日経BizPlusの連載が更新されました。
今回は得意の「タウン・ウオッチもの」ではありません!
どうしても政治がらみの原稿を書いてみたくなって着手したのですが、
どうにもマーケティングと政治は食い合わせがよくないのかかなり苦戦しました。
原稿、書き直すこと10回近く。
しかし、書き直すごとに色々と見えてきた気がします。
是非、苦心の作をお読みください。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/kanamori.cfm
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いよいよ小泉政権も残すところ3カ月を切った。9月の自民党総裁選に向け、「ポスト小泉」レースも本格化してきた。今回は趣向を変えて、「小泉劇場」「ワンフレーズ」など話題に事欠かなかった小泉政治について、マーケターの視点から振り返ってみたい。
■マーケティングの命は「ポジショニング」
小泉純一郎首相の特徴と言えば、徹頭徹尾、有権者に対して「ポジショニング」を明確にし続けた点が挙げられる。
伝統的なマーケティング戦略の立案は、市場を同質なカタマリに分類していく「セグメンテーション(Segmentation)」に始まる。続いて、そのセグメントの中のどれが狙いやすいかという「ターゲティング(Targeting)」を行い、さらにそのターゲットに対する立ち位置や商品の見せ方を考える「ポジショニング(Positioning)」という手順を踏む。いわゆる「STP」である。
しかし、今日のマーケティングの世界では、このような後付けのポジショニングでは、強い商品は作れないと言われ始めている。特に「ブランド」が重要な商品においてその傾向が顕著である。
なぜか。ブランド論の大家、デビッド・A・アーカーの「ブランド・エクイティ戦略」(ダイヤモンド社)の中にその答えがある。「丈夫である」とか、「素材がいい」など、客観的に測定可能な品質(工業的な品質)がしっかりしていることは、もちろん重要だ。しかし、工業的な品質はたいてい模倣できるため、それだけで他の商品との違いを打ち出し、ナンバーワン・ブランドの座を獲得するのは難しい。だから、「知覚品質」という「その商品ならでは」の価値を持って、顧客の主観的な評価を獲得することがブランドには必要である、とアーカーは論じている。目に見えない価値である「知覚品質」を獲得するためには、「ポジショニング」の明確さが求められるのである。
ベストセラーになったW・チャン・キム著の「ブルー・オーシャン戦略」(ランダムハウス講談社)でも、突き詰めれば、「大胆なポジショニングの差異化」の重要性が示されているとも言えるだろう。「血みどろの戦いが繰り広げられる既存市場(レッド・オーシャン)を抜け出すためには、差別化と低コストを同時に実現し、競争自体を無意味にする未開拓の市場(ブルー・オーシャン)を創造すべし」というのが同書の主旨である。
■初めにポジショニングありき
現在、日本での輸入プレミアムカー販売台数No1.はBMWであるが、ドイツ本社のヘルムート・パンケ社長は年初のインタビューで、「BMWの強さの秘密はそのポジショニングの明確さにある」と述べている(1月4日付日本経済新聞夕刊)。BMWのポジショニングが「究極のドライビングマシン」であることは有名だ。何とも分かりやすく力強い。
それに対して元気のない米国車勢は相変わらず、どのターゲットにどのように製品をはめ込むかという「後付けのポジショニング」を行っている。フィリップ・コトラーは著書「コトラーのマーケティング・コンセプト」(東洋経済新報社)で、「ポジショニングとは、製品をどこに置くかという話ではない。見込み客のマインドのなかに、どう位置づけるかという話である」と指摘している。つまり、製品をどこに置くかということだけに腐心してオールラインアップでそろえられた米国車は、結果として魅力も特徴も乏しく、顧客にそっぽを向かれたというわけだ。
翻って小泉首相はどうであったか。通常、政治家は自らの支持層を想定した上で、「公約」として、政策や、財政などの数値目標を掲げる。しかし、小泉首相の場合はまず「自民党をぶっ壊す」という強烈なメッセージで登場し、自らのポジショニングを裏付けるように行動した。その具体的な行動の成否は政治評論の専門家にお任せするとして、過去の政治家達に対し「大胆なポジショニングの差異化」をしているのは事実だ。国民からの高い支持率は、「今度の首相は今までとは違う気がする」「日本を変えてくれそう」という知覚品質を獲得していた証であろう。
