。高馬力エンジンを搭載したフルサイズといわれる大型のボディーが特長のクライスラー。フォードは50年代に最も意欲的な新型車を次々に投入した。名車サンダーバードの市場投入も55年のことだ。
ビッグスリーが戦略ポジションの違いに応じた互角の戦いを繰り広げ、他のプレイヤーは市場参入が困難な状況であった。例外的に1948年にプレストン・トマス・タッカーという起業家が、画期的な新型車を引っ提げて新たな自動車メーカーの立ち上げを試みた。それが成功していれば、「差別化集中戦略」の成功例となっていたのだが、50年代を前にその夢は潰えた。米国国内勢以外で考えれば、欧州車が差別化集中戦略のプレイヤーと考えることもできるだろう。
■1950年代の米国でのトヨタ
1950年代の日本車勢はどうなっていたか。トヨタに注目して見てみよう。トヨタは50年代初頭のデフレの影響で倒産危機などがあった後、クラウン、コロナ、パブリカという名車を上市。56年にはクラウンによるロンドン~東京間走破という快挙を成し遂げて大いに自信をつけていった時期である。
その勢いで米国進出に挑んだ。1957年のことだ。しかし、結果は惨敗。フリーウェーを高速で長距離走る使われ方には日本車はまだ耐えられず、故障が相次ぐ事態になった。しかし、艱難辛苦の末に市場参入した意味は大きい。低廉な小型車というコスト集中戦略のポジションを徐々に確立していくことになる。
■オイルショックという転機
世界は1973年の第一次、1979年の第二次と二度の石油危機に見舞われた。そのことが日本車に大きな転機を与えた。80年代にかけて小型車の需要が高まり、日本車に注目が集まった。GM、クライスラーも大急ぎで小型化に舵を切り直したものの、製品の品質と生産性の悪さが顕在化した。1960年代から小型車を市場投入していたフォードだけが日本車勢と唯一互角の戦いをし、貿易摩擦にまで発展することになる。
■ポーターの理論で読み解く変化
大型車全盛期から、オイルショックを経て小型車へと市場の需要が大きく変化した。これは、ポーターは各戦略ポジションが抱えるリスクとして指摘している内容に符合する。例えば、コストリーダーが抱えるリスクの一つに、特定セグメントで強いコスト競争力を持った競合が出現し、そのセグメントが急成長することを挙げている。差別化戦略のリスクは、同様に特定セグメントでより著しい差別化を実現する競合が出現し、そのセグメントが急成長することと指摘している。
つまり、環境の変化は米国においてはマイナーな市場であった小型車市場を急成長させ、従来の自動車市場に置き換わった形になったのだ。低価格で高品質という強力な差別化要因を高い生産性で実現できる日本車勢。特にトヨタがコストリーダーのポジションを狙える位置を占めたのだ。
ビッグスリー凋落の原因は様々な角度から多くの人が解説しているが、極めてベーシックなフレームワークでも容易に説明できる結末ではある。
■明日の自動車市場はどうなる?
では、全世界に目を転じた時、これからの自動車市場はどうなっていくのか。日本車勢の栄華は続くのか。ビッグスリーの凋落は前述の通り、何も昨今はじまったわけではないが、昨秋からの世界同時不況は確実に自動車産業に大きなダメージを与えたのは間違いない。
そんな中で気になるのが新興国勢だ。インドのタタモータースが引っ提げてくる「ナノ」は約22万円。中国の奇瑞汽車は「QQ」が約44万円。同社はプラグイン電気自動車も約100万円で発売するという。「低価格車」という特定市場でぐっと存在感を増している。
先進国の市場は完全な成熟化か、日本のように衰退し始めている。しかし、新興国でのモータリゼーションは今まさに火が付いたところだ。その潜在力のすさまじさは想像に難くない。
■低価格車市場は新興国だけのものなのか?
日本経済新聞の記事によれば、タタは「ナノ」を2010年に欧州に輸出し、その後米国市場にも投入する計画だという。中国の奇瑞汽車や吉利汽車は中近東、東南アジア、ロシアに進出。先進国進出が今後の課題だとしている。記事では先進国への投入は安全や環境基準への適合が大きなハードルになるとしているが、1950年代にトヨタクラウンがフリーウェイ走行に耐えられなかった状況から、80年代までの間に市場を席巻したことを考えれば、余り甘く見ない方がいいのではないだろうか。
日本市場はどうなのだろうか。日本の自動車市場は確実に縮小している。しかし、自動車がなければ生活がままならない地域は多い。低価格車に乗る日本人なんて、余り考えられないように思うが、昨今、低価格志向に消費者心理は大きく変化している。液晶テレビといえば、AQUOS、BRAVIA、VEGAといった一流ブランドが想起されるが、最近、量販店やネットショップでは聞いたこともないようなマイナーブランドの液晶テレビがかなり売れている。安全性が担保されれば、案外と日本でも低価格車に乗る層も出現するかもしれない。
低価格車という特定市場が拡大し、そこで圧倒的な低コスト生産の能力を持ったプレイヤーがコストリーダーに取って代わる。80年代以降の米国市場に似た光景ではないだろうか。
■環境車市場はどうなるのか?
世界の環境車市場では日本車勢、特にトヨタが一歩二歩リードしている現状だが、その市場も安泰ではないかもしれない。早晩、既存の自動車市場は環境車に置き換わる。その時、コストリーダーになれるのはどこなのか。
中国の比亜迪汽車はハイブリッド車を約210万円で発売している。同社の母体は電池メーカーだ。まだまだコスト削減は可能だろう。日経新聞によれば、同社は2011年には欧米に電気自動車を輸出する方針で、「25年には世界でナンバーワンの自動車メーカーになる」と宣言しているという。
今はまだ、脅威と見るのは大げさかもしれない。しかし、舵の切り方を間違えれば、Chapter 11を申請した、今日のクライスラーは、明日の日本車勢の姿となるかもしれない。今後の市場の動きからは目が離せない。
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