CRMとブランドエクスペリエンス~ブランドステートメントと本質的な価値~
ダイレクトマーケティングの専門誌「月刊アイエムプレス」に寄稿をしました。
http://www.im-press.jp/magazine/index.html
最新号が出ましたので、前回バックナンバーとして当BLOGに転載します。
最近同じようなことをあちこちで書いたりしゃべったりしているのですが、これは私の根幹の思想なので、少しずつ表現を変えて、できるだけ多く露出させていきたいと思っています。
セミナーなども人数に限定がないものがあればご紹介いたしますので、一度直にお話を聞いていただきたいと思っています。
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「ブランド」というと、マーケティングという領域に於いても随分と重たい課題であり、また、CRMの世界とは切り離して考えがちである。そもそも、「ブランドはマーケティングの課題ではなく、経営の課題である」という論もある。確かに、ブランドそのものの揺らぎは経営を危うくする。しかし、その揺らぎは顧客基盤をも揺るがすことを考えると、あながち「対岸の火事」とも言っていられないことは誰しも分かるだろう。そこで、本稿は「顧客視点」でブランドを捕らえ直し、CRMとブランドがいかに密接な関係を持ち、両者を共に良好な状態を保つための方法を論じてみたい。
1:「ブランドステートメント」を作り守り通していく事の重要性
日本を代表するブランドである「ソニー」が苦しんでいる。その原因の一つにはエンターテイメントやゲームなどに戦線を拡大しすぎたからであるとの論が少なくない。確かに現在のブランドステートメントにあたる、創業者・井深大の「設立趣意書」と現在の同社のブランドステートメントを比較すると随分と乖離してしまっていることに気付く。同設立趣意書をここに記そう。
真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ
自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設
不当ナル儲ケ主義ヲ廃シ、飽迄内容ノ充実、実質的ナ活動ニ重点ヲ置キ、
徒ラニ規模ノ大ヲ追ハズ 経営規模トシテハ寧口小ナルヲ望ミ
大経営企業ノ大経営ナルガ為ニ、進ミ得ザル分野ニ技術ノ進路ト経営活動ヲ期スル
・・・これに対して、現在のSONYのブランドステートメントの冒頭は「ソニーの創造力は、あらゆる創造力とつながっている。夢を見る人すべての、さらに大きな夢を作り出す力になるために」である(全文はhttp://www.sony.co.jp/SonyInfo/dream/)。ソニーはSONYに変わっていく課程で規模と業務領域を拡大し続けた。それは創業者の設立の意をそのまま継承したものではないことは明らかである。
確かに、資本主義経済のルールは利益を追求し規模を拡大することを要求する。しかし、その企業の魂たるべきブランドステートメントには飽くまで従うべきであろう。ブランドステートメントを書き換えるということは、別の企業になるに等しい。それほどの重要性を持っているのだ。
そして今、SONYは肥大化したグループを筋肉質に再編し、さらにエレクトロニクス事業を再強化しようとしている。これはまさしく、生き残りをかけた、創業者の設立趣意書への回帰であるといえよう。
2:CRMとブランドは車軸の両輪
ソニーのブランド拡張は経営的な機会を捕らえての判断の結果だったのか、もしくは顧客ニーズに従った、言ってみればCRM的所産であったのかは筆者は経済評論家ではないので筆者は論じようとは思わない。しかし、本節はCRMの側面から見たブランドとの関係。特にステートメントによって規定すべき理由について述べたい。
結論から言えば、「ブランドとCRMは”顧客”という車軸を中心とした両輪である」ということである。CRMにとって、ブランドがなければ、かつて「お客様はみな大切」と採算性を無視した、妄信的で戦略なきCS(Customer Satisfaction=顧客満足)追求運動になってしまう。一方で、ブランドにとって、CRMがなければ顧客視点のない、「企業としてかくあるべし」というかつての独善的なCI(Corporate Identity)に代表される、企業革新運動になってしまう。
