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19 posts from March 2008

2008.03.31

特保茶飲料・伊藤園の力業

特定保健用食品、略して特保。 「特別用途食品のうち、食生活において特定の保健の目的で摂取するものに対し、その摂取により、当該保健の目的が期待出来る旨の表示」という厚生労働省が認可。その中でもPET容器の茶飲料で熱い戦いが繰り広げられている。


高濃度カテキンで体脂肪の低下を促進するという特徴で爆発的ヒットを記録した、花王の「ヘルシア緑茶」。350mlで189円という強気の価格。独特の渋みと苦みは効果をなんとなく体感させるものの、さすがに飲みにくいという声をに対し、「ヘルシア緑茶まろやか」も投入。
それを追うのがサントリーの「黒烏龍茶」だろうか。ウーロン茶重合ポリフェノールが食事の脂肪吸収を抑え、食後の中性脂肪の上昇を抑えるという。食中・食後にすかさず飲用すれば、なんとなく脂っこいものを食べちゃった罪を帳消しにしてくれそうで頼もしい。価格も170円とヘルシアより気持ち、買いやすい。
さらにサントリーは血圧が気になる人もターゲットとしてしっかり商品を投入している。「胡麻麦茶」。胡麻ペプチドの働きで血圧低下が期待できるという。168円。

上記がコンビニエンスストアなどで、だいたい店頭に並んでいるラインナップなのだが、少々チャネル支配で劣後しているとはいえ、それ以外の各社も戦いに参戦している。
アサヒ飲料のおなじみ十六茶は、食物繊維(難消化性デキストリン)が糖の吸収をおだやかにし、食後の血糖値上昇を防ぐという「食事と一緒に十六茶」を250mlで140円という買いやすい価格で投入している。
血糖値対策では、カルピスがウーロン茶タイプの「健康茶王」を240ml入り124円。緑茶タイプの「健康茶王緑茶」を400ml入り170円で参戦している。


体脂肪、中性脂肪、血圧、血糖値と健康が気になるお年頃としては全部飲みたくなってしまうのだが、自ずと人間が摂れる水分量には限界がある。お茶ばかりガブガブ飲んでもいられない。
つまり、特保茶飲料の戦いは、健康が気になる人々の、一日に摂取できる水分の中にいかに自社製品を潜り込ませられるかの勝負といってもいいだろう。

その意味からすると、ものすごい力業を挑んできたのが、茶飲料の老舗、伊藤園だろう。特保飲料では上記の「食事と一緒に十六茶」「健康茶王」と同じ難消化性デキストリンによる血糖値対策になる「緑茶習慣」を持っている同社だが、イマイチその商品認知度は低く、同じカテゴリーに複数の競合が存在するという状況にあった。
それが、「コレステロール」、特に「悪玉コレステロール」を退治できるという、気になる人には、天の助けのような商品を投入してきた。
「カテキン緑茶」。「カテキンの中でも強力な”ガレート型カテキン”を独自の製法で高濃度含有」という、何ともありがたいコピーが飲まずにはいられなくなる。
350mlで168円。しかし、伊藤園の力業は推奨する飲み方にある。何と「一日2本」。
今までの特保飲料は「一日1本」で、「多く飲んでも効果が出るわけではない」というのが半ばお約束だったと言えるだろう。それが2本だ。
168円×2本。決して安くはない。また、筆者のように既に「ヘルシア緑茶」と「黒烏龍茶」を併用しているようなユーザーもいるだろう。さすがに一日4本は飲めない。

さて、その伊藤園の力業である「2倍戦略」が吉と出るか凶と出るか。ただ、今までどの企業も実現できなかった「コレステロール対策」という、オトナの大きな関心事に道を開いているのがポイントではないだろうか。他が誰もできなかったソリューションを高い価格で提供しして支持されるというのは、BtoBの世界では一つの成功法則だ。それが飲料というコモデティーの世界でどこまで通用するか、しばらくウォッチしてみたい。(とりあえず今日、2本飲みながら)。

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2008.03.28

“現場に効く”マーケティングの基本理論・第5回

※お詫び
一昨日はココログのメンテナンスで更新がでできず、昨日は年度末で業務が立て込んでいたため、更新をお休みいたしました。
申し訳ございません。
基本的には平日は毎日、何らかの記事を更新していきますので、よろしくお願いいたします。

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インタラクティブマーケティングの専門誌「月刊im press(アイ・エム・プレス)」4月号が発売されましたので、連載バックナンバーをアップします。
本誌では連載第6回が掲載されています。


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“現場に効く”マーケティングの基本理論

あまりに“基本”と思われ忘れられているようなマーケティング理論。しかし、日々の業務が行われる“現場”で今一度振り返ってみれば、思わぬ“再発見”があるのだ。


第5回「市場ポジションに応じた戦略の定石」

 前回、SWOT分析から市場機会と事業機会の導出、戦略の方向付けまでを整理した。市場環境の変化に対応した「勝ち残りのシナリオ」がある程度見えてきたのではないだろうか。しかし、そのシナリオも夢物語では意味がない。現実性を計る尺度が必要だ。また、いわゆる「戦略の定石」と照らし合わせてみることも重要だろう。


■市場ポジションをシェアで定量的に確認する

 「一人一人の顧客に注目することが大切」とするOne to oneやCRMが注目され、市場シェアの獲得に汲々とするべからずという論が高まった。とはいえ定量的なシェアを無視しては戦略を大きく見誤ることになる。自社はどの程度強い立場にいるのかという市場ポジションを意識することはとても大切なことだ。
 市場シェアを考えるときに、「市場」という言葉が表すものを明確にすることが重要だ。自社の属する業界という広い括りなのか、ある限定的な市場、つまり特定のエリアや特定のターゲットなどという、目標市場におけるシェアなのかである。結論から言えば、戦略の具体化である、目標市場の特定、施策立案につなげていくためには後者で考えるべきだろう。

■シェアの参考基準となる「クープマンの目標値」

 シェアの数字を洗い出したとしても、数字にどのような意味があるのか判断できなければ意味がない。そんなとき「クープマンの目標値」が参考になる。ランチェスター戦略の研究者、B.O.クープマンはシェアを六類型し、意味合いを導出した。
①73.9%:独占的シェア
 短期的には首位のポジションを奪われることがあり得ない、絶対的な安定シェア。
②41.7%:安定的シェア
 不測の事態がない限り、競合からの逆転や、新規参入によってトップが奪われることがない安定的なシェア。
③26.1%:市場影響シェア
 市場に影響をもたらす、一歩抜け出した状態を示すシェア。
 2位以下であってもトップを狙えるポジション。トップなら逆転される可能性がある。
④19.3%:並列的競争シェア
 複数のライバルが拮抗し、安定的な地位をどの企業も獲得できていない状態。
⑤10.9%:市場認知シェア
 生活者が自ら思い出せる(純粋想起)ギリギリのシェア。競合から存在を意識されるボーダーライン。
⑥6.8%:市場存在シェア 生活者が人からヒントを出されて思い出せる(助成想起)レベルのシェア。
 市場において、かろうじて存在が許されるレベル。


■定性的に市場ポジションをとらえる

自社のポジションを市場シェアで定量的にとらえることができたら、次に、どのように戦うべきかという定石を参考にするといいだろう。フィリップ・コトラーは「市場ポジションに応じた戦い方」を四類型にまとめた。実例を基に見ていこう。
 四つのポジションとは「リーダー」「チャレンジャー」「ニッチャー」「フォロアー」に分類される。


■全方位的リーダーの戦略
 リーダーはとにもかくにも唯一のチャンピオンであり、強者故の“やりたい放題”が可能だ。つまり、全方位的にあらゆる戦略を行使する。中でも特徴的な戦略を二つほどあげよう。
 一つは「需要創造」。例えば、「疾病啓発広告」といわれる手法。「こんな状態のあなたはEDかもしれません。一度病院で相談を」と訴求する。「病状あり」と診断されると、疾病に効く唯一、もしくはシェア・ナンバーワンの製薬会社の薬が処方される。つまり、市場を創り出していくのである。
 もう一つが「同質化」。リーダー以外の企業がヒット商品を開発したら、技術開発力を総動員して同種の製品を上市。強大な流通・販売力で一気にシェアを奪う。輸液メーカーが身体に吸収されやすい成分の飲料を発売したら、「スポーツ時の水分補給に」と同種の商品をすぐさま開発・発売して一気にシェアを奪った。ポカリスェット対アクエリアスの事例だ。


