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2007.08.07

「根っこ」の教育:朝青龍と問題社員

企業研修の依頼を受けることがある。
クライアント企業ごとに抱えている課題は異なるため、多くの場合そのプログラムはオリジナルで開発することも多い。
また、「マーケティングとはビジネスにおける課題解決の手法である」というような捕らえ方がなされている場合も多く、そうなると研修でカバーすべき領域は通常のマーケティングの概念からほかの領域に踏み込まざるを得ない。「ビジネスの総合格闘技」の様相を呈してくる。
特に管理職研修においては、部下の教育やモチベーションに関する課題が呈せられる。多くは「コミュニケーション」に問題があるため、金森としては独自の「コミュニケーション論」をい持っているためその考えに従って解決策を考えることになる。

さて、上記のような「部下の教育やモチベーション」に関して最近特に多く聞こえてくるのが、「若い社員に主体性がない」「指示待ちの姿勢が多くて困る」というものだ。
多くの管理職が言う。「仕方がないのでその都度懇切丁寧に指示する。しかし、似たような事象があっても先の指示から類推し、自主的に解決する姿勢が見えないので困る」と。
はて、それは本当にその若い社員の問題なのだろうか。指導する側の管理職にも落ち度はないのか。

最近こればかり言っているが、「コミュニケーションとは共有である」。部下とのコミュニケーションは取れているのか。
「都度指示する」ことは実はコミュニケーションになっていない。場当たり的な指導にしかなっていないのだ。対処療法である。
何を共有すべきなのか。それは、部下に「なぜ、それを成さねばならないのか」という根本である。
いささか当たり前なこと過ぎると思われるかもしれないが、そもそも「自社のビジネスとは何なのか。企業として存在しているのは、顧客・株主・従業員に対して、どのような価値を提供しているのか」という本当の根っこの部分をまず理解しているかの確認からが必要である。
当の管理職自身すらも忘れていることかもしれない。しかし、人に教えるということは、自らが再度学ぶ機会でもある。再確認する価値は十分ある。
その根っこの部分が認識できたら、その企業内における自部署、また自分の業務はどんな意味を持つのか。常に留意すべきこととは何なのかを自ら考えさせ、その答えを見つける手助けを管理職としては行うべきだ。個別の事象の対処法を一つ一つ教えるより、根本を理解させれば、次第に自ら何をなすべきかが理解できるはずだ。
管理職にとって、業務を遂行し業績を上げることは重要だ。しかし、「部下の教育」という課題が自らの責務の過半を占めているという認識を持っている人は意外なほど少ない。人を育て、その人に業績を上げさせることが重要なのだ。

先週、巡業を放棄し、横綱・朝青龍が厳しい処分を受けた。横綱にあるまじき行為であると。
確かにその通りだが、横綱に巡業の重要性がどれだけ理解されていたのかという疑問も残る。最高位とはいえ、横綱は「現場の人」である。
管理職たる高砂親方、北の湖理事長はどのような教育を行っていたのだろうか。まして横綱は外国人だ。相撲の技だけでなく、国技としての心得、綱の重さなどをどの程度理解させられていたのだろうか。

根本の部分が理解できていない、優秀な社員ほど実は怖いものはない。
今日、企業の社会的責任が重要視されている。「指示待ち社員」などはまだかわいいものだ。横綱は企業の社員に例えれば「コンプライアンス違反事案を起こしたエース社員」というところか。
指示待ちボウヤや汚れたエースを出さないためにも、管理職たるもの、自らも再認識しつつ、「根っこ」を教えるべきだ。

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なんか格好いいね、男たるものという所でしょうか。 是非いい試合をしてほしいと思います [Read More]

Tracked on 2007.08.08 03:01 PM

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