ミャンマー、大相撲、年金に見るティッピング・ポイント
「ティッピング・ポイント」という考え方がある。残念ながら、既に廃刊だが2000年に同名の書籍が日本でも発刊された。
著者のマルコム グラッドウェルによれば、あるアイディアや流行もしくは社会的行動が、敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間のこと」と定義している。
ティッピング・ポイントの原義のTipとは、<傾ける[傾く]こと,傾斜>と辞書にある。つまり、ある傾斜角を超えた瞬間に一気に動き出すポイントを指しているのだ。
「クリティカル・マス(臨界質量)」が類似した概念だと言えよう。
さて、今週、ニュースの中から標題の3つがティッピング・ポイントとして見て取れた。
まずはミャンマー情勢。圧政を続ける軍事政権に対し、遂に僧侶が立ち上がった。ここで収まればよかったが、鎮圧すべく兵士がデモを続ける僧侶を殴打した。
この原稿を書いている時点では犠牲者は僧侶を含む5名。寺院への強行突入もあったようで、さらに犠牲者の数は増えるだろうと言われている。
「僧侶には手を出さないこと」が信仰心の厚いアジアの国々では不文律であるはず。「僧侶殴打」がこの国のティッピング・ポイントだったのだろう。恐らく泥沼の内戦に進むか、もしくはデモは鎮圧され、更なる圧政が進むか。
続いて、大相撲。朝青龍の不祥事。そもそも、その朝青龍を躾けられなかった高砂親方の指導力。さらに一連の問題を裁ききれない北の湖理事長はなぜか怒りの矛先を、古参の記者クラブ会員の取材証を取り上げるというおかしな方向に持っていき、全く問題の根本が正されなかった(後に取材証は返還)。
しかし、まだティッピング・ポイントは超えていなかったが、時津風部屋でのリンチ殺人が明るみに出た。死亡した力士の兄弟子だけでなく、親方自身が主犯格であるようだ。だが、またも相撲協会は26日夕方時津風親方ら立件へという動きの中にあって、北の湖理事長が「記者会見を行う予定は今のところない」などという談話を発表している。
遂に明るみに出た、親方自身によるリンチ殺人。一気に傾斜角を増し、転がり落ちていく。転がったのは「国技」としての威信だ。もはや国技と呼ぶだけの価値もない。大相撲を開催しても、ただでさえ減り続けている観客はさらに減るだろう。天覧試合も見合わせられるかもしれない。
もともと、外国人力士ばかりの「ウィンブルドン現象」を起こしていた、形ばかりの国技。違和感を覚えていた人も多かろう。この先どこまで転がるのかはまだわからない。
最後に、実はこれは定量的にティッピング・ポイントを超えてしまっただろうなぁ、とわかるだけに一番怖い。「年金」。
なぜか大きなニュースになっていないが、26日の毎日新聞ニュースで<社保庁は06年度の納付率を66.3%と公表しているが、これは保険料を免除されている人などを除いて計算している。>ことに対し、<民主党が「実勢を反映していない」として、全加入者を対象とした納付率の算出を求めており、社保庁が試算した結果、06年度は前年度比1.1ポイント減の49.0%だった。>と報じられていた。
保険証免除などで見かけの納付率を底上げしていた粉飾していた社保庁。さらに、その一部(一部?)を着服していた職員の存在。2人に1人以上が払っていないという事実。全てが国民の前に明らかになった。ここがティッピング・ポイントだろう。2人に1人以上が払っていない。隣にいるこいつも、こいつも、払っていないかもしれないと生活者が思う時。さらにその割合は加速するだろう。転がる先は年金というシステムの完全崩壊。
給料天引きの人だけが馬鹿を見るという不満を解消するために、全額税負担議論が早急に立ち上がるだろうが、それは本来のシステムとは異なる。
元々のシステム設計に無理があったのも確かだが、納付率49.0%という数字がティッピング・ポイントになるのは間違いないだろう。
と、こんなことを書いているうちに、「背水の陣内閣」として、特に「政治と金」には細心の注意をすべき福田内閣の閣僚から金の問題が噴出したようだ。27日7:00の時点でasahi.comに<渡海文科相側に2百万円 国の工事受注業者、選挙時に>と報じた。続いて8:51には<石破防衛相、上限超す寄付 入閣当日に訂正>の報だ。
「背水の陣内閣」。実は発足当初から背水の陣ではなく、とっくに首まで水に浸かっていると揶揄されたが、現実になりつつある。まぁ、こちらはあまりに転がる場面が多くて、どこがティッピング・ポイントなのか判然としないが。
ともあれ、ティッピング・ポイントを見極めるのは重要だ。NHK流に言うなら「その時、歴史が動いた」となるのかもしれないが、そんな過去を振り返るのではなく、今、現在の変化の兆しを見逃さないでいたい。
なお、書籍「ティッピング・ポイント」はAmazonのマーケットプレイスでまだ購入可能。