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9 posts from October 2006

2006.10.31

「にわかハンディキャッパーの目から見た体験的バリアフリー」

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回は「転んでもただ起きない」というわけではないのですが、
この夏の怪我・退院以降の体験をネタにしてしまいました。
いつもの「タウン・ウオッチからの考察」よりも「当事者の視点」です。

ただ、行数の関係で簡略化したため、本当に「体験記」の色合いが強くなり過ぎた感もありますので、
本文の後から、理論編を補足します。最後までお読みいただけますようお願いします。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

 前々回、「病床にて」と題し、事故で入院した経験を基にサービスの在り方を再考した。その後退院し仕事を再開したものの、まだ松葉づえが手放せない状態が続いている。

 今まで大きなけがをしたことがなかった筆者にとって、「にわかハンディキャッパー」となってから、見慣れた日常風景は一変した。道を歩けばアスファルトの凹み、歩道の継ぎ目の一つ一つが容赦なく松葉づえの先を引っかける。広い幹線道路では、歩行者用信号の短さに慌てておろおろする。そんな驚きと苦難の毎日だ。今回は、高齢化の進展とも相まって社会のキーワードの一つになった感のある「バリアフリー」について、1カ月余りの松葉づえ生活を通して気づいたことをつづってみたい。

■バリアフリーは道半ば
 筆者は歩道の形状がハンディキャッパーにとって大きな障害になることを、身をもって知った。例えば、車道より10センチほど高く盛り土された、よくあるマウントアップ形式の歩道。その歩道上に、車の乗り入れのための斜面を作ると、車庫のある建物が連続している箇所などでは、歩道が波打っているような状態になる。

 退院間もない筆者が車椅子の世話になっていたときのこと。出張先でとあるビルの裏口から出ようとすると、そこは正に「波打ち歩道」であった。筆者は強行突破しようとして、車椅子ごと転倒。守衛があわてて飛んできて、表通りまで運んでもらうという一幕を演じた。この「波打ち歩道」は、国土交通省の「交通バリアフリー法」でも、改善すべき項目の一つに挙げられている。

 鉄道では下りの階段が鬼門だ。けがをするまでは、上りエスカレーターは階段より確かに楽で助かるが、下りエスカレーターの重要性はさほど感じていなかった。しかし、松葉づえを使った経験のある方であればお分かりであろう。階段は下りこそ恐怖であり、昇降の難易度は上りよりはるかに高い。ここ数年で上りだけだったエスカレーターに下りが増設されたり、エレベーターが設置されたりしているが、まだまだ整備は十分でないことを実感する。

 立派な構えのオフィスビルや瀟洒(しょうしゃ)なマンションのエントランスに必ず使用されている、ツルツルの大理石素材もくせ者だ。雨などで少しでも濡れていようものなら、松葉づえをついた途端に滑って転倒が免れない。転んだ痛みと、起き上がれずにジタバタしている自らの情けない姿に、心底泣けてくる。建物のバリアフリー化については、平成15年4月1日に施行された「ハートビル法」に様々な「建築設計標準」が定められ、建物の出入口についても「高齢者・障害者等が、安全かつ円滑に通過できること」と示されている。見た目重視のデザインはそろそろ見直すべきではないか。

■思わぬ天敵「自転車」
 一見バリアフリーとは関係のないような事象が、ハンディキャッパーには大きな障害になることにも気づいた。最大の天敵は「自転車」である。「動かざる天敵」として、駅前には違法駐輪が群れをなしている。ただでさえ狭い道に無秩序な違法駐輪の列。何度も松葉づえを引っかけそうになる。

 しかし、もっと恐ろしいのが「襲い来る天敵」、無謀運転自転車である。調べによれば、昨年1年間の自転車が関連した事故の死傷者は18万6,000人。10年前の約1.4倍に上り、中でも自転車が歩行者をはねたケースは5倍近くに達するという。

 特に、松葉づえ歩行と自転車は相性が良くない。松葉づえ歩行はどうしても身体の両脇につえをつくため幅を取る。ろくに前を見ずにとにかく人のすき間を高速ですり抜けようとする自転車には、その広がっているつえが見えないようだ。筆者も思いきりつえを引っかけられ、はね飛ばされて転倒した。自転車は声をかけることもなく走り去った。

 自転車は道路交通法では「軽車両」と定義される、立派な車なのだ。筆者をはねた運転者は「歩行者とぶつかり、そのまま走り去った場合、1年以下の懲役または10万円以下の罰金」という道交法の罰則を知っているのだろうか。

■集団心理という「バリア」
 電車の中では、「優先席を譲る」という行為があまり励行されていないことを実感した。松葉づえをついた筆者が席を譲られる確率は3割ほどであろうか。どう見ても健康そうな乗客が座ったまま、一声もかけてもらえないことも多い。揺れる電車の中で、片足と松葉づえで踏ん張りながら、以前読んだ社会心理学の学説、「傍観者効果」を思い出した。

 1963年にニューヨークのビルの谷間で女性が変質者に襲われ殺害されたとき、叫び声で異変を知った人は38人。しかし、彼女を助けに向かった人はおろか、警察に通報した人すら1人もいなかった。社会心理学者、ビブ・ラタネは、要援助者と1対1のときには他に助ける人がいないため、すぐに助けに向かうが、他にも誰か助けられる人がいる場合には、責任分散が起こり、結局誰も助けに向かわないと考えた。そして「他者の存在が援助行動を抑制する」現象を「傍観者効果」と名づけたのだ。

 優先席が6人分あることで、この「傍観者効果」が作用していたとしても、何とも寂しい気持ちになるのは止められない。使い古されたフレーズだが、都会の非情さが身に染みるというところだろうか。