■徹底した差別化戦略で挑むチャレンジャー

 「チャレンジャー」の戦略の定石は何といっても「差別化」である。差別化は、中途半端が最もよくない。例えば「比較広告」なども、本来的には「徹底して」やればいいのだ。
 マーケティングの達人と言われ、後にアップルコンピュータのCEOに転身したジョン・スカーリーが考案した「ペプシ・チャレンジ」。コカ・コーラとペプシのどちらが入っているか明らかにされていないコップを街行く人に両方飲ませ、美味しいと思う方を指ささせる。被験者のほとんどがペプシを選んでいたというオチになるこのキャンペーンは、絶大な効果を上げた。ペプシは製品戦略でも徹底した差別化をとる。コーラにレモンフレーバーを最初に投入したのはペプシだ。昨年夏にはキュウリ味まで発売した。「ペプシ・キューカンバー」。かなり微妙な味だったが、インターネットを中心に話題になり、ヒットした。こんな商品を上市したのはチャレンジャーである証左だろう。チャレンジャーは常に「俺たちは違うんだ!」と言い続けることでリーダーに戦いを挑み、生き抜いていくのだ。


■最適化戦略のニッチャー

 「ニッチ」はカタカナ言葉になっているが、原義は“(人・物に)最適の地位(場所・仕事)”を表わす。では、いかにして「最適の地位」を確保するのか。「バリュープロポジション」を明確にすることだ。バリュープロポジションとは、「顧客が求める、競合には真似のできない、独自の提供価値」である。独自の技術や、サービス提供方法などの「力の源泉」をもって「独自の生存領域を確保すること」が戦略の要諦だ。
 例えば計測機器製造・販売のキーエンス。高収益であることで知られているが、その秘密は、とにかく顧客の現場、工場の生産ラインに密着し、徹底的に要望を聞き出し、問題点を発見し、最適化したソリューションを提供することにある。市場全体を見てリーダーとの「差別化」を図るのではなく、顧客を見て「最適化」することによって、生存領域を確保して高収益を生んでいるのだ。特定の顧客に張り付き、潜在ニーズを掘り起こすという、ニッチな動き方は、言葉面だけのソリューションとは一線を画している。


■変化しなければ生き残れないフォロアー

 リーダーにはなれない。それに戦いを挑むチャレンジャーほどの力もない。ニッチャーとしての”独自の生存領域確保”もできていない。そんなフォロアー企業が多いのもまた現実。しかし、この時代それではなかなか生き残るのは難しい。競争や変化が激しい業種であれば、存亡の危機はすぐに訪れる。また、そうでなくとも、緩慢なる衰退が待っている。ではどうすればいいのか。答えをひとことで言えば、「立ち止まらないこと」である。何とか「バリュープロポジション」を構築し、ニッチャーへと変身するのだ。肝心なことはともかく「変わるという意志の強さ」を持つことである。


 今回は定量、定性両面から自社のポジションを明らかにし、戦略を立てる上での定石を紹介した。戦略は実行されなければ意味がない。次号からは、実行プランを考えていこう。


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2008.03.25

ブロガーは何を伝えていくべきなのか?

ネット上のBlogや掲示板、QAなどから「クチコミ情報の解析」を行うサービスを展開するリクルートと電通の子会社、「ブログウォッチャー」が創業一年を迎えようとしている。同社が運営する「クチコミポータル”SHOOTI”(シューティ)」というサービスでは、当該記事筆者の「実体験」を伴った記事だけを対象としてクローリング(抽出)し、検索結果を表示するという。

社長の羽野仁彦氏のインタビュー記事が掲載されていた。それによると<最近の消費者は、クチコミやブログの体験談を参考にして商品を選ぶという人が増えています。生の声を知りたいとか、レビューを知りたいという潜在的なニーズが非常に高い>という。そのため、実体験に基づいた評価が重要であり、それこそが事業の狙いであると。


ふむふむと読み進めると、ドキリとするような言葉が続いていた。
<(検索対象として)ただ単に新聞記事をコピペしただけのような、体験や評価が入っていないものは載せていません。なので、何百万PVもあるような、有名なアルファブロガーのサイトでも取り上げていないものは結構あります。アルファブロガーは評論ばっかりしていて、体験談が少なかったりするので(笑)。>


筆者はアルファブロガー(アクセス数が膨大で社会的にも影響力の強いブログを運営している人)といわれるほどの存在では全くないが、果たして自分が毎日このように発信している情報はどうなのかと。

基本的にはいつでも実体験を伴う、一次情報を発信したいと思っている。しかし、「毎日が新発見」な日々を過ごそうとしているものの、自ずと限界がある。また、発見の粒が小さく、単体で伝えるには厳しいこともある。ので、いったんストックされることも多い。

次に頼るのはやはりメディアからの情報だ。新聞・雑誌・ネットをくまなく眺め、読み込み、気になるニュースについて書く。ただ、一つの記事の感想文のようなモノは書きたくない。そのニュースをもっと分解し、何らかのフレームワークや理論でわかりやすく、再構成する。もしくは複数のニュースや、上記の自分の実体験から共通項や因果関係を読み解いて再構築することを心がけている。<ただ単に新聞記事をコピペしただけのような>とならないため、上記のような「分解と再構築」を心がけているつもりだ。

ブログは当然、無料公開しているのだが、読んでくれる人の限りある貴重な時間を割いてもらっているのだから「価値」のあるモノでなければならない。自分は価値を提供できているのか。この記事には価値があるのかと、いつも自問している。

表題の「ブロガーは何を伝えていくべきなのか?」という問いに答えはないのかもしれないのだが、筆者としてはどんな人に読んでもらいたい。また、自分としてはどのような価値提供をしていこうとしているのかを、以下のようなターゲティングとポジショニングで考えてみた。


・ターゲティング:既存のメディアでは飽き足らない情報を求めている人。
・ポジショニング:既存のメディアにはないニッチな情報や切り口で、読者に新たな気づきと視点を提供する。

今後もご愛読いただければ幸いです。

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2008.03.24

シャーボ 顧客最適化戦略の30年:定番のヒミツ第8回

日本実業出版社の季刊誌「ザッツ営業」好評発売中です。

ザッツ営業 http://www.njh.co.jp/that/that.html

同誌に連載中のコラム「定番のヒミツ」第8回が掲載されています。

前回は花王のメリットシャンプーで編集部のリクエスト通り、コモデティー品を取り上げてみましたが、
また、文具にしてしまいました。担当さん、スミマセン。だって、金森は文具オタクなんですもん・・・。

以下、転載。

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世の中には常に売れ続ける「定番」と呼ばれるものがある。なぜ定番は売れ続けることができるのか。
当連載はその謎をマーケティングのセオリーから考察する。


「シャーボ 顧客最適化戦略の30年」

 「右へまわすとシャープペンシル、左へまわすとボールペン」。ゼブラ株式会社のシャーボ。1977年に放映された「1本で2本分!」というコマーシャルを記憶している人もいるだろう。その後、4ヶ月で80万本の販売を記録し、以来、多くの人々に愛用されて発売30年を迎えた。もはや日本人にとっての筆記具の定番ともいうべきポジションを獲得している。

 1984年に刊行された日本文化論の名著、李御寧の ”「縮み」志向の日本人”では、俳句、石庭、扇子など、ざまざまな物の中に、日本人の「縮小」という美意識を見いだし、それがLSIや電卓を生み出していったと看破ている。
 「縮み文化」の傑作としてウォークマンがよく引き合いに出されるが、シャーボも負けてはいない。
 同著において「縮み」は六類型で示されているが、一つに「折詰弁当型」がある。古来用いられている弁当箱は、持ち歩きの利便性だけでなく、何を詰めてあるのかという工夫を楽しむ物であると李御寧は解釈した。「1本で2本分」で便利だからだけではない。工夫して2種類の筆記具が詰め込まれているという日本人好みな感覚も愛され続けている理由なのだろう。

 しかし、日本人好みという理由だけで物が売れるのであれば苦労はしない。その秘密は何なのか。ダイレクトマーケティングの創始者・レスター・ワンダーマンは語る。「顧客とのリレーションシップは幻想に過ぎない。例えば歯ブラシを通じて顧客は企業と”つながり”を意識するのか。否である。大切なのは、顧客に”自分にピッタリだ!”と思ってもらえる、適切性、”relevant”である。”relationship”ではない」。
 シャーボは数多くの製品インナップを展開し、顧客に幅広い選択肢を提供している。そして30周年を迎え、筐体と中に入っているシャープペン、ボールペンを数多い選択肢から顧客自らが組み合わせられるモデル、「シャーボX」を発売した。さらに顧客最適化戦略とも言うべき挑戦を続けているのである。
 顧客の志向やニーズは多様化している。しかし、それをくみとり「自分にピッタリだ!」と思ってもらえるか否かが、定番となれる分水嶺の一つなのだろう。


