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2006.08.02

個の時代にふさわしい食文化の開花を望む~イドラと同調行動の克服~

日経BizPlusの連載が更新されました。

今回も「食」をテーマにしてみました。が、やはり元々は「タウン・ウオッチもの」です。
高校生の時に習った人の名前も登場しますので、ちょっと懐かしんでお読みいただければ幸いです。


http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm


----------------<以下バックナンバー用転載>-----------------------


 「たまにはおいしいものを食べよう。どうせなら話題の店で」と友人に誘われた。そして、店の前で並んだ。待つこと2時間。筆者は40歳であり、70歳まで生きるとして、睡眠時間を除けば残りの人生は19万時間くらいであろう。19万時間のうちの2時間。それをもったいないと見るかどうかは、その人の価値観によるのだろうが、どうも損した気分が残った。そもそも筆者は「並ぶのが嫌い」だ。今回は「並び嫌い」が、人々の「並ぶ理由」を考えてみた。

■「イドラ」の合わせ技でエスカレートする行列

 哲学者、法律家で、現実の観察や実験を重んじる「帰納法」の父である、フランシス・ベーコン(Baron Verulam and Viscount St. Albans:1561~1626)。高校の倫理の教科書にも登場しているため既知の読者も多いだろう。教科書には「イドラ」という考え方も記載されていたのを覚えているだろうか。

 イドラ(idola)とはラテン語で「偶像」を意味し、人間の持つ偏見、先入観、誤りなど表す。種族のイドラ、洞窟のイドラ、市場のイドラ、劇場のイドラの4つがあるがここでは後の2つが重要だ。市場のイドラとは、言語から生じる偏見であり、端的に言えば大勢の意見に左右されて誤った行動を取ることを指す。実態と乖離(かいり)した口コミに踊らされるのはその実例といえよう。 劇場のイドラとは、権威者の思想や学説を妄信して事実を見失い、誤った行動を取ることを指す。グルメをはじめとした流行をこの「イドラ」で解いてみると分かりやすい。

 1980年代頃から各種の雑誌がライフスタイルを「マニュアル化」したあたりから、生活者はメディアのもたらす「劇場のイドライドラ」にとらわれるようになった。グルメブームはバブル経済の繚乱(りょうらん)期に始まり、「グルメ評論家」といった人々も登場、各種メディアでもてはやされた。そ

して、人々は「あの雑誌に載っているなら」「あの評論家が推薦していたから」と自らの探求心と味覚を放棄して、思考停止状態で飛びつくという風習が一般化した。

 一方、「市場のイドラ」の主人公はイドラに踊らされる本人である民衆そのものである。自分たちの口コミが自己増殖し、真実を偏らせていく。しかし、ベーコンの時代と大きく異なるのは、口コミ伝播(でんぱ)の速度がインターネットの普及によってけた違いになっていることだ。ネット上のグルメ情報サイトにも一般の生活者のコメントが記載されているため、その効果は「劇場のイドラ」と「市場のイドラ」の合わせ技となり、強力無比なパワーを発揮する。

■本当にwin-win?

 生活者は当然、おいしくない店よりもおいしい店で食事がしたい。だから、おいしい店の情報を入手し、行列する。お客は情報通りおいしい食事が供されれば満足し、また、その情報を人に伝える。そして店には引きも切らずお客が集まり繁盛する。めでたしめでたし、である。

 個々人としては失敗の確率が低減でき、店も短期間で容易に客を集められる――。今日、ネット口コミとメディアによって「客」と「店」と「メディア」のwin-win-winが構築できたように見える。本当にそうだろうか。

 「合成の誤謬」という経済用語がある。「個々人としては合理的な行動であっても、多くの人が同じような行動をとると好ましくない結果が生じる」というものだ。

 「イドラ」に踊らされた生活者が行列を作る。その多くは新規客だ。今までの「馴染み客」はある日突然、ひいきの店が雑誌に紹介されたり、インターネットで話題になったりして、行列ができているのを発見する。当然、行列の最後尾に並ぶ気にはならなくなる。筆者自身もそうした理由で行かなくなってしまった店が何軒もある。

 もちろん心ある店は馴染み客をおもんぱかって掲載を断ることも多いようだ。しかし、話題のweb2.0の代表格であるブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で、個人が発信する情報までは制御できない。そして、今やその発信力は旧来のメディアに引けを取らない。かくして、情報を聞きつけた人々が列をなし、予約も取りづらくなり、馴染み客は行き場をなくす。

