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20 posts from February 2008

2008.02.29

究極の進化を遂げたトイレ

どうも知らない間にトイレが進化して、すごいことになっている。日経新聞に新製品として取り上げられたINAXの「レジオ」。その極端な商品スペックと狙いを少し考えてみたい。


本質的なところではないのだが、商品紹介としてその便器が設置されているトイレの画像に、まず驚いてしまう。トイレというより書斎の趣で、「うーん」、こんなところで仕事がしたいなぁ」と訳の分からない感想すら持ってしまうのだ。
http://www.nikkei.co.jp/newpro/life/20080226e000y89326.html

もとい、商品であるそのトイレの便器・・・と、もはや便器と呼ぶのすら、はばかられるのだが、古来、便所は「はばかり」というのがまた妙な話だ。
再びもとい、商品であるが、しばらく前から高級ラインには取り入れられてきた、「貯水タンクなしトイレ」だ。<貯水タンクがないため小さく、空間を有効活用できる。>とのことだが、まぁ、上記の商品紹介写真のようなトイレはともかく、もともとあまり広い空間ではないとすれば、圧迫感を無くすため有効かもしれない。

しかし、「レジオ」のすごいところはそれだけではない。こだわりは「音」にあるようだ。<洗浄時に水を渦巻き状に流すほか、便器内の空気を吸引して水が排水口を通る際に空気と混ざらないように工夫したため、洗浄音を低減できる。>
・・・えーと、既によく分からないテクノロジーが駆使されているところが、なんだかすごい。バブルの頃からだろうか、高級なマンションのお宅に伺ったときや、高級ホテルに宿泊したとき「なんだか力なく流れるトイレだなぁ」というのが登場したのは。後に、高い便器は最初ゆっくり流れ、最後に一気に吸い込むようにできているのだと知った。
個人的には、最初から「ザザーッ!」と流れてくれた方が気持ちがいいのだが、やはり高級品に向いていない性だろうか。

だが、まぁ、そんな流れ方が好きな人もいるだろうと思うと、さらに「音」へのこだわりがあった。<使用時にジャズ音楽が流れる機能も付けた。>・・・・。排泄音を消すために水を流しちゃう人は後を絶たず、エコロジー的には良くないので、立派なソリューション(問題解決)になってはいるのだが、トイレ使用中に自動的にジャズが流れるのは、個人的には何とも違和感がある。
子供の頃、地域のゴミ回収車が「乙女の祈り」を流して毎日やってきたので、哀れ、「乙女の祈り」は「ゴミ屋さんの曲」になってしまった。「トイレの曲」になってしまうジャスの名曲は何だろう?と心配していたら・・・何と!名ジャズピアニスト・木住野佳子さん(http://www.kishino.net/html/all.html)の書き下ろしだというではないか!!

ああ、ここまで書いてきて、少し疲れた。最後、「色」。<艶(つや)を抑えた黒色など、トイレでは珍しい色使いを取り入れてデザイン性も高めた。>だそうだ・・・。確かに「カラーリングはコトラーの製品特性分析から考えれば、差別化のための最終手段だ」とかつて書いた。が、この場合は人を唸らせる「だめ押し」だ・・・。

さて、値段。55万6500円。・・・インドではタタ財閥ががんばって28万円で自動車を作る時代にですよ。一人しか座れない、しかも動かない便器に55万円!

いつも書いていることだけれど、ニーズとは、人が理想とする状態とのギャップであり、その不足状態を解消する対象物がウォンツなのだ。
だけれど、この場合は明確なニーズはない。潜在ニーズですらないように思う。「これならどうだ!」と圧倒的なスペックを提示して、「そういえばこんな機能があればいいねぇ」というニーズを喚起するやり方なのだろう。
もはやトイレの便器などのコモディー化した商品は、当たり前なニーズ対応をしていても差別化はできない。これぐらい極端にやらなければ、何不自由のない生活を送っている人々の購買意欲を引き出すことはできないのだという事例としてはとても面白いと思った。


最後にこの商品のターゲティングとポジショニングを整理してみよう。
ターゲット:生活の中にほんの少しの不自由・不満を持ちたくない人。少しでも改善ポイントを感じたら、解消し、完璧を求める人。
ポジショニング:トイレにおけるあらゆる問題を解決した究極のトイレであり、トイレを安らかなゆとりの空間に変えるソリューション。


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2008.02.28

ライフハック的・二度寝活用法?

昨日の記事「脳科学から考えた睡眠仕事術」は、金森のヒミツの一つを明かしてみたわけだが、意外(?)にも、当初予想していたような、「そんなワケねえだろ!」的なコメントやメールもなく、今のところ平穏無事だ。
なので、せっかく自分としては少々レアなネタを出したつもりでもあるので、この話題をもう一回だけ引っ張ることにする。

「朝型にして効率がいい」「眠っている間にもものを考えている」と、事実ながら我ながらカッコつけたことを書いたものだと思う。
が、その前の日に「ものごとはオモテとウラから眺めよう」と書いたとおり、はい、ウラがあります。
すみません、けっこう「二度寝」してます。
おっと、ここでブラウザを閉じないように。昨日と同じく、科学的な、効果的な二度寝法が最後のオチなので。


仕事柄、完全に朝型にしたいものの夜遅くなることも多い。たとえばこの季節、コンサルティングの仕事は年度内に結果を出さねばならないため、クライアントとの打ち合わせやレポート作成がかなり集中している。
研修の仕事も、3月中旬を過ぎるとさすがに年度末で受講者の負担が大きいため開催できないが、さりとて今期の予算がまだ消化しきれていないとして、駆け込み需要がありがたいことに多い。そして、業務との兼ね合いで、遅い時間の開催となることもある。
で、さすがに朝が辛い。・・・辛いのだが、どんなことがあっても、出張や早朝出勤の時以外は、子供とちゃんと朝食をとるポリシーだけは曲げられない。6:15に子供とともに起床。「いってらっしゃい」と妻とともに子供を送り出すのが7:30。で、そこはそれ、アポイントがない限り出勤時間に定時というものがない自営業の強みを発揮。60分限定で二度寝。

さて、二度寝とはどんな常態かというと、昨日SNSのミクシィにコラムが出ていた。
少し転載すると<(二度寝の気持ちよさは)「二度寝の際は眠りが浅くなるため、外部からの刺激がマイルドに感じられるのが原因でしょう。起きている時でも、日なたでまどろんでいるような状態って気持ちいいですよね。あれと同じで、半覚醒の状態では光や物音、布団の触感などが、ほんわかとした信号としてキャッチされるという説が有力です」(オールアバウト「睡眠・健快眠」ガイドの坪田聡さん)>だそうだ。
結論としては、<短時間の浅い睡眠なので、疲労回復の効果としては弱い><だらだらと寝床にいるのは時間の無駄>となるのだが、実はそんなことはない。
上記の「半覚醒の状態」は実に使える。ここでも二度寝の前に脳に命題を与える。しかも「半覚醒の状態」なので、思考がある程度コントロールできる(気がする)。加えて、人々がそろそろラッシュの通勤電車に揺られている時間に二度寝しているのだから、良心の呵責から脳味噌も頑張って働こうというものだ。
そして1時間後に目覚ましをかけてあるので、茂木健一郎氏のように、目覚めてから全速で仕事モードに突入する。目覚めた時に頭に浮かんでいたものを、すぐにパソコンに打ち込むか、紙に書き入れる。この方法なかなか成功率が高いのだ。

おっと、だからといって、いつもいつも二度寝していると思われるのは心外だ。基本は朝型実践派の金森なのである。あくまで、昨日に引き続き、もう一つ自己流ライフハックをご紹介したまで。ゆめゆめ誤解なきように。・・・と自分でも言い訳なのかわからなくなってきた。ので、おしまい。

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2008.02.27

脳科学から考えた睡眠仕事術

<目が覚めるとベッドサイドのパソコンに電源を入れ、メールをチェックしブログを書き始める。いきなりフルスピードで仕事モードに入ります。>
いや、そんなカッコイイ姿は筆者のことではない。脳科学者茂木健一郎氏が自身の仕事術を紹介した日経新聞のコラムである。


<午前中が創造的な仕事をするゴールデンタイム>と語る氏によれば、<寝ている間に脳が無意識のうちに記憶を整理してくれ、体験の意味がより明確になり熟成してくる>からだという。

睡眠中における脳の無意識下の働きについては、養老孟子氏も述べている。
http://eco.nikkei.co.jp/interview/article.aspx?id=20070529i3001i3&page=2
要約すれば「人間の脳は、意識するとせざるに関わらず、昼間目にしたものや聞いたものを記憶し、溜め込んでいる。また、思考し何らかの考えも蓄積する。そうして、脳内のエントロピーが増大した状態で夜を迎え、眠る。眠りながら脳が働き整理する」ということだ。


筆者が上記リンクの養老氏のコラムを読んだのは昨年の10月だが、それ以来、目覚めた時が一番脳が整理された状態であることが分かったので、茂木氏のように仕事を朝型に切り替えた。実に効率がいい。