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2008.03.23

サクラサク

「桜ギャラリー、始まるよー」。
http://kmo.air-nifty.com/photos/sakura/index.html

全国に先駆けて、東京のソメイヨシノが開花しました。
1953年に統計を取り始めて以来、9番目の早さで、平年より6日早い。
但し、昨年よりは2日遅いそうです。

さて、今年も携帯片手に町のあちこちに咲く桜の花をお届けします。
ご期待ください。


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2008.03.21

脱・使い捨ては、まずこれから

以前、同じ傘ネタを逸品の紹介的なコラムで書いたのだけれど、別の意味でもう一度読んでもらいたいと思ったので記すことにする。

昨日の東京はものすごい風雨が吹き荒れた。暖かい空気と冷たい空気が上空でせめぎ合い、昨日の所はまだ冬が競り勝ったのだろう。冷たい雨と風だった。そうして、南の風や北の風に吹かれて、毎年、春がやってくる。

しかし、夜でもまだ衰えない風雨は、路上に悲惨な姿のあるモノを散乱させることになる。いや、正確には散乱させたのは風ではなく人で、風がその原因を作っただけだ。
ビニール傘。
筆者の自宅は駅のすぐそばなのだが、駅の改札口から自宅のエントランス付近まで死屍累々といった感じで、ビニールがはがれ、骨がおり曲がり、うち捨てられたビニール傘がいくつも散乱していた。わずか250メートルぐらいの間に、数えてみれば7本も。
確かに昨日の風は強烈だった。目の前でビニール傘がオジャンになるシーンも見た。普通のナイロン傘でも、折りたたみの人はあきらめてたたんで手に持ち、濡れて歩いていた。長傘でも風を受け、骨が大きくたわんでいた。
そんな天気でビニール傘を差そうなどとはどだい無理な話なのだ。なのに、なぜかみんなビニール傘が好きなのだ。

最近では中国製のナイロン傘が駅のコンビニで500円も出せば買える。確かにビニール傘は300円ぐらいとそれよりも安いけど。
透明なので前が見えて安全などという利点もある。また、講師をしている大学で、学生に話をしたら、「ビニール傘は透明なので、自分のおしゃれに影響しないから愛用している」という意見もあった。だがしかし、「使い捨て」というその存在の根本は変わらない。

「世界一雨に濡れるのが嫌い」と言われる日本人。また、多雨な気候でもある。そうした背景からか、日本の傘の年間生産数は1億本に上る。平均すれば、ほぼ日本人一人が一本、傘を消費していることになる。ビニール傘が占める比率がどれぐらいなのか調べられなかったのだが、少なからぬパーセンテージを占めているだろう。

「もったいない」は世界に誇れるすばらしい日本語だ。そして環境負荷軽減は、誰のためではなく、自分たちのために一層注力しなければならないテーマだ。そろそろ、使い捨ての傘はやめにしたらどうだろうか。

人それぞれ好みがあるので、ここから先は参考までに読んでいただければ結構だが、筆者は使い捨てにしないためにも傘は自慢の逸品を使っている。皇室御用達、「前原光榮商店」の傘。常の傘の倍、16本の骨が優美なシルエットを描く。当然、風雨にも強く、昨日もびくともしない丈夫さを見せてくれた。骨の数だけでなく、素材や細部の作りにもこだわった商品は、1万円台前半から、高いものは20万円ぐらいまである。筆者のものは一番安いぐらいのレベルなのだが、やはりうっかり電車で忘れるわけにはいかないので、いつもしっかりと握りしめている。しっかりと手入れもする。そうして、もう何年も使っている。


「いいものをながく」。
筆者はいろいろなモノに対してオタク的な所があるのだが、ものを買うときには「いいものをながく」をモットーにしている。モノにこだわり、大切に、ながく使うということは、今日の環境負荷軽減の取り組みにも沿っているはずだ。まずは、ビニール傘をやめることを提言したい。

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2008.03.19

贅肉を削ぎ落とす?

「Less is more」 は建築家、ミース・ファン・デル・ローエの言葉。無駄を削ぎ落としたものは美しい。さりとて、その削ぎ落とすという行為はなかなかに難しい。そんなことを考えさせてくれた、最近の商品を二つご紹介。


■レーシング・カートに似た「ASUS Eee PC」
 http://eeepc.asus.com/jp/

米国で199ドルパソコンとして注目され、日本ではWindows XPを搭載し、49800円で発売された「ASUS Eee PC」。価格の安さで初期ロットは即完売。今でも店頭では品薄が続いているので、この記事を読んで気になった方、見かけたら即ゲットをお勧めする。

と、いうわけで、最近このPCを持って出かけることが多い。結構、使えるのだ。これが。
もちろん、出先でPCを本格的に使うシーンが想定されればフルスペックのノートPCを持って行くが、Eee PCは何とも気軽でいい。
バックアップは取っているとはいえ、メインマシンを持ち歩くのは結構気を遣う。故に、重いハードアタッシュケースに入れて持ち歩く。セキュリティーはかけてあるが、ハードディスク内のデータが気になるので、奪われる危険を考えると電車でうっかり居眠りもできない。
Eee PCの気楽さは、何といっても、なーんにも積んでいないこと。ハードディスク(HDD)がない。わずか4GBの内蔵フラッシュメモリー+4GBのSDカードのみ。HDDがないので物理的な故障の心配が少ない。薄っぺらいカバンにぽんと放り込んで持ち歩ける。
アプリケーションソフトも積んでいない。否、積めない。4GBの内蔵フラッシュメモリーは3GBがXPに占有されている。軽めのセキュリティーソフトしか入れられない。
基本的にテキストエディタでの文書作成と、インターネット接続専用端末となるが、メールソフトもインストールせずに、Webメールを使う。利便性は下がるが、メールデータも本体に残っていない。万が一の盗難も怖くない。

さらに言うと、Eee PCは重量的に軽いだけでなく、やはり動作もサクサクと軽い。CPUはプアなものだが、ソフトをほとんどインストールしていないので、引っかかるものが何もない。立ち上がりも早い。ストレスフリーなのだ。正に贅肉を削ぎ落とした「Less is more」な軽快さなのである。

ストレスが全くないと言えばうそになる。サイズの小ささに連動して、キーボードはさすがにフルサイズではない。少し小さいが故に、ミスタイプも発生する。しかし、その分、集中力が高まる気もする。
例えて言うなら、以前、試したら気に入って何度か乗った、レーシング・カートのようなのだ。90CCのエンジンがパイプ剥きだしのフレームに納められ、サスペンションもなく、ステアリングの遊びもほとんどない。ダイレクトに路面の感触が伝わってくる。決して高性能なわけではないが、無駄を削ぎ落とした故のおもしろさが感じられるのは共通したところである。


■贅肉を削ぎ落とせない男の味方「ワコール・クロスウォーカー」
 http://www.mens-wacoal.jp/crosswalker/mechanism/

さて、「Less is more」と贅肉を削ぎ落とした機能美を好むものの、自らの贅肉はなかなか削ぎ落とせず、美にはほど遠い状況に一縷の望みを与えてくれる新製品が登場した。
「”スタイルサイエンス”はいて歩いているうちに体型を引き締めるという、ワコール人間科学研究所の研究開発によって生まれた全く新しい技術です」とある。
形状は少し太ももの部分が少し長めのスパッツのよう。そのの太もも部分に秘密がある。特殊な織りと縫製によって、ももが加圧され、自然と歩幅が広がり負荷のかかる歩き方になる。結果として、日常の歩行がエクササイズになるというものだ。週に5日着用、1日6,000歩目標。決して高いハードルではない。

この商品、女性用がずいぶん前から販売されており、かなりのヒットを記録している。ヒットしているということは、「効果あり」なのだ。
続いて、企業の健保組合ルートで昨年末から販売されていた。実は筆者はワコールの知人に頼み込んで、密かに試していたのだ。「効果あり」。

少々ウェイトオーバーだったので、食事にも気をつけるようになっているため、定量分析的に考えれば、食事の変更がクロスウォーカーの効果のバイアスとなっている。故に、正確性には欠けるかもしれないが、体組成計に乗って調べてみると、体重減少分以上に、筋肉量が増えている。恐らくこれは、クロスウォーカーの効果だと思って間違いないだろう。
何より、歩き方が変化したことが体感できる。大股でぐいぐい歩いている感じがする。もともとタウンウォッチを兼ねた散歩は大好きなのだが、更に、歩くのが気持ちよくなった。

「男子たるもの、女性の下着メーカーの製品に頼ってまで」という論もあるかもしれないが、メタボ検診はもうすぐ始まってしまう。背に腹は代えられない。というか、その腹を何とかせねばならないのだ。溺れる者は藁をもつかむというが、この商品は藁どころか、間違いなく強力な救命ボートとなってくれる。自分で漕がねばならないボートであるのは間違いないが。


「Less is more」な商品を二つ紹介したが、「持たざる豊かさ」を実践するには、やはり工夫が必要だということだろう。
最小限のスペックを活かす使い方。Eee PCは新しいPCの使い方を考えるきっかけを与えてくれた。
日常のウォーキングの質を変え、また、日頃より少し長く歩くという行為を日常に組み込むというきっかけを与えてくれたクロスウォーカー。

春は新しいことを始める季節でもある。もし、どちらかの商品が気になった方がいたら、是非、お試しあれ。

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2008.03.18

新聞、どんなふうに読んでます?

