熟練労働者の大量定年を迎えるにあたり、いかに技術伝承をするかということがテーマとなった2007年問題の話ではない。景気後退に際して派遣社員の計画期間満了に伴って、契約を大量の実質的失業者が出るという問題だ。しかし、それは製造業の現場だけではなく、事務職のサポートを行う派遣社員にも飛び火しているという現実がある。
「派遣」という言葉は、2007年には流行語大賞にもなった。新しい雇用形態として注目され、多くの労働人口がその雇用形態に移行した。
今日、いわゆる「正社員」ではない「非正規雇用」の社員は320万人が存在するという統計がある。その労働環境の中で、景気後退の影響が「非正規雇用社員」(そもそもこの言葉自体、筆者は非常に好まないものではあるが)を直撃している。
「2009年問題」とは、製造業への派遣期間の上限である3年の契約期間の満了が、2009年に一斉に到来することにより、従来の派遣契約をそのまま続けることは許されなくなるため、製造派遣の現場での大混乱が予想される問題を表わしている。そもそも、事の発端は、<2004年の労働者派遣法の改正によって、これまで認められてこなかった製造業への労働者の派遣が認められるようになった。派遣期間について、当初は1年間という制限が設けられていたが、2007年の同法改正によりそれが3年間へと延長になった。その後、2006年に発覚した偽装請負の問題が起こり、製造業界側は何かと規制が厳しい請負から派遣へ労働力をシフトをした。(Wikipediaより)>という経緯がある。
つまり、2009年問題を考えると、製造業の現場にフォーカスされることが多いのであるが、2009年を待たずにすでに現在進行形で、景気後退に対する企業の防衛策として事務職における「派遣切り」が行われているという事実がある。そして、「新しい雇用形態・働き方」として「派遣」が最も注目された2006年からの3年間の期限切れを迎えるのが来年、2009年であるのは製造現場と同じだ。
製造現場においても派遣労働者の担う役務重要なものであることは間違いないが、事務職の現場における派遣労働者の役目は、いわゆる「ホワイトカラー」のサポートとして欠かせない戦力となっている。従来より経済や経営学の問題として指摘されてきたことではあるが、日本のホワイトカラーの労働生産性は世界的に見ると低いとされている。その原因や解決方法は別途論じることとして、それを補っているのが、派遣労働者のサポートであると今回は定義したい。またここに同様に、企業が有期で直接雇用している契約社員も同義で加えるべきだろう。
様々な職場で、派遣労働者は、「縁の下の力持ち」的に数多くの事務サポートを行っている。今回の3年間の期間満了において契約切れとされるような人材は、3年間、様々な気働きで正社員をサポートしてきたのだろう。派遣労働者の定着率は3年間を待たずして利殖する者も多い。それを3年間勤め上げているということ自体、評価に値するといっていいはずだ。
その、ある意味「熟練派遣労働者」が、今日の景気後退に伴う経費削減という企業の防衛策で切り捨てられようとしている。しかし、それはあまりにも浅薄な選択肢ではないかと筆者は思うのである。
筆者の専門領域であるナレッジマネジメントの観点から指摘してみたい。
前述の通り、事務サポートを行っている派遣労働者は、正社員の陰となり、様々な業務をこなしてきた。そして、その多くは「マニュアル」や「手順書」などに記されていない(そもそも、ホワイトカラーの業務にはそうしたものが存在していないことが多いのだが)業務である。そして、派遣社員が辞める時には、正社員の知らぬところで派遣社員同士で簡単なメモと口伝で引き継ぎが行われる。数日間、派遣社員同士でOJTという形での引き継ぎが行われる例もあるようだ。そこで、暗黙的なナレッジの継承が行われているのである。
2007年問題における熟練労働者のナレッジ継承はどのようにおpこなわれてきたのだろうか。企業によって様々であるが、筆者は米国において開発された「シャドウイング」という手法を提唱し、同様な手法をとった企業も多かったと聞く。
バックナンバー:<毎日新聞社「週刊エコノミスト」2007年問題特集>
http://kmo.air-nifty.com/kanamori_marketing_office/2005/07/2007_cb00.html
端的に言えば、熟練労働者の技術を伝承するためにアナリスト張り付いて、熟練の技を観察し、一挙手一投足を余すところなく記録し、分析し、形式知化するとという手法である。
このように、2007年問題においては極めて慎重に行われてきた「暗黙知の伝承」が、今回の2009年問題においては、極めて短絡的に契約延長をしない、つまり実質的な解雇というだけの、突然の断絶という現象を引き起こしている。
「暗黙知の伝承」が全くなされる気配がない。その根底には、「派遣社員が抱えている暗黙知などたかがしれている」という驕りがないだろうか。しかし、派遣社員は陰の存在として、様々なサポートをしてきた事実は無視できないはずだ。しかし、突然の実質的解雇では、正社員への引き継ぎが十分になされる気配もない。また、なされたとしてもかなり形式的なものに留まっているように見える。
ホワイトカラーのパートナーであり、サポート役である派遣社員、または契約社員も含まれるが、その「暗黙知」を軽視しない方がいい。
筆者として2009年を予想すると、この問題によって、ただでさえ生産性が低いと指摘される日本のホワイトカラーの生産性はさらに低下するだろう。低下だけではなく、混乱を来すかもしれない。
対策は、派遣社員や契約社員を切らないことだ。しかしながら、経費削減をどうしても行わなくてはならないのであれば、引き継ぐべき正社員に対して、引き継ぎを十分な期間を取って行うことである。そうすることによって、企業としては暗黙的なナレッジを含めた業務プロセスの逸失が防ぐことができるし、派遣社員・契約社員も新たな雇用先を探す猶予期間を得ることができる。
もしそれがなされなければ、2009年は景気後退の進行に加えて、職場の混乱という大きな問題が発生すると考えられるのである。