■「心のバリアフリー」を考える
 以上、にわかハンディキャッパーとしての、体験的バリアフリーの観察記録である。ハード面のバリアフリーに関しては、ここ数年で法律整備のおかげもあってか、一見、急速に進みつつあるように見える。しかし、まだ本当に必要な人が困らないレベルに達しているとは言えないし、整備の内容も、必ずしも必要とする人の視点に立っていない。

 また、言うまでもなく、バリアフリーは道路や建物のようなハード面や、法律や取り締まりだけの問題ではない。誰しもの中にある「心のバリア」を解消しないことには、本当の意味でバリアフリー社会を実現することはできない。

 高齢になる前でも、筆者のように不慮の事故である日突然、自分自身が「要援助者」となる可能性は誰にでもある。労働人口が減少し、高齢化が進むこれからの社会はとりわけ、ハンディを持った人をより積極的に労働の場に迎え入れることが望まれる。誰もが「冷淡な傍観者」であり続けることはできないはずだ。

 ちなみに、松葉づえ生活はまだ2カ月続く。この機会に今まで気づかなかったハンディキャッパーの視点から、いろいろと街を眺めてみようと思う。


----------------<以下補足・データ編と理論編>-----------------------

以上が本文でしたが、「自転車に跳ねられた」のくだりでは、「あの危ねぇ自転車、何とかしてくれよぉ~」という感じでまとまっていますが、金森としては以下のような対策が有効だと思っています。

■この違法駐輪や無謀運転自転車の問題は、条例や法律に則れば、撤去や取り締まりが可能だ。しかし、専ら違法駐輪の問題は「街の美観」という観点が強調されているように思うが、もっと切実なバリアフリー化の観点からも撤去を徹底してもらいたいものだ。確かに、撤去しても撤去しても違法駐輪は止まない。無謀運転は日常化している。しかし、そこはかつてニューヨーク市でジュリアーニ元市長の「割れたガラス理論」を見習って欲しい。当時ニューヨークでは、割れたガラスをすぐに修復すること、落書をすぐに消すことなど一見単純と思われることを犯罪防止の観点から行った。ガラスは割られてもすぐに修復し、落書きもいくら書かれてもすぐに消す。その徹底ぶりがポイントだったのだ。その結果、全米の都市で犯罪発生件数が増加しているのに対して、ニューヨークではそれが減少に向かったという実績を残しているのだ。

次に、心のバリアのくだり、「なぁ、優先席、替わってくれよ~。やっぱり松葉杖だと辛いんだよぉ~」的に伝わると困るので、ここも理論編の補足を。

■ラタネの実験について:被験者を各々個室に入れ、お互いにインターホンで会話をさせておきながら、そのうちに、サクラである一人が異変を示す。その際、サクラと被験者が1対1から1対6の関係で、異変を知って助けに行った割合の変化をみた。結果は、1対1では85%が異変に気付きすぐに行動し、すぐにではないが行動を起こした場合も入れれば100%が援助行動を起こしたのに対し、1対6ではすぐに行動を起こしたのは31%、そして最後まで行動を起こさなかった者が38%もいるという結果であった。ラタネは相手と要援助者が二人だけのときには、自分一人しか助ける人がいないため、すぐに助けに向かうが、他にも誰か助けられる人間がいる場合には、責任分散が起こり、結局誰も助けに向かわないという結果となったと考えた。そして、「他者の存在が援助行動を抑制する」現象を「傍観者効果」と名付けた。
 列車の端にある優先席は6席。松葉杖の金森が席を譲られる確率は3割。正にラタネの実験結果、1対6の場合に似た割合。こんなところで検証できてしまった。

以上、まぁ、何かと不便ではありますが、新しい発見もあります。年内は松葉杖生活が続きますが、頑張っていこうと思っています。

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2006.10.29

センター・アイデンティティーの確立に向けて:第2回

LCAコミュニケーションズ社が発行しているコンタクトセンターの専門隔月誌「コンタクトセンターマネジメント」の連載、この連載は、金森の自説をコンタクトセンター向けにまとめ直して発表しています。

しかしながら、前号では入院騒ぎで第3回を休載し、今、一号飛ばした穴埋めの原稿をようやく書いています。

で、第2回をBlogに掲出することを忘れていたのも思い出しましたので、遅ればせながらお届けいたします。

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第2回「センター・アイデンティティー構築の準備作業」

■魔法の呪文のその前に・マーケティング環境分析
 前回はマーケティングとコンタクトセンターの歴史を振り返り、センターの今日置かれた企業内でのポジションを整理した。コンタクトセンターは企業内において、顧客情報を一元的に扱い、各部門と連動して一人の顧客に一貫性と整合性のある対応を行うためのハブとなるべき存在である。しかし、「苦情処理」や「受注処理」といった、処理中心の「業務をこなす」ことだけが求められてきたコンタクトセンターの出自そのものが、本来的な位置づけからの乖離を招いている。結果としてセンターに勤務するコミュニケーターやスーパーバイザーといった現場スタッフが、高いレベルでモチベーションを維持するということが困難な状況にあるのが現状である。そのため、現場スタッフに顧客対応の重要性を理解させ、各々の業務の重要性を認識させることで鼓舞し、高いモチベーションを持って業務に向かわせるためには何らかの精神的支柱が必要である。その精神的支柱となるのがセンター・アイデンティティーという考え方であると述べた。
 しかし、センター・アイデンティティーは一瞬で現状を激変させる、「魔法の呪文」ではない。ステートメント化(明文化)するためにはまず、準備作業が必要だ。センター・アイデンティティーはセンターの現状を的確にとらえた内容でなければならない。故に、まず環境分析が必要となる。環境分析はマーケティングの基本的なフレームワークに沿って現状の洗い出しを行っていくワークである。実際にワークはセンターに勤務するスーパーバイザーやコミュニケーターを巻き込み、作業のプロセスを共有することが肝要である。最終的な成果物であるステートメント化されたセンター・アイデンティティーの基礎となる分析段階から参画させることによって、より納得感を醸成できるからだ。センター勤務者全員を参加させることはできないであろうが、その場合でも現場スタッフが参画しているという事実と、作業プロセスを開示し、共有することが重要である。