顧客視点を持ってブランドを考えるなら、顧客を中心にブランドステートメントを再構築することからはじめる必要があるだろう。ここで一つのフレームワークを提唱したい。「ピラミッドチャート」という企業にとっても理想的な顧客を規定し、それと自社のフィロソフィーや個性をバランスさせながらステートメントを構築していくためのものだ。
そのフレームワークは以下の5つの要素から構成される。
①価値理念・・・その企業の哲学を表す、ブランドの価値ともなる部分。「自社は顧客に対してそのような存在であるのか」を明確にすることが中心となる。
②個性・・・他の企業にはない、その企業の独自性を表す部分。自社にしかできない、顧客に提示できることは何かを明確にする。
③理想とする顧客・・・誰も彼も「大切なお客様」としていたのでは「強いブランド」とはなれない。いや、ブランドとしてのアイデンティティーが形成できないことになる。自社はどのようなお客様のために存在するのかを明確に設定する。
④機能的付加価値・・・理想的な顧客に提供できる物理的メリット。自社が自信を持って提供できるものは何なのかを明確にする。
⑤情緒的付加価値・・・理想的な顧客との各種コミュニケーションを通じて、顧客をどのような気分にさせることができるかという、無形の付加価値を明確にする。
上記①~⑤を設定するためには、図のピラミッドでそれぞれのパーツがどのような相互関係を持っているのかを意識して検討していくことが大切だ。次のような文章に当てはまる言葉として作り込んでいくといいだろう。
○○会社は、【価値理念】を約束します。
私たちは、【個性】として、【理想的なお客様】に、【機能的な付加価値】を提供し、【情緒的な付加価値】を感じていただくため、努力をしていきます。この【 】内に当てはまる言葉が見つかったら、前述の図のピラミッドに載せて相互関係を再度点検してみよう。違和感なく、整合性が感じられればブランドステートメントが完成するはずだ。
3:「モノの本質的価値」を理解すること
上記のようにブランドステートメントを策定し、それに従ってビジネスを展開して行くにも、自社の商品・サービスの「本質的な価値」を理解していなければ顧客コミュニケーションも売り方も間違ってしまう。しかし、残念ながらそのような間違った例が散見されてならない。筆者がよく引き合いに出すのが生命保険という商品だ。生命保険という商品の本質的な価値とは何であろうか。「補償額」というものがある意味表面的な価値であろう。筆者は標準より割と高額な生命保険をかけている。その「高額な補償額」が生命保険の「本質的な価値」なのかといえば、答えは「否」である。高額な補償額は当然、月々の掛け金も高い。それを何のために払い続けているのか。その理由は「これだけの額を残せば何か自分にあっても遺された家族は大丈夫だろうという『安心感』」に対して支払っているのだ。つまり、筆者の保険の本質的な価値は「安心感」なのである。
しかし、かつて筆者の保険の担当営業は非常に対応が悪く、コンタクトをしてこない、申し込みの意思を示しても対応が遅い、申込書類の記入を間違わせる、入院したときになかなか見舞いにも来ないというダメのオンパレードのような人物であった。当然、営業成績も悪いようだった。なぜか?それは、彼が自らが扱っている「生命保険」という商品の「本質的な価値」を理解せずに補償額や貯蓄性の有利さなどといった表面的なスペックだけを訴求し、契約が済んだ顧客はそっちのけで、またすぐに新規を追い始めるからだ。
優秀な生命保険の営業担当者は、本質的な価値を理解しているが故に、顧客に対するケアは万全で、それ故、既顧客から紹介をもらい自らの顧客基盤を拡大再生産していくという成功法則を身につけている。元東京大学大学院教授・丸の内ブランドフォーラム代表の片平英貴氏が提唱している「AIDMAモデル」に代わる「AIDEES(Attention・Interest・Desire・Experience・Enthusiasm・Share)モデル」がある。それもExperience(経験)して、その対応の良さにEnthusiasm(惚れ込んで)、人にShare(推奨)するというものだ。
