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2007.05.29

怒りどころ、謝りどころ

最近、思うこと。何やら、人の「怒り」やそれに対する「謝意」の表明のポイントがズレてきているのではないかと。
単に一個人として感じているのであれば、さほど問題はないかもしれない。しかし、こうした人々の感情の”発露”もしくは”爆発”に変化が生じているなら、マーケティングの要衝である顧客接点。特に、顧客から意見や苦情を受け付ける「コンタクトセンター」などの「顧客接点」にとっては大きな問題となる。看過することはできない。

さて、なぜそう思ったかといえば、いつもの如く個人的体験からであるのだが。混雑する駅舎内で、何度か人から怒鳴られたのだ。
金森の特徴は、いつも左手には商売道具のノートパソコンを収納したジュラルミンのアタッシュケースをぶら下げていること。もう一つ。昨年夏の事故で左足を損傷し、その後遺症で歩くのが少々遅いことである。
そしてコトは混雑した駅舎内で起きた。
後ろから急ぎ足に追い抜きかけてきた通行客が、アタッシュケースに追突して怒声を上げる。「アブねぇ荷物ぶら下げて、トロトロ歩いてンじゃねぇよ!」。
確かに人混みでアタッシュケースは迷惑なので、いつも人にぶつけないように注意を払っている。しかし、車でも追突してきたなら、その車の責任だ。どうした論理展開であろうか。だが、同様なことが何度かあったが、それらの”追突者”は全く自らの過誤を疑う余地もなく一方的に怒りをぶつけてくる。
金森としては非を感じないので謝意を表示ない。捨て台詞で過ぎ去られることが多いが、さらに詰め寄られ、事態に気が付いた駅員や警戒中の(特に東京駅構内には多く配置されている)警察官が駆け寄り、相手が逃げ去るシーンなどもある。
どう考えても本人が全く注意を払えない後方からの追突で、怒られるのはオカシイと思うのだが、そう考えるのは間違っているのだろうか。

しかし、怪我をする前によく行っていたスキー場でのトラブルを思い起こすと何やら関連性が感じられる。
ゲレンデにまだ慣れていない、技量も乏しい幼少児がヨロヨロと滑っている。いい大人であれば余裕を持って大きく回避するところである。
だが、当人も技量がないのか、はたまた無謀なのか、大人げもなく後ろから突っかける馬鹿者がいる。その時、耳を疑うような会話。

母親:「○○チャン!何やっているの!謝りなさい!!」
追突者:「いえ、いいんですよ。。」
・・・お前ら、頭オカシイんじゃないのか?突っ込まれた子供の親、当然怒るべきところだろう?突っ込んだ馬鹿、謝るところだろ?全く意味がわからない会話だ。

こうした、被加害の逆転がまかり通るような感覚が蔓延しているから、金森に駅社内で追突してくる人間が激高するのであろう。
「事なかれで済まそうとする感覚」と「自らの不利益にのみ敏感な感覚」が同居する今日。人の「怒りどころ、謝りどころ」がズレはじめているように感じられる。
個人の生活の中でも、顧客対応のシーンにおいても、ロジカルに原因がどこにあり、どちらに非があるのかを明確にして論旨を展開することが求められるのは間違いない。
果ては米国型の「訴訟社会」に行き着いてしまうのかもしれないが・・・。


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