■環境分析を実行する
 では、具体的な環境分析の実行方法に話を進めよう。図1にあるような表を作り、まず、各々の項目がどのような環境にあるのかを列挙し、事象のプラス面とマイナス面を埋めていく。より自社の置かれた環境を明確にするために、自社との対比で「競合」の要素も盛り込むとよい。1_3

 まず、センターのことだけではなく、自社を取り巻く外的な環境を大きく分析していく。マクロ分析の典型的なフレームワークである「PEST分析」を用いる。「PEST」とは、P= Political:関連法案や規制など、政治的な影響はないか。E = Economical: 自社を取り巻く経済環境はどうなのか。好景気であればよい業種ばかりではない。また、自業界の先々の経済見通しも需要だ。S = Social:経済情勢だけでなく社会情勢全般を見渡すことが重要だ。人口動態や人々の関心に登っている社会問題など考慮せねばならない。T = Technological:現状の技術的な側面はどうなのか。自社にとって優位な技術、脅威となる技術などを明確にしておくことが重要だ。
 次に自社のごく周辺の環境を洗い出す。ミクロ分析といわれるもので、フレームワークとしては「3C分析」を用いる。3Cとは、市場(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の頭文字を取ってている。Customerは自社顧客だけを意味するのではなく、市場に広く存在する、顧客となりうるべき生活者を意味している、その意味からは「市場」という日本語訳の方が本来の意味に近い。市場全体を広く見渡し、自社のチャンスとチャンスロスの危険性を探ることとなる。Competitor =競合となりうる企業を洗い出し、それらの動きを観察し、市場全体の動向を把握する。Competitorといってもライバル会社だけではなく、昨今では思いもよらぬ企業がCompetitorになることも少なくないので、できるだけ広い視野で捉えることが必要である。Companyは自社の現在のFACT(事実・現実)を中心に洗い出す。
 続いてマーケティング・ミックスの洗い出しを行なう。いわゆる「4P」を検証していくのだ。Product = 製品:自社と競合の製品的な違い・強み弱み。Price = 価格:自社と競合の価格戦略の違い。Place = 販路:自社と競合の流通経路の特徴と、経路に起因する売り方及び情報取得の方法の違い。特に商品の流れ「物流」と、お金の流れ「商流」、情報の流れ「情報流」は各々異なるので留意が必要である。Promotion = プロモーション:この部分だけで狭義にマーケティングをとらえがちであるが、飽くまで一要素でしかないことが一連のワークを行ってくると理解できるだろう。今日、メディアは多様化し、プロモーションの方法も大きく変化している。とにかく幅広に考えてみることが必要だ。

■マトリックスから「意味合い」を抽出する 
 図1の全ての欄が埋まったら、図2のようにマトリックスを分割してほしい。2_2
3Cの「Competitor」のところで上下に分ける。Competitor以上の項目が「外的要因」。「Company」以下の項目が、「内的要因」である。さて、次に、各々の項目のプラス要因とマイナス要因の間に線を引く。すると左下の象限は「内的要因のStrong」である。右下が「内的要因のWeakness」。左上が「外的要因のOpportunity」。右上が「外的要因のSleight」。つまり、一般に言われる、SWOT分析を丹念に行っていたということがここでわかるだろう。3_2
SWOT分析は通常は図3のような表を元に四つのマス目を埋めようとするが、表単独でマス目を埋めようとしても、なかなか正確には作り上げられないものなのだ。一連のプロセスを踏んで表を完成させれば、極めて精緻なSWOTの表が完成する。
 しかし、この表が完成しても安心してはいけない。ここまでは単なる現状洗い出しの「作業」にすぎないのだ。S/W/O/Tの象限ごとに、象限の持つ意味合を抽出する。状況は明るいのか暗いのか。原因は何か。解決するための打ち手は何かを検討するのだ。四象限全て検討し、最後に全体として、自社の状況は明るいのか暗いのか。解決する打ち手は何かを検討する。そして最後に次のようなワードに落とし込んで意味合いを明確にすれば完成だ。
 我が社を取り巻く環境は
 T                 というマイナス要因と、
 O                 というプラス要因があり、
 総合的には T+O             であると言える。
 その中で
 W              という弱みをカバーし
 S              という強みを活かしていく。

■ 「カスタマーインサイト」という名のフレームワークを理解する
 上記の通り、環境分析によって自社を取り巻く様々な事象が浮かび上がり、「今、何をなすべきか」がおぼろげながら見えてきたのではないだろうか。
 しかし、ここからセンター・アイデンティティーを構築してしまうと、ともすれば自社の視点からだけで、顧客の視点を置き去りにしてしまう恐れがある。それを防ぐためには、いま一度、顧客の心の中を深く考えてみることが必要となる。そこで、筆者は「カスタマーインサイト」というフレームワークを提唱したい。カスタマーインサイトとは、直訳すれば「顧客の心を洞察する」という意味であるが、複雑な人の心の動きを一つのフレームワークに押し込めることによって、対応策を考え出すことが眼目である。それは<Recognition><Time Saving><Peace of Mind>という3つの要素から構成されている。以下、図4を元に各々の構成要素について解説しよう。4_1