もう一つ実践していることが、無意識下の脳に意識的に働かせることだ。
「無意識で意識的?」と完全にロジックとしてはおかしいのだが、不思議とそれができるのだ。
眠りに入る直線。意識が少し遠のく瞬間に一つの命題を脳に与えておく。例えばコラムで書きたいと思うようなテーマの断片を。すると、眠りに落ちる瞬間までそのことを少し思考する。眠ったあとは無意識の脳に任せる。茂木氏や養老氏の言うような情報整理のプロセスを脳が行っているうちに、その命題と脳内の情報や記憶の断片が結びつく。うまくいけば、目が覚めると何んらかの考えが浮かんでいる。ベッドサイドにパソコンはないけれど、できるだけ早くパソコンに向かうか、必死にメモをとる。毎回うまくいくわけではないが、なれてくると結構、勝率がいい。


そんな話をすると、「眠っている間までそんなことをしていたら、気が休まらないでしょ?」と人に言われることがある。しかし、養老氏は<この脳の働きを裏付けている最大の証拠は、寝ていても起きていても、脳が使っているエネルギー量は変わらないということだ。> と語っている。誰しも眠っている間も脳を動かしているのだ。どうせなら、それを効率的に使った方がいいだろう。これは一つのライフハックと言えると思う。
騙されたと思って、今夜にでもお試しあれ。

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2008.02.26

ものごとはオモテとウラから眺めよう

「グラスに入っているワインを見て”ああ、もう半分しか残っていない”と嘆くのが悲観主義者。”おお、まだ半分も残っている”と喜ぶのが楽観主義者である」。
イギリスの劇作家、ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw:1856~1950)の言葉だ。同じものごとでも、オモテから見るかウラから見るかで大きく解釈は異なる。そして、その両面をためつすがめつ見ることによって正しい解釈に至ることができるのだ。


ものごとをオモテとウラから見る。最近気になる事象を、主義主張ではなく、思考実験として分析してみる。

日経新聞の月曜朝刊に掲載される「クイックサーベイ」の結果が今週は面白かった。「司法試験合格者数を2010年に3000人にする計画に賛成?反対?」という設問。回答結果は賛成51%、反対49%でほぼ真っ二つ。賛成理由のトップは「弁護士不足の地域解消につながる」。反対理由のトップは「質の悪い弁護士が増える」が群を抜いている。記事中でも面白いと指摘されているが、賛成理由の3位は「競争原理で質が向上する」なのだ。
どちらが楽観的で、どちらが悲観的、どちらがオモテでどちらがウラから見ていると言うつもりはないが、これは明らかに回答者によって大きく見ている側面が違う典型ではないだろうか。

もう一歩進めてみてみると、日経新聞は2月9日に<「弁護士は多すぎ」は本当か>という社説を発表している。ネット上にバックナンバーが既にないのだが、「多すぎ」という論は主に弁護士自身が競争激化でオイシイ仕事にあぶれることからであり、国選弁護士などの必要性はまだまだ高い。オイシクない仕事を選びたくないという気持ちの現れではないかと指摘する主旨だった。事実、サーベイでの賛成理由4位は「容疑段階で国選弁護人の付く範囲が広がることなどから弁護士の大幅増員がまだ必要」というものだ。しかし、実際の所はその仕事を選択するか否かは、弁護士の先生たちの気持ち次第であり、先生がオイシイ仕事が過当競争にならないがための反対をしているというのが実体だとしたらどうもイタダケナイ話だ。

もののオモテとウラということから考えれば、もう一回別の側面から考えてみよう。弁護士の立場から考えてみる。オイシイ仕事だけではなく、オイシクない仕事も進んで受けろというのは正しいことかもしれないけれど、受ける立場で考えれば少々辛くはないだろうか。
士族と呼ばれる人々なので、「志(こころざし)」を問われても仕方ないのかもしれないが、志だけに依存するのは制度として瑕疵はないだろうか。国選弁護がオイシクなく、モチベーションが高まらないのでは弁護される方はたまらない。また、腕のいい人、実績のある人を付けてもらえるようでもあるべきではないか。だとすれば、それなりの報酬を払えばいいという考え方もできる。


「そんな、また税金を使うのか?」という指摘もあろう。そこはもう一つ、日経新聞が過去に「春秋」でうまい指摘をしていたのが思い出される。これも既にバックナンバーはネットで読めないが、道路特定財源についてだ。「地方にはまだまだ道路が足りない。道路の整備や架橋も、無医村から患者を急送するときなどには欠かせない。」という論に対して、その「道路や橋の金を診療所や医師の確保に使うという発想はないのか」という指摘だ。これもオモテとウラからものごとを見た例だろう。そして、道路と国選弁護人の二つを繋げてみてみれば、特別会計という、いわゆる税の埋蔵金が浮かび上がってくる。報酬の手立ても考えられるのではないだろうか。


オモテとウラを考えるということは、実はマーケティング的にも極めて重要なポイントなのだ。環境分析の定番的フレームワークである”SWOT分析”。自社を取り巻く内外の環境を、外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)、内部環境の強み(Strength)と弱み(Weakness)に分けて分析していく手法だ。つまり、内外の環境をポジティブ・ネガティブに分けてみていくわけだ。一見簡単そうに見えて、実は難しいのが、ポジ・ネガの分け方だ。一つの事象を見て、これはポジティブなのか、ネガティブなのか迷うことがある。迷った末にどちらかに、入れ込む。すると、ものごとのもう一方の側面がすっかり抜け落ちるのである。ワインの例で言えば、分析は楽観的でも悲観的でもいけない。常にニュートラルな立場でものを見ることが必要だ。故に、機会とも脅威とも取れる事象はその二つのとらえ方を挙げておくことが必要なのだ。


弁護士は多すぎなのか、まだまだ足りないのか。道路特定財源はどう使われるべきなのかをここで論じるつもりではないのだが、異論争論大いに結構だと思う。

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2008.02.25

“現場に効く”マーケティングの基本理論・第4回

インタラクティブマーケティングの専門誌「月刊im press(アイ・エム・プレス)」3月号が発売されましたので、連載バックナンバーをアップします。
本誌では連載第5回が掲載されています。


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「“現場に効く”マーケティングの基本理論」

あまりに“基本”と思われ忘れられているようなマーケティング理論。しかし、日々の業務が行われる“現場”で今一度振り返ってみれば、思わぬ“再発見”があるのだ。

第4回「SWOT分析と分析結果の解釈」

 企業研修などにおいて「今までにSWOT分析をやったことのある人は?」と質問をすると、かなりの割合で挙手がある。しかし、実行した感想を聞くと「難しかった」「うまくできなかった」という声が続く。非常にポピュラーでよく使われるフレームワークなのであるが、実際に使いこなすのが少々難しいのがこのSWOTなのだ。故に、今回は「急がば回れ」の手法をお伝えしよう。


■なぜ、SWOT分析に悩むのか?

 通常のSWOT分析は、自社を取り巻く環境を「外部環境」「内部環境」に分けて洗い出し、さらにそれを「プラス面」「マイナス面」に分類する手法だ。
 外部環境のプラスは自社の利益創出やポジション向上のために活かすべき「機会」。マイナスは自社の利益を守るために回避する、もしくは対策を採るべき「脅威」。内部環境のプラスは外部環境に対する強みとなり、マイナスは抱えた弱みを表すことになる。
 一見単純に思えるこの分析の何が難しいかといえば、一つは外部・内部のプラスマイナスを洗い出そうといったところで、何を頼りに洗い出せばいいのかわからないことにある。思いつくまま、闇雲に列挙していっても抜けモレだらけになってしまう。かといって、考え込んだからといって出てくるものではない。そこがこの分析で多くの人が最初に悩むところなのだ。


■抜けモレのないSWOT分析の手法

 昔の人は良いことを言った。「急がば回れ」である。連載第2回と第3回でご紹介したPEST分析と3C分析の手法を、そのままSWOTに展開する手法をご紹介する。(図1)のワークシートを参照されたい。
Photo
 まずは、外部のマクロ環境を分析するPEST、さらに3CのCustomerとCompetitorをつなぎ合わせてみよう。法規制などの政治的影響要因(Political)、経済情勢(Economical)、社会情勢(Social)、技術的成熟度(Technological)、総合的な市場環境と顧客ニーズ(Customer)、競合の動き(Competitor)。外部環境で注目すべき状況が抽出できるだろう。
一つの項目でも考えつく限りの状況を抽出すべきだ。例えば昨今なら、社会情勢では「少子高齢化」「団塊世代の大量定年」「ニートの増加」「雇用の流動化」などなど様々挙げられるはずだ。まずは思いつく限り出すことが肝要である。
 次は内部環境だ。3Cの自社(Company)で総合的にとらえることもできるが、それでは少々粒が粗くなり、分析に抜けモレが発生しそうで心配だ。Companyは、自社の総合的な方向性として状況を挙げ、さらにその下に、自社がどのような戦略を展開しているかを4つの切り口で抽出していこう。その切り口は、詳細は後の連載回で述べるが、4Pの項目だ。Product: 製品戦略、Price = 価格戦略、Place:流通戦略、 Promotion:コミュニケーション戦略。ここでは各々の戦略がどのように展開されているかという観点で列挙していこう。


