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4 posts from December 2006

2006.12.26

「車中にて~ぼやけた物事の境目を憂う~」

日経BizPlusの連載が更新されました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


今回、文中にて援用させていただいたは、前職・電通ワンダーマン時代の同僚で、現在は独立されている松尾順氏のブログです。
日々、有用な情報をメール&ブログで公開されているので頭が下がります。

http://www.mindreading.jp/blog/index.html


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------


 目の前で化粧をしている。口紅を少し直す程度ではない。フルメイクだ。ビューラーでまつ毛をカール。マスカラをたっぷり。・・・いや、筆者は女性の化粧姿をのぞき込んでいるわけではない。ここは電車の中。向かいの席でせっせと化粧にいそしむ姿は、いやでも目に入る。しかし、ここで車中の化粧だけをとがめているのではない。最近、電車の中の風景がどこかオカシイのだ。

■「自分だけの世界」に埋没する人々

 電車で化粧をするという行為。少し大きめの四角い折りたたみの鏡が若い女性の必携アイテムになったころから、彼女たちは堂々と車中で化粧をするようになった。鏡を取り出した瞬間に周りの人々の存在は意識から消え失せ、「自分だけの世界」に入り込んでいるのであろう。そういえば、車中でカメラ付き携帯電話をかざし、夢中で自分の顔を撮る姿もよく目にするようになった。

 「自分だけの世界」という意味では、ゲームに興じている人々もそうだ。ポータブルゲーム機を持ち歩いている本格派だけではない。深刻そうな顔をして携帯電話を見つめているビジネスマンの、視線の先の画面はゲームであったりする。これももはや、日常的な光景である。

 ゲーム以外に携帯電話をいじっているのはインターネット派だ。2003年に首都圏の鉄道各社が一斉に、優先席付近を除き携帯メールとWebブラウジングを解禁した。以来、身体は電車の中にありながら、心は携帯電話の画面を通じてその場にいない友人・知人の所に飛んでいってしまっている人が数多く出現した。

 かくして、公共輸送機関に乗り合わせた彼ら、彼女らは各々、「自分だけの世界」にいるか「心ここに在らず」の状態なのだ。何とも異様な光景ではないか。

■崩壊する“TPO”と“マーケティングの基本原則”

 Time, Place, Occasion 略してTPO。時と場所と場合に応じること。以前はよく使われていた言葉であるが、最近めっきり耳にしなくなったように思う。「自分だけの世界」「心ここに在らず」は、言い換えれば「いつでも・どこでも」自分に都合のよい時間と空間の感覚で行動していることを表している。つまり、TPOの逆である。昨今の風潮であり、技術の進化がそれをどんどん可能にしている。

 「いつでも・どこでも」はユビキタスのキーワードでもあり、あるモバイルマーケティングの専門家は、今日の状況を「生活者にアプローチする機会が無限に増えた」と喜んでいた。退屈極まりない通勤・通学手段である電車の車内が、大きな可能性を秘めたプロモーション空間になったと言うのだ。だが、本当にそうであろうか。

 TPOとは本来、その場に居合わせた人と人が、お互いを気遣うことで相互が快適に過ごすための最低限のルールである。しかし、人々が「自分だけの世界」か「心ここに在らず」で他者の存在を軽んじるようになれば、そのルールは崩壊する。

 このことは、マーケティング的に考えても大きな問題である。なぜなら、顧客に対する「時と場所と場合」に応じたアプローチは、効果を上げる必須要件であるからだ。電車の中だけではなく、自分中心で時間も場所も他者もお構いなしという人間が増えたら、どのようなタイミングで、どのようなアプローチを行うかという設計ができなくなってしまう。“Right timing, Right approach.”というマーケティングの基本原則が崩壊してしまうことを意味しているのだ。

