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2006.10.31

「にわかハンディキャッパーの目から見た体験的バリアフリー」

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回は「転んでもただ起きない」というわけではないのですが、
この夏の怪我・退院以降の体験をネタにしてしまいました。
いつもの「タウン・ウオッチからの考察」よりも「当事者の視点」です。

ただ、行数の関係で簡略化したため、本当に「体験記」の色合いが強くなり過ぎた感もありますので、
本文の後から、理論編を補足します。最後までお読みいただけますようお願いします。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

 前々回、「病床にて」と題し、事故で入院した経験を基にサービスの在り方を再考した。その後退院し仕事を再開したものの、まだ松葉づえが手放せない状態が続いている。

 今まで大きなけがをしたことがなかった筆者にとって、「にわかハンディキャッパー」となってから、見慣れた日常風景は一変した。道を歩けばアスファルトの凹み、歩道の継ぎ目の一つ一つが容赦なく松葉づえの先を引っかける。広い幹線道路では、歩行者用信号の短さに慌てておろおろする。そんな驚きと苦難の毎日だ。今回は、高齢化の進展とも相まって社会のキーワードの一つになった感のある「バリアフリー」について、1カ月余りの松葉づえ生活を通して気づいたことをつづってみたい。

■バリアフリーは道半ば
 筆者は歩道の形状がハンディキャッパーにとって大きな障害になることを、身をもって知った。例えば、車道より10センチほど高く盛り土された、よくあるマウントアップ形式の歩道。その歩道上に、車の乗り入れのための斜面を作ると、車庫のある建物が連続している箇所などでは、歩道が波打っているような状態になる。

 退院間もない筆者が車椅子の世話になっていたときのこと。出張先でとあるビルの裏口から出ようとすると、そこは正に「波打ち歩道」であった。筆者は強行突破しようとして、車椅子ごと転倒。守衛があわてて飛んできて、表通りまで運んでもらうという一幕を演じた。この「波打ち歩道」は、国土交通省の「交通バリアフリー法」でも、改善すべき項目の一つに挙げられている。

 鉄道では下りの階段が鬼門だ。けがをするまでは、上りエスカレーターは階段より確かに楽で助かるが、下りエスカレーターの重要性はさほど感じていなかった。しかし、松葉づえを使った経験のある方であればお分かりであろう。階段は下りこそ恐怖であり、昇降の難易度は上りよりはるかに高い。ここ数年で上りだけだったエスカレーターに下りが増設されたり、エレベーターが設置されたりしているが、まだまだ整備は十分でないことを実感する。

 立派な構えのオフィスビルや瀟洒(しょうしゃ)なマンションのエントランスに必ず使用されている、ツルツルの大理石素材もくせ者だ。雨などで少しでも濡れていようものなら、松葉づえをついた途端に滑って転倒が免れない。転んだ痛みと、起き上がれずにジタバタしている自らの情けない姿に、心底泣けてくる。建物のバリアフリー化については、平成15年4月1日に施行された「ハートビル法」に様々な「建築設計標準」が定められ、建物の出入口についても「高齢者・障害者等が、安全かつ円滑に通過できること」と示されている。見た目重視のデザインはそろそろ見直すべきではないか。

■思わぬ天敵「自転車」
 一見バリアフリーとは関係のないような事象が、ハンディキャッパーには大きな障害になることにも気づいた。最大の天敵は「自転車」である。「動かざる天敵」として、駅前には違法駐輪が群れをなしている。ただでさえ狭い道に無秩序な違法駐輪の列。何度も松葉づえを引っかけそうになる。

 しかし、もっと恐ろしいのが「襲い来る天敵」、無謀運転自転車である。調べによれば、昨年1年間の自転車が関連した事故の死傷者は18万6,000人。10年前の約1.4倍に上り、中でも自転車が歩行者をはねたケースは5倍近くに達するという。

 特に、松葉づえ歩行と自転車は相性が良くない。松葉づえ歩行はどうしても身体の両脇につえをつくため幅を取る。ろくに前を見ずにとにかく人のすき間を高速ですり抜けようとする自転車には、その広がっているつえが見えないようだ。筆者も思いきりつえを引っかけられ、はね飛ばされて転倒した。自転車は声をかけることもなく走り去った。

 自転車は道路交通法では「軽車両」と定義される、立派な車なのだ。筆者をはねた運転者は「歩行者とぶつかり、そのまま走り去った場合、1年以下の懲役または10万円以下の罰金」という道交法の罰則を知っているのだろうか。

■集団心理という「バリア」
 電車の中では、「優先席を譲る」という行為があまり励行されていないことを実感した。松葉づえをついた筆者が席を譲られる確率は3割ほどであろうか。どう見ても健康そうな乗客が座ったまま、一声もかけてもらえないことも多い。揺れる電車の中で、片足と松葉づえで踏ん張りながら、以前読んだ社会心理学の学説、「傍観者効果」を思い出した。