■SWOT分析の完成に向けて・取り扱い上の注意点

 SWOTの難しさは実は、上記の状況抽出の切り口だけではない。まずは、ワークシートにあるように、プラスマイナスの分類がキモだ。通常の4マスのマトリックスだと、つい、「これはプラス!」「これはマイナス!」と一方の側面だけで判断しがちだが、それはやはり抜けモレを発生させる。
 物事は多くの場合、プラスにもマイナスにも判断できることがある。例えば、ペットボトルに半分の水が入っているとする。プラスに解釈するなら「まだ、半分残っている」。マイナスなら「もう、半分しかない」となる。どちらで解釈すればいいのかは状況によって異なる。迷うなら両方挙げておくべきなのだ。このように、ワークシートには、一つの状況から、プラス要因、マイナス要因の両面の解釈を列挙していく。全体としての解釈をするのはこの表が完成した後だ。それまでは時間がかかってもひたすらこの表の完成に注力するのがポイントである。
 もう一つの注意点は「時間軸」だ。分析の基本は、「現在~ほぼ確実な近未来まで」を対象とし、曖昧な未来は混ぜないことだ。また、プラス面、マイナス面のどちらかが確実に先に起こることなら、まず、何が起こり、その後何が起こるのかということを要因に付記する必要がある。時間軸を混ぜてしまうと、分析結果がめちゃめちゃになるので要注意だ。


■SWOT分析の仕上げはまだまだこれから!

 ワークシートが埋まった頃には、だいぶウンザリしてきていないだろうか。しかし、今回の眼目は「急がば回れ」だ。時間がかかっても抜けモレなく、確実な分析を行うことが重要なのである。それに、本連載の主旨は“現場に効く”だ。形ばかりで実際に使えない分析を行っても何の意味もないとご理解されたい。
 さて、よくある分析の問題点はフレームワークを埋めて分析が完成したつもりになってしまうことだ。苦労して埋めたフレームワークを眺め、「まぁ、だいたいこんなこと」と曖昧に分析結果を口頭で説明してオシマイ。最悪である。
 分析結果は誰が読んでも正しく解釈できるテキストとして残し、共有しなければ意味がない。そして、そのテキストからは、「外部環境からどのような機会・脅威の結論が導き出せたのか」ということと、「内部環境でどのように勝ち残っていくのか」が伝わらなければならない。つまり、SWOT分析は単なる状況整理のためのものではない。「市場機会・事業課題」を明らかにして「勝ち残りのシナリオ」を作ることが目標なのである。
 分析結果は以下のようなテキストで表すとよい。

 我が社を取り巻く環境は
 T                 というマイナス要因と、
 O                 というプラス要因があり、
 総合的には T+O             であると言える。
 その中で
 W              という弱みをカバーし
 S              という強みを活かして勝っていく。


 行数の関係で記入スペースが短くなっているが、各項目とも誰が読んでも正しく理解できる文章が記入されねばならない。例えばT+Oの部分に「総合的には”大変厳しい状況”であると言える」などと記入されるケースがあるが、それでは全く意味をなさない。「何が言いたいんだ?(So What?)」である。機会と脅威の何がどのように作用し、結果どうなるから厳しいのか、チャンスがあるのかという明確なメッセージとなっていることが必須。他の文章も同様である。

 通常のSWOT分析は、あくまでファクトの洗い出しレベルに留まるが、この手法であれば、明確な戦略の方向づけが導出できる。つまり、第2回で示したマーケティング・マネジメントの流れの中において、環境分析パートから、次の戦略立案パートへの橋渡しができるのだ。それだけに、この部分の重要性は高いといえる。急がば回れ。手戻りをしないように確実に行いたいステップである。

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2008.02.22

3周年の御礼・1周年の御礼

今日はコラムではありません。御礼です。
明日、2月23日は当社の設立記念日です。
なので、今日で独立してちょうど丸3年たちました。

3年間、何とかやってこられたのは、支えてくださっている皆様のおかげだと思っています。
心より御礼申し上げます。

創業当初は企画業務が中心でしたが、3年目に入ってからは、
コンサルティング、講師業、執筆が1/3ずつのバランスになっています。
自分としてはそれぞれの仕事でのインプット、アウトプットがあって
ちょうど良いバランスになっていると思っています。
しばらくはそんな比率でやっていくのかなぁと思っています。

これからもよろしく御願いいたします。


それからもう一つ。1周年。
なにがかと言えば、このBlogを平日毎日更新体制にしてから1周年です。
毎日お読みいただいている読者の方も多く、大変感謝しております。
アクセス数が毎日わかるのですが、大変励みになっております。
もっと本当に休みの日も毎日書いている人もいるので、偉そうなことはいえませんが、
読んでいただいている人がいるということを励みに、コツコツ書いてきたつもりです。
(あ、年末年始だけ休みましたが)。

一つ裏話を。
実は昨年のお盆に家族でハワイに行きました。8日間。
平日が5日ありますので、実は出発前に書き溜して、タイマーをセット。毎日7時に自動でアップしていました。
何とか休まずに続けられました。
もう一つ。
昨年10月に足の手術で入院しました。1週間。
残念ながら、事前に書き溜ができませんでした。
なので、手術日と、翌日のベッドから動けない日だけはタイマーでアップした分で対応。
その次からは、病院内の携帯が使える場所で、ひたすら親指一本で携帯から記事をアップしました。
(その様子も以前記事にしましたが・・・)。

そんなこんなで、Blogも毎日1周年。これも皆様のおかげです。

これからもご愛読いただけますよう、よろしく御願いいたします。


では、気持ちも新たに4年目と2年目に向けて全速前進!!

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2008.02.21

研修・トレーニングは「なりたい自分」をイメージする

ビジネスのため、自己啓発のためと、昨今様々な研修やトレーニングに参加する人は多い。せっかく参加するのだから、成果が出た方がいい。いや、出さねばならない。なので、講師でもある筆者から、参加する前後のポイントをお伝えしたい。

当サイトでも何度か紹介したが、筆者の専門領域である、マーケティングにおける「ニーズ」の解釈を少し詳しく考えてみよう。
様々な事象に対して、人には何らか理想とする状態がある。そして、現状がそれを満たしていない場合は、不足状態だ。そして、そのギャップのある不足状態こそがニーズだ。
有名な言葉「顧客はドリルが欲しいのではない。穴が空けたいのだ」。
その人は何らかの理由で目の前に穴が空いていないと困る状態なのだが、それがない。なので、そのニーズを満たす対象物として、穴を空ける道具であるドリルを欲している。この場合、ドリルは「ウォンツ」である。

さて、研修・トレーニングに参加するということは、何らか自分の理想の状態に届きたいと思ってのことのはずだ。理想との不足を埋めるというニーズだ。
自己啓発だけではなく、会社から指名された場合もあるだろうが、その場合、会社が自身の今後進むポジションに不足している部分があると判断したのだろう。
その不足状態を埋める手段として、研修・トレーニングに参加することになるということだ。つまり、研修・トレーニングは、対象物である「ウォンツ」なのである。

さて、そうした状況下で最も必要なことは、「自らの不足部分の認識」だ。
「何となく」とか、「命令されたから」と、自らの参加する研修・トレーニング内容がどのようなものか理解せずに参加するのは時間の無駄以外のなにものでもない。そして、さらに必要なことは「覚悟」を持つことだ。

そのために、筆者は一つの答えを持っている。「宣言」だ。
時間がタイトなビジネススクールや短時間の研修などではなかなかやれないのだけれど、余裕があるときには、開講から程なく、この研修・トレーニングに参加して「何を学びたいのか」「達成目標は何か」「研修・トレーニングから持ち帰りたいのは何か」を冒頭で宣言させる。
あまり意識していない。もしくは具体化していない受講生はそこで考えることになる。
その後、自らが宣言した内容を意識して受講する。
さらに最後に、受講の仕上げとして、研修・トレーニングで一番学んだものと、それを今後の業務にどう活かしていくかを、正に宣言させる。全受講生の前に立って。

計画を立てる。その計画通りに学ぶ。その後の活用計画を考える。より、学びの意味を明確にするには、それぐらいの覚悟が必要なのだ。

筆者は自身が講師を務める、いくつかのプログラム中に組み込んでいるが、そうでない研修・トレーニングに参加し、効果的に学ぶ時にも、「なりたい自分をイメージする」ことをお勧めする。研修・トレーニングは、先ず自らが「なりたい人」、つまり、「あるべき姿」をイメージすることが重要だ。そして、その「ニーズギャップ」を認識する。宣言のように声に出さなくともいい。
筆者は受講生に講義のはじめに5分間与え、「今回の研修・トレーニングの自分のゴールをテキストの表紙に明記してほしい」と指示する場合もある。要するに、表出化させることが重要なのだ。そして、プログラム終了後、達成度をチェックさせるのである。

研修・トレーニングの重要性が個人にも企業にも高まっていいる。そこに費やす自らの貴重な時間を無駄にしないためにも、達成目標イメージを明確に持って取り組むことを切に願う。


