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2007.03.19

危険な「鈍感力」の一人歩き?

朝の電車の中、若いビジネスマン二人の会話。

A君:「俺、月曜って超ブルー。前にも言ったけど、上司が最悪で、ちょっとしたミスでクドクド言うわけよ。いっそ俺か上司か異動になればって思ってたんだけど、今回動かないんだよなぁ・・・。」
B君:「気にすんなよ。お前『鈍感力』って読んだか?鈍感力で何言われてもスルーしときゃいいんだよ」。

ほぉ。B君は読書する感心な若者なようだ。だが、ちょっと待ってくれ。「鈍感力」は「何言われてもスルーしときゃいい」って意味じゃないんじゃないか?

筆者の渡辺淳一氏が一番言いたかったのは、「自分の信念を貫き通すためには、周囲の中傷や諫言には耳を貸さずに、鈍感を装い事を為せ」ということではないのか?
A君は事の大小はともかく、仕事でミスをしているのならば、上司の言葉を「鈍感力でスルー」してしまったら、いつまで経ってもそのミスを繰り返すだろう。自身は成長しないし、会社も損失を被る。断じて「スルー」してはいけないはずだ。

そもそも、この「鈍感力」。キーワードとして危険すぎないだろうか。
「鈍感」と言われれば、明らかにネガティブな状態であるが、そこに「力」を付けると何やら正当性があるように感じられてきてしまう。

小泉元総理はいたくお気に入りのようだが、良くも悪くも彼には、いくつかの「明確なビジョン」があった。
そして、また、政策の是非はともかく、実際には「機を見るに敏」な人物であり、そんな彼が「鈍感を装う」ことは確かに「力」になったのだろう。

「鈍感」が「力」になるようなケースは小泉元総理のような場合だけであり、一般化は難しいはずだ。
それを、渡辺淳一氏はいくつもの例(かなり無理のある例も散見される)を用いて、かくも一般に適応できる「力」のように扱った。
その結果が、先の車中のA君のような意味の取り違いであり、さらに危険なのは、原書を読んでいない「鈍感力」というキーワードだけを与えられたB君のような存在が、便利なキーワードとしてさらに周囲に伝播させるだろうと言うことだ。

ただでさえ、昨今の日本人は「自己主張」ばかりが強くなり「他人に対する配慮」が足りなくなってきているように思う。
そんな中、本来人に配慮し「鈍感」であってはならないはずのところを、「これこそ力である」などと思いこむ輩が増えてはたまったものではない。

「悪書」とまでは言わないが、あまり売れて欲しくない本だと思っていたが、さすがに渡辺淳一氏。Amazonのランキングで現在32位である。
金森の評価としては上記の通りであるし、マーケティング関連でないからという理由ではなく、このBlogのお勧め書籍コーナーには掲載したくない本である。

このキーワードがあまり一人歩きし、定着しないことを祈りたい。


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