■マーケティングへの影響

 分かりやすい事例を示そう。前述の通り、ターゲットとなる生活者のシチュエーションとタイミングをうまくとらえることは、マーケティングの要諦である。リクルート社のフリーペーパー「R25」について、あるマーケターが次のように分析している。(※)

 曰く『「R25」は、「帰りの電車の中で読んでもらう」ことを前提に作られている。最初の方のページは固い内容。そして、読み進めていくうちにどんどん話題がやわらかくなり、気持ちもオフタイムモードへ切り替わっていく。そして、自宅の最寄り駅に着くころには、ちょうどコンビニ関連の記事を読んだばかりになり、自然と地元の店に足が向く。家に着いたらR25の深夜番組表で見たい番組を探し、PCやケータイWebですぐに手に入る通販商品のページをチェックする。』

 つまり、同誌は生活者のライフタイルと心理変容を時間軸でとらえ、TPOに応じてその「文脈(context)」を適切に組み立てている。文脈とは本来、物事の脈絡や筋道、そして背景を表す言葉であり、人と人とのコミュニケーションにおいては相互理解のために欠かせない要素である。そして、マーケティングにおいては、売る側が顧客に「買うべき理由」を説明する大切なプロセスである。文脈が機能していれば、生活者を十把一絡(じっぱひとから)げにした絨毯(じゅうたん)爆撃的なマスアプローチではなく、一人一人に納得性も効果も高いアプローチをとることができる。昨今の技術の進化によって、かつてはできなかったこうしたOne to Oneのアプローチが、実現できるようになってきているのだ。

 しかし、TPOが崩壊し、帰りの電車で雑誌を読んだり、家に帰ってからテレビを見たりするとは限らなくなれば、One to Oneアプローチの機軸となる「精緻な文脈の設計」=「売る側と買う側の相互理解のプロセス」も成り立たなくなってしまう。そうなると、顧客への接触機会としてモバイルの出番が増えたとしても、適切なマーケティングを展開する機会を見つけ、効果を上げられる保証はない。モバイルマーケティングといえども、打てども響かぬ状況になりかねないのだ。

■関係性の喪失がもたらすもの

 鉄道各社が取り組んでいる「車内迷惑行為撲滅運動」。迷惑行為とは「痴漢」「破壊」「暴力」を指すが、「暴力」に発展しないまでも、車内でのトラブルを最近、随分と目にするようになった。乗客同士が、押されたの、荷物が当たったのと、ささいなことで諍(いさか)いになる。車内の混雑状況や、相手の荷物を持っている状況を考えれば致し方ないのではないかと思えるケースも多々ある。しかし、電車の中で、その場の状況を顧みず、自分だけの時間・空間の中に存在している人間にとって、自らの世界を侵されるような状況には、突発的に怒りが高まるようだ。

 物事の境目があいまいになっている。別の言い方をすれば、公私の別もあいまいになり、モラルが低下しているともいえるだろう。それは今日の社会を象徴してはいまいか。筆者はマーケターである故、マーケティングへの影響という観点から論じたが、社会全体に及ぼす影響を考えれば、決して看過すべからざる問題であるように思う。


 (※) 有限会社シャープマインド デイリーブログ「マインドリーダーへの道」から援用


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2006.12.23

「定番のヒミツ」第3回

日本実業出版社の季刊誌「ザッツ営業」好評発売中です。

ザッツ営業 http://www.njh.co.jp/that/that.html

同誌に連載中のコラム欄第3回が掲載されています。

以下、転載。

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「1世紀近くAIDEESを実践してきたL.L.Bean」

