脳科学とナレッジマネジメントのシナジー
最近注目の「脳科学」は実に面白い。かくも人間の脳とは繊細かつ複雑にして、こんなにも驚くべき働きをしているのかと興味は尽きない。
しかも、そんな貴重なものが自分の頭蓋骨の中にもちゃんと1つ入っているのだ。実は身近でもある。
■脳科学とナレッジマネジメント、エンタープライズサーチの関係性
そんな脳科学をより理解しようとした時に、筆者のマーケティングの外、もう一つの専門領域である「ナレッジマネジメント(Knowledge Management=KM)」やエンタープライズサーチ(Enterprise search)の世界を同時に考え合わせると、また違った見方ができたり、理解が深まったりすることに気が付いた。
事実、日経関連のサイトでエンタープライズサーチ広告特集には脳科学者の茂木健一郎氏がコラムを寄稿している。http://nikkei.hi-ho.ne.jp/e-search/
■解離性同一性障害とシステムのサーバ構成
そんな中で、面白い記事を見つけた。ネットには収録されていないが、日経新聞9月26日(水)夕刊・あすへの話題。脳研究者の池谷祐二氏が「多重人格・脳ひとつ」と題したコラムを書かれている。
その主旨は以下の通り。
一般に「多重人格」と呼ばれる「解離性同一性障害」という疾患は<人格が交代すると感情や知性ががらりと変化する。性別や年齢、さらには利き手や声色までも変わる場合がある。興味深いことに、当人は別の人格の存在には気付いていない。>という特徴があるという。
人間の脳の働きはやはり、コンピュータシステムと異なる。
例えば、ひとつのハードウェアの中に複数のサーバを立てることなどよくある。
それらは各々独立しているが、蓄積されている情報を一度に取り出そうと思えば、さらにもうひとつ、サーチ(検索)のためのサーバを立て、複数のサーバを対象としたいわゆる「串刺し検索」をすればいい。
しかし、人間の脳は解離性同一性障害によって勝手に立ち上がった人格以外に、さらに一歩引いたサーチのためのサーバを立てるような器用なことまではできないのだ。
だが、池谷氏は<「一個の脳に複数の人間が同居できる」という事実に、脳の深い潜在性を感じる。><実のところ、ただ一人の人間を生きるだけならば、こんなに巨大な脳など必要ないかもしれないのだ。>と結んでいる。
システムにおいて「サーチ」というアプローチが用いられたのはそう古いことではない。
疾患の治療も思いもよらぬ治療法が開発されるかもしれない。
■脳の働きにおける「インデキシング」
一方、脳科学から大いなるヒントをもらえたのが養老孟司氏のコラムだ。http://eco.nikkei.co.jp/interview/article.aspx?id=20070529i3001i3&page=2
コラムの主旨は解剖学から見た脳の働きから、環境問題を考えようという主旨なのだが、その中の「人の眠りと脳の働き」に関する記述が興味深い。
<寝ているとき、脳は休んでいると思われているが、実は休んでいない>のだという。
<わかりやすい比喩は図書館だ。朝、客が入って、昼間にたくさん本が読まれると、最後は本棚が空になって机の上に本が散らばる。夕方に閉館すると、こんどは司書たちが元の本棚の位置に本を戻す。朝と同じ状態まで本を戻せば、また図書館を開けられる。脳も同じようにしているから目を覚ますことができる。>
<人間は夜になると意識がなくなる。眠るというのは、脳のなかにたまったエントロピーを片付ける、脳の無秩序を元へ戻すという作業なのだ。>
<この脳の働きを裏付けている最大の証拠は、寝ていても起きていても、脳が使っているエネルギー量は変わらないということだ。>という。
これはかなり、エンタープライズサーチのシステムに似ている。
「クローリング・サーバ」というところに検索のプログラムが格納されているが、その横にある「インデキシング・サーバ」というものが重要な役割を果たす。
サーバ内に日々放り込まれるドキュメントを、クローラーがかき集め、各々にインデックスを付け、それを管理しているのがインデキシング・サーバだ。多くはその作業は夜間行われる。
人間の脳は、意識するとせざるに関わらず、昼間目にしたものや聞いたものを記憶し、溜め込んでいる。
また、思考し何らかの考えも蓄積する。
そうして、脳内のエントロピーは増大した状態で夜を迎え、眠る。眠りながら脳が働き、整理する。
インデキシングの働きに似ている。
■脳の情報整理に学ぶ「文書の廃棄プロセス」
養老氏の言葉にはないが、そこに注目すべきヒントを見つけた。人間の脳も、まさか、日中の全ての情報を整理しつつ、蓄積するということは、いかな「人間の脳が高い可能性を秘めている」といって無理だろう。
整理の過程で、情報の廃棄が行われているはずだ。即ち、忘却。
ナレッジマネジメントの世界で重要なのは、この「廃棄」のプロセスだ。
最近注目の「文書管理ソリューション」は文書の生成から廃棄までのプロセスを管理するものが多いが、エンタープライズサーチは高速性とスケーラビリティー(巨大なデータ量の処理能力)が高いため、ともするとこの廃棄プロセスが忘れられがちになる。
ナレッジマネジメントやエンタープライズサーチの活用でうまくいかない例が、「ため込めるだけ溜め込んで」というパターンだ。人間の脳はうまいことできているのだろう。
適度に捨てる(忘れる)ことでバランスを取っている。
「選択と集中」という言葉は便利だが、選択し、集中していらなくなったものを捨てるという概念がつい忘れられる。
余計なものを溜め込んでいてよいことはない。サーバであれば、ストレージの無駄だ。また、検索精度も落ちる。
脳の働きに学ぶところは大きそうだ。
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