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2008.08.22

食は三代、旅は何代?

「食育」なる考え方が登場し、あっという間に「食育基本法」が制定された。2005年のことだ。日経新聞の表現を借りると<子供が食に関する知識と選択力を身につけ、健全な食生活を実践することで、豊かな人生をはぐくむのが食育の目的>とある。
そして、今度は「旅育」なる考え方が登場し、5年後をめどに全公立小学校で実施を目指しているという。(日経本紙連載コラム「観光立国への挑戦」8月21日より)。

父から「食は三代」と教えられて育ったように思う。贅沢をしたり、豪華な食事をする必要はないが、きちんとした食事をしなければ舌が育たず、それは自分の子供にも影響するという。おかげで、子供にも現在、あまりいい加減なものを食べさせずにいると思う。
そのように、本来、食は親から子へ、子々孫々受け継がれていくものであるのだが、あまりにも今日、食というものが変質してしまっているのが今日である。三代もさかのぼろうものなら、現在40%前後をふらふらしている日本の食糧自給率は100%近い時代になってしまうだろう。個人の努力ではそこまでさかのぼって、子に教えることができないことを、「地産地消」を基軸として伝えていこうというのが「食育」の要諦のようだ。その意味では、大いに賛成できる。

では、「旅育」はどうなのか。旅育もその要諦は、<都市部の子供が地方都市を訪れる機会が増え、地域振興につながる>ということだという。(同紙)
食と同様、今日、旅も大きく変質している。「若者の海外旅行離れ」なるキーワードがささやかれて久しい。その理由を「インターネットの疑似体験で十分満足してしまっているから」とする識者もいるが、その意見には全く賛同できない。インターネットでは旅行によって現地を「体感」や「体験」はできないからだ。当の若者からも「行きたくとも金も時間もないだけだ」との反対意見が数多く上がっている。
しかし、インターネット云々は一遍の真実も含んでいるかもしれない。旅に出る先のことを「知る」だけなら、十分な情報が入手できる。旅行も以前のように何カ所もの名所を「確認(視認)」するだけの、慌ただしい周遊型の人気は絶えて久しい。一層、「体感」「体験」が重要になってきているのである。

さて、食は三代とすれば、旅は何代なのだろうか。筆者東京育ち故、帰省という習慣がなかったことにも起因しているが、海外はともかく、幼少期から日本全国各地をずいぶんと親に連れ回してもらって育った。おかげですっかり旅行好きだ。
しかし、親と旅した内容を思い出せば、当時のご多分に漏れず、前述の周遊型に近かった気がする。現在の自身の旅行スタイルとはずいぶん違う。だとすると、教えられたのは「旅をする心」というか、「きっかけ」ではなかったのだろうか。

「旅育」は<小学生が、農山漁村で長期の宿泊体験活動>や<田植え体験>などが現在モデル的に行われている内容として紹介されている。「体験型」中心なのは大変結構なことだと思う。
ただ、「旅は何代か?」と考えれば、きっかけさえ与えれば、自身で体験し、何らか自分の中に残るものができるため「旅は一代」ではないかと思う。その意味からすると、せっかくの「体験」があまりに「お仕着せ」にならないようにしてもらいたいのだ。「食」に関しては、あまりに情報が錯綜したり、偽装や隠蔽が横行したりしているので、しっかりとした教育が必要だろう。しかし、あくまで「旅」は本人に任せる部分が大きい方が良いはずだ。「食は三代、旅は一代」なのだから。

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