« 「顧客紹介」のメカニズムを考える | Main | オープンマインドがブランドを作る:二つの港町の物語 »

2008.01.24

「待つ」という行為を考える

30秒、10分、4時間という時間。あなたはどのように使うだろうか。

エスカレーターは概ね人が歩いて昇降する倍のスピードで運行されているのだろう。故に、じっと立っていれば1分の所、歩いて登れば30秒に時間短縮ができる。
実際に時間を計測した人がどれだけいるかわからないが、気忙しい昨今、エスカレーターは、関東なら右側、関西及び国際標準的には左側を歩いて昇降する人のために空けておくのが慣習となっている。しかし、その暗黙のルールを全ての人が理解しているわけではない。
ある朝の東京駅。毎日のラッシュに紛れ込んできたような老婆が一人。エスカレーターの歩いて登る右側に立ってしまい、後ろには大勢の乗客が列をなすことになった。右側を選択し、時間短縮をしようと思ったにも関わらず、不如意な状態な人々は、一様にイライラ感を呈している。そしてエスカレーターの上昇中、老婆の後ろの男性が「お婆さん、左によけてよ」と声をかけた。老婆は意味を理解できないでいる。声をかけた男性の後ろの人は、更にイライラしたように咳払いをする。ようやく事態を把握した老婆は、筆者の前のステップに潜り込むようにして道を空けた。ほとんどエスカレーターが階上に到着する寸前に。
そのエスカレーターは、じっとして乗れば約1分。歩いて登れば30秒の時間節約になる。しかし、その捻出した30秒を人々は何に使おうというのか。

とはいえ、筆者も人を批判できる立場ではないのを実感した。麻布十番の法務局出張所。会社登記簿謄本と印鑑証明の発行は地下一階。待ち時間は10分ぐらいだろうか。
さて、その10分をどう使うか。待ち時間を想定せずに何の用意もしてこなかった。本も新聞もない。あまつさえ、手帳さえ事務所に置き忘れた。頼みの携帯も地下なので圏外だ。たった10分がひどく長く感じる。と、同時に、自分はこんなにも待つということに我慢ができなくなっているのかと驚いた。

インターネットの人気個人サイトを運営している男性が、視力回復手術体験記を綴っていた。
術後、眼球を外気に触れさせたくないので自室で過ごそうとしたが、さりとて目を使うパソコンやテレビ、読書などはできない。眠ってもいけない。4時間をどう過ごすかに悩んだという。その人は録り溜めしたラジオ番組を聞いて過ごしたようだが、事前に用意していなければどのようにして過ごしたのだろうか。そして、自分が全く目を使わないで4時間を過ごす立場になったら、何をするのだろうか。

一昨日「活況を呈する時間対応型ビジネス」として、一つのビジネストレンドを紹介した。人に等しく与えられた1日24時間の使い方を提案するのは確かにビジネスチャンスとなる。有効な時間活用に対する需要は高い。しかし、時間の使い方として、「待つ」という行為は、その後に来たる期待をより豊かにする妙薬でもあるはずだ。その時間を思索に当てるのもいいだろう。決して無駄ではないはずだ。とかく「時間がない」と嘆く今日、「待つ」という時間の使い方にもう少し工夫をしてみようと思った次第だ。

|

« 「顧客紹介」のメカニズムを考える | Main | オープンマインドがブランドを作る:二つの港町の物語 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「待つ」という行為を考える:

« 「顧客紹介」のメカニズムを考える | Main | オープンマインドがブランドを作る:二つの港町の物語 »