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2007.07.24

そのモノの「価値」は何か?「対価」を払う意義は?

「マーケティングとは?」こうした根源的な問いに対する答え方は意外と難しい。様々な言い方や解釈があるが、筆者はマーケティングの大家であるフィリップ・コトラーの定義を下敷きにして説明することにしている。すなわち「マーケティングとは売り手と買い手の間で行われる“価値”の“交換”プロセスである」と。単なる「モノやサービス」と「対価」が交換されるのではなく、「価値」に対して「対価」が払われるのがポイントである。
 しかし、昨今、そのキーワードである“価値”と“対価”に対する考え方を少し多面的に見る必要が出てきている。
今まさに、7月21日から8月20日の間は、財団法人日本雑誌協会が主催する「雑誌愛読月間」だ。その雑誌とフリーペーパーの関係にに注目して、過去のコラムを加筆修正して改めて考えてみる。

■フリーペーパーが雑誌を喰う?
 筆者は「タウン・ウオッチ」が趣味なので、実によく街を歩く。そしてしばらく歩くと、必ず5、6部のフリーペーパーを受け取ることになる。その数は二年前の比ではない。社団法人日本印刷技術協会発行の「日本のフリーペーパー2006」が把握するデータでは、2005年現在国内の発行社950社。紙誌数は1,200種。年間総発行部数91億部で実に雑誌の倍に達しているという。恐ろしい勢いだ。
 有料の従来型の雑誌はどうかといえば、財団法人日本雑誌協会理事長の村松邦彦氏が今年の6月5日に行った講演内容が象徴的である。この10年間を振り返り、「1996年に雑誌の総発行部数は51億2千万冊だった。2006年は40億冊で、11億2千万冊減少した。21.8%の落ち込みだ」という数字を紹介した。フリーペーパーに対しては「コンテンツがしっかりしているわけではないので脅威にはなりえない」とする一方で、書店店頭や駅構内に無料設置され、生活者が手に取ってしまい、駅売店や書店での雑誌売り上げに対する影響はやはり大きいとも述べられていた。

■「時間」という「対価」に注目!
 さて、従来の雑誌を喰い始めたフリーペーパーであるが、その名の通り「フリー」なので、金銭的な「対価」を払ってはいない。では、読者は何を「対価」として「交換」しているのだろうか。それは「時間」だ。時間は1年365日。1日24時間と人間に等しく配分されている。そのうち、自らが自由にできる「可処分時間」をどう使うかは、極めて多忙な現代人にとって大きな関心事である。
 ここで「価値」に立ち戻ろう。実は「雑誌」対「フリーペーパー」は「有料」対「無料」という金銭的な勝負ではないと考えられる。確かに高価な雑誌もあるが、平均的には数百円。生活者の「可処分所得」の中から払いきれない価格ではないはずだ。一方、無料とはいえ、フリーペーパーも一読するにはそれなりの時間を要する。つまり「可処分時間」を消費しているのだ。となれば、やはり勝負のポイントは「コンテンツの価値」であろう。
 いかに無料であっても可処分時間を消費するに値しない内容であれば、やがて誰も手に取らなくなる。また、使えそうなクーポンだけ破り取って捨てられてしまうような内容であれば、媒体価値は認められず広告収入もなくなる。やがて淘汰されていくはずだ。
 先の講演で村松理事長はフリーペーパーのコンテンツがしっかりしているわけではないと指摘されていたが、実際にはかなり読みごたえのあるフリーペーパーも育っている。駅に設置された専用ラックがすぐに空になってしまうリクルートの「R25」などはその代表例である。コンテンツが充実してきているフリーペーパーもある中で、有料の雑誌は当然それを上回る内容でなければ金銭的な対価は支払われることはない。雑誌は購読者から受け取る「可処分所得」と「可処分時間」の両方に見合った価値を提供しなくてはならないのだ。従来よりも一層の研鑽が必要となることは言うまでもない。

■金銭的対価を払うこと自体の「価値」?
 実は筆者が「フリーペーパーに負けるな!」とひそかに応援している雑誌がある。「THE BIG ISSUE(ビッグ・イシュー)」という。サブタイトルに「ホームレスの仕事をつくり自立を支援する」とあり、ホームレスの人に雑誌を販売委託し、「頑張って販売すれば自力で生活できる」という仕組みを提供するものだ。
 定価は200円。販売員は90円でこの雑誌を仕入れ、110円を収入とする。なかなかユニークな特集記事や、キラリと光るコラムも掲載されている。しかし、200円という価格からすると、ボリューム感が乏しいのは否めない。しかし、制作費は90円で賄われているので上出来とも言えよう。
 この少々ボリューム不足な雑誌に200円という「対価」を払う「価値」とは何だろうか。理想を掲げ、少ない原資で雑誌を作る事務局。フリーペーパーの無料配布の横で、自らの復活をかけ懸命に販売するホームレス。それを200円という対価を払い支える理解者。これは一種の「価値の循環構造」であると言えまいか。そして読者が対価を払っている「価値」とはその「理念」に対してである。
 もはや今日の消費は、単純な「提供者・売り手」と「受け取り手・買い手」という二者間の「モノ」と「カネ」の交換活動では語れなくなっている。前述の通り「時間」に注目することも重要であり、また、「THE BIG ISSUE」のように「理念」に対する「対価を払う“意義”」にまで注目する必要があるのだ。

■ただより高いモノはない・・・にならないように
 今回は今日の市場における「価値」の多様化について雑誌とフリーペーパーを題材に述べたが、最後に一つだけ。我々生活者は、自らが手にするモノの「価値」が何なのかをよく理解し、何を「対価」として払っているのか。また、それは価値に見合っているのかをよく考える習慣を、今まで以上につけなくてはならないと考える。
 今回のお題のフリーペーパーであるが、全てを安易に受け取っていいものだろうか。目につくフリーペーパーの中だけでも内容の薄いものが散見される。1,200種のも紙誌の中には、捨てられる、捨てることを前提で作られているものも少なくないだろう。「つまらなければ、捨てていただいて結構です」という提供者側の理論。「ぱっと見て、つまらなければすぐ捨てるし、たまに面白い記事や得するクーポンがあれば、めっけ物だから」という読者の理論。そう考えると、利害は一致しているようにも思える。
 しかし、年間総発行部数91億部という前出の数字を忘れてはならない。それらが製作され、廃棄処分される過程でどれだけの環境負荷が発生しているかを考えると、うっかり受け取れないはずだ。環境負荷というツケは、回りまわって自らに戻ってくる。やはり、「タダより高いものはない」のである。

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