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2007.04.09

「質問編」顧客視点”入門講座 第12回「」

いよいよ最終回のバックナンバーです。
(4月1日にアップすると予告したのですが遅れてしまいました。)

さて、全24回を振り返って、時間のあるときにまた、箱根にでもこもって加筆修正し、書籍用にまとめ直してみようかと思います。

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 「顧客視点でマーケティングの基礎を見直す」という主旨で2年間にわたり続けてきた当連載も、今回で本編・続編を合わせて24回となり最終回となった。「マーケティング」の意味は「売れ続けるしくみ」といわれるが、ともすると「売り込むしくみ」になりがちである。そうした「生産者志向」から「顧客志向」への転換はできただろうか。
そして今回は最後に「どうすれば優良な顧客対応が実現できるのか?」というご質問にお答えするため、「CS(Customer Satisfaction=顧客満足)」と「CRM(Customer Relationship Management)」を取り上げたい。

■CSの極意は「常に顧客のことを考え続け、柔軟に対応すること」
 CSは1990年代にブームとも言うべき広がりを見せたが、景気の低迷期にはあまり語られなくなっていた。しかし、最近の好景気を背景に再び各企業が「お客様第一主義」などを掲げるようになっている。
 CSの事例といえば米国での百貨店やホテルでの顧客対応が語られるが、ここでは筆者が実際に体験した例を示す。銀座の老舗文具店はいかにして良質な顧客サービスを展開しているかを伝えたいからだ。
 その店に顧客対応マニュアルといったものは存在しない。お客様中心主義を徹底する教育を行ない、顧客応対品質の向上を行なっている。マニュアルも各店員の”考える力”を奪い、画一的な接客しかできなくなるためあえて作らないそうだ。教育は「自分自身がお客様の立場になってうれしいと思うことは何でもしなさい。」ということに集約されている。そして具体的な対応例を幾つも店員に示すのである。例えばボールペンの替え芯一本だけをお買い上げのお客様が、他にもお手荷物をたくさんお持ちのようであれば、「大きな手提げにおまとめ致しましょうか」というような声掛けをしなさい。というように、微に入り細をうがつように指導をするという。
そこまで聞いてかつて筆者が実際にその店で体験した対応に得心がいった。筆者は外国製の革手帳を肌身離さず持ち歩いている。コラムや各種原稿の他のネタ帳である。しかし、うっかり手帳のリフィルを切らしてしまった。屋へ行ったが、店頭になく外国製故取り寄せに時間がかかるとのこと。ネタ帳無しでは過ごせない。途方に暮れていた筆者に対し、店員は何の躊躇もなく新品からリフィル部分を取り外し「ご不自由でしょうから、こちらをお使いください」と差し出してきた。感動した。
CSはいくら理論を覚えても、実際の場面で対応ができなければ意味がない。全く「学問」ではなく、「実践」が命なのである。そのためには「常に顧客のことを考え続け、柔軟に対応すること」であり、顧客視点が身についていなければならないのである。そしてそれは、景気に左右されるものでも、ブームに乗って行われるものではなく、企業活動の底流となっているべきなのだ。

■CRMは過去のキーワードか?
 「CRMの基本は、顧客の各種データ(属性・購買履歴など)を元に正しく把握し、そのデータを使って最適なお勧めや情報提供を行うことによって、長期的な取引関係を継続させる」というものだ。
しかし、当連載は「質問編」として、読者の方からの疑問や意見に答えることを主旨としているが、「CRMはもはや過去の考え方であり、今日的には当てはまらないのか?」という質問もいくつか届いている。
CRMは顧客データを基軸とすることから、「データベース・マーケティング」が基礎となっており、ITとの連動は欠かせなくなる。しかし、ITの世界の人からは最近は「CRMって懐かしいキーワードですね」と言われることがある。確かにITの世界ではもはや過ぎ去ったトレンドであるかもしれない。ITベンダーの今日の関心事はCRMよりも「内部統制」や「J-SOX対応」などに移行しているからだ。また、その考え方の原産地である米国においては、多大なシステム投資に対し、一向に成果が上がらないことから「失敗」のレッテルが貼られてしまった。しかし、日本においてはCRMブームの頃はデフレ不況の只中にあり、大幅なシステム投資に踏み切れた企業も少なく、結果として「CRMは失敗も成功もしていない」という状態である。米国での失敗は「戦略なきシステム投資」が原因であり、日本で成功していないのは、いまだに本格的にCRMに取り組む企業が少ないからである。
今日の時代背景を考えてみよう。「モノの飽和」と言われる時代である。モノを作れば売れた高度成長期は遠い昔話になっており、今日では生活者は「気に入った物にはお金をかけるが、不要なものは一切買わない」という消費の選別を覚えた「賢い生活者」となっている。また、少子高齢化、人口減少時代はそのまま「買い手の減少」を意味し、限られた買い手を巡って、各企業は顧客の囲い込みを図る、生き残り競争に入っているのだ。それらの事象からCRMの重要性はいささかも色あせていないことが分かるだろう。いや、むしろ増しているのである。

■CRMを巡る困った誤解
CRMという考え方は、いつの頃からか「LTV(Life Time Value =顧客生涯価値)」という言葉とセットで語られるようになっていた。各々の顧客が生涯にどの程度企業に利益をもたらすのかを把握(予想)し、その利益貢献度に応じた対応を行おうとするものだ。しかし、それは単なる概念論であり、実際には顧客の「生涯価値」の測定などできようはずもないことがわかる。そうしたキーワードがセットになっているおかげでCRMが怪しげなものと捉えられてしまうのである。LTVなど考えなくとも、CRM本来の「顧客に合わせた最適なケアを行い、取引を継続していただく」という主旨が変わることはないのである。
もう一つ、「取引の継続」ということから、どうしても企業は各々の顧客からの収益を「最大化」させようという思考が働いてしまう点が上げられる。これはCRMに限らず「優良顧客」という概念が、企業側から見た平板な捉えられ方であることに起因する。顧客側から見れば、例えその企業に愛着があれば、取引が年間に数回しかなく少額であったとしても、「自分はこの企業を継続利用し、かつ同業他社に乗り換えることなく取引をしている優良顧客である」と考えるだろう。「マインドシェア」という言葉がある。いわゆる市場全体のパイのうちどの程度自社が占有できているかという「市場シェア」ではなく、個々の顧客の心の中のシェアを高めようとする考え方である。前項の通り、少子高齢化、人口減という市場のパイが縮小している環境下では、市場全体のパイを食い合うという発想では結局はそのパイを獲得することはできないだろう。必要なことは、個々の顧客にきめ細かく対応し、例え大口の顧客でないとしても、それぞれの顧客に応じた適切なケアを行い、「選ばれ続ける」ことである。そうすることにより、結果として全体のシェアを維持することができるようになるという発想の転換が必要なのだ。

■企業は「選ばれる理由」を持っているか?
当連載の主旨は「顧客視点」である。その顧客の視点で自社の姿、自社の顧客対応を見直したとき、そこに顧客から「選ばれる理由」は存在しているだろうか。さらに「選ばれ続ける」理由は存在しているだろうか。従来のマーケティングの基本であった「セグメンテーション→ターゲティング」という考え方は、ともすれば自社の都合のよいように、市場全体を切り分け、その中からおいしそうな部分だけを切り取るという「自社中心の発想」になりがちである。しかし、ここまでの論説で既にその発想では今後企業は生き延びていくことはできないことが分かっただろう。そのためにも、今回紹介したCSやCRMなどの個々の顧客、そしてその心の中にフォーカスしたきめ細かな対応が必要となってくるのだ。

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