 1963年にニューヨークのビルの谷間で女性が変質者に襲われ殺害されたとき、叫び声で異変を知った人は38人。しかし、彼女を助けに向かった人はおろか、警察に通報した人すら1人もいなかった。社会心理学者、ビブ・ラタネは、要援助者と1対1のときには他に助ける人がいないため、すぐに助けに向かうが、他にも誰か助けられる人がいる場合には、責任分散が起こり、結局誰も助けに向かわないと考えた。そして「他者の存在が援助行動を抑制する」現象を「傍観者効果」と名づけたのだ。

 優先席が6人分あることで、この「傍観者効果」が作用していたとしても、何とも寂しい気持ちになるのは止められない。使い古されたフレーズだが、都会の非情さが身に染みるというところだろうか。

■「心のバリアフリー」を考える
 以上、にわかハンディキャッパーとしての、体験的バリアフリーの観察記録である。ハード面のバリアフリーに関しては、ここ数年で法律整備のおかげもあってか、一見、急速に進みつつあるように見える。しかし、まだ本当に必要な人が困らないレベルに達しているとは言えないし、整備の内容も、必ずしも必要とする人の視点に立っていない。

 また、言うまでもなく、バリアフリーは道路や建物のようなハード面や、法律や取り締まりだけの問題ではない。誰しもの中にある「心のバリア」を解消しないことには、本当の意味でバリアフリー社会を実現することはできない。

 高齢になる前でも、筆者のように不慮の事故である日突然、自分自身が「要援助者」となる可能性は誰にでもある。労働人口が減少し、高齢化が進むこれからの社会はとりわけ、ハンディを持った人をより積極的に労働の場に迎え入れることが望まれる。誰もが「冷淡な傍観者」であり続けることはできないはずだ。

 ちなみに、松葉づえ生活はまだ2カ月続く。この機会に今まで気づかなかったハンディキャッパーの視点から、いろいろと街を眺めてみようと思う。


----------------<以下補足・データ編と理論編>-----------------------

以上が本文でしたが、「自転車に跳ねられた」のくだりでは、「あの危ねぇ自転車、何とかしてくれよぉ~」という感じでまとまっていますが、金森としては以下のような対策が有効だと思っています。

■この違法駐輪や無謀運転自転車の問題は、条例や法律に則れば、撤去や取り締まりが可能だ。しかし、専ら違法駐輪の問題は「街の美観」という観点が強調されているように思うが、もっと切実なバリアフリー化の観点からも撤去を徹底してもらいたいものだ。確かに、撤去しても撤去しても違法駐輪は止まない。無謀運転は日常化している。しかし、そこはかつてニューヨーク市でジュリアーニ元市長の「割れたガラス理論」を見習って欲しい。当時ニューヨークでは、割れたガラスをすぐに修復すること、落書をすぐに消すことなど一見単純と思われることを犯罪防止の観点から行った。ガラスは割られてもすぐに修復し、落書きもいくら書かれてもすぐに消す。その徹底ぶりがポイントだったのだ。その結果、全米の都市で犯罪発生件数が増加しているのに対して、ニューヨークではそれが減少に向かったという実績を残しているのだ。

次に、心のバリアのくだり、「なぁ、優先席、替わってくれよ~。やっぱり松葉杖だと辛いんだよぉ~」的に伝わると困るので、ここも理論編の補足を。

■ラタネの実験について:被験者を各々個室に入れ、お互いにインターホンで会話をさせておきながら、そのうちに、サクラである一人が異変を示す。その際、サクラと被験者が1対1から1対6の関係で、異変を知って助けに行った割合の変化をみた。結果は、1対1では85%が異変に気付きすぐに行動し、すぐにではないが行動を起こした場合も入れれば100%が援助行動を起こしたのに対し、1対6ではすぐに行動を起こしたのは31%、そして最後まで行動を起こさなかった者が38%もいるという結果であった。ラタネは相手と要援助者が二人だけのときには、自分一人しか助ける人がいないため、すぐに助けに向かうが、他にも誰か助けられる人間がいる場合には、責任分散が起こり、結局誰も助けに向かわないという結果となったと考えた。そして、「他者の存在が援助行動を抑制する」現象を「傍観者効果」と名付けた。
 列車の端にある優先席は6席。松葉杖の金森が席を譲られる確率は3割。正にラタネの実験結果、1対6の場合に似た割合。こんなところで検証できてしまった。

以上、まぁ、何かと不便ではありますが、新しい発見もあります。年内は松葉杖生活が続きますが、頑張っていこうと思っています。

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