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2006.11.14

久々の書下ろし:「21世紀は傍観者の思考停止社会なのか」

「21世紀は傍観者の思考停止社会なのか」

 間もなく21世紀に入り5年が過ぎようとしている。21世紀という言葉の響きはかつて輝かしい時代の幕開けを連想させた。しかし、この5年で世情は急速に悪化しているのは誰もが思うことであろう。あたかもパンドラの箱が開かれたかのように次々と明るみに出る、虐め問題の激化、耐震偽装、メーカーのクレーム隠蔽、学校の履修単位偽装等々。「政府の無策」と一言で片付けてしまい、「そのうち誰かが何とかするだろう」と先送りを決め込んでいた我々自身が、いよいよツケを払わねばならない時が来ているのではないだろうか。
 前号の日経Biz Plusの連載(http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm)で、ハンデキャッパーに優先席を譲るという基本動作が励行されない事象を「傍観者効果」の醜行であると述べた。よく考えれば、こんな一つの出来事だけではなく、今日、世の中そのものが「傍観者社会」になっているのではと、ふと気付くのだ。

■「傍観者効果」はナゼ起こるのか
 社会心理学的には、前回紹介したラタネらの実験から「傍観者効果」が発生する原因は大きく以下の3つが存在されるとしている。
・責任分散:自分の他にも人がいることで、その場にいる援助可能者全てが自ら援助しないことの罪悪感が希薄になり、責任が分散することで非難も起こらなくなること。
・多元的無知:周囲の誰もが援助行動を起こさないことにより、目の前の事象は援助を必要とするほどの自体ではないと認識してしまうこと。
・聴衆抑制:要援助者が本当は援助を必要としていなかった場合や、自らの援助が失敗に終わったとき、その場の他者からの評価を懸念し援助行動が抑制されること。
 以上からすると、今日、傍観者効果が起こりやすい状況にあることがよくわかる。つまり現代は組織や社会が官僚化、専門化、細分化されている。すると、自己と他者が隔絶されていることから、日本古来の「阿吽の呼吸」や「言わずもがな」が働かなくなる。その結果、皆が「これは自分の責任ではない」という「責任分散」が起こったり、お互いの心内が判らず結果として「多元的無知」が起こったり、他者の評価を気にして「聴衆抑制」が起こったりするのだ。

■自らも「当事者」であると気付かぬ恐ろしさ
 傍観者効果は要援助者に対する非情としてのみ発生するのではない。自らも当事者であるにも関わらず、傍観者であると思いこんでしまう所に真の問題があるのだ。
 身に覚えはないだろうか。通行人の多い交差点で信号待ちをしている時、ふとやけに歩行者信号が切り替わるのが遅いなと思うと、実は押しボタン式のボタンを誰も押していなかった、というようなことを。また、路線バスで大勢が降りるはずの停留所が近づいているのに誰も停車ボタンを押さず、停留所の直前で慌ててボタンを押すと案の定、大勢がバスから一緒に降りたというようなことを。
 これらは全て「誰かが行動するだろう」と「責任分散」が起こっており、自らが当事者であるにもかかわらず、傍観者になっていた結果、不利益を被る結果になっているのだ。これが社会全体で起こっていたらどうなるのか。自らの不利益にも気付かず、何の行動も起こさない。そして社会全体が劣悪化していくのだ。現実に今日の世情がそれを如実に映し出している。世の中で起こっていることの多くは、その世の中の構成員である以上、自らにも必ず何らか関連があるという認識を持つことがまず必要なのだ。

■「官僚主義」が奪った「commitment」と「思考」
 自らを当事者と認知して何らかの行動を取るとしたら、最も簡単なのは「自分でやること」である。しかし、現実には行動を起こす人間は極めて少ない。何故か。それらは「傍観者」となった時点で、Commitmentを放棄しているからだ。Commitmentとは日本語で言えば、第一義には「関与」となる。その「関与」とは「ある物事にかかわりをもつこと」である。つまり、傍観者たる所以通り、自分は当事者であるにも関わらず、その事実から目を背け、関わりを持つことを拒絶してしまっているのである。
 筆者の推断では人々が「傍観者」となり、「commitment」を放棄してしまう理由は、この日本という国の不幸なしくみ(システム)によって生み出されていると考える。この国の歴史はある時から、イコール、タテ型社会あるいは官僚主義の完成に向けた進歩の歴史を刻んでいでる。本来の「官僚主義」=「悪」であるとは断じない。本来の官僚主義とは法や規制によって個人的な裁量を出来る限り制限することで、専横や情実を排することを旨としている。その思想は間違いではあるまい。日本が実質的に中央集権国家を志向した時点で何らかの、専横や情実を排するシステムは形成される必要があったからだ。
 しかし、実態としては「組織の構成員が、個別のケースに対して独自の裁量と責任で行動するのではなく、規則や前例、建前論を根拠に、画一的、形式的な対応をすること」=「官僚主義」と言われるようになった。独自の判断で行動して責任を追及されることを避けるという保身のため、結果として事ある毎に短絡的な「・・・できない」というネガティブな結論を導出する。熟考せずにネガティブな結論に到達する。それは「思考停止」以外の何ものでもない。自らの頭脳を十分に働かせる前に責任を上へ上へと擦り付けていく体質がこの国には染み付いてしまっている。擦りつけたあとは「傍観者」決め込むのである。
 特に、昨今の耐震偽装、メーカーのクレーム隠蔽、学校の履修単位偽装など、当事者が多数存在する場合は責任の所在が拡散してしまっている。つまり傍観者効果における「責任分散」と「多元的無知」の状態になってしまっているため、「責任の擦りつけが公然となっているシステムの構成員」にとっては極めて居心地のよい世界になっているのだ。

■Commitmentの回復と思考停止からの脱却を
 現代日本人の特質として、「傍観者」がはびこり、傍観者は「Commitment」=「関与(ものごととの関わり)」を放棄していると述べた。加えて、Commitmentには関与以外に執行・実行の意も含まれている。つまり、誰も現実に目の前で起きている出来事に関わりを持たず、誰も手を動かさないという状態を「Commitmentの放棄」として考えれば一層今日の状況が判りやすいだろう。それはもはや、現代日本人の習慣となってしまっているのだ。
 しかし、皮肉なことにCommitmentはCommunicationと語源を同じくする。これだけコミュニケーションの手段が多様化され、特に携帯文化にメール依存症、SNS中毒を生み出すまでに、人とつながること、コミュニケーション好きの日本人が、語源を同じくする一方のCommitmentは放棄し、思考停止に陥ってしまっているのである。何とも皮肉な光景としか言いようがない。
 最後に、19世紀に活躍したイギリスの哲学者・経済学者の言葉を紹介したい。ここから学ぶべきは、この現代社会が何らかの問題を抱えていると認識したのなら、それを他人の責任に転嫁するという習慣を打破し、Commitmentを取り戻し、何かできることから自律的に行動するということが第一歩だということある。
「人間の自由を奪うものは、悪法よりも暴君よりも、実に社会の習慣である。
 ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill・1806~1873)

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Posted by: maxi dresses | 2013.10.21 06:40 PM

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