一日の始まりは新聞を開くことから。それが自分にとっての習慣なのか儀式なのかわからないのだけれど、20年社会人をやっているがかなり染みついていると思う。そんな人は多いだろうと思っていると、昨今の若年層の新聞離れには驚かされる。それは海の向こうでも同じようだ。

米国の調査会社によると、<新聞を「週6回以上読む」グループでは高年齢層の比率が高い一方、「週に1度も読まない」人には若者が多かった。>という結果だそうだ。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/15/news006.html
しかし、ここまでは過去に国内で発表されている調査と何ら変わらない。しかし、続きが興味深い。<、「新聞を週に1度も読まない」人は、サイトの種類を問わずニュースサイトをよく利用しており、その利用度は「週に3~5回新聞を読む」人や「週に1~2回新聞を読む」人たちと比べ、全般的に高いことも判明。>そして、結論は以下のようになる。
<「新聞を読まない人が、必ずしもニュースを利用しないわけではない」、「単にデジタルフォーマットを好んでいるだけ」>。

まぁ、そういう考え方もできるかもしれない。しかし、一方で「ちょっと待った」という感も否めない。サイトと紙の新聞では根本的に情報摂取のしかたが違うのではないかと筆者は考えるからだ。

教鞭を執っている大学でも、企業研修で若手対象の講座を担当した時でも、マーケティング環境分析などと関連して、新聞を読んでいるか否かの話題がよく出る。大学の担当科目が就職活動前後の3・4年生対象ということもあってか、若手ビジネスマンより日経新聞の購読率は高いようだ。しかし、大学生は「新聞を読むのはひどく時間がかかる」とこぼす。
まだ、新聞、特に日経のような経済紙は読み慣れないのだからしかたがない。そこを我慢して読み続ければ、要領が良くなり早くなるのだが、やがて就職し、パソコンとの接触時間が長くなると、仕事の合間にニュースサイトを見るということで代替してしまう。

誤解のないように明言するが、ニューズサイトは悪くない。それこそ短時間で一通り世の中の動きを知ることができる。但し、利用のしかたを聞いてみると、ヘッドラインだけを見るだけに留まり、そんなに多くの記事をクリックして本文を閲読してはいないようだ。

もちろん、新聞だって全部の記事を読んでいるわけではない。しかし、新聞のいいところは、芸術的ともいえる段組の表現方法にある。ニュースサイトでは、多くの記事がフラットに配置されているのに対し、新聞ではその新聞社が判断した記事の重要度に応じて面積が異なる。ヘッドラインの大きさや文字の装飾なども一種の情報だといえる。また、それなりに大きな記事なら、本文前にサマリーがつく。あまり興味のないタイトルでも、サマリーぐらいは読む。
ヘッドライン、サマリー、本文。そしてコラム。様々な情報が紙面に表現という主張を持って配置されている。ざっと見るだけで、写真を撮るように書かれている内容を理解するという、いわゆる「フォトリーディング」的な読み方も、新聞の方がやりやすい。慣れれば新聞を読むスピードが画期的に上がる。


米国の調査会社の発表は、次のように締めくくられている。<「新聞発行部数の減少は、必ずしもニュース読者が減っていることは意味せず、むしろ逆である」><新聞社にとっても「インターネットには、既存のブランドをさらに拡充し、新しい読者層にリーチできる機会がある」としている。>
確かに日本においても、朝日新聞、日本経済新聞、読売新聞の三社が共同で、各紙の読み比べができるニュースサイト「新’s(あらたにす)」http://allatanys.jp/index.html のサービスを開始した。読み比べというこのサイトは、正にインターネットの特徴を遺憾なく発揮したスタイルであることは間違いない。しかし、ともすれば、このサイトすら「三紙まとめてヘッドライン眺めて終わり」になりかねない危うさも秘めている。

新聞各紙が紙としてのメディアをどのように残していくのか。また、ニューズサイトをどのように展開していくのかも、我々読者の情報収集のしかた次第だろう。
忙しい毎日を送っている人も多い世の中だけれど、今よりもう少しだけ、新聞でも、ニュースサイトでも、丁寧に情報収集をしてもいいのではないかと思う。情報には蓄積効果もある。読み続けていれば、そこから新たな意味を発見できるかもしれないのだから。

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2008.03.17

「まぁ、座れ」

役職者の机の前には、部下の人間を呼びつけて説教をするための椅子が置いてある。「ちょっといいか。まぁ、座れよ」。などと言われると、「うゎー、長くなりそう・・・」。と冷や汗が出てきたものだった。その「じっくりと話す」という機会をうまく作って成功している商売があるようだ。クリーニング屋である。

日経新聞3月15日付夕刊の記事「アーバンBiz」。「クリーニング店、個性光る」として最近のクリーニング業界の変化を取り上げている。そもそも、その業界は<洗濯機や洗剤の高機能化と「ユニクロ」に代表される低価格カジュアル衣料の普及>によって家庭の年間洗濯代は1992年の19,243 円をピークに、昨年は8,915円と半減以下になってしまったそうだ。<今後、生き残りをかけた競争の激化が必至>と記事は結ばれている。

その生き残りの方策の一つが、「顧客を座らせる」というもの。クリーニング大手の白洋舎が新宿高島屋に構えた「白洋舎スペシャルケアサロン」では、顧客をカウンターの前の椅子に座らせ、約10分も接客するという。通常の倍以上の時間だ。来店客の<「腰を落ち着けると、細々した注文をしてしまう」>というコメントが象徴的だ。
通常のクリーニング店の利用を考えてみれば、何かの用事のついでに、放り投げるようにワイシャツを預けたり、衣替えの季節にスーツをドサッと持ち込んだりと、いつも忙しない感じだ。何となくちょっとした汚れが気になっていてシミ落としを頼もうと思っていても、忘れてしまうことも少なくない。また、雨の日などに「ああ、撥水加工しておけば良かったな」などと思っても、預ける段ではほとんどの場合、思い出せない。

同「白洋舎スペシャルケアサロン」は背広が上下で3,570円からと、ただでさえ高額な白洋舎価格の倍だそうだ。しかし、立派に商売として成立している。
クリーニング不振の原因として、前述の通り「低価格カジュアル衣料の普及」があり、それを着る機会もビジネスシーンでのカジュアル衣料着用の許容という流れが大きいのだろう。しかし、その反面、きちんとした服はちゃんとした手入れをしたいという需要も大きいだろう。決して安くない服を預け、その仕上がりが悪ければ文句の一つも言いたくなる。事実、クリーニング業はある種、クレーム産業でもあるのだ。
モノが何でも低価格化と時間短縮に向かう世の流れに逆らい、顧客を椅子に座らせ、じっくりと説明。納得とさらなる注文を獲得するという逆転の発想。顧客とじっくりと時間を共有し、満足を高めるというこの手法からは学ぶところが大きい。

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2008.03.14

ハードルは高くして跳べ

顧客満足度調査のアンケートシートを前にしたとき、あなたはアベレージでいくつを付けるだろうか。そして、どんなときに「非常に満足」の5を付けるだろうか。


顧客満足度調査の場合、総じて日本人は暗黙の了解としてアベレージ3ぐらいを中心に採点する。対して米国では5がアベレージで不満を感じたときに点数を減点するようだ。
日経ビジネスNB onlineでそんな記事を読んだ。

「危機感駆動型ニッポンの危機!?ネガティブなニュースの濁流に流されるな」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080310/149475/?P=1
記事の主旨は、満足度調査だけでなく、教育においても両国の違いは<褒める米国、けなす日本>であると指摘する。そして、要諦は日本はニュースの記事の取り上げ方も、ネガティブアプローチで「危機感駆動型」であるが、そうしたスタイルでは今の閉塞した経済環境を打破できないというものだ。

その記事の主旨にも賛同しつつ、前段の満足度調査の部分が特に気になった。
米国で車を購入した際、販売店のサービスに対する購入者の満足度を調査を依頼された際のことだ。<諸項目について「素晴らしい(Excellent)」「とても良い(Very Good)」「良い(Good)」「普通(Fair)」「不満足(Unsatisfactory)」の5段階評価で選べと言う。普通に満足していたので「とても良い」と「良い」を中心に「素晴らしい」も少し交ぜて回答した。 >
すると、後日担当者から「何か問題があっただろうか?」と慌てて連絡があったという。なぜなら、彼らのアベレージは<「素晴らしい(Excellent)」以外は「問題あり」のバッドスコア>だからだという。