 これは店にとってもあまり幸せなことではない。確かに一時的に大量の新規客が集まることによる収益の増加はうれしいだろう。しかし、集い並んだ来店客は「おいしい店を見つけてそこの固定客になろう」とする人ばかりではなく、かなりの割合が「話のネタに」「話題だから」と一度来店してみた程度の客と思われる。その中からどれくらいがリピーターとして残るのか。さらにロイヤル顧客ともいうべき馴染み客になるのか。それと引き換えに元々の馴染み客がどれぐらい去っていくのか。店にもよるだろうが、長い目で見ればマイナス作用の方が大きい場合が多いのではないか。

 一時期のブームの去った店には悲しい末路が待っている。また、長蛇をなす来店客に対し、実力を勘違いするような店があれば、恐らく料理の味も落ちていくだろう。よくある例だ。

■「同調行動」超えた価値判断を

 人にはそもそも「行列を見ると並んでしまう習性」がないわけではない。ポーランド生まれでアメリカに亡命した社会心理学者、ソロモン・アッシュ(Solomon Asch:1907~1996年)は、「並ぶ習性」を「同調行動」として解明した。本人一人の時には正しい判断ができても、別の情報をあらかじめインプットされた「サクラ」を混ぜると、そのサクラの回答に惑わされ、判断を誤るというものだ。この説をそのまま実践して、いちげん客がほとんどの観光地には、「サクラ」を使って行列を作り出している飲食店もあるという。「サクラ」を本当に動員している店はそんなに多くはないとしても、「同調行動」を取っている我々自身が、「悪意無きサクラ」と化してしまっているのは事実だ。

 飲食にかかわらず、日本人は「同調行動」を取りがちだ。しかし、2000年頃からは、マーケティングのキーワードとしてone to oneが提唱され、「個の時代」と言われるようになってきた。モノがあふれ、誰もが同じモノを欲しがるような時代は過ぎ去り、十人十色、いや一人十色とまで言われるような多様な消費文化が花開いたのだ。いくらモノの作り手がはやし立てても、生活者は「買わない自由」までを覚えた。必要なものはお金を惜しまずに買うが、必要ないものには見向きもしない。メーカーの商品開発担当者は日々頭を悩ませている。

 とはいえ、食べ物の場合は他の商品と異なり、「食べてみないと実態が分からない」という特性がある。おいしいものを求め、全く情報のない店にふらりと入るより、半信半疑の情報でも並ぶ方が無難と考えるのは、「同調行動」に支配されがちな人の性だろう。しかし、インターネットで検索して話題店ばかりを渡り歩くような行為はいかがなものかと思う。本来、知己に教えてもらった本当の意味での口コミや、自力で開拓した中から吟味を重ね、自分なりのお気に入りの店リストが徐々に出来上がっていくといった手間と過程を経なければ、自分自身の味覚も店も育たないのではないだろうか。

 そこで一つ提案がある。今後もグルメに関するネット口コミの文化がなくなりはしないだろう。だとすれば、各人が提供する情報の量・質共にさらにリッチにしていってはどうだろうか。例えば、試した店について簡単に評価するだけでなく、個々の料理やサービスについても詳細に記述する。さらに、一度で終わりにするのではなく、情報提供者は責任を持って二度、三度と来店し、その都度料理やサービスのレベルは安定していたか、その店には並ぶ価値があるのか、馴染みになる価値があるのか、という深いレベルまでリポートするのだ。

 そうしていくうちに他者に対しては有効な情報の提供者となり、自分自身の味覚・感性が磨かれ、漫然と行列の最後尾に並ぶ“流れに身を委ねた同調行動者”から脱却できるだろう。店の評価も自ずと多様化し、情報の独り歩きにもある程度歯止めがかかるはずだ。

 かのベーコンは、イドラを捨ててあるがままの現実を観察することによって初めて、人は真理を見出すことができると考えた。日本の食文化を画一的なものにしないためにも、あふれる情報に惑わされない、個々人の価値判断力が問われている。

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Comments

私は田舎者なので、並ぶのが大嫌いです。東京の人とかだと、「なんだかしらんが並んでいるので並んでみた」というノリの人もいるようですが、自分には理解不能です。好きな店が混む分にはまだいいのですが・・・東京は上も下もキリがないだけに、一極集中しがちですもんね。良い店も多いがハズレも多く、良い店は混みやすい・・・難しいですね。

Posted by: karinon | 2006.08.02 06:07 PM

おっしゃるとおり。「列び嫌い」同士ですね。「ノリで列ぶ」という行為は私にも理解不能です。。

Posted by: 金森努 | 2006.08.02 07:22 PM

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