 前回、「AIDEES」という最近注目されている消費者行動モデルを紹介した。Experience(経験)し、対応の良さにEnthusiasm(惚れ込み)、人にShare(推奨)するというものだ。それを1世紀以上前に実現したのがL.L.Bean, inc.同社の根幹をなすポリシーが“Guaranteed You Have Our Word”である。今でこそ「100%顧客満足」を標榜する企業は多いが、その誕生物語を紹介したい。
 創業者はレオン・レオンウッド・ビーン。米国北西部メイン州の生粋のハンターでもあった。彼が、自らの経験を生かして開発・販売したのが「メイン・ハンティングシュー」。1912年のことである。作業用のゴム靴にレザートップを縫いつけた、ハンティング中に足が冷たく濡れることのない画期的な商品であった。
 彼は早速狩猟許可証保持者リストを元にチラシを発送。100足の注文を獲得した。しかし100足中、90足がゴムの靴底とレザーのトップがはがれてしまったと返品されてきた。これによってレオンは垣間見えた成功から一気に事業を失う危機に瀕したのだ。しかし、彼は顧客への約束通り全額を返金。さらに完全な商品を完成さると共に、どんな対価を払ってでも顧客を満足させるというポリシーを確固たるものにしたのである。
 その真摯な対応に顧客は心から満足し、同社の製品・サービスの質の高さを揃って喧伝した。まさに「AIDEES」である。
 L.L.Beanは現在日本でも数店舗を構え、日本語版カタログも数多くの人が利用し、有名になっている。同社が日本に進出したのも「AIDEES」の効果によるものだろう。20年ほど前の個人輸入ブームの頃、一部マニアが英語のカタログと格闘し、関税の計算に頭を悩ませながら、知る人ぞ知るブランド、L.L.Beanに触れた。当時は新鮮だったフリース素材の鮮やかな衣類や、何より確かな質感を持ったハンティング・シュー。それらを誇らしげに身につけ、日本の顧客もL.L.Beanを喧伝したのだ。筆者もその一人である。

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2006.12.04

販促会議「質問編」顧客視点”入門講座

12月1日発売の「販促会議1月号」が発売されましたので、
前号の記事をバックナンバーとして掲出いたします。

以前、当Blogに書き下ろした「PS3のプライシング」をきちんとまとめてみました。
実際に発売されてみると、やはりWiiの強さが際だっていますね。

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第8回「PS3に見るポジショニングとプライシングの難しさ」

 「マーケティング」というと「4Pですよね」という応えが返ってくるほど、そのキーワードは一般のビジネスパーソンの間にも浸透し始めている。平易なマーケティング入門書が数多く出版されている影響であろうか。しかし、「知っている」のと「実践できる」のでは大違いだ。そこで今回は、その4Pのうちでも非常にセンシティブな“Price”について考えてみたい。

■ソニー「PS3」値下げの衝撃
 「貴重なビジネスケース」と言ったら関係者の方はご立腹されるであろうが、お許し願いたい。この原稿が掲載される頃に発売直前となっているのだろうか。11月に発売されるソニー・コンピュータエンターテイメント(SEC)の「プレイズテーション3」(以下、PS3)が9月下旬に発売前に「予定価格を引き下げる」という異例の発表があった。それを聞いた瞬間に、筆者は「製品の価格決定プロセスを考える上で、非常に参考になるケースだ」と感じたのだ。
報道によれば、12月に発売が予定され、強力なライバルになると予想されている任天堂の「Wii」が2万円代前半の価格を予定しており、同じくライバルであるマイクロソフトの「Xbox360」も3万円を切る廉価版を11月に発売する。それに対してPS3は当初6万円を超える価格が設定されていたが、一気に5万円を切る価格に引き下げたのだ。ライバル製品との価格差が大きすぎるため、市場に受入れられないと苦渋の判断を下したのであろう。PS3はそもそも「ゲーム機」というポジショニングを「情報家電の中核」というポジショニングへシフトさせようとしていたはずだ。そのため、ハイスペック、ハイプライスという結果になったのだ。