確かに、今もホテルでこの記事を書いていて、満足度調査のシートが目の前にあり、評価が5段階になっている。ホテルの建物は少々古いが整備されていて、清掃に不備もない。顧客応対にもそつがない。普通に満足できているので3かな。まぁ、サービスして4かな。と日本人的感覚で考えていた。しかし、その結果を受け取る側の立場で考えると、また別の見方ができるように気がついた。

以前、企業で管理職をしていたときのことだ。部下の業績評価をめぐってしばしば役員と対立した。上司の評価として「多大な功績を挙げた」の5を付ける。定量的な業績貢献も、定性的な目標達成度も高く、目標管理制度(MBO)との整合も高い。しかし、役員からは安易に最高点を付けるなとたしなめられた。最高点のサービスしすぎは成長の芽を摘むとの理由で、「求めても中々手に入らないからこそ、最高点は意義があるのだ」と。
一理あるようにも思うが、あまりに手に入らないのであれば、最高得点は取れなくて当たり前になってしまうと反論するも、一項目でも5を認めさせるのはかなり至難の業だった。


独立して、現在、仕事の三分の一は講師業をしている。講演や企業・ビジネススクールで研修を行い、大学で授業をする。昨今はその一つ一つで講師は受講者から評価を受ける。

独立する以前から、講演活動は時々やっており、そこでの受講満足度アンケートを見ると、そこそこ4や5がついているのを見るとうれしく思った。
しかし、大勢のオーディエンスを前に、主に一方的に話す講演と異なり、インタラクティブな要素が多く、個々の受講生の顔や動き、発言に注目することができる研修では、受講生からの満足度の意味が異なるように感じるようになったのだ。
受講生には学びを最大化して欲しい。それ故に、一つでもわからないことを無くしたいと考える。だとすると、5ではなく4や3を付けるということは、学びに対して「不満足」というよりは「不十分」な部分があったというメッセージだと理解するべきだと考えたのだ。つまり、自らの受け取るべき得点のアベレージを3ではなく、5とセットし直したのである。

先の役員の言葉「求めても中々手に入らないからこそ、最高点は意義があるのだ」ではなく、米国式の<「素晴らしい(Excellent)」以外は「問題あり」のバッドスコア>という認識の方が実は遙かにハードルは高まる。しかし、認識を変えハードルを自ら上げることによって緊張感も高まる。受講者の一挙手一投足も見逃せない。自分の発言にも最大限の留意をするという、動き方も変わってくるのだ。
満足度のアベレージが5の「素晴らしい(Excellent)」とは、付ける側は甘く、付けられる側は奢りと思ってしまいがちだが、遙かに緊張感のある関係なのである。

さて、今日もこれから企業研修だ。取れればラッキーの5ではなく、当たり前な5となるべく、研鑽を積もうと考えている。


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2008.03.13

「紺屋の白袴」だった?「分解せよ!」

今日は自戒の意味で記すのだが、ちょっと馬鹿馬鹿しいお話にお付き合い願いたい。

「考えるということは分解するということである」が、教鞭を執っているビジネススクールの合言葉になっているようだ。論理思考(ロジカルシンキング)をさらに進め、ものごとを批判的にとらえるというクリティカルシンキングが人気科目である。そこではまず、ものごとをカタマリでとらえずに、細かく分解して見て、考えることを仕込まれる。

「分解する」という考え方は、マーケティングにおいても重要だ。「セグメンテーション」とは、市場、つまり世の中をカタマリでとらえるのではなく、同質な条件で切り分けて、狙いを定める「ターゲティング」に繋げていく。

マーケティングの講師として受講者にはいつも「分解しろ!」と言っている。
例えば、「若い女性」などといった市場の分解のしかたをすれば、「”若い女性”って具体的には?」と突っ込む。「二十代前半・・・」という回答があれば、「二十代前半の女性はみんな同じニーズを持っている?」 と更なる分解を要求する。「都市部在住の二十代前半女性・・・」「都市部在住の二十代前半女性はみんな同じ?」・・・と、本当に意味のあるセグメントになるまで分解を続ける。単純かつ、大括りのセグメントからは何の意味も見えてこないからだ。

と、上記は本当に真理なのだけれど、恥ずかしながら「紺屋の白袴」をやってしまいました・・・。

このBlogの管理ページでアクセス状況を見ると、ここ一ヶ月、ものすごくアクセス数が上昇していることがわかった。来訪数で今までの倍。ページビューでは5倍ぐらい。
このサイトはどこからかのリンクではなく、ブックマークしたり、URLを直打ちして見ていただいているレギュラーユーザーの方に支えていただいている。それが、新規の流入数がやたらと増えたのだ。しかも、今まで一度の来訪で閲覧するページは、(トップページで複数の記事が閲覧できるという特性もあって)1~2ページに留まっていた。それが3~5ページに伸びている。ただでさえ理屈っぽいテキストコンテンツをいくつも読んでいただくのは大変なことだなぁと、ありがたく思っていた。

しかし、ありがたくも、何が起こったのか正直、理解できなかった。「もしかすると、今まで地道にコツコツ書いてきた成果が出たのか?」などと自惚れてみたりもした。
が、Blogを置いているニフティーがアクセス解析を少し詳細化したことでわかってしまった・・・。

来訪ユーザーの方々。もしかすると、今日もこの記事を読んでいただいている、あなたや、あなたかもしれないが、「花見」をされていたようなのだ。

このBlogには左ナビゲーション領域にフォトギャラリーを3つ設けている。金森が日課であるタウンウォッチをしながら携帯カメラで街の風景や情景を切り取った写真を公開しているのだが、その中で「桜ギャラリー2007」というものがある。昨春、歩きながら、あちこちの桜を撮影したものだ。昨年の桜の季節が終わってからもぽつぽつとアクセスがあったのだが、陽光が柔らかくなり始め、春の気配が感じられるようになってきた今月の初めからアクセスが急増したようだ。詳細化されたアクセス解析でしっかりわかってしまった・・・。

アクセス数が詳細化されるまでわからなかったといえば、明らかに言い訳になる。春が近づいた頃に、あり得ないほどのアクセスの急増が発生した。しかも、あり得ないぐらいの来訪あたりのページ閲覧数。
一つ一つ時間をかけて読まねばならないテキストコンテンツと異なり、ギャラリーの桜の画像は、一つクリックして眺めるだけ1ページビューとなる。このページビュー数の異常増加で気づくべきであった。

自Blogのアクセス変化をカタマリでとらえ、喜んでいたのは「分解せよ!」と言っている身としては誠に恥ずかしい。が、あえて失敗に学んで欲しいと思い、カミングアウトした。カタマリでとらえることを、今以上に、厳に慎みたいと思った。

とはいえ、桜の季節も近い。昨年の桜も楽しんでいただきたい。
また、予想以上にご好評頂いていることがわかったので、今年は一層、「桜ギャラリー」に力を入れてみようかと思う。基本的には都内のふとしたところで目に触れた桜を携帯で写す方針なのだけれど、もしかすると、本格的に撮影に出かけてしまうかもしれない。
なにぶん、昨日記したように、金森はカメラオタクなのだから。

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2008.03.12

リコーのデジタルカメラの動きをウォッチ!

製品ラインナップはただ数多く揃えればいいというものではない。どのように製品間のポジショニング図るかという微妙なさじ加減が要求されるのだ。今回はちょっと注目したい事例をご紹介する。

注目はリコーのデジタルカメラだ。
筆者は実はちょっとカメラオタクだったりする。そしてデジタルカメラはリコー製を愛用している。リコーのコンパクトカメラはレンズがとてもいい。
フィルムカメラでリコー GR1vという機種を使っていたので、GR DIGITALという機種を買おうかと思ったのだが、せっかくデジタルにするなら、28ミリ広角単焦点レンズというのも少々不便だと思って、もう少し普通の機種にした。Caplio R3。カメラの色もローズレッド。

GR DIGITALはプロカメラマンもスナップ撮りなどで愛用している人も多いものの、やはり多少はズームがほしいという要望が高かったようで、ズーム機能の付いた機種が発売された。「単焦点でなければGRじゃない!」という声が上がらないようにしたのか、機種の名前は違うものになった。Caplio GX100。

こうなるともういけない。物欲に火が付いてあっという間に購入。前のR3と持ち物としてかぶってしまうので、もったいないと思ったのだが、実際には全くかぶらなかった。R3はどちらかというとちょっとしたお出かけに持って行くカジュアルな撮影用。GX100はここ一番でしっかり撮るぞと、気合いを入れて使う。そんなポジショニングが何となく自分の中であった。