<Recognition>
 顧客の存在を適切に認知・評価すること。つまり、この顧客はどのような人で、どのよ うな行動特性を持っているのか。購買履歴や傾向からするとこれくらい自社の利益に貢 献するであろう。というようなことを、顧客のプロフィールデータや購買行動データ、 来店履歴やWEBへの来訪・利用履歴などを用いて把握することである。
 このRecognitionは言ってみれば商売の基本であり、「大切なお客様のことはちゃんと分 かっています!」という態度を示すことにつながる。当然、営業規模の小さな個人商店 などは顧客を個別識別し、好みなどもきちんと把握した上で商売をしている。しかし、 企業規模が大きくなり、顧客数が増え、流通も複雑になった結果、顧客の個別識別がで きなくなってしまったのが今日の企業の姿である。それを顧客データの活用によって商 売の原点を取り戻すである。顧客の状況がつかめていなければ打ち手も考えられない。 極めて基本であり、かつ重要な原点である。
<Time Saving>
 利便性の提供、若しくはボトルネックの解消である。これも商売からすれば当然のこと であり、「お客様にお手間は取らせません!」という姿勢を示すことだ。つまり、顧客 がふとしたきっかけで「こんな資料が欲しいな」などと思ったら、すぐに提供する。顧 客が何か契約の更新や申し込みなどを忘れていたら、きちんと思い出させる。顧客が気 になったものがあったら、探しやすい環境を提供する。そういう努力を惜しまないこと が大切だ。
<Peace of Mind>
 本質的な価値の提供によって、顧客に安心感と満足を与えることである。結果、顧客は 「ああ、これでよかったんだ!」という気持ちになり、顧客と企業及び担当者の相互信 頼関係が生まれる。そこから初めてアップセルやクロスセル、アフターマーケティング や顧客紹介への道が開ける。
 では、「本質的な価値」とは何か。筆者はよく生命保険を例にとって説明している。保 険に 入ると保険証券が送られてくる。しかし、そんな物はただの紙っぺらだと誰もが 分かっている。では、万が一の時に支払われる一億だか何千万だかの保険金の額が本質 的な価値なのか?確かに金額は重要だろう。しかし、保険の本質的価値とは「自分 に万が一のことがあっても、家族は大丈夫だろう」という「安心感」なのだ。成績が優秀な保険の営業担当者でものは、そのことがわかっているが故に、顧客に対する手厚いフォローによって「安心感」を与え、決して離反させることなく、追加の契約を獲得したり、知り合いの紹介をもらったりしてさらに成績を伸ばしている。「本質的な価値」が理解できているといないのでは、顧客対応が大きく異なり、成績にも大きく影響するのだ。

■「カスタマーインサイト」活用法
 「カスタマーインサイト」は理解できただろうか。フレームワークは考え方の整理であり、黙って読んでいるだけでは抽象的に感じられるかもしれない。今回は保険業を例示したがも、実際に自社のビジネスに当てはめて考えてみなくては具体的な意味合いはなかなか見えてこない。環境分析に続いて、「カスタマーインサイト」もフレームワークに従い、自社への適応を具体的に話し合い、自社版の「カスタマーインサイト」を作り上げることが次の作業である。
 上記の通り、3つの要素が整理するためには、「カスタマーインサイト」を活かした顧客対応をどのように実現するのかも同時に考えるとよいだろう。そのためには、図4を図5のように逆さまに組み直してみると理解しやすい。5
Recognition→Time Saving→Peace of Mindというステップである。これは、「どのように顧客を理解すべきか」という考え方の流れを示している。逆の流れで一つ一つ要素を確認していくことで、顧客に向かい合う準備をするのだ。
 ポイントはPeace of Mindの要諦である「本質的価値」の理解である。「自分が顧客に提供するものの真の価値はどこにあるのか」をとことん考える。そして「自分たちはこんな存在なんだ」という確信が持てれば、おのずと次に「それではお客様にはこんなふうに接しよう」という、とるべき行動が見えてくるのだ。それは、センター・アイデンティティーのステートメント化のためには欠かせない準備作業となる。
 もし、今回提示したプロセスを踏まずにいきなりステートメントを作成したら、ただの言葉遊びに過ぎない、美辞麗句に終わってしまう。次回いよいよ具体的なステートメント作成のパートに入る。そのためにも、今回のプロセスを是非、実行してもらいたい。


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2006.10.24

意外なところに残っている発言

以前、入院中に産経新聞の記者が訪ねてこられ、小泉政権の総括に関するインタビューを受けた。
ベットの上でだ。
そして、9月12日朝刊のコラムにインタビュー内容が掲載された。

結構長い時間語った割には、従来からの金森の持論である「小泉のポジショニングの妙」しか採用されていなかったので少々残念に思いつつ、とはいえ大手新聞へのインタビュー記載といえば日経の土曜別刷りでは二度ほどのったが本誌掲載は正直ちょっとうれしかった。

そして、退院し、一月以上が経ち、ブランクを埋めるためにも忙しく動き回っているうちにそんなことも忘れていた。

ところが、知人から、「ネットを色々調べていたら見つけた」と、産経新聞のWebサイトに転載された上記記事を知らされた。
ネットでは二次利用は当たり前ではあるが、本来、新聞は長く残るものではないと思っていただけにビックリした。
(長く残らないからといっていい加減に取材に応じたわけではないが・・・。)

一応、入院中のできごとがこのBlogからはすっぽり抜け落ちているので、その間のできごとということで、リンクを設定しておきます。
ご関心をお持ちいただきましたら、産経新聞のWebサイトでご覧ください。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/18918/

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2006.10.23

ソニーPS3発売前値下げをM.ポーター的に考えてみる

連載をしている「月刊販促会議」の12月号が11月1日に発売されます。
その会の連載のテーマは「ソニーPS3発売前値下げを4Pのプライシングの難しさ」という観点で書きました。
しかし、教鞭を執っているビジネススクールでちょうど「5F分析」についてやったところなので、
4Pではなく、5Fの観点で仕立て直しして、以下に列挙します。

