インタラクティブマーケティングの専門誌「月刊im press(アイ・エム・プレス)」8月号が発売されましたので、連載バックナンバーをアップします。
本誌では連載第10回が掲載されています。
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“現場に効く”マーケティングの基本理論
あまりに“基本”と思われ忘れられているようなマーケティング理論。しかし、日々の業務が行われる“現場”で今一度振り返ってみれば、思わぬ“再発見”があるのだ。
第9回「”価格戦略”を失敗しないために」
今回は2つめのPである、価格(Price)だ。前回予告したように、ここは4Pにおける一つのキモである。しかし、以外と感覚的なやり方だったり、自社都合だけで考えたりする値付けが散見される。今一度、その基本をしっかりおさえていこう。
■価格戦略は常に「3C」の視点から考える
Priceはなぜキモなのか。他のPから展開される、製品作り(Product)、チャネル構築(Place)、コミュニケーション展開(プロモーション)は全て「コスト」である。自社の利益に直結するのは、この価格戦略(Price)であるからなのだ。他の3つのPがいかにうまく組み立てられていたとしても、このPをしくじったら儲けはなくなってしまう。当たり前なことだが、価格戦略(Price)は利益に直結しているということを常に意識しなければならない。
しくじらないためには「3Cの視点」がまずは重要だ。環境分析のフレームワークである「3C」を覚えているだろうか。Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)。ここで3C分析を行うわけではないのだが、価格設定にはこの3つの視点が欠かせないのである。以下、その3つの視点を考えていこう。
■コスト積み上げ方式のCompany視点
価格戦略の基本は、自社で製品の生産にかかったコスト(固定費の償却分+変動費=原価)にいくら利益を上乗せしていこうかと考える方法だ。最も自社としては考えやすく、赤字などになりにくい算出方法だと言える。但し、その価格が顧客がにとって妥当と受け取られるかはまた別の話。自社で上乗せした価格がひどく高く感じられてしまうかもしれないし、逆に、もっと高く買ってもらえるにも関わらず儲け損なうかもしれない。故に次のCustomerの視点が重要になる。
■顧客の「受け取り価値」算出がキモのCustomer視点
端的に言えば、この視点は「顧客がその製品にどれだけの価値を感じてくれるか」ということ。例えば、ある生産財(企業が生産活動のために使用される機材・材料)を導入すれば、生産効率が向上し、労働賃金が削減できる。不良品発生率が低下する。などのメリットが明示できるなら、顧客企業が削減できるコストを製品(生産財)の価格に反映することができる。例えば、自社が納入する製品はさほど原価がかかっていないとしても、顧客企業にとって大きなメリットがあるのであれば、それは受け入れられる可能性が高い。
■製品は常に競合(Competitor)と比べられる
顧客の受け取り価値が自社の原価を大きく上回る場合、それは「オイシイ商売」となるが、世の中そんなに甘くない。特許や卓越した生産技術によって自社にしか作れない製品でない限り、必ず競合と比べられることになる。対企業相手(BtoB)であれば合見積を取られるし、対消費者(BtoC)の商材なら店頭やネットで比較される。故に、競合となり得る商品を特定し、競合と全く同じ価格にするのか、その上下、何パーセントぐらいに設定するかを考えることも必要だ。
以上のように、価格決定には自社都合や、勘と経験などで決めることなく、3つの視点によって多面的に検討することが必要となる。
■価格戦略は「売り方」の大きな方向性も規定する
製品を新たに市場に投入する場合、価格戦略を基軸とした重大な意志決定をしなくてはならない。大きく分けて2つの方向性だ。一つはスキミング(Skimming)戦略。英語の意味通り、「上澄みをすくい取る」こと。もう一つがペネトレーション(Penetration)戦略。こちらも読んで字の如く、「(市場への)浸透」を狙うことだ。
■利益率と投資回収重視のスキミング
スキミングの戦略の基本は、高付加価値・高価格設定である。自社製品が競合と比べて優位性が高い場合や、競合がほとんど存在せず、かつ、その製品を高価格でも欲しがるイノベーター層や富裕層が存在する場合などの条件があれば、この展開が可能だ。高価格で、高利益率の設定であるため、製品の開発や生産設備などの投資も早期に回収が可能となる。しかし、多くの場合、高価格を受容できる市場のパイはあまり大きくないため、大きなシェアの獲得は難しいだろう。故に、「市場の上澄みをすく取る」ということになるのだ。もう一つの問題は、高価格で高利益率のオイシイ商売には競合が参入してくることになる。初期段階でさっさと稼いで撤退するか、競合との戦いを覚悟するかも考えておく必要があるのだ。
■とにかく早期に市場のシェアを確保するペネトレーション
ペネトレーションの目的は、何といってもすばやく市場シェアを確保することにある。商品内容にもよるが、基本的に購入者は低価格、もしくは割安なモノの方が購買行動に踏み切りやすい。そこで、低価格、場合によっては初期的な採算割れも覚悟のプライシングを行うのである。そうすることによって、特に生産設備の構築や広告費の投下などの投資が大きい場合、「そんな価格では戦いの土俵に乗れない」と、コスト自体が競合の参入障壁にもなる。そしてシェアを確保してからじっくりと投資回収を行うのが基本だ。
但し、ペネトレーションには大きな問題がある。「一度安い価格を付けた商品は、値上げが難しい」ということだ。大量販売による生産効率の向上などの努力が欠かせないのも重要な留意点なのである。
■事例に見る価格戦略の妙
最後に一つ事例を見てみよう。ソニーの犬型愛玩ロボット「AIBO(アイボ)」だ。AIBOは1999年6月1日、ERS-110型がインターネットで限定発売され、わずか20分で3,000台を完売した。価格250,000円。購入者の多くはソニーファンであり、かつ画期的な動作をするロボットとしての魅力に惹かれたメカマニアであったという。2001年11月、ERS-210型発売。価格150,000円。購入者はメカマニアだけでなく、「AIBOを人に見せびらかしたい!」という層も多かったという。エルメスとのコラボレーションで作られた、専用キャリングケースの存在がそれを象徴的に裏付けている。2001年10月ERS-310型発売。この3代目においてロボット犬らしい未来的デザインから、「熊と犬の中間」をイメージしたという愛らしいデザインに大きく変更された。価格も85,000円と先代の半額近くに引き下げられた。そして購入層も可愛らしさや、玩具的な機能を求める層に裾野が広がった。
一連のAIBOの歴史のうち、特に価格の低下とユーザー層の広がりに注目して欲しい。販売台数は公表されていないが、インターネットで販売された初期ロットの3,000台を250,000円で求めたマニア層から、順次価格が引き下げられ、製品に求められる価値も変化し、ユーザー層も拡大していった様が分かるだろう。AIBOはその意味からすると、スキミングプライシング戦略で、徐々にターゲットを拡大し、プライスダウンをさせていった典型的な例だといえるだろう。
マーケティングにおいける重要な流れを思い出して欲しい。自社とその製品・サービスの提供価値が明確になっているのか。ターゲットは誰なのか。そのターゲットに魅力的と思われるポジションを打ち出せるのか。それらは、この価格戦略に大きく関わってくるのだとしても過言ではない。価格戦略を考えるとき、単に「値段を付ける」といいうプロセスではなく、そこまでの流れを再確認することも重要であるということなのだ。
次回は4つのPのうち、一番「厄介なP」である、Place(流通戦略)をお伝えする。