■そもそも「プライシング」とはどうやって行なうのか
 では、一般に「モノの値段」とはどうやって決められるものなのであろうか。マーケティングにはあるセオリーがある。一つは「原価からの積み上げ」であり、もう一方は「需要予測からの設定」である。前者は製品をある一定数量作るときにかかるコスト=原価をベースとして、その原価にいくら利益を載せるかという考え方であり、後者は製品を購入してくれるターゲットが、いくらまでなら払ってくれるかという予測に基づくものだ。
 当然、前者の方が試算は簡単で、原価計算をきちんと行なえばおおよその価格は設定できる。後者は、その製品を使用することによって、購入者が得られる便益、例えば生産性の向上や、時間節約効果などを試算して、その効果に対して購入者が妥当と考える価格を設定する。この場合、前述の「購入者が得られる便益」というものを洗い出し、定量化するのはかなり困難な場合も少なくない。そのため、実際には場合、原価+望ましい利益を試算した上で、競合となる製品の価格と比較し、最終的な利益を調整するということになる。
 但し、今までに前例のないような画期的な新製品の場合、「競合となるような製品」がなく、また、ユーザーはその「画期的な点」に惹かれ、「ここまでのことができるなら、いくらまでなら払うだろ」というような予測に基づいたプライシングを行なう。つまり、PS3の場合は「ゲーム機を超えた画期的な存在」であると自社でポジショニングをし、その結果、ユーザーが様々な楽しみを得られるという便益に対して、高い販売価格でも購入するであろうと予測し、当初の価格設定を行なったと推測できる。

■「シェア確保」と「利益率確保」の天秤
 前述の通り、PS3の値下げは、当初「需要予測からの設定」でプライシングしたものの、市場の反応が芳しくないことから「競合製品との比較調整」によって値下げを行なったわけだが、プライシングにはもう一つ重要な判断基準が存在する。それが「シェア確保」と「利益率確保」の天秤なのである。
 当然、販売価格が安価な方が購入しやすいため、発売から短期間で大量販売が見込め、シェア確保が可能となる。これを「ペネトレーション・プライシング」という。豊富な資金力があり、流通コントロール力があれば確実に早期にシェア確保ができ、「薄利多売」でも結果的に大きな利益を上げることができる。また、低利益率に耐えられる体力のない後発の参入を抑制することもできる。しかし、コトはそんなに単純ではない。発売した製品が「思ったより売れなかった」などという事態になれば、投下した原価の回収さえままならなくなってしまうリスクもある。また、安く発売した製品の価格を引き上げることは容易ではない。
 そうなると、やはりシェアではなく、きちんと利益率を確保した方がよいのかという考え方が出てくる。シェアよりも利益率の確保を狙う考え方を「スキミング・プライシング」という。購入者が何らかの便益や魅力を製品に感じてくれると踏んで、たとえそうした購入者が数多くいなくとも、価格を受容してくれる人に高く買ってもらおうということである。そうすることによって、投下した原価の回収は最低でも回収でき、うまく製品が売れ続ければ良質な顧客層を確保し、確固たるブランドとして育つことも期待できる。しかし、こちらにもリスクがある。利益率が高い、つまり「おいしい市場がある」と競合となる企業がかぎつけた場合、同等の機能や価値を持った製品を、利益率を落として市場に投入してきた場合、元々大きくはないシェアはあっという間に浸食されてしまうことになる。また、対抗措置として値引きをすれば、泥沼の値引き合戦になり、体力のない方が倒れることになる。以上のように「ペネトレーション・プライシング」と「スキミング・プライシング」では全く逆の価格設定となり、想定されるリスクも全く異なる。
 では、自社の場合、どちらのプライシングを行なうべきかと悩んだ場合は、当然、定量的に試算を行なうことが重要であるが、本連載の第6回(10月号)で紹介した「5forcesモデル」で考えれば、自社と競合や新規参入の関係を把握することによって、おおよその方向性はつかめるだろう。