ところが昨日、ヤマダ電機に行ったついでにデジタルカメラ売り場をのぞいたところ、リコーの3機種が並べられていて、ちょっと混乱してしまった。
GR DIGITAL II ・ GX100 ・ R8
もともとGRとGX100はズーム機能が一番の違いで、但し写真としての仕上がりのきれいさなどは、ほとんど差のない異母兄弟のような存在だ。まぁ、ユーザーがどこにこだわるかで棲み分けがなされていると言っていいだろう。
R8はそれらとは本来全く異なるカジュアルな機種だ。リコーの商品サイトでもGRとGX100は「パーソナル・プロフェッショナル」というカテゴリーで、R8は「パーソナル・スタンダード」で棲み分けている。・・・はずなのだが、実物を見るとそんな気がしない。

結論から言うと、R8の質感が妙に高いのだ。Rシリーズは数字が大きくなるほど最新機種なのだが、この8でぐっと質感が高まった。スペックも申し分ない。実際に使ってみていないのでレンズの性能などはわからないのだけれど、「スタンダード」という域は超えている。
プライシングもまた微妙。GR DIGITAL IIは63,300円。GX100が60,800円。R8が49,800円。

これは恐らく、リコーのデジタルカメラにおけるローエンドモデル伸長作戦なのだろう。

ローエンドモデルを投入すると、ユーザーの裾野が広がるという効用の一方で、既存ユーザーの離反が懸念されると、過日「BMW1シリーズの深謀遠慮」というタイトルで書いた。そんなおおげさなものではないのだが、何となくBMW1シリーズが投入されたときの3シリーズとか、5シリーズユーザーの気持ちが実感できた。

GRやGX100ははっきり言ってオタクカメラだ。そのコアなオタク・リコーファン層を同社がどうやってグリップしていくのか、これからがちょっと見物だ。

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2008.03.11

引っ越しました

誠に恐縮ながら、今日はコラムをお休みいたします。

昨夕から事務所の引っ越しをしており、本日は新しい部屋で荷物の整理中です。
・・・ちょっと、コラム書いていられる環境じゃなく、頭がまとまらないのでご容赦ください。

新住所は下記の通りです。

〒105-0021
東京都港区東新橋2-10-10東新橋ビル1009
電話・FAX03-3432-8279


「もう少し読んでもいいよ」という方、金森の独立以後の引っ越し歴を少し綴ってみたいと思いますので、おつきあいください。


独立を決めてから実行するまでは、2ヶ月ぐらいと比較的短かったので、仕事の仕込みはしたものの、事務所のあてがありませんでした。
自宅で仕事をとも思いましたが、性格的に切り替えないとだらけてしまいそうで、それは断念。事務所探しを始めました。
といっても、先立つものがありません。
その時、ちょうど発足したばかりの大学系コンサルティングファームに兼任で参画することになったので、その事務所に間借りすることになりました。場所は新橋と御成門と大門のちょうど真ん中ぐらい。
正確には、その事務所も、同じ出資者の持ち物であるベンチャー企業のオフィスに間借りしていたので、間借りの間借りでした。ベンチャーらしく、本当に若い人ばかりで活気があり、楽しい事務所でした。
金森のスペースは机一個でしたが、会議室も借りられたし、電話番もしてもらえ、さらに時々コーヒーまで出していただいていました。


非常に居心地のいい環境でしたが、そのコンサルティングファームとの提携解消に伴い、1年ほどでそこを出ることになりました。急なことだったので、またまた先立つものがありません。
その時見つけたのが、新橋駅前のニュー新橋ビルの中にあるレンタルオフィスです。
ニュー新橋ビルは、新橋駅のSL広場と烏森口に渡る大きなビルで、地下はほぼ飲み屋だらけ。4階までの商業施設にはチケット屋や釣具屋、マッサージ屋などなど、サラリーマンの天国のようなビルなのです。
築後40年近くなる古いビルですが、レンタルオフィスの会社はその一角を借り、間取りを小分けし、内装を整え、セキュリティーとLAN環境、共用会議室を整備します。そうして、だいたい本来の倍ぐらいの賃借料で転貸しするのがビジネスモデルです。
レンタルオフィスのありがたいことは、初期費用が全くかからないことでした。ランニング費は上記の通り、相場の倍ですが、ともかくまったく世話がかかりません。
ただ、如何せん高い。どれくらい高いかというと、坪単価7万円です。坪単価7万というと、もしかすると六本木ヒルズ並ではないでしょうか。
なので、借りられたのは1坪の部屋。2畳です。オフィスと言うより、エレベーターの中にいるような感じです。窓もありません。外の様子がわからない。建物を出てみると雨が降っていたなどと言うこともあります。なので、いつもインターネットのWEBカメラを探して、パソコンの中で銀座五丁目の映像を流していました。窓代わり。なかなか泣ける環境でした。


事務所にいる時間はそんなに多くないので、何とかなりましたが、2年が過ぎようというころ、いい加減いやになってきました。何となく、近くの賃貸物件を検索すると、「銀座中銀カプセルタワービル」が見つかりました。黒川紀章の遺作です。
「そんな貴重な物件に入れるなんて、すごいことだ!」とすぐ、不動産業者に問い合わせ。すると、「ああ、あそこ、出るんですよねぇ」とのこと。うわー、いやなこと聞いちゃったよ・・・と思ったら、出るのは「アスベスト」だそう。空調が集中管理されており、そこに石綿が使われていて、空気に混ざるとか。それもそれで、ものすごく怖いので断念。その時知り合った不動産業者に紹介されたのが、今回引っ越した物件です。

Nec_0455
場所は新橋駅から8分ほどの第一京浜沿い。すぐ裏は、汐留の外れにあたる「イタリア街」。前に勤めていた電通ワンダーマンのオフィスがある所。3年かけて新橋界隈をぐるりと一回りしてきたわけですね。
今度の事務所はワンルームで6畳強あります。冒頭に記したとおり、まだ部屋がゴチャゴチャで写真公開できませんが、第一京浜に面した側の窓が広く、明るくて気持ちがいいです。10階建ての10階に部屋があり、写真のように東京タワーも少し見えます。

お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。

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2008.03.10

顧客中心主義と温暖化防止の関係性

筆者は「顧客視点」の重要性を常に説いているが、それはマーケターとしてのの基本スタンスでもある。「顧客中心主義」や、「顧客満足の最大化」などを掲げる企業も多くなってきているし、「すべてはお客様のために」というスローガンをなども多く目にするようになってきた。よき世の流れだと思う。
だがしかし、もう少し注意してみてみると、気になることがある。

「便利言葉」と筆者が命名したものがある。耳に心地よく、その言葉を遣うとあたかもそれを実現しているような気になってしまうものだ。美辞麗句ともいうのだろう。実体を伴っている場合はいいが、単なる掛け声やスローガンだけで終わっていないか注意することが必要だ。

もう一つ気になるのは、特に「お客様のため」のような、主語を顧客にして、「何かをして差し上げる」というような捉え方をしている場合だ。
商売を営む者が顧客のことを真剣に考え、働きかけるのは当たり前のことではないか。きちんと文章にするなら、「我々(自社)は、お客様のことを真剣に考え、お客様のためになることを常にいたします」であり、主語は自分自身であるはずなのだ。

さらに問題は、なぜ、そのように行動しなければならないのかが正しく認識されていないケースだ。「お客様のためになることを常にする」のはすばらしいことなのだろうか。確かに、言うは易く行うに難い言葉ではあるが、これまた商売としては至極当然なことではないだろうか。何もスペシャルなことをしているわけではない。

やはり、物事はウラとオモテから考えよう。当たり前にお客様のために行動するとどうなるのか。そうすれば、やはりお客様も感情がある生き物だ。当然のこととはいえ、キチンと自分に励行されれば気分がいいだろう。信頼感も増すだろう。顧客満足は結果として達成されることなのだ。
では、ウラから考えてみよう。お客様のための行動が徹底できない場合だ。当然のことが提供されなければ、顧客からの信頼は失われる。満足などとは程遠い。離反する。どんどん顧客がいなくなる。商売が立ち行かなくなる。
つまり、この場合、行動を徹底するにはウラから考えたほうがわかりやすいだろう。「便利言葉」にならないように、全文で書いてみよう。
「我々は、お客様のことお真剣に考え、お客様のためになることを常にいたします。なぜならば、それができなければ、お客様の満足は低下し、信頼も失墜し、お客様が離反し、ついには商売が立ち行かなくなるからです」。

いかがだろうか。「お客様のため」ではなく、「自分たちのため」であることがご理解いただけただろうか。顧客中心主義とは、顧客のことを考えて、自分たちのために、自ら為すべきことを、淡々と当たり前に行うことなのだ。「凡事徹底」である。