同じ事象でも複数の見方ができるということで、連載をお読みの方も、11月1日に雑誌でお読みいただく前に下記をご覧頂いておくと面白いのではないでしょうか。


・PS3が発売前に約2万円の値下げを発表した。この理由を「5Fモデル」で考えてみる。
・ハイスペック&ハイプライス=マニアしか買わない高価なゲーム機=普及しない(シェアが取れない)。

・一番問題なのは、そんなゲーム機向けにソフトを作ってくれるソフトハウスはいないということ。
・過去、セガのサターンがPSに敗れ去ったのは、スクエアなどのビッグタイトルを持ったソフトハウスをPSに押さえ込まれたから。

・もう一つの側面では、マニアしか買わない高価なゲーム機など、流通は扱いたくないと言うこと。
 どうせ売れない商品に展示スペースすら割きたくないのが本音。

・以下、M.ポーターの5Fで分析をしてみる。

 ■ 「売り手の交渉力」=ソフトの供給元:前述の通りシェアが取れないゲーム機に売れるソフトは供給されない→強い
 ■「買い手の競争力」=流通(量販店):前述の通り、売れないゲーム機に本腰の販売はしない→強い
 ■「業界内の競争」=Wii発売前からかなりの話題。X-BOXもかなり認知・普及とも上がっている。さらに価格面で見ると、Wii、廉価版X-BOXとどちらもPS3の当初の価格の半分ぐらい→強い
 ■「新規参入の脅威」=これはちょっと判らない??
 ■「代替品の脅威」=ハンディータイプのゲーム機:ニンテンドーDSなどでも十分ハマル。高価で複雑なものよりも消費者はお手軽なもので十分。→強い

 結論として何とも辛い業界構造。

※そもそも、「5F分析」の胆は「業界定義」。ソニーは「業界定義」を「ゲーム機市場」ではなく、PS3を「情報家電の中核」と位置づけて、パソコンのだいたいのような存在として捉えていた?
 そのため、パソコンまでは高くなくても、ゲーム機としては異常に高い価格設定になっていた?
・きちんと「ゲーム機市場で戦う」という業界定義の認識があれば、ハイスペック・ハイコストという選択にはならなかったはず。

・かくして、ソニーは「低価格でシェアを取る」という「ペネトレーション・プライシング」に価格戦略を切り替えた。
 但し、完全な「ペネトレーション」というほど、競合に価格優位性があるわけではないので、どれくらいシェアが取れるか少々疑問。今後に注目というところ。

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2006.10.20

10個で1000円

Img_1328

地元の駅構内改札口で、駅の反対側にあるドーナツ屋の出店を発見。
売り物は「ドーナツ10個入り1000円パック」のみ。
夕方の帰宅ラッシュから20時頃まで出店しているのを時々見かける。

確かに中に入っているのは通常店頭で1個100円以上で売られているものばかりなので、
確かに得と言えば得だろう。

しかし、ドーナツが10個。
揚げた油が古くなるのでそんなに日持ちもしないだろう。
この世帯人数が少ない世の中で、10個ものドーナツを食べきれる家庭はどれくらいあるのだろうか。
まして、家族として共に暮らしていても「個食の時代」といわれるほど、
家族の構成員一人一人の食に対するニーズさえ多様化しているというのに。

お父さんがドーナツを10個買ってきて、家族揃ってうれしそうに食べる光景。
どこか高度成長期の家庭の香りがする。
きっとサザエさんの磯野家であれば、みんなが一つずつ食べて、
サザエさん、カツオ、ワカメがさらに一つずつ食べるのだろう。めでたく10個完食。
しかし、今の時代そんな家族はいない。
その証拠にしばらく眺めていたが、あまり売れていない。

20年ほど前の話だが、ニューヨークのセントラルパークである青年が、
ポップコーンを買ってベンチで食べている老人が、半分ほど食べたところでもてあましているのを発見。
半分の量のパックで販売したところ、今までポップコーンに見向きもしなかった多くの老人達が集まり、
大ヒットになったという話を聞いた。
ポップコーンを食べきれずに捨てることを懸念して購入していなかった老人達の潜在ニーズを、
「量を減らす」という単純なことで解決したのだ。

その話を自分の古い記憶から探り当てたとき、100個で1000円ではなく、
5個で500円ならドーナツを買って帰ってもいいかなと思った。

顧客のニーズを予測して、商品パッケージ内の数量を調節するなんて、
マーケティングの基本、というかそれ以前の問題だとも思ったが・・・。

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2006.10.16

ワンダーマンの「売る広告」

1_2

金森の心の師、ダイレクトマーケティングの父「レスター・ワンダーマン」の著書
(原題)BEING DIRECTの英文第二版が米国にて発売されたのが2年前。
ようやくその日本語版が発売されました。

第二版の刊行に当たって、電通ワンダーマンの藤田元副社長が翻訳内容を全面的に
見直されたとのことですが、確かに読みやすくなっています。

この本を金森は人に紹介するときに、「ビジネス冒険小説」と称していますが、
正に冒険小説のように読み進めて行くにふさわしい、スピード感のある翻訳になりました。
旧版でも十分冒険小説的に読めましたが、レスター・ワンダーマンの半生が
より生き生きと伝わってくるように思います。

さらに旧版の巻頭はワンダーマンと電通の合弁にまつわる話だったのが、
「初版では、私自身の経歴について多くを盛り込みませんでした。しかし、この新版においては、
 ちょっぴり完全な個人的な文章にしてみようかと思いました」とレスターが記し、
若い頃、大統領の演説原稿を書いたことや、それらが自身のその後の職業観にどのように影響を
及ぼしたかなどが明らかにされています。
ちょっとビックリしながら、よりレスターファンになってしまいそうな下りです。

