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2006.08.02

センター・アイデンティティーの確立に向けて:第1回

LCAコミュニケーションズ社が発行しているコンタクトセンターの専門隔月誌「コンタクトセンターマネジメント」の6月号から連載を始めました。
昨日8月号が発売されましたので、バックナンバーを掲出します。


 各企業は生き残りをかけて顧客の囲い込みを図っている今日、顧客接点の重要性を誰もが口にする。しかし、最も重要な顧客接点の一つであるはずのコンタクトセンターは、その出自がバックエンド業務であった事から、顧客に対する認識や対応がトップからコミュニケーターまで徹底されておらず、応対品質にも影響を及ぼしている例が散見される。
 顧客に対する認識を新たにし、「センター・アイデンティティー」を確立することが急務であることは間違いない。本連載ではその要諦を述べる。


第1回「センターの精神的支柱となる”センター・アイデンティティー”」

■マーケティングの環境変化と顧客対応
 マーケティング環境の変化を遡ってみてみれば、1960年代から70年代の高度成長期、「作れば売れる」という時代に、ははっきり言って「マーケティング」という概念はあまり重要ではなかった。家の中にはまだ足りないものがたくさんあり、人よりいち早く、または人並みに家の中に揃ってくる家電製品などを人々は楽しみにしていた。そこで求められていたのは「迅速な生産と供給」。マスプロダクトの黄金期である。売り手市場でもあり、「顧客対応」などという概念もあまりなかった。「顧客」や「生活者」といった言葉もあまり使われず、市場の人々は「十把一絡げ」に「消費者」と呼ばれた。「消費者」。今にして思えば、生産したものを消費するという、何というプロダクトアウトなものの言い方だろうか。
 その後、80年代から90年代にかけて市場は成熟し、人々の家々にも一通りのものが揃い、生産者は買い換えか買い増しをさせることが一番の関心事となった。つまり、限られたパイの食い合いの時代に突入したのだ。この頃、マーケティングの重要性が脚光を浴び、何とか製品や広告で競合製品との「差別化」を図ろうとするのが主たる戦略手法であった。そしてマーケティングのキーワードが「マーケット・イン」つまり、今までの「作り手の都合や思い」だけでものを作って売ってきたことを「プロダクト・アウト」として反省し、「もっと市場の声を聞き、市場の欲するものを作って売ろう」という意識転換を企業がし始めたのだ。
 そして90年代後半、バブルの崩壊と共に市場は完全に飽和し、人々はもう既に手に持っているもので十分。「買わない自由」もあることに気がついてしまった。そうなると、「市場」という大括りに生活者を捉えていたのでは、個々の生活者の需要の節目に合わせたセールスチャンス発見などは、できようもないことに企業は気がついた。そこで、とにかく自社の顧客を囲い込み、個別に最適対応を行おうとCRM(Customer Relationship Management)と言った概念が登場したのだ。(図1)1_1


■マーケティングの環境変化となぜか一致しない日本のコンタクトセンターの位置づけ
 前述のように、マーケティング環境の歴史は、「売り手から買い手へとの主導権の移動」と「顧客(個客)対応の重要性の増加」といった一連の流れを現している。しかし、不思議なことにコンタクトセンターの歴史は必ずしもそれと一致しない。世界的に見ると、コンタクトセンターの始まりは、20世紀中葉に米国においてシアーズ・ローバック社が電話受注センター(コールセンター)を開設したことに始まり、日本に於いては各企業がいわゆる「苦情処理窓口」を社内の一部署に一本化し始めたのが始まりだと言われている。日本でも米国に遅れること数十年、通信販売の受注窓口としてのコールセンター開設が相次いだのもセンターの相次ぐ開設を加速した。
 日本のコールセンターの発祥は「苦情処理窓口」であり、その業務内容は楽しかろうはずもない。しかも「苦情”処理”」という言葉が表すように、当時は「お客様の苦情から製品開発情報を抽出しよう」とか、「苦情顧客に良好な対応をして上顧客に変える」などという発想はなかった。ひたすら苦情を言ってきた顧客をなだめすかして事態を収拾するのが役割だった。社内の隅っこでひたすら謝り続ける仕事。どうしようもなくネガティブなイメージがつきまとう。
 通信販売の受注業務にしてもそうだ。米国はコミュニケーターの給与には歩合がかなり含まれ、セールスが達成できれば相応のインセンティブが手に入る。インセンティブ獲得を達成した者への賛辞も半端ではないほど盛り上げる。それ故、コミュニケーターは受注時にクロスセリング(関連商品のお勧め)や、アップセリング(買い増しや買い換えのお勧め)のトークを忘れずに、顧客とより親密なコミュニケーションを取ろうという努力を怠らない。しかし、日本のセンターはほとんどが時給一本であり、よくて「精勤手当」が付くような給与体系である。確かにインセンティブを乱発し、コミュニケーター同士を競わせるようなセンター運営は日本の風土に合わないとの論もある。しかし、ただただ、時給だけを受け取って「受注”処理”」をしている日本のセンターと比べて、米国のセンターを視察すると、その活気の差には本当に驚かされる。
 マーケティングの環境変化と顧客対応は製品志向から市場志向へ、市場という画一的な見方から顧客(個客)志向へと、顧客(個客)との距離をどんどん縮めて行く歴史であった。しかし、日本のコンタクトセンターの歴史は常に顧客と一定の距離を保ち、業務プロセスの”処理”を実行する役割を負っていた。これはどう考えてもおかしな事だと言えるだろう。