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2008.02.20

こんな顔になりたい!!:城山三郎

鏡に向かって目に映るあなたの顔。それに満足していますか?特に30代、40代以上の方々・・・。


「30歳を過ぎたら自分の顔は自分で責任を持て」。それを言われたのは、小学校3年生の時。9歳。言ったのは二十歳そこそこの新米の女性教師。とてもいい先生だったが、今にして思うとなぜその年齢の彼女が十にも満たない子供にそれを伝えたのかは謎だ。「自分の行動に責任を持て」というメッセージだったのだろうかと思う。意味は理解できないまま、ずっとその言葉は記憶に残っていた。

さて、30歳になりました。その頃、ちょうど3つめの会社に転職。自分の顔つきといえば、「30になってもまだまだ若いじゃん」ぐらいの感覚しかなかった。
さて、数年前、40を過ぎた。さすがに「若いじゃん」はない。しかし、問題はそこではない。元々、色々と考え込むクセがあった。「ゆとりある人生・暮らし」にあこがれつつ、常に時間に、仕事に追われる境遇に自らを追い込むクセがあった。結果として、眉間に常にシワができた。

眉間のシワならまだちょっと渋い感じもする。往年の名優、天知茂 (あまちしげる)、代表作「非情のライセンス」など、ゴルゴ13実写版か思うほど、今、思い返してもシビレる。
が、問題は眉間ではなく、口元なのだ。「口角」というらしい。広辞苑によれば、「口の左右のあたり」。眉間にしわが寄っているぐらいは自分としては許せた。いや、むしろその渋さを演出しようとしていたフシもある。が、口を”へ”の字に曲げるクセが、いつしかついていた。
これはいけない。口をへの字に曲げると頬にシワが寄る。いや、それだけではない。どうにも気む難しく、かつ貧乏ったらしい表情になる・・・ように感じる。朝、鏡に向かう度にその表情と対面するのだ。この先人生が何年あるのかは神様しか知らないのだけれど、鏡を見る度にこの男の顔と相対するのは少々つらいと思っていた。30歳では感ず、40をいくつか過ぎて、先生の「自分の顔は自分で責任を持て」が現実化されたのだ。親の遺伝子のせいではない。生き様が顔に出るのだと。


そんな日々の悩みなのか、懊悩というレベルまでなのかわからない思いを胸に秘めている中で、書店で雑誌をふと手に取った。小学館の「サライ」2月21日号。第一特集は「城山三郎の生涯に学ぶ」だ。

城山三郎については、以前このBlogで”品格ブーム”へのアンチテーゼとして、「粗にして野だが、卑ではない」「男子の本懐」を紹介した。ちょうど没後一年だという。
彼の人は「気骨の人」と評される。「気骨」とは広辞苑をひもとけば<自分の信念に忠実で容易に人の意に屈しない意気。気概。>とある。その信念の源泉が紙面で紹介されていた。<人生を強靱に生きるには、自己を保つ、実績を積む、親しい人を大切にする>と。
そうして生きた男の顔が、紙面で歳を追って紹介されている。

何ともいい顔だ。憧れ。いや、むしろ「男惚れ」という言葉がふさわしいかもしれない。
カメラをしっかり見据えたその視線はどこかやさしい。
そして、最も注目すべきなのは、その口元だ。
どの写真を見ても、必ず口角は引き上げられている。常に微笑を絶やしていないのだ。「微笑」といっても形だけの「スマイル」や「チーズ」ではない。何とも見る者に語りかけるような笑みなのだ。今はこの世にない男に、「なぜ、こんな素敵な顔ができるのか」と、嫉妬すら覚える。
享年79歳。「気骨の人」は常に口元に笑みを絶やさなかった。そんな男になりたいと思った。


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2008.02.19

パワーポイントの使い方:お作法と思考

パワーポイントを開いてプレゼンを作成しようとしたとき、あなたは先ず何をするだろうか。


一概に「これが正解」というほど、プレゼンやパワーポイント使いの達人ではない。だが、つとに思っていたことを少し記したい。


謎解きのような問いかけをしてオーディエンスを引き込み、最後に「これだ」とばかりの結論を示して、「なるほど!」と膝を叩かせる。そんなプレゼンは聞いていて実に面白い。広告代理店がクライアントに提案するときなどによく用いられる手法だろう。だが、これが一般的かというと、実は特殊な手法だと思った方がいいと思う。

報告や提案などプレゼンの目的は多々あれど、基本は「結論先だし」ではないだろうか。特にオーディエンスがエライ人な場合はなおさらだ。しかし、多くのプレゼンを見ると、「だから何が言いたいの?(So what?)」な展開が実に多い。別にエライ人でなくとも、今日のビジネスは時間が勝負だ。プレゼンを楽しんで聞いている時間などないのは誰も同じことなのだ。


では、なぜ「結論先だし」にならないのかと考えると、日本語という言語の特性がそうさせるのかもしれない。少々物騒な例えだが、外で「おまえ!、ぶっ殺してやる!」と叫んだ人間がいるとする。すると、目の前の対象者は「おまえ!」で自分に何かが起こることがわかる。同時にその他大勢はその時点で対象外だ。続く「ぶっ殺してやる!」でその当人は慌てることになる。英語ならどうか。”Kill you!”先ず、”Kill”で「おいおい、危ないやつがいるな」とその場の全員が警戒する。何が起こるか結論がわかるからだ。このほど左様に、我々は「結論先だし」に関してはハンデを負っているといっていい。


しかし、今日のビジネスは「結論先だし」が求められている。日本語のせいにはしていられない。もう一つ問題があるとすれば、パワーポイントが求める「お作法」ではないだろうか。

パワーポイントを起動すると、最初にスライド画面が表示される。ロジカルにプレゼンを構成しようと思ったら、本来的にはアウトラインで階層構造をもって書き進む方がいいと熟練者は言う。しかし、パワーポイント2007になってから、アウトラインでも、スライドと同じ画面表示になってしまった。パワーポイントは実にうまくお絵かきができるので、やはりスライド画面で図表を使いながらプレゼンを作り込んでいくのが好きな人が多いからだろう。実は筆者もそうなのだが。

くせ者なのは、起動時に「クリックしてタイトルを入力」と表示されることだ。プレゼンの表紙、各ページのタイトルを言われるまま、「何となくこんな感じかなぁー」と入力する。そして「クリックして本文を入力」と言われるままに、本文を書き進む。そのページ終了。また、次のページも同じこと。そして、そこは悲しき「結論先だし」の苦手な国民性からか、タイトルは「こんなことをここで述べます」という宣言になり、ページの最後でも何となく結論が出ているような、出ていないような構成になるケースが多い。


いろいろなプレゼン作成方法があるので、「これが正解」と言うつもりはないのだが、「結論先だし型」にするのであれば、実はページのタイトルはキモなのだ。各ページで一番言いたいことがタイトルになっているとわかりやすい。そして、各ページのタイトルをつなげば、そのプレゼンの概略がわかるようにするとオーディエンスに言いたいことがきっちり伝わるはずだ。
ここで問題なのは、「クリックしてタイトルを入力」と表示されるパワーポイントが促すお作法だ。もしかすると英語のS・V・Oでものごとを考える、パワーポイントの故郷、米国人たちはそれでうまく作れるのかもしれないが、我々には向いていないように思う。タイトルは最後に。もしくは最後にきちんと書き直すという習慣が必要なのだ。
ほんのTipsだが、これだけでプレゼン内容が随分と変わるはずだ。騙されたと思って一度おためしあれ。


おっと、このコラム、「結論先だし」になっていませんね。ちょっと、引き込んで最後に結論を提示する構成にしたかったと言えば言い訳になりますか・・・。

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2008.02.18

イラチな世の中に思う

遅ればせながら電波腕時計を買った。それを機に、少し「時間」というものについて雑考してみた。

腕時計はどちらかというと、クラシカルな手巻きや自動巻が好きで、1分2分ぐらい日によって時間が狂うぐらいの愛嬌のある物の方が好きだ。しかし、新しく作った企業研修のプログラムは、短い時間の刻みでワークの指示を出す設計にしてしまったので、ストップウォッチ付きのとにかく正確なやつが必要だったのだ。
電波腕時計は1995年にカシオが発売したのが最初なので、今回買ったのはその末裔にあたるようだ。時間の正確さを尊ぶ国民性からか、正確な数字はわからないが日本は世界でもダントツに普及しているらしい。大勢の人の腕で、ほとんど狂いなく、同じ時を刻む時計。それこそが価値なのだけれど、なんだか少し気持ちが悪い気もする。

土曜日の日経新聞の記事。ゲーム機Wiiの快進撃を阻む物は何かというと、ソニーのPS3でもマイクロソフトX-BOXでもなく、PCや携帯を意識しているという。そして、何より生活者がゲームで遊ぶことに時間を振り向けてくれるかが一番問題だとの主旨だった。確かに今日の生活の中では「時間がない」ということばかりだ。ひたすらゲームにに熱中する時間を取れる人も、そう多くはないだろうと思う。何度もこのBlogで書いているように、今のビジネスは、生活者の財布の中の可処分所得を取り合うのではなく、可処分時間の取り合いなのだから。