加えて第二版では旧版の最終章にさらに一章、「第27章・インターネット」が加わっています。

旧版を読んでいない方は、是非ともすぐに。
読んだ方も改めて第二版で読み直してみてはいかがでしょうか。

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2006.10.14

「定番のヒミツ」第二回

日本実業出版社の季刊誌「ザッツ営業」の創刊第三号、好評発売中です。

ザッツ営業 http://www.njh.co.jp/that/that.html

同誌にて1ページ巻頭カラーをいただいているコラム欄の第二回が掲載されています。
今回のネタは、前回予告通り「伊東屋」です。
Blogでも紹介し、かなり反響を頂いた「伊東屋」ネタですが、
初めてメディアに掲載されました。

次号はもはや誰もが知っているあの・・・。

以下、転載。

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「銀座・伊東屋 顧客対応の極意」

 今回は定番といっても「店」だ。創業102年を迎える、銀座の老舗文具店・伊東屋。その店の存在そのものが、押しも押されもせぬ「定番」たる良質な顧客サービスを展開していることを伝えたい。

 同店に顧客対応マニュアルといったものは存在しない。お客様中心主義(顧客セントリック)といった教育を行ない、顧客応対品質の向上を行なっている。マニュアルも各店員の”考える力”を奪い、画一的な接客しかできなくなるためあえて作らないそうだ。
伊東屋の教育として、自分自身がお客様の立場になってうれしいと思うことは何でもしなさい。例えば替え芯一本だけをお買い上げのお客様が、他にもお手荷物をたくさんお持ちのようであれば、「大きな手提げにおまとめ致しましょうか」というような声掛けをしなさい。というように、微に入り細をうがつように指導をするという。

 そこまで聞いてかつて体験した対応に得心がいった。筆者は外国製の革手帳を肌身離さず持ち歩いている。コラムや各種原稿の他のネタ帳である。しかし、うっかり手帳のリフィルを切らしてしまった。

 伊東屋へ行ったが、店頭になく外国製故取り寄せに時間がかかるとのこと。ネタ帳無しでは過ごせない。途方に暮れていた筆者に対し、店員は何の躊躇もなく新品からリフィル部分を取り外し「ご不自由でしょうから、こちらをお使いください」と差し出してきた。感動した。

 元東京大学大学院教授・丸の内ブランドフォーラム代表の片平英貴氏が提唱している消費者行動モデル「AIDEES(Attention・Interest・Desire・Experience・Enthusiasm・Share)」が話題だ。Experience(経験)し、対応の良さにEnthusiasm(惚れ込み)、人にShare(推奨)するというものだ。
 伊東屋のケースはその好例だろう。なぜなら、惚れ込んだ筆者は記事にすることによって読者に推奨しているのだから。

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2006.10.05

ニート対策には"体験"しかない!~全ての学生にインターンシップを~

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回は「ニート対策」という大それたテーマに挑んでみました。
しかし、ニートが問題になる一方で、大学の教壇に立っていると、
自分がバブル時代の学生だった頃と比べて「みんな真面目だなー」と思います。

そんな彼らの将来が明るいものになるようにと、原稿を願いながらしたためました。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------

筆者の自宅最寄り駅は「東京で一番、駅前にパチンコ、パチスロ店が多い駅」という、何となくありがたくない異名を持っている。そして、通勤時間帯にはそれらの店のシャッター前に、良い席を取らんとするマニアの行列ができている。駅に向かう通勤族と列をなすギャンブル族――。もう何年も前からの地元の光景だ。

 しかし、その光景にここ数年、明らかな変化が起きている。ギャンブル族の低年齢化が顕著なのだ。世間で言うところの「フリーター」や「ニート」と化した若年層が、ギャンブル族の仲間入りをしているらしい。筆者は毎朝駅に向かう度に、列なす彼らの姿を見て、今日の若年層の労働問題を実感するのである。

■「若者」と「働くこと」との大きなギャップ

 筆者は現在、青山学院大学経済学部の非常勤講師として、「産業論(ベンチャービジネスとマーケティング)」の講義を持っている。日ごろ学生と接していて感じることは、「何のために働くのか分からない」「自分が何をしたいのか分からない」という気持ちが彼らには非常に強いということだ。そんな状態のまま、知名度や目先の業績だけで会社を選び、結果的に「自分が本来求めていた仕事と違う気がする」という「ミスマッチ」を感じているケースも後を絶たない。

 16世紀のキリスト教宗教改革の指導者であるジャン・カルヴァンの思想に「職業召命観」がある。「職業とは神の与えた使命であり、その結果としての富は神祝福である」という考え方だ。「職業」を表すドイツ語のBeruf(ベルーフ) はもともと「神の思し召し」という意味なのだ。ここでは働くということは当然であり、迷いは生じない。

 一方、筆者が社会人デビューしたバブル時代は、就職活動の苦労はなく、初任給も高かった。残業代も青天井。経済全体が好調だったため、全てが好循環しており、マーケティングプランは面白いようにクライアントに承認され、営業成績も上がった。

 翻って、今日の三十代以降の世代。就職活動は今でこそ売り手市場に転じたものの氷河期が長く続き、賃金も上がらず、残業代カットは当たり前。労働の機会と対価(成功体験)に恵まれなかった世代と言えよう。さんざん会社に忠義を尽くしてきた親世代のリストラも目にする。彼らにしてみれば、働くことは当たり前でもなければ、何か確かな見返りが約束されているわけでもない。「働く」ことに対する実感や動機が希薄なのも、無理もないことなのかもしれない。

■あなたは何のために働いていますか?