■その差はコミュニケーターの「モチベーション」という形で顕れる 
 はじめに(図2)を参照されたい。2_1
これはコンタクトセンター関連の仕事をする者であれば誰もが知っているべき「ジョン・グッドマンの法則」である。企業から提供された商品・サービスに対価を払った顧客のうち、4割程度は何らかの不満を持ち、そのうち6割は沈黙してしまう「サイレント・マジョリティー」となり、その層の再購入率は10%にしか過ぎない。しかし、クレームを行ってきたうち、その対応の陣属性によって差は出るものの、顧客が満足する対応をすれば半数以上が再購入してくれるというわけだ。端的に言えば、クレーム客は有り難い客であり、優良顧客に転換できるビジネスチャンスであることを現しているのである。
 しかし、このような理論通りになるようなオペレーションは非常にモチベーションが高く、「顧客志向」を理解しているコミュニケーターの対応が前提になるのは言うまでもない。日本のセンターの歴史は”処理”の歴史であり、「顧客志向」への転換が叫ばれ出したのは、1980年代後半から90年代初頭のCS(Customer Satisfaction=顧客満足)ブームの頃からである。しかしながら、「お客様を大切にしよう」という掛け声をかけるものの、肝心のそのお客様に対応するコミュニケーターのモチベーションを高める取り組みなどは、ほとんど為されてこなかった。良質なオペレーションによって企業がコンタクトセンターを費用ばかりかかる「コストセンター」から、「プロフィットセンター」を目指そうという機運がここ十年ほどでにわかに高まってきた。しかし、コミュニケーターにその意義が伝わっておらず、「顧客対応の重要性」などを説いてもそれを体系的に理解させられていない。顧客に接する際の考え方がきちんと理解させられていない。そして、相変わらず、待遇はそのままだ。日々の顧客対応の中で、顧客からのクレームに晒される度に彼女たちは「悪いのはワタシ?」と心の中で自問している。そして耐えきれなくなったときに離職する。モチベートができない故に良質なオペレーションが実現できず、顧客をグリップできない。また、コミュニケーターの離職によって採用・教育のコストかかかるというこの悪循環。どこかで断ち切らなければならないのは自明の理である。