さて、ここから話題のスケールをグンと大きくしよう。地球環境に目を向けてほしい。
環境負荷軽減を図る「地球にやさしい」取り組みとして、エコバックやレジ袋削減にはじまり、さまざまな温暖化ガス排出削減の取り組みがなされている。それはすばらしいことだし、さらに推進すべきものであるのは間違いない。
しかし、ふと立ち止まって考えれば、それは誰のための取り組みであるのか、みながきちんと理解しているのかどうかということだ。

地球を一つの生命体として捉えたり、そこに大いなる意思を感じ取ったりする「ガイア信仰」はあってもかまわないのだが、比喩的に「地球がもがき苦しんでいる」というような表現はあまり好ましくないように思うのだ。なぜなら、その苦しむ地球を救うことが、あたかも崇高な使命であるかのような錯誤を与えるからだ。
一つの惑星に大きな環境変化が起こることは珍しくもない。もちろん、長い歴史の中でも地球の気温は劇的に変化してる。原因はともかくとして、変化は一つの姿であり、地球という惑星にとっては痛くも痒くもないのではないだろうか。地球自体を生命体としてとらえ、現状、もしくは少し前の状態が「健康な状態」であると考えるのは、人間にとって心地よい論ではあるが、実際には少々無理がないだろうか。

先の「顧客中心主義」が、実際には「お客様のため」、ではなく、「自分たちがひどい目に遭わないため」の活動であるがごとく、環境負荷軽減のための取り組みは、「地球のためにすばらしいことをしている」のではなく、自分たちのため、淡々と、しかし、徹底して行われなければならないのだと、認識するべきなのだ。
商売における人間の顧客と、環境保全活動における地球の関係における違いは、当たり前なことをきちんとやっても、特に地球は満足するわけではないことだ。それ故、一層、自らのために凡事徹底することが求められるのだ。
「すべてはお客様のため」でも、「地球のため」ではなく、「自分たちのため」なのである。

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2008.03.07

KKDはダメなのか?

”KKD”。もはや誰もが知る略語である”KY”の親戚ではない。その遙か以前から現場たたき上げのビジネスマンにとっての精神的支柱ともいえる言葉だ。

”KKD”とは「勘」と「経験」と「度胸」。自らを強く信じて行動する判断軸とでもいえるだが、昨今ではそれは前近代的と批判されることが少なくない。
しかし、それがダメなのかと問われれば、筆者は否と言いたい。

筆者と同年代以上ぐらいの現場でバリバリ働いてきたミドル層には、やはりKKDの人が多いのだが、あるきっかけで驚くような変身を遂げることがある。そのコツとは何かはもう少し先にして、そもそものKKDとは何かをもう少し掘り下げてみたい。

「勘」とは英訳すればintuitonであり、直感力だ。もっと創造的なinspirationと解釈してもいいだろう。
「経験」practicalなknowledgeと解釈できよう。
「度胸」はこれまた直訳すればcourageだが、最終的には責任を持ってdecisionを下さす力だといえよう。
つまり、現場での実行力とマネジメント力には欠かせない要素を表わしていると言うことができるのだ。

ちなみに、一部ではKKDを「気合い」と「根性」と「努力」という解釈もあるようだが、さすがにそれは「気持ち」だけに偏っており、バランスを欠くと思うので、この際はその解釈はいったん横に置いておきたい。

さて、「勘と経験と度胸」に問題があるとすれば、それが全く個人のアタマの中に存在していたり、カラダに染みついていたりして、客観的に判断できないことではないだろうか。故に、時に失敗をする。また、失敗を繰り返す。
できるだけ失敗を回避し、成功率を高めるためにはほんの少しのコツが必要なのだ。それは、フレームワークを用いた論理的思考法である。現場力を蓄積した人間が、自らの経験を今一度、フレームワークに落とし込み、ロジカルに組み立て直すことができると驚くほどの変身を遂げる。また、思考のスピードが上がり、人に伝える力も向上するなど、その効用は大きい。

端的に言えば、いわゆる5W+1Hだって思考や伝達のためのフレームワークなのだ。
他にも、PEST、3C(4C)、5F、SWOT、VCなどの代表的な環境分析のフレームワークなど枚挙にいとまがない。
各フレームワークにはそれぞれ適した使い方やクセがあるのだが、それをふまえた上で使いこなしができると思考生産性は飛躍的に向上する。また、自分が考えやすいようにカスタマイズしたり、自分オリジナルのフレームワークを作ってもいい。

フレームワークを使う上での唯一の留意点は、情報整理に留まらないことだ。フレームワークにファクトを落とし込むと、実にうまく整理できる。しかし、それに満足してはいけない。そこから何が言えるのかという、結論。「意味合い」が重要なのだ。最終的にはdecisionmakingができなければ意味がないのである。

このBlogでも数多くのフレームワークを紹介している。是非、実際の課題解決に使ってみていただきたい。

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2008.03.06

人の3倍・働きマン!

日経新聞3月3日夕刊・生活面の「キャリアの軌跡」。マーケティング企画会社・株式会社ハウの大隈和子社長が紹介されていた。「女は男の3倍働かないと認めてもらえない」というフレーズが印象的だった。

大隈社長は第17代内閣総理大臣であり、早稲田大学の創始者・大隈重信侯爵のひ孫。外交官の娘として豊かな海外生活を長く続けていたが、33歳で二度目の離婚を経験。初のフルタイムでの仕事を探したという。クリスチャン・ディオールの美容部長、クリニーク・ラボラトリーズの日本支社マーケティング部長を経て、87年に広告代理店と共同出資でマーケティング企画会社・株式会社ハウを設立。社長に就任した。
一見鮮やかに見えるそのキャリアの軌跡とは裏腹に、紙面で<「女は男の3倍働かないと認めてもらえない」というのが持論。そのため子育ては母らに”おんぶにだっこ”。仕事に専念するための苦渋の選択だった。>と自らを振り返っている。

菅野美穂の主演ドラマにもなった人気漫画、「働きマン」。主人公の女性編集者は、仕事モードになると「男スイッチ」が入り、衣飾・寝食・恋愛も忘れ猛烈に働く。漫画は「仕事とは何か」「働く意義とは何か」そして「一生懸命働く人にとって、男女の性差など関係ない」ということをテーマとしていると思う。
しかし、現物を見たわけではないのだが、英国のタイムズ・オブ・ロンドン紙で『「働きマン」は日本の男女不平等を覆せるか』というテーマで取り上げられた取り上げられたらしい。正に大隈社長のごとく、「女は男の3倍働かないと認めてもらえない」象徴と見られたようだ。

女性、外国人、少数民族など多様性を受容し、人材確保と活用を促す「ダイバシティー・マネジメント」も、もっぱら日本では女性の管理職登用に関心が集まっているように思われる。男女雇用機会均等法施行以来22年が経とうとしているのに、男女格差はまだまだなくなっていないことの現れだろう。

仕事において女性にハンデがあるのは事実だ。しかし、それを乗り越えようとする女性は強い。前職では部下の過半は女性だったが、皆、優秀だった。既婚者や子供のいる者、シングルマザーもいたががんばっていた。

しかし、よく考えれば「認められるために人の3倍働く」のは女性だけの話ではない。自慢するわけではないが、筆者は新入社員の時から永く仕えた上司から「いい大学を出ているわけでもないお前が人より上に出たければ3倍働け」と仕込まれ育った。いろいろな意味でラディカルな上司だったが、「人の1.5倍の時間、倍の効率で働いて、3倍やれ」という教えには感謝している。

女性は確実に強くなっている。優秀になっている。徐々にではあるが、社会も平等になってきている。「仕事に男女の差など関係ない」という論には大賛成だが、うかうかしていると危ないのはむしろ男性の方だと思う。

もうすぐ4月。新しい年度になる。ここらで男も気を引き締めて、「人の3倍働こうぜ、Men!」

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2008.03.05

ナレッジマネジメントとインターナル・レピュテーション

「ナレッジマネジメント(KM)」という言葉はもはやITの流行用語ではなくなったが、むしろ本質的な部分が今日、企業内にしっかり定着している。そんなKMの新しい動きと、少し変わった切り口をご紹介したい。


■ナレッジマネジメントの新潮流
組織内の知識を見える化して共有。さらに拡大再生産しようという、ナレッジマネジメント(Knowledge Management:KM)の取り組みはもはや社内ポータルなどのITの仕組みの普及で当たり前になってきた。その中でも新しい動きとしてはmixiやGREEなどでおなじみのSNS(Social Networking Service)を社内で活用しようという取り組みが目立ってきたことだ。社内での知識をマネージするだけでなく、自由な情報交換の場を作って、緩やかなつながりの中で知識創造を図ろうという意図である。