とはいえ、もう少しだけ誰しもゆとりを持って暮らせないかと考えてしまう。
電車やエレベーターを降りるとき、最近感じるのだが、昔より乗り込んでくる人のタイミングが早くなっていないだろうか。まだ動作が鈍くなるほど老いてはいないので、確かに早くなっているのだと思う。降りる人がきちんと全員降りてから乗る。幼稚園で習うことだ。「待てない」人が増えているのではないだろうか。世の中からどんどんゆとりが消えているように思う。

あるBlogで、面白い記事を見つけた。
大阪弁では忙しい、落ち着かないを表わす「忙しない」を二つに分けているようだ。『せわしない(忙しない)』『イラチ(苛ち)』。その二つの違いは「イラチは、体はここにあっても、気ぃがここにない人。せわしないは、ちゃんと話は聞いてくれる」だそうだ。
何やら、最近の忙しない世の中の正体は、実は「イラチな世の中」なのではないかと思う。
どんなに忙しくても、人の話をきちんと聞くゆとりだけは無くさないようにしたい。

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2008.02.15

傾奇者に出会った

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「傾奇者・かぶきもの」という言葉が頭に浮かんだ。
傾奇者とは、端的に言えば、異形と異様な振る舞い、突飛な行動を愛する者のこと。その言葉が世に広く知られるようになったのは、原哲夫の歴史漫画「花の慶次 -雲のかなたに」の影響だろう。1990年に少年ジャンプで連載され大人気となった作品は、前田慶次郎利益の生涯を描いた隆慶一郎の歴史小説「一夢庵風流記」が原作だ。

傾奇者のスタイルといえば、漫画で描かれたように、女物の着物を羽織ったり、動物の毛皮を用いたりと、常識外れの派手な装束に代表される。しかし、彼らは地味な着物に袴。腰には二本差しと、正統な侍のスタイルである。それが、バンドをやっているのでなければだ。

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「和装侍系音楽集団・MYST」と名乗っていた。ストリートライブを見かけた。全国で年間300回のライブをこなす強者であるらしい。その怪しい出で立ちとは裏腹に、奏でる音楽は本格的である。近頃のJ-POPというものには明るくない筆者であるが、恥ずかしながら、かつてはバンドを組み、ハードロックに傾倒していた。その筆者をして唸らしめる魅力が彼らの音楽にはあった。リズミカルではあるが、軽くはない。しっかりしたメロディーは聴く者に訴えかける。「己の生き方はそれでいいのか」と。見かけだけではない。正統にして傾(かぶ)いている。それが彼らの音楽なのだ。

「何者だ」と問われれば、「怪しい者です。しかし、悪しき者ではありません」と応えるようにしているが、筆者もビジネスマンとしてはかなり傾いたスタイルではあると思う。特に独立したからは、自分自身が広告看板のようなものだから、なおさらだ。
しかし、そうした出で立ちも中身あってこそ。見かけだけといわれないように常に努力を欠かしていないつもりだ。

筆者が好んで用いるフレームワークに、モノの提供価値構造を分析するフィリップコトラーの「製品特性3層モデル」がある。それで考えれば、出で立ちは一番外側の「付随機能」にあたる。製品の中核たる価値を表わす「コア」、それを実現する「実体」。その外側の、なくてもいいが、あればコアの価値をより高めるものである。つまり、コアがしっかりしていなければ意味をなさない。

異様な出で立ちのバンドマンたち。そのしっかりとした実力に、自らのコアももっと強化しなくてはと思った。


和装侍系音楽集団・MYST ホームページ http://www.kagami.tv/

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2008.02.14

コーヒー戦争にスタバはどう対応するのか

マクドナルドのプレミアムローストコーヒー。好きずきはあるものの、総じて「コーヒーというよりお湯っぽい」と評されていた従来のホットコーヒーから、豆、ブレンド、抽出方法の全てを改め、深い味わいを実現した。全国販売は15日からだが、先行販売している店舗もあり、発売後は無料試飲キャンペーンもあるという。
いや、マクドナルドの宣伝をしたいわけではない。日本も米国に一歩遅れて、本格的なコーヒー戦争に突入したのだと思ったからだ。


■マクドナルド VS スターバックス


「米マクドナルドとスタバ、コーヒー顧客争奪戦」というタイトルで日経ネットに記事が掲載されていたのが1月8日のこと。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080108AT2M0800Q08012008.html
米国では既にプレミアムローストは展開済み。さらに<全米1万4000店舗に専用のコーヒーコーナーを設置。専門スタッフがカプチーノやエスプレッソなど付加価値の高いコーヒーを提供>という。日本での展開はこの第一歩だろう。

もう一つ興味深いのが、オリコンが1月22日に発表した「ファストフード・専門チェーン店のコーヒー人気ランキング」調査の結果だ。
http://mainichi.jp/select/biz/news/20080124mog00m020040000c.html?inb=yt
<(味については)「香り」「苦み」ではスターバックス、ドトールが1、2位、「後味」「酸味」はモスバーガー、ドトールの順になったが、「全体のバランス」では1~5位が0.5ポイントの中にひしめき大きな差は出なかった><しかし値段を含めた「購入意向」になると、圧倒的に評価を得たのがマクドナルド><対して味の評価でトップのスターバックスは4位。他の4社より高めの料金設定が響いたようだ。2位はドトール、3位モスバーガー、5位はミスタードーナツだった。>
コストパフォーマンスで既にスターバックスを圧倒したマクドナルド。新業態店「マックカフェ」だけではなく、既存全店で味にこだわったコーヒーを低価格で展開するとなると、ますますスターバックスの苦戦が予想される。
既に米国では1月30日に<四半期ベースの既存店売上高が同社史上最悪となったことを受け今年の出店計画を縮小すると明らかにした。>という発表があった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080131-00000014-dwj-biz日本でも同じ道を歩むことになるのだろうか。


■スターバックス日本上陸期の喫茶市場を振り返る

そうした中で、ふと気になるのがスターバックスの店舗形態の変化だ。同社が日本に上陸した1996年当時は、ドトールやベローチェに代表される新業態カフェが、低価格と入りやすさで、旧来の喫茶店を駆逐たあとだった。
覚えている人ももはや少ないかもしれないが、ドトールはスタート当初150円でカウンター立ち飲みスタイルでスタートした、180円に値上げした頃からカウンターに高椅子が設置された。低価格の秘密は客の回転数と同時に、一人あたりの専有面積を抑えていること。つまり、店舗に客を詰め込んでいることも寄与しているのだろう。カウンターに座ると、両脇の客に肘があたらないように気を遣うことになる。
それに対してスターバックスが日本に上陸したときは衝撃的だった。銀座松屋裏の第一号店はさすがに少し狭いが、ソファーや座りやすい椅子が配置されたゆとりある店舗が続々登場した。椅子やテーブルだけではない。照明やポスター、BGMなどがオシャレな空間を演出していた。コーヒーの平均価格帯は400円程度だろうか。価格はドトールより高いが、それだけの付加価値を確実に感じた。
それがいつの間にか、随分と狭苦しいスターバックスの店舗が増えてしまった。商業施設や交通拠点の狭小なスペースに、無理矢理のように出店しているケースも多い。いや、既存店も改装され、テーブル間隔も心なしか狭くなった気がする。全体としてゆとりが感じられなくなってきた。


■スターバックスの提供価値とは?

コーヒーのおいしさや、多彩なバリエーションの魅力はいささかも衰えていないが、スターバックスの提供価値はそれだけではないはずだ。
コトラーの理論を当てはめて考えてみる。
顧客が求める中核たる便益(コアベネフィット)は、単なる「コーヒーという飲料が飲めること」ではなく、「おいしいコーヒーが飲めること」である。マクドナルドまでがプレミアムローストコーヒーに進出してきたとあっては、それは明らかだ。では、何で差別化すればいいのか。通常であれば、コアベネフィットとして提供される価値に、明確なポジショニングを与えるのだ。
例えば、車のコアベネフィットは「移動手段の提供」である。その実現手段として、通常であればどのような走行性能や内外装のデザイン、安全性能などの提供価値を提示する。しかし、プレミアムカーと呼ばれるカテゴリーの車はコアベネフィットをもっと明確化している。BMWであれば「地上最強のドライビングマシン」と定義している。「移動手段」が同時にそれを操る喜びを提供してくれるという価値を表わした言葉だ。ボルボは「世界一安全な車」と言っている。単なる移動手段ではなく、世界一安全な移動を提供してくれるというわけだ。それが実現できない車は作らないという、明確なポリシーを持っている。プレミアムカーはその価格のプレミアム分を、顧客に明確なコアベネフィットとして約束しているということなのだ。