■再びPS3について考えてみる
 ゲーム機という製品の特性を考えれば、そのゲーム機が市場でどの程度シェアを持っているかによって、サードパーティーも含めて、ソフトの作り手をどれだけ吸引できるかが変わってくる。魅力のないソフトしかない、または使えるソフトが少ないゲーム機などには商品価値はない。そのため、「シェア」は非常に重要な意味を持つ。となれば、前述の「ペネトレーション・プライシング」で戦うのが定石だ。しかし、PS3は単なるゲーム機を超えたポジショニングを設定されていた。そうなると、ゲームだけに留まらない、ハイスペックな機能によって「購入者が得られる便益」が高いとすれば、それが認められれば高い価格でも市場に受入れられるという考え方も出てくる。
しかし、実際にはやはり、元来がゲーム機であり、コアユーザーはゲーム愛好家であるため、ライバル製品との価 格差が二倍~三倍となると、コアユーザーには受容しがたい価格としてとらえられ、断腸の思いで値下げを発表したのではないだろうか。筆者は以前から「ポジショニングの大切さ」を説いてきたが、正に今回のケースはPS3が従来機からのポジショニングチェンジという挑戦を図ったものの、それが市場に受入れられず、プライシングの見直しをせざるを得なくなったと読み取ることができる。

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2006.12.01

「人気動物園に学ぶ顧客ニーズ対応の極意」

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回はマーケティングのキモとは何かという、根源的なテーマを「動物園」を題材に掘り下げてみました。

文中、実は金森は高校時代「獣医を目指したこともある」という、少々恥ずかしい過去をカミングアウトしています。
高校一年の最後に、文系選抜クラスに進むか、理系選抜クラスに進むかの選択を迫られ、「獣医になりたい」などという夢見がちな少年であったため、理系を選択。が、すぐによくある「文系転び」をしたため、おかげで物理や数Ⅲなどの科目に泣かされました。。まぁ、今となっては思い出ですし、笑い話ですが。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm

----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

「人気動物園に学ぶ顧客ニーズ対応の極意」

 「『カメラをください』というお客様が目の前にいたら、その人はどんなニーズを持っているか分かりますか?」。筆者が教壇に立っている、ビジネススクールのマーケティング初学者向け講義の一コマだ。受講生から「写真を撮りたい」と答えが返ってくる。「そうですね。でもそれは、表面に現れている“顕在ニーズ”です。顧客心理を洞察するには、“潜在ニーズ”までとらえなければなりません。『写真を撮りたい』という場合、どんな潜在ニーズが考えられますか?」。少し間を置いて、「思い出を作りたい」「証拠を残したい」「趣味として写真を撮りたい」などの答えが挙がる。いずれも正解である。

 ここでのラーニングポイントは、「マーケティングの第一歩は顧客ニーズの深掘りから」だ。マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラーも著書「コトラーのマーケティング・コンセプト」(東洋経済新報社)で、「マーケティングの本来のスローガンは、『ニーズを見出し、ニーズを満たせ』というものである」と述べている。

■マーケティングの第一歩は「顧客ニーズの深掘り」

 転じて、昨今の様々なブームの中でも、「これは顧客の潜在ニーズをうまく引き出したな」と感心させられる例がある。大人も楽しめる人気スポットとして復活した、動物園である。 

 筆者は動物好きだ。子供の頃はテレビの動物番組や自然番組を毎晩観ていた。高校生の頃は獣医を目指したこともある。だが、動物園というものは大嫌いで、子供の頃親に連れて行かれたきり、最近まで全く足を運んでいなかった。狭苦しい檻の中に閉じこめられ、生気を失った動物。ストレスフルに意味もなくひたすらウロウロする姿。そんなものは見たくなかったのだ。

 動物園に来園する人のニーズは何か。「動物が見たい」である。しかしそれは“顕在ニーズ”。多くの人の“潜在ニーズ”は、「生き生きした動物の姿が見たい」であろう。

 その潜在ニーズにいち早く応えたのが、旭山動物園(北海道旭川市)だ。動物の姿形を見せることに主眼を置いた従来の展示方法に対して、同園では1997年度から、動物本来の生態や能力を引き出して見せる「行動展示」に取り組んでいる。そして、水中を空飛ぶように泳ぐペンギンを見渡せる水中トンネルや、ホッキョクグマと“獲物”の視点で対面できる透明カプセルなど、動物の自然な姿を間近で観察できる施設を次々と導入し、改良を重ねてきた。