インターネットの普及でBlogやSNSでの推奨行為は気軽にできるようになっており、その伝播の速度と幅の広さは以前と比べるべくもない。とすれば、「対応の良さにEnthusiasm(惚れ込んで)、人にShare(推奨)する」という図式を達成するためにも、まずは「本質的な価値」を理解した行動や売り方、対応がいかに重要か分かるだろう。それだけではない。理解していない個人が企業の中に存在するだけで、その企業のブランドにダメージを与えることすらあるのだ。
4:顧客を「囲い込む」のではなく、顧客が離れたくなくなるようにすること
昨今、「顧客の囲い込み」という言葉に対する風当たりが強い。どうやらそうした論者は、携帯電話の年間割引や様々な割引サービスに加入させ、途中解約しようとすると違約金を払わねばならなくなるというような、「アトリション・コスト」最大化戦略を批判の中心としているようだ。確かにそれは、「囲い込む」というよりも、さらにカギをかけて逃げられなくするという「ロック・イン」した状態になる。効率は良いが本来的には正しい姿ではないだろう。
それよりも前項の「Enthusiasm」のように、「惚れ込んで離れられなくなる」という状態に顧客を導く経験(Experience)を提供することが重要であろう。
個人的な体験をお伝えしよう。筆者はいつも”Tim Johl”というブランドの革のケースに入った手帳を肌身離さず持ち歩いている。これはコラムや各種原稿、企画書その他のネタ帳で、何か思いついたらすぐに取り出して書き留めるようにし、もうかれこれ5~6年前に銀座伊東屋の中二階で買ったものだ。ところが、うっかりと手帳のリフィル(メモ帳本体)のストックが切れていたことに気付いた。あわてて、伊東屋へ。しかし、現在は店頭に出している商品ではなく、リフィルの在庫もないため、外国製ゆえ取り寄せに2~3ヶ月かかるとのこと。ネタ帳無しに2~3ヶ月も過ごせるはずもなく、さりとて手になじんだネタ帳でなければ、まとまるアイディアもまとまらなくなるような気がして筆者は途方に暮れていた。すると、一人の店員が「リフィルがないので陳列していなかったのですが、新品が1つだけ在庫としてあったので、このケースだけ残して手帳本体(リフィル部分)を差し上げます」。とのこと。「ご愛用いただいているお礼」と担当氏は言っていたが、久々に感動した。
ついでに電話取材をすると、結論からすると、ミッションステートメント化やマニュアル等によって応対をプロセス化しているのではなく、「徹底した理念教育を行い、顧客応対品質の向上を行なっている」ということであった。
例えば
・常にお客様が気持ちよく来店し、お帰りになれることを考えなさい。
・自分自身がお客様の立場になって、うれしいと思うことは何でもしなさい。
(例えば替え芯一本だけをお買い上げのお客様が、他にもお手荷物をたくさん
お持ちのようであれば、「大きな手提げにおまとめ致しましょうか」というようなサ ービスをしなさい)。
というようなことを、会長が直々に、常々社員に言っているとのことだ。また、マニュアル化に関しては「各店員の”考える力”を奪い、画一的な接客しかできなくなるため、
あえて作らないことが方針となっている」とのことであった。「本質的な価値」を理解させ、不文憲法で企業を統治しているということになるのだろう。
1・2項で述べたようにステートメント化は重要である。しかし、それは全社員の認識を揃え、求心力を形成するためのものである。ステートメント化が目的となってはいけないことを、この事例は示してくれている。
CRMの観点からブランドを考えれば、顧客体験を(Experience)を完璧にし、「Enthusiasm」の状態にさせることができればもはやゴールに達しているのだ。それ故、「文具の伊東屋」といえば誰もが知っているブランドになっており、多くのファンを抱えているのである。