■ファンとして原点回帰を望む

マクドナルドと同じ「おいしいコーヒー」という土俵に立ったとき、スターバックスはどのようなコアベネフィットを価格なりの提供価値として提供してくれるのだろうか。
「いやいや、マクドナルドなどと味で比較されるのは心外」という論もあろうが、先のオリコンの調査で、実は味で大きな差は評価されず、購入意向では負けた結果がそれを許さない。
「味のわかっている顧客に提供する」というなら、現在の規模は過剰だろう。米国のようにさらに店舗縮小が必要になるかもしれない。

最後に誤解なきように明記するが、筆者は大のスターバックスファンだ。ゆったりとコーヒーを飲むとき。読書をするとき。気分転換に店で仕事をするとき。全てにおいて、おいしいコーヒーだけでなく、ゆとりの空間から精神的満足度までを提供してもらっていた。それが、いつの頃からか、なんだかゆとりが少なくなってきたなぁと思い、今回のコーヒー戦争本格化に向けて心配になり、筆を執った次第だ。
顧客の望むものと、自社の提供価値構造をもう一度見直し、原点回帰をして欲しいと一人のファンとして思う。

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2008.02.13

流行の予感:デジタル写真たて

また一つ、流行の予感がした。「デジタル写真たて」。
http://www.dream-maker.co.jp/index.html
デジカメの普及に伴い、通常のフォトフレームのイメージで、小さな液晶をはめ込んだフレームにSDカードなどの撮影済みメディアを入れ、写真を楽しむ。プリントした銀塩写真と異なり、スライドショー機能で複数の写真を楽しむことも可能だ。
そんな商品に少し違った意味で、流行の予感を感じた。

土曜の夜に久々にテレビを見た。テレビ東京の「美の巨人」。その日はルイス.コンフォート.ティファニーの物語。宝飾王・チャールズ・ティファニーの息子だ。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/onair/index.html
彼は父の家業を継がず、画家を目指した。そして、パリ万博でガレに触発された。エミール・ガレ。アール・ヌーボー・ナンシー派の指導者である。

ルイスが目を見張ったのは、ガレが作り出した「透過光の美しさ」。ガレは彼の代表作である「ガレ・ランプ」というテーブルランプを通して色ガラスの美しい世界を形成した。そしてルイス.コンフォート.ティファニーもランプを製作し、大成功を果たす。しかし、そんな彼が最も傾倒したのはステンドグラスである。彼が魅了されたのは、光を通した色。つまり、透過光の美しさだ。

実は筆者は写真マニアでもある。中学・高校は写真部にも属していた。そして写真の一番の美しさはスライドフィルムをブライトボックスに載せ、ルーペを通して覗いた透過光だと思った。暗室で印画紙に映像を映し出し、刻み込むことはとても楽しいことだけれど、美しさは実は透過光のほうが上なのだ。

さて、流行の予感だが、「デジタル写真たて」だ。デジカメ全盛時代の今日、液晶で手軽に透過光の美しい写真を楽しむことができるようになった。しかも、その美しい写真をスライドショーで複数楽しめる。まだまだ大ヒットとはなっていないが、近くブレイクする予感がするのである。
ルイス.コンフォート.ティファニーを魅了した透過光の美しさを家庭で手軽に楽しめる時代になった。なんともありがたい世の中だ。

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2008.02.12

あるみやげ物店の店舗オペレーション改善案

新幹線が停まるあるスキー場の駅。数年前に駅を大改装して、どことも代わり映えしないみやげ物コーナーを、地酒と地元の味覚を並べる駅ナカ商業施設に変え、以来シーズンには大盛況となっている。

その商業施設の繁盛の秘密は、地酒がテーマなので、造り酒屋風の手の込んだ内装で統一されていることも一つだろう。同じ商品も見せ方一つで魅力が変わる。

いや、見せ方だけではない。テーマ性も重要な要素となっている。前述のとおり、テーマが地酒と地元の味なので、全体に”和”な雰囲気が店内装飾ともよく調和している。普通の土産物屋に陳列されれば、あまり魅力的でない漬物や海産の干物類(塩干物・えんかんもの)や瓶詰めさえ、なにやらありがたく見える。さらにそのカテゴリーの商品の中に、「おや?」と思う、ほかの土産物屋では目にしたことのない商品がいくつか発見できる。そのいくつかの目新しい商品は、ほかでも目にする商品に新たな輝きを与え、併売を促進する効果がある。
その店には、基本的には駅併設のみやげ物店であるにもかかわらず、スーパーでおなじみの買い物カゴが設置されており、一人当たりの客の購買点数、購買額はかなりのものに上ると目で見てわかる。

ところが、「実にもったいない」と思われる店舗オペレーションを目にした。
3連休の最終日。明日からの予定に備えて日のあるうちに新幹線に乗り込もうと、スキー客が余裕を持って駅に押し寄せる。時間に余裕を持つと、意外と時間が余る。もしくはそのために時間を捻出した客もいるだろう。結果として店はその魅力もあいまって、買い物客を大量に吸引しごった返すことになる。

店が繁盛することは結構なことなのだが、困ったことにレジには大量の列ができる。連休のピークに合わせた台数を設置したら、普段は稼働率が悪くなりすぎるのはわかるが、それにしても長すぎる列。
筆者はほんの少しの商品を購入しようと思っただけなので、列を見た瞬間に、即座に撤退。しかし、時間をかけて選別したであろう商品を満載した買い物カゴを放棄して出て行く客も散見される。
駅で買い物する客を支配している絶対的なものは、「列車の出発時間」だ。その時間とレジの待ち行列の兼ね合いを計り損ねた客の時間感覚も問題だが、そこまで列を伸張させてしまう店も問題ではないだろうか。いや、問題というよりもったいない。

もっともったいないと思うのは、そうした混雑を極めたレジの状況にもかかわらず、店内ではさらに販売促進の掛け声が購買を煽っていることだ。
その店の繁盛の秘訣のもう一つの要素は、惜しみない試食サービスだといえる。各商品の前にはどんどんと試食サンプルが供される。買わないのに手を伸ばしにくいなぁ、と思う筆者のような感覚とは違うのか、まず食べてみる。ほかも食べる。いっぱい食べておいしいものを買うという人が多いようだ。試食の効果は満点だ。
しかし、その試食もせっかく商品を決定して買い物カゴに入れてレジに並んでも、会計前に列車の出発時刻が来てしまっては意味をなさない。

その商業施設の戦略はバッチリあたっているのだろう。しかし、もう少し「オペレーション」を見直してみてはどうかと思う。既存のレジに加え、臨時のレジを開いたり、店内販促をやっているコーナーで、単品商品購入を受け付ける会計行うなど、せっかくの販促効果をスポイルしない方法を考えればよいのではないかと思う。
いやいや、そんなことをせずとも、多少、あきらめて帰る客はいても、大勢の客がたくさんの商品を結局買って帰るのだ。などとということは思っていないだろうか。度が過ぎた賑わいはただの混雑。混雑した店はどんなに店内装飾や商品が素敵でも魅力を失うものだと思う。
戦略とオペレーションは一体なのだ。

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2008.02.09

表現者:問いかける男

※昨日アップができませんでしたので、週末ですが1日遅れの更新です。

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人の輪の中をのぞき込んだときには、そのパフォーマンスは終わりを迎えようとしていた。POPINというのだと後でわかったが、わかりやすく言えばロボットダンスやマイケルジャクソンのムーンウォークのような不思議な動きをするストリートダンスだ。無言で体を動かし、何かを訴えかけているように感じられる。

Nec_0414_2人々の拍手の後、パフォーマーは「終わる直前に最前列から観客が立ち去ってショックだった」と言った。笑いを取るための発言ではなかった。真剣な表情で言っている。ストリートパフォーマンスは見るも立ち去るも自由が原則のはず。何とも挑戦的な言葉だ。
続けて自己紹介として、自分はどんなコンペティションでどんな受賞歴があると述べた。さらに、あと6分間真剣に見てくれと発言した。

ではその挑発に乗ってやろうと、最前列に陣取った。ダンスが始まり、なるほど、確かに言うだけのことはあると感心した。彼の身体は常識では考えられない動きを見せ続ける。その体術を会得するにはどれだけの努力を要するのか想像もできない。
やがてありがとうございましたと、彼は頭を垂れた。観客からは大きな拍手。
しかし、筆者には少々納得がいかなかった。無言で何かを訴えかけるようなダンス。しかし、どうにもその訴えかけていることが伝わってこなかったからだ。ストーリーが見えなかった。

その疑問を彼にぶつけてみた。すると思わぬ答えが返ってきた。
自分はストーリーを語ろうと思っているのではない。観る人が何かを想像できるように心がけているのだと。
さらに彼は続けた。昨今のアーティストは主張が強すぎるように思う。自分がこう思う、こうあるべきだと人々に訴えかけるのではなく、想像力を喚起させることの方が大切なのではないかと。

筆者の仕事である講師業も、執筆も、コンサルティングも、いかにロジックを構築し、相手を設計したとおりの落としどころへ導くかが肝だ。しかし、同時に相手に「考えさせる」という行為を喚起することも実は重要なのだ。語りすぎない。考えさせる。若いパフォーマーから少し学んだ。

パフォーマーのサイト:http://www.kerapop.com/

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2008.02.07

こだわりの小型車ブームの予感?