■社内SNSの導入における問題点
その導入にあたって必ず問題となる論点がある。Web公開されているSNS同様に、ニックネームやハンドルネーム、つまり匿名での書き込みを許すのか、あくまで会社内のことなので本名を用いるかという議論だ。
インターネットの世界でも実名を名乗るべきという論があるぐらいなので、会社内なら当然だろうと思われるかもしれない。しかし、そうした場合、実際には極端に書き込みが少なく、内容も面白味がないものになってしまうことが多いのだ。

■アンオフィシャルなコミュニケーションの効用
「タバコ部屋のコミュニケーション」と称されるが、アンオフィシャルな会話の中には実は優れたアイディアやイノベーションが潜んでいることも多い。また、本音が語られるのである。匿名での書き込みは、そうしたアンオフィシャルさを醸成する効果がある。一方、本名での書き込みはタバコ部屋での会話に対し、会議室での発言のようなものだろう。思いつきなどは、なかなか書き込みにくくなる。

■匿名性の問題点
しかし、企業においては結果的に、本名での書き込みが選択されるケースが多い。その最大の理由は「匿名にすると書き込みが荒れる」というものだ。「2ちゃんねる化する」などと形容されることもある。もちろん、2ちゃんねるも板やスレッドによって非常に良質な書き込みや正論が展開されているので、一括りに悪者視するこの形容は正解ではない。しかし、匿名性は社内での誹謗中傷や、会社方針に対する批判・非難を産むことがあるのも事実だ。確かに社内SNSで「炎上」などという状態はイタダケナイ。

■インターナル・レピュテーションに注目しよう
「レピュテーション・マネジメント」という考え方がある。ロナルド・J・オルソップ による同名の著書から引用すれば、<企業にとって、自社の「評判」は重要な無形資産。評判への意識を高め、積極的に管理する「レピュテーションマネジメント」は、今や必須の経営課題と言える。> とのことだ。いかに自社が世間から良い評価を受けるようにするか。また、常にどのような評価を受けているのかをウォッチすることの重要性が記されている。
しかし、社内での情報共有に長く携わっている立場からすると、社外以上にインターナルのコミュニケーションをしっかりウォッチすることが、まずは大切だと考える。社内でアンオフィシャルに交わされる会話、評判は社外の先行指標となりえるからだ。事実、昨今の企業不祥事は内部告発による発覚が過半を占めている。全社ぐるみ、経営者ぐるみの不正は打つ手なしだが、特定個人、部門の問題はインターナル・レピュテーションとして表出化することができるはずなのである。
経営者は「知らなかった」では済まない今日の経営環境において、社内匿名性のネガティブな部分にのみとらわれるのではなく、積極的に活用することを提唱したい。
もちろん、それがアイディアやイノベーションの創出になるという本来的な部分もしっかりと理解した上でのことである。

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2008.03.04

「斉藤さん」の赤いカバン

観月ありさがひたすら正義の道をひた走る主婦を演じるドラマ「斉藤さん」。その潔さに毎週溜飲を下げる人も多いようだ。その斉藤さんがドラマ中で使っている服や持ち物も静かなブームになっているようなのはご存じだろうか。


服はGAPのものが多いのだが、話題なのはカバン。斉藤さんが第1回からずっと愛用している赤いカバンだ。
番組公式サイト:斉藤さんファッションhttp://www.ntv.co.jp/saito-san/fashion/saitou/1.html「キプリング(kipling)」というブランド。http://kipling.jp/(注:音が出ます)
指しゃぶりをする、かわいいサルのマスコットが付いたナイロンバッグだ。定番色は4色あるが、シーズン毎に限定色を多数展開するのも特徴で、そのカラー毎にマスコットのサルもバリエーションが展開される。


さて、話題の斉藤さんのカバンであるが、実は上記の通りシーズン限定商品で2007年秋冬モデルのため、既にソルドアウトなのだ。あちこちのショップで探し求める人も多いようだが、徒労に終わっている模様。シーズン限定のそんな希少性を売りにしているので仕方がない。
もはや買えないモデルは仕方ないとして、定番ものや新作を購入する人も多いので、宣伝効果はばっちりだ。
テレビ番組や映画の中で企業の商品を登場させる宣伝広告の方法をプロダクトプレイスメントというが、斉藤さんに持たせて話題となったキプリングは成功事例の一つといえるだろう。


ところで、その特徴であるサルのマスコットなのだが、ショップに行くとそれだけ単品販売されている。バッグに下げられるようなキーホルダータイプや携帯ストラップもある。
マスコットだけ買われて、他のカバンに付けられたらブランド価値が低下しないかなぁと思った。
同社のカバンはメインが1万3千円ぐらい。一番小さなポーチのようなものでも、ちゃんとマスコットは付いているのだが、7千円ぐらいする。にもかかわらず、マスコット単体なら千円ちょっとなのだ。

実は妻が同社のカバンを一つ持っていて、娘がそのマスコットをほしがっていた。なので、数寄屋橋高架下にショップを見つけたので、早速マスコットのみ購入してみた。
で、早速他のカバンに付けてみた。・・・なんだか違和感がある。


なるほど、マスコットだけ買って済ませてしまう人も確かにいるかもしれないが、この違和感がいやで、ちゃんと購入する人も多いのではないかと思った。
多くの欧州ブランド、グッチにしろ、ヴィトンにしろ、携帯ストラップなんてちゃちなものをなぜ販売するのかと思ったこともあるけれど、小さなものまで統一したいというファンだけでなく、それをエントリー商品として新たなユーザー獲得ができるという意味もあるらしい。


軽い気持ちで買ったサルのマスコットなのだが、高いものにつきそうな予感がしてならない。

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2008.03.03

BMW1シリーズの深謀遠慮

BMW1シリーズにクーペモデルが追加された。そこには実に深いBMW社の深い戦略が読み取れるのである。


BMW1シリーズの日本発表は2004年9月。同社のラインナップとしては主流とはいえないハッチバックモデルでデビューした。オーナーの方には申し訳ないのだが、発売当初の評判の中には「安っぽい」とか「BMWらしくない」といった声も多く聞かれた。上位の3シリーズにもハッチバックモデルは存在するのだが、1クラスはハッチバックオンリーの設定でスタートしたことが、スタイリングに対する批判の中心だった。今回のクーペは、それから実に約3年半を経ての上市なのである。


ローエンドモデルをメーカーが投入することは、ユーザーの裾野を広げるという意味で重要な施策である。BMW社はバイリッシュ・モトレーン・ウェルケというのが正式名称。つまり、「バイエルンのエンジン屋」だ。しかし、その名から連想されるような、クラフトマンシップたっぷりに、小さな工房で手作りの車を少量生産しているような会社ではない。2006年に生産台数200万台を突破した大メーカーである。となれば、その生産台数を押し上げ、生産ラインの効率を高めて「規模の経済」を加速するためにもローエンドモデルはやはり欲しいところなのだ。

一方、その展開には大きなリスクが存在する。前述の通り、1シリーズの発表時に批判の論を展開した中心層には、既存のオーナーがいた。ローエンドモデルの新たなオーナーとなる層は、やはり若い人や、可処分所得が既存オーナーより低い人たちが想定される。「そんな人と同じに観られたくない」というのが言外に匂うのは否めないだろう。つまり、想定されるリスクは、「既存顧客の離反」だ。
マーケティングにおける定説の一つに「新規顧客獲得コストは、既存顧客維持の5倍かかる」というものがある。既存顧客離反は由々しき事態なのである。


深謀遠慮とは「周到な策略をめぐらす」という意味だが、筆者は主に後ろの「遠慮」を強調したかったのだ。なぜ、クーペ投入に3年半も間を空けたのか。それは既存顧客への遠慮ではなかっただろうか。あえて、ハッチバックのモデルだけを投入し、実はそのスタイルとは裏腹に、1シリーズは実にBMWらしい走りを感じさせてくれるのであるが、カジュアルさを演出することによって、「まぁ、ローエンドモデルらしいスタイルだな」と許容させたのではないだろうか。でなければ、主流のスタイルではないモデルで展開した意味が分からない。
そして、長きにわたる遠慮の期間を経て、ついにクーペの投入だ。しかも、BMW3シリーズ335iと同じパラレル・ツインターボ・エンジンを搭載して、最大出力306馬力をたたき出す本気のモデルである。


李 御寧が”「縮み」志向の日本人”で記したとおり、日本人は小さくて高性能なものが大好きだ。このBMW1シリーズクーペはローエンドモデルとはいえ、MT車が538万円、AT車が549万円とそれなりの価格だが、結構検討するのではないかと思う。
但し、ここまでの話の展開でお気づきかと思うが、BMWはもう一歩遠慮しているように思われる。同社の本領は「スポーツセダン」だ。今回発売されたのは「クーペ」。もっとBMWらしい1シリーズの投入もやがてあるように思われる。

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