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2006.10.05

ニート対策には"体験"しかない!~全ての学生にインターンシップを~

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回は「ニート対策」という大それたテーマに挑んでみました。
しかし、ニートが問題になる一方で、大学の教壇に立っていると、
自分がバブル時代の学生だった頃と比べて「みんな真面目だなー」と思います。

そんな彼らの将来が明るいものになるようにと、原稿を願いながらしたためました。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

筆者の自宅最寄り駅は「東京で一番、駅前にパチンコ、パチスロ店が多い駅」という、何となくありがたくない異名を持っている。そして、通勤時間帯にはそれらの店のシャッター前に、良い席を取らんとするマニアの行列ができている。駅に向かう通勤族と列をなすギャンブル族――。もう何年も前からの地元の光景だ。

 しかし、その光景にここ数年、明らかな変化が起きている。ギャンブル族の低年齢化が顕著なのだ。世間で言うところの「フリーター」や「ニート」と化した若年層が、ギャンブル族の仲間入りをしているらしい。筆者は毎朝駅に向かう度に、列なす彼らの姿を見て、今日の若年層の労働問題を実感するのである。

■「若者」と「働くこと」との大きなギャップ

 筆者は現在、青山学院大学経済学部の非常勤講師として、「産業論(ベンチャービジネスとマーケティング)」の講義を持っている。日ごろ学生と接していて感じることは、「何のために働くのか分からない」「自分が何をしたいのか分からない」という気持ちが彼らには非常に強いということだ。そんな状態のまま、知名度や目先の業績だけで会社を選び、結果的に「自分が本来求めていた仕事と違う気がする」という「ミスマッチ」を感じているケースも後を絶たない。

 16世紀のキリスト教宗教改革の指導者であるジャン・カルヴァンの思想に「職業召命観」がある。「職業とは神の与えた使命であり、その結果としての富は神祝福である」という考え方だ。「職業」を表すドイツ語のBeruf(ベルーフ) はもともと「神の思し召し」という意味なのだ。ここでは働くということは当然であり、迷いは生じない。

 一方、筆者が社会人デビューしたバブル時代は、就職活動の苦労はなく、初任給も高かった。残業代も青天井。経済全体が好調だったため、全てが好循環しており、マーケティングプランは面白いようにクライアントに承認され、営業成績も上がった。

 翻って、今日の三十代以降の世代。就職活動は今でこそ売り手市場に転じたものの氷河期が長く続き、賃金も上がらず、残業代カットは当たり前。労働の機会と対価(成功体験)に恵まれなかった世代と言えよう。さんざん会社に忠義を尽くしてきた親世代のリストラも目にする。彼らにしてみれば、働くことは当たり前でもなければ、何か確かな見返りが約束されているわけでもない。「働く」ことに対する実感や動機が希薄なのも、無理もないことなのかもしれない。

■あなたは何のために働いていますか?

 では、人はそもそも何のために働くのだろうか。当連載で何度か紹介したアブラハム・マズローの欲望段階説に当てはめて、「働く意義」を考えてみよう。これは、人間の欲望を五段階のピラミッドに見立て、底辺の欲求が満たされると、一段上の欲求を満たそうとするという説だ。

 まず、第一段階目の「生理的欲求」は、衣食住のような、生きていく上での最低限の根源的欲求である。働くということから考えれば、「食うため、生きていくため」の労働である。第二段階目の「安全欲求」では、食いっぱぐれることのない、安定した職を求める。第三段階目は「親和欲求」。つまり他人とかかわりたい、他者と同じようにしたいなどの「集団帰属の欲求」で、会社組織に属し、皆と一緒に働くことに喜びを見出す。そこでその仕事自体に喜びを見出せるようになれば、第四段階目の「自我の欲求」へと進む。これはつまるところ、自分の能力を人から認められたいという欲求なので、自分が属する集団、つまり会社組織などの中で価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める「認知欲求」と言い換えられる。

 ちなみに、第五段階目は「自己実現の欲求」。つまり自分の能力、可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を追求する欲求であるが、さすがにここまで至るのは簡単ではない。まずは第三段階を経て、「働くことの意味を認識し、他者とのかかわりの中で自分の仕事にやりがいを見出す」第四段階へ至ることが重要だろう。

■インターンシップが注目されているが・・・

 このような「働くことの意味」は、いくら考えてもダメで、実際に「体験」して「実感」するしかない。そこで筆者は、毎年学生にインターンシップへの参加を勧めている。いくら講義で言葉を尽くすよりも、実際に自分自身で働くということを「体験」する方が、彼らの疑問を解くことになるからだ。

 ただし、現行のインターンシップはムード先行で、効果的な方法論が確立しているとは言いがたいのが実情だ。大学においては、各校でインターンシップが単位の対象になったりならなかったりと、力の入れようの差が大きい。企業で体験できる内容もバラバラだ。ある有名企業ではインターンシップと称しているものの、夏休みにわずか一週間ばかり学生を集め、社員が講義形式の座学を重ね、最後に形ばかりの「演習」と称して、企画書の作成を行うだけのプログラムを実施している。このような内容では参加者は実務に触れた実感に乏しく、「集団帰属」や「認知欲求」の境地の疑似体験は望めない。

 企業にとっては「優秀な学生に事前に唾を付けておきたい」、学生にとっては「就職希望先の企業に顔を売っておきたい」という打算が働いている面も否めない。これでは、本来の就業体験という目的がおざなりになり、単なる面接の延長になりかねない。

■全ての学生に“実のある”インターンシップを

 筆者の前の職場でもインターンシップを受け入れていたが、大学生には夏休みを丸々仕事に費やしてもらい、基礎知識を学んだ後は社員に交じり、実際の業務を担当させた。ある者はクライアントに実際納品する調査レポートの作成を担当し、またある者は競合プレゼンテーションの企画書を作成するなど、重要業務の主担当にしてしまうのである。そうすれば、レポートが納品され請求書を起こすときの満足感、プレゼンで業務が獲得できたときの喜びや、逆に獲得できなかったときの悔しさが、「実体験」となる。同時に周りでは、上司に褒められたり、時には本気で怒られたりしながら働く社員達の姿も目にする。そんな体験は確実に彼ら、彼女らの血肉となったはずだ。

 インターンシップはニート予備軍の若年層が、現実のビジネスの場に身を置き、内面に眠る働くことへの欲求に目覚め、「やりたいこと」を明確にするための絶好の機会だ。もちろんインターンシップを導入すれば若者の労働問題の全てが解決するというわけではないが、少なくとも「実際の企業環境の中で実業務を自らの力でこなし、その結果まで体感する」というレベルでなければ、そうした効果は期待できない。「働く意味」や「やりたいこと」が分からないまま適当に就職し、ドロップアウトしてニート化する芽を摘むこともできない。

 文部科学省は、2007年度から全国200の公立高校に民間からの「キャリアカウンセラー」を登用し、学生の職業意識の向上を図るという。その一環としてインターンシップも組み入れられるようだ。就職後3年以内の離職率は大卒3割に対して高卒は5割とさらに高い。うまく運用すれば、この取り組みは文部科学省のヒット作になるのではないだろうか。早期に結果を検証したうえで、方法論を確立し、大学も含めて全学生に機会を広げるべきだろう。一部の企業と個人のマッチングにとどまらず、若者と仕事の「橋渡しの場」としての社会的役割を積極的に担うべく、インターンシップの質量両面からの拡充に官民挙げて取り組むことが望まれる。

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