 同園の夏場の月間来園者数は2004年以降、東京・上野動物園を抜いて日本一に躍り出た。現在でもその人気は衰えることを知らず、来園者数はうなぎ上りだ。「生き生きした動物の姿が見たい」という来園者の真のニーズをとらえた結果であることは間違いない。

■潜在ニーズに応えるための工夫の積み重ね

 対する上野動物園も負けてはいない。今年の春には5億円を投じ、クマの本来の住環境を再現する新しいクマ舎を整備した。ここでは木登りや餌を取る様子など、野生のクマ本来の生態はもとより、冬には冬眠する姿も見ることができる。筆者も久々に上野動物園に行ってみたが、確かにクマ舎は立派であり、かつてのような、檻に閉じこめられた悲惨な動物の姿とは全く異なっていた。

 もちろん、5億円といえば大金だ。資金力が豊富な自治体でなければ簡単に捻出(ねんしゅつ)できるものではない。だが、上野動物園で筆者は、顧客ニーズに応えるためにはお金に頼るだけが能ではないことも実感した。ほんのちょっとした工夫で動物が生き生きし、観覧者も楽しくなるような仕掛けを見つけたのだ――ふと、頭上を見ると、カナダヤマアラシが檻の柵を飛び出した木の股にちょこんと座っている。別の場所では同じく檻から外に大きく張り出した木の枝に、ホフマンナマケモノがぶら下がっている。逃げ出す心配のある動物ではないので、檻に閉じこめておく必要はないのだ。

 旭山動物園の水中トンネルも、上野動物園のクマ舎も、来園者のニーズに応えるべく、それなりの費用を投じたものだ。財政事情の厳しい自治体の動物園では「旭山のようにやりたくてもできない」という声も多いと聞く。だが、一方で上野動物園のヤマアラシやナマケモノの展示のように、ほんの小さな工夫で来園者のニーズに応えている例もあるのだ。

■イノベーションかカイゼンか

 動物園から再び転じてビジネスの話。モノが満ちあふれた今日、生活者のニーズはほとんど開拓されつくし、全く新しいニーズを喚起できるようなイノベーションこそ必要であるとも言われている。しかし、本当にそれだけが真実だろうか。

 例えば、ソニーは1979年に初代ヘッドホンステレオ「ウォークマン」1号機を発売した。録音機能なしでは売れないとの社内外の声に反して大ヒットとなり、新たなライフスタイルを創造したのは正にイノベーションだ。だが、それ以降、ソニーを含め、各社が競って軽量化したり、メディアをカセットテープからCD、MDと変えたりしたが、それらは全て「より手軽に音楽を持ち歩きたい」という顧客ニーズに応えたカイゼンである。そして、現在大ヒットしているiPodもソニーの「パーソナルオーディオ」という概念の延長であり、「より手軽に、より大量の音楽を持ち歩けるように」という顧客ニーズに応えたカイゼンだと解釈できる。つまり、「パーソナルオーディオ」というイノベーティブな概念が誕生して以来、27年間カイゼンを積み重ねることによって、市場を広げてきたのだ。考えてみれば先の動物園の例にしても、やはりそれはイノベーションではなく、飼育環境や展示方法の愚直なまでのカイゼンの結果にほかならない。

 我々の周りにも、掘り起こし損なっている顧客ニーズはないだろうか。また、それに十分対応できているだろうか。「難しい時代」「お金がない」などと嘆く前に、マーケティングの第一歩である「顧客ニーズの深掘り」をもう一度考えてみたいものである。動物園に負けてはいられない。

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