 では、人はそもそも何のために働くのだろうか。当連載で何度か紹介したアブラハム・マズローの欲望段階説に当てはめて、「働く意義」を考えてみよう。これは、人間の欲望を五段階のピラミッドに見立て、底辺の欲求が満たされると、一段上の欲求を満たそうとするという説だ。

 まず、第一段階目の「生理的欲求」は、衣食住のような、生きていく上での最低限の根源的欲求である。働くということから考えれば、「食うため、生きていくため」の労働である。第二段階目の「安全欲求」では、食いっぱぐれることのない、安定した職を求める。第三段階目は「親和欲求」。つまり他人とかかわりたい、他者と同じようにしたいなどの「集団帰属の欲求」で、会社組織に属し、皆と一緒に働くことに喜びを見出す。そこでその仕事自体に喜びを見出せるようになれば、第四段階目の「自我の欲求」へと進む。これはつまるところ、自分の能力を人から認められたいという欲求なので、自分が属する集団、つまり会社組織などの中で価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める「認知欲求」と言い換えられる。

 ちなみに、第五段階目は「自己実現の欲求」。つまり自分の能力、可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を追求する欲求であるが、さすがにここまで至るのは簡単ではない。まずは第三段階を経て、「働くことの意味を認識し、他者とのかかわりの中で自分の仕事にやりがいを見出す」第四段階へ至ることが重要だろう。

■インターンシップが注目されているが・・・

 このような「働くことの意味」は、いくら考えてもダメで、実際に「体験」して「実感」するしかない。そこで筆者は、毎年学生にインターンシップへの参加を勧めている。いくら講義で言葉を尽くすよりも、実際に自分自身で働くということを「体験」する方が、彼らの疑問を解くことになるからだ。

 ただし、現行のインターンシップはムード先行で、効果的な方法論が確立しているとは言いがたいのが実情だ。大学においては、各校でインターンシップが単位の対象になったりならなかったりと、力の入れようの差が大きい。企業で体験できる内容もバラバラだ。ある有名企業ではインターンシップと称しているものの、夏休みにわずか一週間ばかり学生を集め、社員が講義形式の座学を重ね、最後に形ばかりの「演習」と称して、企画書の作成を行うだけのプログラムを実施している。このような内容では参加者は実務に触れた実感に乏しく、「集団帰属」や「認知欲求」の境地の疑似体験は望めない。

 企業にとっては「優秀な学生に事前に唾を付けておきたい」、学生にとっては「就職希望先の企業に顔を売っておきたい」という打算が働いている面も否めない。これでは、本来の就業体験という目的がおざなりになり、単なる面接の延長になりかねない。

■全ての学生に“実のある”インターンシップを

 筆者の前の職場でもインターンシップを受け入れていたが、大学生には夏休みを丸々仕事に費やしてもらい、基礎知識を学んだ後は社員に交じり、実際の業務を担当させた。ある者はクライアントに実際納品する調査レポートの作成を担当し、またある者は競合プレゼンテーションの企画書を作成するなど、重要業務の主担当にしてしまうのである。そうすれば、レポートが納品され請求書を起こすときの満足感、プレゼンで業務が獲得できたときの喜びや、逆に獲得できなかったときの悔しさが、「実体験」となる。同時に周りでは、上司に褒められたり、時には本気で怒られたりしながら働く社員達の姿も目にする。そんな体験は確実に彼ら、彼女らの血肉となったはずだ。

 インターンシップはニート予備軍の若年層が、現実のビジネスの場に身を置き、内面に眠る働くことへの欲求に目覚め、「やりたいこと」を明確にするための絶好の機会だ。もちろんインターンシップを導入すれば若者の労働問題の全てが解決するというわけではないが、少なくとも「実際の企業環境の中で実業務を自らの力でこなし、その結果まで体感する」というレベルでなければ、そうした効果は期待できない。「働く意味」や「やりたいこと」が分からないまま適当に就職し、ドロップアウトしてニート化する芽を摘むこともできない。

 文部科学省は、2007年度から全国200の公立高校に民間からの「キャリアカウンセラー」を登用し、学生の職業意識の向上を図るという。その一環としてインターンシップも組み入れられるようだ。就職後3年以内の離職率は大卒3割に対して高卒は5割とさらに高い。うまく運用すれば、この取り組みは文部科学省のヒット作になるのではないだろうか。早期に結果を検証したうえで、方法論を確立し、大学も含めて全学生に機会を広げるべきだろう。一部の企業と個人のマッチングにとどまらず、若者と仕事の「橋渡しの場」としての社会的役割を積極的に担うべく、インターンシップの質量両面からの拡充に官民挙げて取り組むことが望まれる。

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2006.10.01

販促会議「質問編」顧客視点”入門講座 

10月1日発売の「販促会議11月号」が発売されましたので、
前号の記事をバックナンバーとして掲出いたします。

久々に”CRM”について論述してみました。

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第7回「CRM・One to Oneはどこへいった」

 前連載では大きく取り上げなかったが「顧客視点のコミュニケーション実行するにあたり欠かせないCRMやOne to Oneは、今どうなっているのか」という読者からの質問があった。今月はそこを掘り下げていこう。

■CRMはダーティーワード?
 ITバブルも輝かしき2000年当初、米国ではCRMやOne to Oneのソリューションが多数発売され、各企業に導入されていった。して、その結果は……芳しくなかった。ここの顧客に適切なパーソナライズされたコミュニケーションを行おうとする思想は大変正しいものであった。しかし、一人の顧客に整合性のある全社統一されたメッセージを企業から発信しようとした場合、社内各部署に分散して収納されている当該顧客の購買データ・アンケートデータ・ウェブサイトでの行動データなど、いくつものデータを一つに統合しなければならない。
統合データベースの構築は口で言うほど簡単ではない。データ形式、項目、取得時期、それぞれがバラバラなデータを一つのデータベースに統合する。その困難の前にプロジェクトは立ち往生する。何億(ドル!)もの投資をしたのにだ。かくて、米国ではCRMは「ダーティーワード」と化してしまった。その証拠に、米国で「CRMコンサルタント」の名刺を出すと眉をしかめられるほどだ。