車が売れていない。若者の自動車離れに加え、原油高を背景としたガソリンの高騰と、さらには環境意識の高まりから不要不急な自動車利用を控える動きもある。自動車を使わなければ暮らしが立ち行かない地方でなければ、さらにユーザーは減っていくだろう。
そんな中で、エンスーとも言われる熱心な自動車ファン、特にちょっと大人な層を狙ったと思える車が発売されたニュースを見つけた。
マニアックな商品で自動車販売総数が大きく変わることはあり得ないが、何となくブームの萌芽が感じられる。

一つが「monoCRAFT DA1」。オートバックスセブンが、ダイハツ工業の軽オープンスポーツの名車「コペン(COPEN)」をベースにしたカスタマイズカーとして発売した。
http://waga.nikkei.co.jp/vehicle/car.aspx?i=MMWAh1000004022008

もう一つが光岡自動車の「ガリュー204」。こちらはトヨタ自動車の「カローラ・アクシオ」をベース車両に、クラシックな外装を施したものだ。
http://car.nikkei.co.jp/news/newcar/index.cfm?i=20080205c0000c2

どちらも機能的には定評のあるベース社を用い、さらにカスタマイズによって付加価値を高めている点が特徴だといえるだろう。
もう一つのポイントはコンパクトさだ。従来の「ガリュー」は中大型セダンをベース車両とした大排気量車だったが、今回は5ナンバーで登場させた。「monoCRAFT DA1」もベース車に軽自動車のスポーツカー「コペン」を選んでいる。車にこだわるエンスーとはいえ、昨今のガソリン高騰は頭の痛い問題だろう。「こだわりの小型車」はそんな問題を解決一つの形ではないだろうか。

「こだわりの小型車」といえば、カスタムカーではないが、「フィアット 500(チンクエチェント)」の日本発売が3月に控えている。
http://waga.nikkei.co.jp/vehicle/car.aspx?i=MMWAh1001015012008
あのルパン三世の愛車が30年ぶりにニューモデルとして復活するのだ。ローバーのミニがBMWに移籍してニューモデルが発売されたのが日本では2002年。大きなブームとなって、ミニの人気は今でも衰えていないが、フィアット500はそれに勝るとも劣らぬ話題になりそうな気がする。

李御寧が ”「縮み」志向の日本人”で指摘したとおり、小さい物好きな日本人としては、「こだわりの小型車」からは目が離せないだろう。

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2008.02.06

ミツカンの納豆戦略にマーケティングの神髄をみる

ミツカンといえば200年の伝統を誇るお酢のメーカー。しかし、納豆の世界で実はマーケティング戦略の王道ともいうべき戦い方でトップを猛追しているのだ。


■クープマンも見抜けなかった例外

 ランチェスター戦略の研究者、B.O.クープマンが提唱した、クープマンの目標値というものがある。それは市場シェアをどれだけ獲得すれば、どのようなポジションとなれるかを示している。
 41.7%:安定的シェア。不測の事態がない限り、競合からの逆転や、新規参入によってトップが奪われることがないポジション。トヨタ自動車が国内販売シェア40%にこだわるの理由とも言われている。
 10.9%:市場認知シェア生活者が自ら思い出せる(純粋想起)ギリギリのレベルのシェア。競合から存在を意識されるボーダーライン。
 しかし、この数値はあくまで参考値であり、例外もあり得るという事例が存在する。それは「納豆」の世界。「おかめ納豆」ブランドを持つタカノフーズ。「金のつぶ」ブランドのミツカン。シェアは約40%対約13%。クープマンの目標値からすれば圧倒的なポジションの違いだが、ミツカンはギリギリのボーダーなどとは考えられない凄みを持っている。

■強烈なチャレンジャー ミツカン

 フィリップ・コトラーは「市場ポジションに応じた戦い方」を四類型にまとめた。4つのポジションとは「リーダー」「チャレンジャー」「ニッチャー」「フォロアー」であり、先のクープマンの目標値と合わせて考えればリーダーはタカノフーズ、チャレンジャーがミツカンということになる。
 リーダーは強者故の“やりたい放題”が可能だ。つまり、全方位的にあらゆる戦略を行使する。それに対し、チャレンジャーは差別化でリーダーに挑む。このチャレンジャーたる戦い方をミツカンは徹底して行っていることがわかる。

■ミツカンの差別化戦略はターゲティングとニーズ適応がキモ

 納豆といえば、そのにおいと糸をひくねばりが特徴だ。ねばりがなければ納豆とはいえないが、においには好きずきがあるだろう。筆者は無類の納豆好きだが、食べているときはともかく、食後に口中からいつまでも消えないにおいには少々辟易することがある。そんな納豆ヘビーユーザーのニーズを見事にすくい取ったのだ。2000年4月に発売された「金のつぶ・におわなっとう」。
 ニーズとは理想とする状態に対する不足状態を表すものでもある。そしてそのギャップを埋めるための手段として対価を払う対象物がウォンツだ。「におわなっとう」は見事にそのギャップを解消している。ターゲットはあくまで「においを気にする納豆ヘビーユーザー」なのだ。「納豆を食べられない人」ではない。食べられない人に提供しても、「におわないから食べてみよう」として消費される量はたかがしれている。ニーズギャップを解消されたヘビーユーザーの消費量に注目した点がターゲティングの秀逸なポイントだといえるだろう。ニーズを深掘りし、適切なターゲティングを行う。マーケティングの要諦をおさえた展開だ。

■自社のドメインを活かした戦い方

 ミツカンのドメインは何といっても酢の醸造である。米と菌を発酵させて作る技術。それを大豆で行うのが納豆。自社の発酵や菌に対する技術力の高さを活かし、発酵という大きな装置を必要とする事業の運営ノウハウにも長けている。だからこそ、納豆業界に進出し、4~5社がダンゴ状態でタカノフーズに大きく水を空けられ存在した中からあっという間に抜け出すことができたのだ。新規事業展開のモデルとしては正にお手本となるような、自社のバリュープロポジションの活かし方である。

■チャレンジャーとしての差別化戦略

 再びミツカンの納豆製品に目を向けてみよう。チャレンジャーの戦い方の基本は差別化戦略である。その差別化も実に見事に製品戦略に活かしている。先の「におわなっとう」に続いて発売されたのが「ほね元気」。骨を丈夫にする成分ではあるが、食品に含まれることが少ないビタミンK2。それを作り出す菌を見つけ出せたのが成功のカギ。ここでも菌の技術が活かされている。「明確な科学的根拠がなければ健康効果は謳わない」と同社は明確なポリシーを持っているが、「ほね元気」は科学的なデータを基に、厚生労働省から特定保健用食品の認可を受けている。なっとうでほねが丈夫になるという、考えてもみなかった高付加価値を差別化ポイントとして示したわけだ。
 もう一つ特徴的なのは昨年3月に発売になった「梅風味 黒酢たれ」だ。やってみるとわかるが、普通の納豆に酢を混ぜるととてつもない異臭が発生する。流行した黒酢健康法と、納豆は身体にいいというテレビ放送から、「両方一緒にしたらどうなるのかな?」と試して後悔のほぞを噛んだことがある。しかし、納豆のにおいを消す技術がミツカンにはあった。そしてお酢は同社の200年の伝統を誇る正に王道の製品である。「梅風味 黒酢たれ」は同社の強みを最大限に生かし、他社にできない差別化を図った戦略商品である。

■指名買いのポジション獲得にむけた挑戦

 とはいえ、納豆といえばスーパーの商品棚に並んでいるものから、価格をみて適当に買われてしまう「低関与度商品」であることは間違いない。そこから抜け出して「指名買いのポジション」を獲得することがミツカンの戦略なのだろう。そのために強力な商品差別化を図っているのだ。自社の技術を活かし、消費者が自らの好みに合わせて選択するという行為を引き出すため、タレの味や食感にこだわり、次々と商品を上市していく。豆乳を使用した「大豆芳醇」。2つのたれを混ぜわせ、ふわっとした食感を作り出す「ふわとろ」など。ミツカンの挑戦は続く。
 冒頭のクープマンの目標値で言えば26.1%が「市場影響シェア」といわれるポジションだ。市場に影響をもたらす、一歩抜け出した状態を示すシェアであり、2位以下であってもトップを狙えるポジションと言われている。その数字を獲得する日も極めて近いのだろう。


 

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2008.02.05

非対面取引全盛時代の漠たる不安

随分と久しぶりで、前回訪れたのがいつなのかも思い出せない。新しい通帳を発行するために銀行に来て思った。結局、記帳機で続きを記帳しながら新しい通帳が発行できるので、窓口に並ぶことはなかったのだが。

別に並ぶのが好きなのではない。むしろ嫌いな方だ。しかし、考えてみると、銀行の顧客接点は、顧客をどんどん遠ざける設計になっているのだなと気づく。
昔はどんな取引でも窓口に並ぶことになっていた。それがATMによって銀行の入り口で用事が済むようになった。銀行間が提携して、他銀行のATMも利用できるようになって、自分の口座のある銀行に行かなくなった。インターネットやコンビニエンスストアでも取引できるようになって、銀行という所に全く行かなくなった。