■「悪いのはダレ?」
 コミュニケーターのモチベーションが上がらないのは大きく3つの理由に分類できる。一つめは「社内におけるセンターの位置づけ」が不明確なまま、運営されてきている点。これは企業トップのディシジョンが明確でないことに起因する。センターに何を望み、どのようなポジションを与えるのか。それなくして「プロフィットセンター化しろ」などという指示を出すのは愚の骨頂である。海図もなく大海を宝島に向かって船を進めよというようなものだ。
 二つめはFAQシステムの整備などをせずに徒手空拳でコミュニケーターと戦えというような状態である。これはセンターの現状を理解して、必要な投資を行っていないセンターを統括するマネジメント層の罪であるといえよう。
 そして三つめはコミュニケーターだけでなく、スパーバイザーも含めて現場に前述のように、「顧客対応の重要性」を体系的に理解させ、具体的にどう顧客に接するべきかを理解させられていないセンターマネージャーの罪だろう。しかし、このように罪人を捜し出し挙げ連ねても何の解決にもならない。いかに、これらの現況を解決すべきかを考えていこう。
 第一に一番大きな「社内におけるセンターの位置づけ」であるが、あるべき姿を(図3)に示した。3_1
企業内に於いて、顧客情報を一元的に扱い、各部門と連動して一人の顧客に一貫性と整合性のある対応を行うためのハブとなれるのは、コンタクトセンター以外にあり得ない。筆者がよく使う例を以下に示そう。『あるメーカーのOA機器が故障した。すると、すぐにオフィスにメンテナンスマンがやってきて、手を汚しながら懸命に修理してくれた。彼は「ちょっと古いけどまだまだ使えますから、調子の悪いときはすぐ呼んでください」とさわやかに帰って行った。しかし、午後になると同じメーカーの営業マンがやってきて、さっき修理したばかりのOA機器を指さし、「あれ、随分古いんでリースアップして新型に替えた方がランニングコストもお得ですよ」という。午前中にやってきた人の良さそうなメンテナンスマンの顔が脳裏をよぎったものの、結局安くなるというなら仕方がない。早速見積もりをもらい、購入に稟議書を起票し上司に渡した。そして翌々日の朝、日経新聞の15段広告でそのメーカーの新製品が発表されていた。ほとんど変わらぬ価格で高性能になっている。会社に着くと早速、上司から「よく調べもしないで稟議を上げた」と怒られた。・・・まったく、何なんだあのメーカーは・・・。』
 もうお分かりであろう。同じ顧客情報をサービス部門、営業部門が共有しておらず、新製品情報がマーケティング部から営業部に伝わっていなかったため起きた悲喜劇だ。”One face One voice”一つの企業として一人の顧客に、一つの顔一つの声で接する。この重要性が分かっていただけただろうか。実現できないままなら、顧客からの信頼はどんどん低下していくことになるだろう。このように、全社顧客対応のハブとして情報がコンタクトセンターに集積されるのであれば、二番めの問題もかたがつきやすい。情報流さえ整えば、それを格納し、整理、表示するFAQのソリューションなどを導入すればよいのだ。ここ数年のFAQソリューションの発達は目覚ましいものがある。システム機能比較をするのが本稿の目的ではないので機会を改めることとするが、是非とも未導入の場合はいくつかのシステムベンダーからのプレゼンを受けることをお勧めしたい。

■センター・アイデンティティーという考え方
 コミュニケーターやスーパーバイザーといった現場スタッフに顧客対応の重要性を理解させ、各々の業務の重要性を認識させることで鼓舞し、高いモチベーションを持って業務に向かわせるためには何らかの精神的支柱が必要だ。前段で、「米国のコミュニケーターは歩合も多くモチベーションが高い」と述べたが、それをすぐに導入しても、確かに日本文化との親和性は高くはないだろう。とすれば、もっと精神的に鼓舞されるような手段を用いるべきだろう。それがセンター・アイデンティティーという考え方である。
 センター・アイデンティティーとは、そのセンターがそのような存在で、何を目指し、そのためには各々がどのように行動すべきかをステートメント化(明文化)したものである。(図4)4
それはいくつかの要素に分解されており、図の例では「理念」というセンターと、そこに所属するスタッフの存在意義と、本来あるべき姿というもっとも根源的な要素を規定している。次の「運営指針」は「理念」で規定された存在であるスタッフが、そのセンターのミッション、つまりセンターとしてのあるべき姿や向かうべき方向性を理解するために規定されている。そして、そこまでの理解がなされた後に「行動規範」で「運営指針」に従って、本来あるべき姿を理解したスタッフとしてそのように具体的に行動するべきなのかを規定している。
 具体的な明文化のトーン&マナーは各企業やセンター毎の文化や雰囲気によってどのように表すべきかはだいぶ異なるだろう。しかし、重要なのは末端のコミュニケーターが読んでもスッと理解できる文体であることと、自らの存在、業務に対してプライドを持ちポジティブな気分になれるような内容が記述されることである。次号以降、その内容を考えるにあたって、さらに深く自社や顧客のことを理解する方法なども紹介する予定である。

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