■日本のCRMはどうだったか?
 2000年当時、日本でもCRMブームは起こった。しかし、幸か不幸か、当時の日本はデフレ不況の真っただ中にあり、大きな投資は出来なかった。結果的にこれが幸いした。全社DBの統合など当初から考えず、ゼロスタート、つまりCRMのための会員組織をつくり、その会員とのコミュニケーションを行うというスタイルを取った。これならスモール・スタートが可能となる。また、CRMとOne to Oneは言葉の上ではよく混同されていたが、実行上、One to Oneは目指していなかった。One to Oneは一人の顧客に当該顧客の一連のデータを引き出し、それに対して最良のレコメンデーションを行うということだ。しかし、CRMは國焼くのセグメンテーションを精緻化し、細かなセグメンテーションにレコメンデーションルールを設定し顧客名だけは本当にパーソナライズするというレベルのものだ。
 本当のOne to Oneと実態は「マス・カスタマイゼーション」であるCRM。似て非なるものと言葉で言う以上に実行上の労力は違う。
 余談だが、筆者は三度目にレスター・ワンダーマン(ダイレクトマーケティングの創始者)と会った時、彼のまえでうっかり「One to One」という言葉を使ってしまった。すると彼の反応は激しかった。「いいか、若いの。あれは理論だけのコンサルタント上がりのブードゥーマーケッター(インチキ師)の言葉だ」と言うのだ。One to Oneの提案者ドン・ペパーズとマーサ・ロジャーズ。実は、レスター・ワンダーマンとドン・ペパーズは仲が悪かったようだ。

◆ではCRMはどこへ行った?
 現在、日本のCRMは「顧客管理」もしくは「顧客への最適対応」という概念と実態のレベルがかい離した状態で存在していると言えよう。では、その実態とは、前述の通り全社顧客データ統合から始めるなどというビッグスタートではなく、アルプロジェクトのソリューションの一つとして組み込まれて実施されることが多い。例えばあるプロジェクトで顧客アプローチ及びそのレスポンス対応が必須となる顧客に「何を」提示するかは「CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)」の役割だ。それを「誰に」提示し、レスポンスがあった際「誰か」を特定して、履歴を表示するのはCRMシステムの役割だ。
 つまり、今日のCRMは概念レベルではかつてのままで、システム的にはほかのシステムと連携しながら全体の一部として生き残っているというのが実態なのだ。

◆今後のCRM実行のチャンス
 前述の通り、今日の日本のCRMは気高い思想から遠く離れた、いささか情けない状態にあると言える。しかし、昨今本格的なCRM、もしくはOne to Oneの実現まで含んだ実行のチャンスがやってきているのだ。
1.企業の相次ぐM&A 
 各メディアを連日にぎわしているM&A。大手、中堅、外資、日系が入り乱れて「こんなところが」と驚くことしきりの毎日である。M&AとCRMに関係があるのか?……ちゃんとあるのだ。M&Aして二つの企業が一つになる。一人の顧客が両方と取引していたら……請求書はバラバラに来る。販促のDMは同じものが二通来る。パーソナライズされたウェブサイトがあったら、それぞれに異なるID、パスワードでアクセスしなければならない。顧客にとってこんな不都合を許せるはずがない。
 それを避けるためには「顧客データの統合」をイヤでもやらざるを得ない。「顧客データの統合」は、一社で何のやるべき理由も無ければ、大きなコストも労力もかかるため先送りされる。しかし、ひとたびM&Aが起こってしまえば、それは避けては通れないプライオリティーのかなり上位にあるアクティビティーと化すのだ。「顧客データの統合」というインフラさえ整えば、あとは「誰に」「何を」や「いつ」といった実施を考える第一歩に建つことが出来るのである。

2.J-SOX法への対応
 これは顧客視点というより、法改正の影響であるが、目前に迫る日本版SOX法の施行も、実はCRMとかんけいがある。本家、米国SOX法と日本版の一番の違いは、日本は「ITを使用すること」が義務付けられていることだ。これは、米国には「インフォメーションライブラリアン」という企業内情報の収整理理担当者が存在することによる。例えば、役所が「何々の購買に関する資料を用意するように」と指示すれば、3時間~4時間で整えてくる。まさに人間サーチエンジンである。これは“Realtime Disclose” という条項を実現するためである。ところが日本にはインフォメーションライブラリアンがいない。そのため、「ITを活用するように」とのお達しが下ったわけだ。人間を前提にした“Realtime Disclose”であるからこそ3時間~4時間の猶予が与えられている。ITで“Realtime”と言われたら、文字通りに「その場で抽出して提出」となるだろう。これを実現するには「データ統合」が欠かせなくなる。現在のように社内のあちこちにデータが散在していたら、ととえも“Realtime”は実現できない。やはりイヤでも全社データ統合が必要となるのだ。かくして、思わぬところから顧客データも統合され、CRM実行の環境が整うこととなるのだ。

◆これから何をなすべきか
 前述の通り、日本のCRMは米国のように過大な投資をしなかったおかげで「失敗」の烙印を押されはしなかった。しかし、通常のキャンペーンなどで、その考え方が受け継がれただけで、大きな成功もしていない。ところが、上記のような経済環境の変化と、政府の圧力によって、期せずしてCRM実行のインフラ構築のチャンスがやって来た。しかし、それはあくまでインフラである。「インフラ上で何をするのか」を考えねばならない。しかも、M&Aの場合のシステム統合もJ-SOX対応も、そんなにのんびりシステム設計を行うわけがない。とすれば、どのようなCRMを実行するために、システムにどんな昨日を追加して欲しいかという「システム機能要求」を早急にシステムの主幹部門に提出しなければならない。そのためにも、CRMのコンセプト、ロードマップ、アプリケーションなど、決めなければならない事は多い。しかし「大変だ」と言うなかれ。降ってわいた様なチャンスに乗るにはとにかくスピードしかないのだから。ここは各企業の知恵の見せ所だ。


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