大きなポスターに、「住宅ローンのことなど、お気軽にご相談ください」と書いてあるものの、これだけ店頭から遠ざかっていたのでは、なかなか改めて出向いて相談するという行為はしにくい。もう10年も前に組んだローンなので、見直しなどした方がよいのだろうけど。
考えてみれば、証券会社もそうだ。もうずっと支店に行って人と話すと言うことなどしていない。持っている株を今はあまり動かす気はしないけど、少しは情報収集がてら、話を聞いてみてもいいのだろうが、どうも腰が重くなってしまう。
もちろん、銀行も証券会社も、対面接客に値する富裕層には手厚いコミュニケーションを行っているのだろうが、一般層とは随分と距離が開いているのが実際だ。

顧客にとっては便利であり、企業にとっては効率的。両者の利害は一致している。しかし、それだけでは割り切れない何かを感じるのは、単なるセンチメンタリズムだろうか。

「かんぽ生命・保険料の集金原則廃止・三菱UFJニコスと提携引き落とし拡充」との記事が新聞に載っていた。今まで山間地から離島までくまなく集金をしていた職員を、新規保険獲得の営業担当として効率化を図る。集金業務圧縮で年間数十億のコスト削減も図れるという。
民営化によって効率を追求しなくてはならないのは当然だが、ここでも一つ、対面での顧客接点が消えたわけだ。

既存の流通に比べ、通信販売も伸びている。ネットスーパーも活況だ。金融取引だけでなく、買い物もどんどん非対面化していく。

便利で効率的な非対面の関係でも、いざとき、顧客も企業もお互いの顔を思い浮かべられる関係でありたいと思うのは無理というものだろうか。

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2008.02.04

4PとSTPで考えるEeePCの正体と注意点

1月31日に「ASUS Eee PC 4G-Xを予約した」と書いたところ、複数の方から「私も買います!」とメールをいただいた。
当該記事は特に購入を勧めるわけでも、評価するつもりでもなかったのだが、書いた責任上、同PCの中味に関する筆者の見解を記したい。
マーケティングにおける4P(Price・Product・Place・Promotion)とSTP(Segmentation・Targeting・Positioning)で解き明かしていこう。


ASUS Eee PC 4G-Xの魅力は何といってもその価格(Price)だ。米国では「199ドルパソコン」といわれたが、日本では49,800円で発売される。199ドルではないにしても、思わず飛びついてしまいそうな価格であることは確かだ。

次に、スペックをもう一度確認しておこう。マーケティングの4Pでいえば、”Product”の部分だ。
OSは米国版のLinuxとは異なり、Windows XP Home Edition。199ドルのはずが日本では49,800円という価格設定になった理由だろう。
CPUはIntel モバイル。液晶は800×480の7インチカラーTFT液晶。記録媒体は4GBフラッシュメモリドライブ。バッテリー駆動時間は3.2時間。3つのUSBコネクタとSDHD対応のカードスロット。30万画素のWebカメラ内蔵。付属品としてマウスと専用ケース、ACアダプタ。付属品まで見ると何ともオールインクルーシブで「手軽に始められます」的なパッケージに感じる。また、製品の外箱もWebで公開されている写真で確認すると、ユーザーが笑顔で使っている写真が印刷されており、なにやら楽しげだ。
しかし、第一の注意点は、使い道を間違えると、全く楽しくならないということ。OSがXPで記録媒体が4GBフラッシュメモリということは、OSで3GB以上取られるので、データはおそらくSDカードに保存することになるが、アプリケーションソフトのインストールはよほど軽いものしか無理だろう。となると、もはや使い道はWebブラウジングとEメールぐらいになる。外出先でのちょっとしたインターネット端末という位置づけだ。さらにブラウジングも解像度800×480なので、縦・横にスクロールが発生するフラストレーションを覚悟しておいた方がいい。
つまり、このPCは普通のPCではなく、かなり用途が限定され、かつ、割り切り(あきらめ)を前提とした使い方が求められるのだ。

その意味で危険なのが販売店(Place)だ。正直、かなりマニアな商品だと思う。マニア向けのショップで販売されているだけなら何の問題もない。しかし、発売前の話題からか、普通の量販店の店頭にも並ぶ。つまり、ごく普通の人々の目にも触れるのだ。そして、店頭では「割り切った覚悟で買わないと痛い目見ますよ」などというPOPは掲出されないだろう。普通の人々が、値段に惹かれて購入してしまうのが怖いところだ。

Promotionはどうだろう。すでに口コミがかなり広まってていることから、大規模な広告などは行わないだろう。しかし、筆者が購入予約に至った、イーモバイルとのクロス・マーチャンダイジング(抱き合わせ販売)というタイアッププロモーションが行われている。もちろん筆者は商売道具であるハイスペックなモバイルPCを持った上でのサブマシン(というより、ちょっとしたオモチャ)として予約しているが、「モバイルを始めたいので、セットで安価に帰るならお得!」などと飛びつく人がいたら、前述のような悲劇が起こるだろう。


と考えると、このPCは4P以前のSTPが大きく異なるということになる。
購入対象となる顧客セグメントは、PC購入に充てる可処分所得の多寡(価格寛容度)ではなく、PCの知識の多寡で、後者の高い人の中でさらに割り切ったインターネットの使用を考えている人がターゲットなのだ。
そして、ポジショニングはノートPCというより、かつてのPDAのようなものだと理解した方がいいだろう。そう考えれば、スペック的にも納得がいかないだろうか。

つまり、4Pから考えるより、そもそものSTPに合致しない人にはオススメできない商品なわけだ。そのあたりを売る側もしっかり伝えるべきだろう。

では、EeePCは魅力がないかといえば、STPに合致した人にはかなり魅力的なのだ。
オモチャ的に買えるPrice。Productスペックは4GBしかないフラッシュメモリとはいえ、ハードディスク駆動ではない記憶装置は最近の流行なので、是非体験してみたくなる。内蔵カメラでライブチャットをする人もいるだろう。小さく、軽く、ハードディスクがないので耐久性もいい。ちょっと持ち歩き、ネットを利用するには非常に気軽なマシンだ。
というわけで、いささか強引だが、ものを買うにも4Pだけでなく、その前のSTPを確認することが重要なのだと結論づけたい。


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2008.02.01

大学の図書館で思う

母校・東洋大学の図書館にいる。調べ物をしながら仕事をしたいと思ったのと、気分を変えつつ、集中力を高めようと思ったのだ。期末のテスト勉強のため館内には学生があふれ、その様相もなかなか鬼気迫る感がある。こちらの集中力もつられて高まろうというものだ。

少子化で大学は懸命の生き残りを図っているが、東洋大学はキャンパスを倍の広さにするなど強気の戦略を展開している。それ以前にも校舎の全面建て替えを行っており、筆者が通っていた頃のキャンパスの面影は全くない。
講師をしている青山学院大学のような、いかにも大学のキャンパスらしい雰囲気と、伝統ある校舎も捨てがたいが、実際にそこに通う学生としては使い勝手が重要だろう。この東洋大の図書館は蔵書量だけでなく、その検索のしやすさや、閲覧や勉強のためのスペースの広さ、ネットワーク環境など、とても充実している。

しかし、変わったのはハードウェアだけではない。大学の教育体系も変わった。
東洋大学の現在の教育内容は知らないので青学の話になるが、例えばシラバス。昔の「履修要項」では授業の概要程度しか、学生に提供されなかったが、シラバスは科目の狙い、授業の概要、1回ごとの授業内容、教科書・参考書、成績評価の方法・基準などについて詳細かつ、具体的な記載がなされる。学生はこれで真剣に授業選びをしているようで、講師としては、学生に響かないシラバスを書いてしまうと人が集まらずに寂しい思いをすることになる。青学のシラバスを書くときには結構真剣になったりする。
学生による教員の評価も昔はなかった制度だ。授業内容、教材のわかりやすさ、教員の熱意など様々な項目が期末のアンケートで収集され、教員にフィードバックされる。3年連続でありがたいことに高評価をもらっているが、大学から結果が送られてくる時には結構ドキドキする。
大学と産業界の結びつきも強まっている。企業からの寄付講座や、筆者のような講師を招くということも多くの大学で行われている。学生には実践的なビジネスの話を聞くいい機会となっているだろう。

恵まれた設備、カリキュラムがそうさせるのか、はたまた、学生の気質が変わったのか、どうも講師をしているとずいぶんと自身が学生だったときとの違いを感じる。シラバスを真剣に見るというのもそうだ。「いかに楽に単位が取れるか」で判断するのではないのだ。せっかく出席しているのだから、ちゃんと出席をとってくれと学生から促されることもある。・・・まぁ、まじめな学生だけではないのだろうが、総じて筆者が学生だった頃よりきちんと学んでいる。再び東洋大学の図書館の風景を見回して思う。この図書館の盛況さ。昔はテスト前でもかなり閑散としていたのに。
社会に出てからの彼らの活躍にも期待したい。

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