■「STP」に続く「マーケティングミックス」はどうだったか
マーケティング・プロセスの流れから考えると、STPの次は、4Pからなる有名なマーケティングミックス= Product(製品戦略) / Price(価格戦略) / Place(流通戦略) /Promotion(プロモーション戦略)を検討することとなる。
4Pの全てに政治を当てはめるのは無理があるが、製品戦略に関しては、製品=政策ということになる。前述の通り首相は自らのポジショニングに従い、とにかく「改革・改革・改革・・・」という戦略を打ち立てた。分かりやすい「郵政民営化」を看板に、「官から民へ」という変革を断行することを製品戦略の柱としたわけだ。
さらにプロモーション戦略であるが、毎日夕方にカメラの前に立って記者会見を開くなど、今までの政治家と明らかに異なる手法を取った。従前のような密室政治ではなく、直接国民に向かって分かりやすく問いかける。特に「郵政民営化の賛否をもう一度国民に聞いてみたい」などというセリフは、今までの政治家なら決して口にしなかったであろう。しかし、そのプロモーション効果は絶大であった。有名な「感動した!」も、政治家は腹の中をなかなか明かさないというイメージと、自らを対比させるものとして非常に有効だった。
■ トップからの大胆な権限委譲
小泉政権のもう一つの特徴は、「大胆な権限委譲」である。「丸投げ」などとも揶揄(やゆ)されたが、竹中平蔵総務相を筆頭に、閣僚その他への大胆な権限委譲には驚かされるものも多かった。
政治の世界に限らず、企業においてもトップが微に入り細をうがち各担当者に個別案件を直接指示していたのでは、大局を見失う。乱暴に言えば、明確なビジョン(ポジショニング)と強い意志さえあれば、ある程度「丸投げ」でもよいのだ。むしろトップが明確な方針だけを示し、後は丸投げしてくれた方が、「経営企画」「マーケティング部門」といった参謀・補佐役は、意地になってでも多数の戦略オプションを洗い出し、最良のプランをトップに提示しようという気持ちになる。
筆者が講師をしている「グロービス・マネジメントスクール」で使用されているマーケティングの教材に、1950年代から75年頃までの本田技研工業の興味深い事例がある。カリスマ経営者の一人に必ず挙げられる故・本田宗一郎氏。彼には「世界一のバイクメーカーとして、米国でも一番になる」というビジョンがあった。そして同社は米国に自社ブランドの小型バイクを引っ提げて乗り込んだ。当時同社は既に世界一の生産量を誇っていた。そして、規模の経済を生かして海外進出を狙った先が、ハーレー・ダビットソンの牙城・米国であった。同じ海外ならば、潜在需要が大きい東南アジアの方がはるかに楽だ。しかし、あらゆるスタッフの諫言に耳を貸さず、それを断行したのは飽くなき「経営の意思」である。
ここまで明確なビジョンを示されたら、部下達はどう思うだろう。時にトップは独善的で直感的だ。しかし、「この人が言っているのなら間違いはなかろう」「この人をいま一度男にしよう」と奮い立つ。事実、同社は小型バイクから始め、最終的にはハーレーを倒産寸前にまで追い込み、さらに再建の手をさしのべるまで市場を席巻することに成功したのであった。
■小泉首相は「優秀なマーケター」だったのか?
さて、ここまで小泉政治を振り返ってきたが、マーケティングのセオリーからするとかなり正鵠(せいこく)を射ていることが分かる。しかし、個別の政策や首相の行動に関しては、様々な蹉跌(さてつ)があったことも事実だ。
一体、首相は「優秀なマーケター」であったのか否か。ここからは筆者の推測の域を出ないが、小泉首相はマーケティング理論をそのまま政治に応用したように見えるものの、首相自身が理論を理解していたわけではないだろう。おそらく彼は、そのほとんどを「政治的カン」「嗅覚」に基づいて行動した。偶然とは言え、それが今日的なマーケティング理論と見事に整合していることは興味深い。
これまでの日本の首相は「自民党派閥政治の産物」として生まれてきた。故にマーケティングのような視点より、政治力学に重きを置いていたのではないだろうか。しかし、小泉首相によって国民は「分かりやすい政治」のモデルを示され、目覚めた。米国における大統領選などは、全国民を巻き込んだ候補者のマーケティング合戦である。政治をとりまく情勢の変化、国民の意識変化や、海外の事例を考えれば、これからの政治家は意識的に政治にマーケティングを取り入れる必要があると言えよう。